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2009年10月31日 (土)

人生無常

人間何時までも生きる訳ではないし、Cimg9174

明日の命だって保証の限りにあらずだ。

だけどそんな事を、常時意識している人なんていない。

身近な人の訃Cimg9176報に接して、人生の無常を思うのが常だ。

とは言え、私の生死観は極めて淡白にできているようだ。

弔問に出かけても、それは親族に対してであって、

故人へのそれではない様な気もする。Cimg9158

つまり、死者は既に只の物体だと認識しているのだ。

仮に体は滅びても、志は何らかの形で引き継がれる。

志こそが、その人の命だと思うのだ。Cimg9047

もしもあの世とやらがあるとしたら、

無数の生命がそこに行く訳で、

そこは無数の死者で一杯になってしまうはずだ。Cimg8954

「もう満員です」と言われても不思議ではなくなる筈だ。

そう言われないのは、輪廻転生という生まれ変わりがあるからだ。

何に生まれ変わるかは、まさに因果応報というヤツだ。Cimg8953

そうやって子々孫々、私達は生きているのだ。

そういう意味で、人生は無常でなく、あくまでも自己責任なのだ。

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2009年10月30日 (金)

味覚の秋

最近、飯が美味い。Cimg9167

毎朝、小松菜を採って食べている。

その新鮮さと食感が気に入っている。

先日は、栗を大量に頂いたので栗飯を炊いた。Cimg9156

これと秋刀魚で、秋を存分に味わった。

ともあれ、秋は新米の季節だ。

昔の人々が、新米を食べるなんてめったに無かった。Cimg8965

私の家も農家だったけど、新米は年を越えた夏頃やっと手をつけた。

そうやって多くの農家が、日頃から飢饉に備えていたのだ。

新米と言う言葉には、「新米のくせに生意気な」という蔑視がある。Cimg8963

それに古米を残して新米を食べちゃったら、古米は一層古くなっちまう。

と言う訳で、行政刷新会議では新米を排除したらしい。

張り切っていた新米諸氏の心中や如何というところか。Cimg8962

しかし、小沢幹事長の判断は、まったくもって正しいのだ。

いくらなんでも当選したばかりで、用語すら分からない新米に、

国の予算の軽重を判断させるなぞ常識ハズレだろう。Cimg8956

「否、勉強させるつもりだった」としても、

5兆円もの予算カットを求められる立場なのだ。

古古古米だって、判断は難しかろうに!

表面面は兎も角、新政権の中味を国民はじっと見ている。

今宵は、栗名月の十三夜である。

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2009年10月29日 (木)

タクアン

大根を干して、米糠に漬け込む季節だ。Cimg8926

子供の頃は、我が家でも毎年大きな甕に漬けたし、

大根をはず干しする風景は、つい最近まで田舎の風物詩だった。

しかしタクアンも、何時の間にかスーパーで買い求める食材になった。

ともあれこのタクアン、叡山の元三大師の発明と言われる。Cimg9090

もっとも一般に広まったのは、江戸初期の禅僧沢庵からだとも言う。

タクアンは、米糠と塩で漬ける。

と言うことは、米糠が必要な訳だ。

その昔、農村では米を食うなんて事は希なことだった。Cimg9086

いわんや、米を搗いて白米を食べるなんて事はなかった。

白米を食べるようになったのは、江戸時代からのことだ。

しかも、白米は江戸などの都市部に限られていた。

白米を食べるようになって、脚気が流行りだすのだ。Cimg9087

よって、米糠は都市部で生産された。

そうだとすると、タクアンは都市で加工された食材になる。

ともあれ元三大師は、平安時代末期の人だ。

その頃に叡山ではタクアンを作っていた訳で、Cimg9083

白米を食するなぞ、比叡山ではかなりの栄華があったことになる。

貴族仏教の叡山ならではのことだろうか。

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2009年10月28日 (水)

無駄

鳴り物入りで、行政刷新会議なるものが発足した。Cimg8764

早速、行政の「無駄」を削るWGが作られた。

必殺仕分け人とも、奇兵隊とも囁かれたのだが、

発足草々、その委員の大半が首になってしまった。Cimg8781

ともあれ95兆円に膨れ上がった概算要求を減らすのが使命だ。

その一人、蓮舫議員が「全部、疑って掛かりましょう!」と言っていた。

頼もしい限りである。Cimg8924

だが、そもそも「無駄」の判断基準は如何なるものなのか? 

