修禅寺
その中で開湯1200年と、最も古い温泉が修善寺だ。
そしてその名の由来である「修禅寺」は、その温泉街の中ほどにある。
807年に弘法大師が真言宗の寺として開山したと伝わる。
鎌倉期には臨済宗の寺だったが、何故かこの寺は悲劇の舞台となった。
その最初は、義経と共に戦った頼朝の弟の範頼である。
彼は義経追討を渋ったことから疑われ、この修禅寺に幽閉される。
そして間もなく、梶原景時の手勢に攻められて自刃している。
その次が、鎌倉幕府第二代将軍頼家である。
彼は頼朝の長男だが、才がありすぎた。
北条氏の意のままになることを嫌い、
やはりこの修禅寺に幽閉されて殺される。
その後、この寺は寂れ果てていた。
そしてこの寺を曹洞宗の寺として再興したのが、北条早雲である。
早雲は、伊豆公方を滅ぼすに際、この修禅寺を使ったのだ。
この古びた温泉場が、この国の歴史の中心と係わったのは偶然なのかどうか。
岡本綺堂はその悲劇を題材に、新歌舞伎「修禅寺物語」を書いた。
1911年、二世市川左団次の初演である。
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