関の山
東海道の宿場で、往時を最も残しているのが関だ。
古くから伊勢街道の要衝だったし、伊勢参りでも賑わった。
その宿場が、明治33年の関西鉄道の開通と共に一気に寂れる。
その後東海道のパイバスが出来て、関宿は無用の長物になった。
何がその往時のままに残らせたのかは分からない。
だが、その住みにくい町並みが残った。
昭和59年、国の重要伝統的建造物群保存地区になった。
今度は、残さざるをえなくなった。
今そこに、全国から多くの人々が押しかけてくる。
往時の関は殷賑を極めた。
狭い街道一杯に山車が並び人々が押しかけた。
狭い町並みに、「もう駄目、精一杯」と言うほどのことだった。
人々は、そいつを「関の山」と呼んだのだ。
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