疑うべき第一は、マニフェストに掲げた事項ではないか。

高速無料化、暫定税率廃止、戸別所得保証のバラマキなど、Cimg8939

先ずはよくよく考えるべきだろう。

その諸々を棚上げしておいて、

本来必要な事業を無駄扱いするなら、それは自殺行為だ。Cimg8966

全ての事業は、良かれと組み立てられている。

判断は、より効率・効果的な事業を選ぶと言うことだろう。

始めから分かりきったような無駄など在り様も無いのだ。Cimg9143

要は、より価値の高い事業を求めて、その軽重を図ることだ。

「無駄」と言う言葉は、殊更な政治宣伝臭をただよわせている。

このまま走っていくと、この国の財政は数年で破綻するだろう。

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2009年10月27日 (火)

Old Boy

定年退職というのは、古巣のコミュニティーを無くすことでもある。Cimg9132

それで、旧職場の同窓会などが開かれる。

私も、誘いのあった会には努めて出席するようにしている。

それはそれで、懐かしい顔ぶれに会えたりするのだが、

何故か空虚な気持ちがどこかに残ってしまう。Cimg9133

単なる過去の郷愁への抵抗感だろうか。

懐かしい諸先輩に会ったとしても、それだけなのである。

未来に向かっての躍動とか野心が無い。

もちろん、齢90歳にもなる先輩が矍鑠として話すのを見れば、Cimg9134

我もかくありなんと思ったりはする。

しかし、それだけなのだ。

自分がかつてその組織に帰属したという、

自己満足に帰結せざるをえない。Cimg9135

もともとOB回というものは、そうしたもので、

会で顔を合わせ、互いの健勝を確かめ合うのが目的なのだろう。

老いては過去に生きるのだ。

ともあれ、人の生き方はみんな違う。

新たな転地を切り開いていく人も多い。

だがそういう人は、案外オールとボーイの会には出てこないのだ。

さても、・・・・・

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2009年10月26日 (月)

秋深し

ムベの実が紫に色付いて、風に吹かれている。Cimg9149

萩だって、その小さな花で精一杯の存在を主張している。

照葉樹の多い小笠山でも、秋は静かに深まりを増している。

木漏れ日の間をそよぐ風は、秋風そのものである。Cimg9081

その照葉のそま道を、サクサクサクと小気味良い音と共に走っていく。

晩秋の山は、鳥のさえずりも虫の声も静かだ。

心気は自然と体の中に篭っていく。Cimg9148

無我の夢見心地と言えるかも知れない。

そんな時、忽然と目の前に紅葉が現れる。

数少ない広葉樹は、この時期に最もかがやく。Cimg9082

緑の中に照りかがやく紅葉の美しさは、

間もなく色あせてしまう儚さの故に心を打つのだろうか。

里に下りれば、二郎柿がたわわに熟している。Cimg9085

「柿が赤くなると医者が青くなる」と言われるほど、

柿はビタミンCが多い果物だ。

その栄養豊富な柿を、今ではモズが食べている。Cimg8856

「柿くえば 鐘が鳴るなり 法隆寺」(子規)

今日は「柿の日」だそうである。

秋は、駆け足で通り過ぎようとしている。Cimg9088

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2009年10月25日 (日)

