訪問から3日目にして、やっと晴れた。
雲ひとつ無い晴天で、気温も15度位まで上がっている。
早速私は、暗いうちからホテルを走り出た。
もちろん、アムール河の畔を走るのである。
実は、それが今回の訪問の私の密やかな目的でもある。
この町の河沿いには、「レーニン文化と憩いの公園」があって、
河沿いに2km程の格好のランニングコースがある。
周りには、ムラビィヨフ・アムールスキーの像や、聖母昇天協会、
極東美術館や赤軍博物館などが集中している。
アムールと文化施設の集積で、街一番の美観地区なのだ。
だから休日には、新婚さんが写真撮影でここに集まってくる。
敬虔なロシア清教徒が増え、イコンの美しいここの教会も賑わっている。
と言う訳で、毎朝この近辺を走り続けたのだ。
とは言うものの、このところ外国人を狙った殴打強盗が続いていて、
私も随分告忠されたのだが、
ランパン一枚で走る訳で、盗られる物は命の他ない。
命なら、抑留死亡者7万余の亡霊が溢れている。
仕事が無い若者が、あちこちにたむろしているが、
なにくそという気持ちである。
が、レーニン記念公園は、毎朝兵隊が掃除をしている。
どうと言うことはない。
ところでこの河は、冬季には厚さ2mもの氷で覆われる。
だからかつては、トラックが物資を積んで対岸の中国と行き来していた。
川幅はおおよそ1kmだから、泳力があれば泳いで渡れる。
シベリア抑留者の脱走も相次いだが、殆どが餓死したし、生き残っても殺された。
しかし、このアムールを泳ぎきって生き残った人も僅かにいたらしい。
土色の水がとうとうと流れ、河畔は波打ち際の様でもある。
澄むことのない河だから、中国側ではこの河を黒竜江と呼ぶ。
この街から15kmほどの所に、シベリア鉄道の鉄橋が掛かっている。
そこまで走ろうと試みた。
しかしさすがの私も、心細くなって引き上げざるを得なかった。
古ぼけたアパートや工場、愛想の無いロシア人、
私をじろじろ眺める視線に耐えられなくなったのだ。
夕方、対岸の中国に夕日が沈んでいく。
その黒竜江に沈む夕日を眺めつつ、
ただ何時までも河畔にたたずんでいた。
詩心が多少ともあるのなら、この運命の河を何と表現するのだろうか・・・。
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