« 川の民 | トップページ | ティーセミナー »

2009年9月 5日 (土)

アムールの夕日

訪問から3日目にして、やっと晴れた。Cimg8598_3

雲ひとつ無い晴天で、気温も15度位まで上がっている。

早速私は、暗いうちからホテルを走り出た。

もちろん、アムール河の畔を走るのである。Cimg8599

実は、それが今回の訪問の私の密やかな目的でもある。

この町の河沿いには、「レーニン文化と憩いの公園」があって、

河沿いに2km程の格好のランニングコースがある。Cimg8590

周りには、ムラビィヨフ・アムールスキーの像や、聖母昇天協会、

極東美術館や赤軍博物館などが集中している。

アムールと文化施設の集積で、街一番の美観地区なのだ。Cimg8559

だから休日には、新婚さんが写真撮影でここに集まってくる。

敬虔なロシア清教徒が増え、イコンの美しいここの教会も賑わっている。Cimg8591

と言う訳で、毎朝この近辺を走り続けたのだ。Cimg8586

とは言うものの、このところ外国人を狙った殴打強盗が続いていて、

私も随分告忠されたのだが、

ランパン一枚で走る訳で、盗られる物は命の他ない。Cimg8588

命なら、抑留死亡者7万余の亡霊が溢れている。

仕事が無い若者が、あちこちにたむろしているが、

なにくそという気持ちである。Cimg8585

が、レーニン記念公園は、毎朝兵隊が掃除をしている。

どうと言うことはない。

ところでこの河は、冬季には厚さ2mもの氷で覆われる。Cimg8708

だからかつては、トラックが物資を積んで対岸の中国と行き来していた。

川幅はおおよそ1kmだから、泳力があれば泳いで渡れる。

シベリア抑留者の脱走も相次いだが、殆どが餓死したし、生き残っても殺された。Cimg8732

しかし、このアムールを泳ぎきって生き残った人も僅かにいたらしい。

土色の水がとうとうと流れ、河畔は波打ち際の様でもある。

澄むことのない河だから、中国側ではこの河を黒竜江と呼ぶ。Cimg8643

この街から15kmほどの所に、シベリア鉄道の鉄橋が掛かっている。

そこまで走ろうと試みた。

しかしさすがの私も、心細くなって引き上げざるを得なかった。Cimg8635

古ぼけたアパートや工場、愛想の無いロシア人、

私をじろじろ眺める視線に耐えられなくなったのだ。

夕方、対岸の中国に夕日が沈んでいく。Cimg8636

その黒竜江に沈む夕日を眺めつつ、

ただ何時までも河畔にたたずんでいた。

詩心が多少ともあるのなら、この運命の河を何と表現するのだろうか・・・。

|

« 川の民 | トップページ | ティーセミナー »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: アムールの夕日:

« 川の民 | トップページ | ティーセミナー »