椰子の実

「名も知らぬ遠き島より 流れ寄る椰子の実一つCimg9157

故郷の岸を離れて なれはそも波に幾月・・・」

島崎藤村の詩である。

この伊良子崎を舞台にした詩情は、Cimg9164

実は柳田国男の「海上の道」から生まれた。

柳田は大学3年の時、ひと夏をこの伊良子崎で過ごしている。

彼は未だ民俗学者でもなかったのだが、Cimg9159

浜に流れ着いた椰子の実を見つけて、

遥かな波路を超えてきた椰子の実に、その故郷を思う。

「どんな島から流れてきたのだろう? 」Cimg9161

「遥かかなたのその島から、どの位波に浮かんでいたのだろう?」

純な青春の思いは、遥かかなたに飛んでいく。

柳田は東京に帰って、友人の藤村にその椰子の実の話をするのだ。Cimg9165

藤村はその話に感激して、冒頭の歌になったと言う次第だ。

そうして、流れ寄る椰子の実は、

柳田民俗学の原点になったと言われる。Cimg9166

彼が伊良子崎に滞在したのは明治31年だから、

もう110年前のことだ。

半島と言うCimg9162ものは、詩心のない私にも遥かな気持ちを抱かせる。

そこには、恋路が浜が続いていた。

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2009年10月24日 (土)

茶の湯考

今日から、第24回国民文化祭が静岡の各地で始まった。Cimg9152

それで私も、一つの講演会に出かけた。

そのテーマが「日本人にとって茶の湯とは何か」である。

果たしてどうなることかと、出かけた次第である。

茶の湯と言っても、私達の日常からはドンドン遠くなっている。Cimg9150

かつて花嫁修業が言われた時代には、良妻賢母に茶道は必須だった。

しかして今日、ヘソだしギャルに茶道は無理だ。

何故って、茶の湯は「茶を通して、心の在り様を深め高めるもの」だからだ。

山上宗次が「一座建立」と言っているように、茶会は醸すものだ。Cimg9153

一定の合理的な型に終始することで、無我の世界を作り出す。

座禅はジッとして無心を求めるが、茶道は全身を使いつつそこに向かう。

禅よりも、優れた修行法かも知れない。

ともかく、限られた空間、研ぎ澄まされた時間、茶室の人間関係、Cimg9151

その作られた三間が茶の湯なのだ。

しかして私には、マラソン道のほうが分かりやすい。

ひたすら走ることで無我の境地になる。

そこからは、様々な発想も自由に湧き上がるのだ。Cimg9154

はて、道元禅師が「感応道交」と言っている。

臨機応変と言うことだろうか。

何も、茶の湯に囚われることはあるまい。

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2009年10月23日 (金)

人生の目的

私なぞは無為徒食の徒に過ぎないのだが、Cimg8610

人生には大小は別にして、生きる甲斐が必要らしい。

言い換えると、目的があるから人は生きられる。

失意のままでは、人は自分で自分を滅ぼしてしまう。Cimg8693

それが、犬猫と違う人が人たる所以と言っても良いだろう。

ただ、その目的がどの程度明瞭か否かは人によって異なる。

いやさ大抵の人は、目的など意識もしてないし、Cimg8753

意識していたとしても漠然としたものでしかない。

人生の目的は如何と問われても、定かには答えられないだろう。

でも、あの人の為にとかあれをやり遂げるまで、Cimg8767

草花を育てて・・とか、

無意識でも何がしかの目的が有るものだ。

だけど、ことを成し遂げる人は、その目的は極めて鮮明だ。Cimg8774

「念ずれば通ず」と言うが、その一事を自分の人生と同化させている。

だから、自ずと目的に向かって突き進むことになる。

何時の間にか、事がなると言う次第だ。Cimg8695

日々の生活に汲々としているのが現実だが、

時には静かにそんな事も考えてみたいものだ。

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2009年10月22日 (木)

待望の竜馬

Cimg9147 坂本竜馬と言う人は、あの幕末でも稀有な存在だった。

自己顕示欲が有る訳でなく、志士の群れとも一線を画して行動していた。

蛤御門の変の後は、志士救済のための事業に奔走する。

長崎の亀山社中も、後の海援隊もその一環だった。Cimg8929

その男が仲立ちをし、徳川慶喜をして大政奉還をなさしめる。

倒幕のための最新兵器の調達も、彼の力に負うところが大きい。

それに幕府を倒した後の青写真は、すべからく彼の脳中から出た。Cimg8927

その竜馬は、鳥羽伏見の戦いの前年、幕府の見回り組の凶刃に倒れる。

「人間の一生は、合点の行かぬは元よりの事」だったのだ。

既に彼のすべき大仕事は、あらかた終わっていた。Cimg8642

残されていたとすれば、開戦を阻止する仕事だったろうか?

だが、時代の趨勢からいって、それを成し得たかどうか?

ともあれ「日本を今一度 せんたくいたし申候」は成った。Cimg8951  

来年のNHK大河ドラマは、「龍馬伝」である。

今回の政権交代を、明治維新に擬えるむきもある。

果たして、この国の将来を見据えた青写真を描けているのかどうか?Cimg8948  

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2009年10月21日 (水)

不都合な真実

無駄を省いて福祉経済を目指す。Cimg8934

無駄は、官僚支配に原因がある。

それを実現する正義の味方は我々だ。

そう言って、政権を獲得した。Cimg9084

しかし、どうも先行きに暗雲が広がりつつある。

子供手当てに高速無料化、暫定税率は意氏に授業料の無料化、

それに戸別所得保証など約束したことは沢山ある。Cimg8944

まともにやれば、何れも数兆円の金の要る施策だ。

子供手当てだけでも5兆円余だ。

しかも、それが毎年必要になる。

だが、税収はどうやら40兆円を下回りそうだ。Cimg9051

それなのに90兆円余の予算を組むと言う。

増やさないと言っていた筈の赤字国債も大幅に増やさざるを得なくなった。

半分以上を借金で賄うらしい。Cimg8937

「沢山あると言っていた埋蔵金はどうした」と言いたいが、

それも焼け石に水で、たかが知れている。

一度使えば終わりだ。Cimg9146

収入の2倍以上の借金が、何時まで可能だろうか? 

ふんだんに有った筈の「無駄」を徹底して探してもらいたいものだ。

とは言え、最大の無駄は国会議員だな!Cimg8935

とりあえず、議員の数を半分以下に減らすべきだろう。

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2009年10月20日 (火)

法要

私の父が他界してから、まんまる2年になる。Cimg9128

かつての中国では、この三回忌を終えるまでが喪に服する期間とされた。

清朝末期の混乱期にも、この喪に服することが政治的に使われたりもした。

ともあれ私のこの二年間は、喪に服するどころか激変の期間だった。Cimg9108

定年退職や新たな職場への変化。

地域での様々な動きに関連したこととども。

もっともそんなことより、心理的な変化の方が大きいかも知れない。Cimg9129

たったの2年が、5年にも6年にも感じられる。

孫娘が「大爺ちゃんの顔、暫く会ってないから忘れちゃった。」と言う。

そう!!Cimg9052

人間は、忘れ去られる存在なのだ。

仮に記憶されるとしても、暫しのことでしかあるまい。

色即是空、空即是色なのだ。Cimg9130

後生大事に生きたとしても、それだけのことなのだ。

要は、今この時、何が出来るかが大切なのだろう。

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2009年10月19日 (月)

日本のベイエリア

豪州などでは、シーサイドは最高のリゾートだ。Cimg9137_2

別荘の裏庭には船着場があって、ヨットが係留されている。

遠浅の海が多いから、波も穏やかなのだ。

ところが四方海に囲まれているのに、この国ではそうは行かない。Cimg9138

浅海はとっくに埋め立てられているし、堤防の外は深海である。

昨日、町の一斉海岸清掃で、海岸のゴミ拾いに行ってきた。

台風18号の影響か、確かにゴミは多い。Cimg9139

だが驚いたのは、砂浜が大変狭くなったことだ。

数年前の半分ほどに痩せ細っていた。

しかもその痩せた砂浜を、四輪駆動車が走り回っている。Cimg9142

勿論彼らはサーファーで、波打ち際まで乗り付けて海に入っていく。

ゴミ拾いの私達を尻目に、ぷかぷかと波に浮かんでいる。

これじゃ、海亀の卵を産む所はなかろう。Cimg9144

それにしても、砂浜が減ってしまった。

場所によっては、防波堤の根元まで満潮時には波が来る。

この国のベイエリアは、このままで良いのかどうか。Cimg9145

「何んとかせにゃあかんぜよ」と思う。

この国の四方は海なのだから。

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2009年10月18日 (日)

頼朝と伊豆

平治の乱に敗れた後、長男の頼朝は伊豆の蛭ヶ小島に流された。Cimg9115

蛭ヶ小島は、狩野川の数あった中州の一つだ。

その小島で、彼は17年間の配流の生活を送った。

頼朝が31歳の時、北条政子に子供を産ませる。Cimg9105

政子は、土地の土豪北条時政の娘であった。

時政が都に勤務している最中のことだった。

帰郷して驚いた時政は、政子を伊豆の目代の山本氏に嫁がせることにした。Cimg9106

平氏に睨まれまいとしたのだが、ここから時代が動き始める。

祝言の前夜、政子が熱海近くの伊豆山権現に逃げ込むのだ。

時政は、僧兵に囲まれた伊豆山に手出しが出来ず、Cimg9104

頼朝と政子はここで合流する。

紆余曲折はあったが、結果として頼朝は伊豆の兵力を糾合し、

1180年、彼が34歳の時平氏追討の旗揚げをすることになる。Cimg9103

それは、政子をひきつけ、祝言前夜の決断をさせたからこそ出来たことだ。

彼はその後、封建と言う時代の風を一気にはらみ鎌倉幕府を起こすのだが、

すべからくこの政子の筋に頭が上がらない。Cimg9102

とどのつまり源氏三代の悲劇となり、北条氏の治世となっていく。

神輿に乗った頼朝と言う男の人生、

そして、政子と言う一人の女性の生き様を考えてしまう。

今日の蛭ヶ小島は、田圃の中のほんの一角に過ぎない。

だが、この小さな一角から歴史のドラマは始まっているのだ。

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2009年10月17日 (土)

江川太郎左衛門

幕末には、多くの優れた人材がくもの如く現れている。Cimg9109

それは、一にかかって外圧の影響だった。

殊に1840年のアヘン戦争は、国内の知識人に大きな影響を与えた。

欧州各国に植民地にされてしまうという危機感だ。Cimg9114

伊豆代官だった江川も、国防の重要性を幕府に建議した一人だ。

長崎の砲術家、高島秋帆に砲術を学び、

渡辺崋山らの影響も受けている。Cimg9113

そして1849年には、自宅の庭に小反射炉を築造している。

幕府が彼に本格的な反射炉の築造を命じたのは、1853年のことだ。

幕府は、3,700両の資金を彼に与えている。Cimg9112

やがて彼は、1855年品川台場の砲台築造を命じられる。

が、その年彼は没し、その事業は子供の英敏に引き継がれる。

いずれにしても、ぺりー来航に備えた大砲は、Cimg9111

24ポンドカノン砲など、数百がこの反射炉で鋳造された。

当時は、鋳造後に砲身をくりぬく工法だった。

それで、大砲を水車で回転させ、中を削ったのだと言う。Cimg9110

江川が残したものが、もう一つあった。

彼は1842年(天保12年)、兵糧用に小麦粉でパンを製造している。

これがこの国で、初めての本格的なパン製造となった。Cimg9127

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2009年10月16日 (金)

新農業人

今日の世界で、死因の最も多いのは何か? Cimg9007

それは何と飢餓で、毎日2万5千人以上が死んでいる。

そしてその多くが、5歳未満の子供だと言う。

今日、10月16日は世界食料デーだ。Cimg9117

この日本では、年間に5000万トン余の農産物を輸入している。

世界最大の食糧輸入国だ。

その意味で、世界の飢餓に大きくかかわっていると言うべきだろう。Cimg9118

その日本では、農業就業者が極端に高齢化してしまっている。

若い人が参入しないからだ。

何故か? それは一定の規模が実現できず、利益を生み出せないからだ。Cimg9119

政府の農業政策も猫の目だ。

新政権も、個別所得保証なるものを規模と関係なくやるそうだ。

10aの片手間農業も、数ヘクタールの本格経営も同じだと言う。Cimg9125

そうなことをしたら、規模拡大など進むはずが無い。

ともあれ、農業者の激減は、新規参入者にとってチャンスだ。

と言う訳で、企業を含めて新規農業参入が流行りになっている。Cimg9121

だが、農業は資本を必要とする装置産業だ。

農地や生産施設、作業機械や雇用など、初期投資が大きい。

体一つで農作物が出来ると思ったらとんでもない。Cimg9122

体一つでできるのは、私の菜園のような「農」であって、「業」ではない。

静岡県の肝いりで、今日まで全国ニューファーマーの集いが開かれている。

新規参入で成功することの困難さと、可能性を考えようと言うのだ。Cimg9126

住む家も農地も無いところから、どうして生計を成り立たせるのか?

既成の概念では、とてもこの壁を乗り越えることは出来ない。

農を業にすることは、それほどに難しいものなのだ。Cimg9008

 

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2009年10月15日 (木)

旅心

電車が通勤の手段となって久しい。Cimg9089

昔は、電車に乗るとどこかにワクワク感があった。

何所か知らない所に行き着くという期待だ。

そこには名所旧跡やら名物があった。Cimg9100

そこここの駅弁だって、旅人からすれば大変な名物だった。

あそこには釜飯があって、そこはうなぎ飯でと言った具合だ。

未知との遭遇、それが旅心であり観光だった。Cimg9069

そういう意味では、便利さがそいつを無くしてしまった。

昔の道中歌は、旅心そのままだ。

♪お江戸日本橋七つ立、初上がり。・・・行列揃えて、あれわいさのさ、Cimg9057

・・・恋の品川女郎衆に、袖引かれ、のりかけお馬の鈴ヶ森、

こちゃ大森細工の松だけを。・・・鶴と亀との米まんじゅう。・・

と五十三次を歌うのだが、全て卑猥歌なのである。Cimg9058

そいつが明治33年の鉄道唱歌になる。

汽笛一声新橋を・・・♪~となるのだ。

だがこれも、特急が出来て新幹線になると、誰も歌わなくなった。Cimg9056

名物駅弁も消え果てしまった。

何処に出かけても同じと言うことで、国内の観光地は衰微する。

未知との遭遇がなくなったからだ。Cimg9101

新幹線は毎日通勤に使っている。

でも、私はこの新幹線には、やはり幾ばくかの旅心を覚えている。

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2009年10月14日 (水)

菜園

暇を作っては、土いじりをしている。Cimg9096

この間の週末は、人参と小松菜、それにホウレンソーを播いた。

友人から分けてもらった白玉葱も、ちゃんと植えた。

ホーレンソーの播種は、毎週の決まった仕事だ。Cimg8984

とは言え、毎年同じ土で栽培していると不出来になる。

連作障害というヤツだ。

夏のオクラも、あちこち引越ししながら栽培してきたが、Cimg9097

来年は新天地を求めなければならなくなった。

小松菜は、ホーレンソーの代わりのつもりだった。

だが、勝手が随分と違う。Cimg8977

潅水のたびに倒れてしまうし、成長もばらつく。

それで今週は、随分と深播きしてみた。

果たして、上手く発芽するかどうか・・・。Cimg9098

植物は、マニュアル通りには行かない。

失敗を繰り返して、コツを身につけるしかない。

そうして、自分の労働の跡を毎朝点検するのが楽しい。Cimg8968

12月に入れば、ホーレンソーの収穫が始まる。

あの凍るような朝の冷水が、何んとも言えない収穫の試練なのだ。

人生は、かくあるべきだと思っている。Cimg9099

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2009年10月13日 (火)

浜名湖を眺めて

Cimg9064 浜名湖一周を走って、思っていたことを書きたい。

現在の浜名湖は、今切口で遠州灘とつながっている。

干満の激しい潮の流れがあって、今日の汽水湖になっている。

だが1498年の地震と津波までは、完全な淡水の湖だった。Cimg9043

それで琵琶湖が、都に近い淡水の海と言う意味で近淡海(近江)と呼ばれたのに対し、

遠い淡水の海の意味で遠淡海(遠江)と呼ばれていた。Cimg9044

それが1498年(明応7年)、砂洲が決壊して入海になった。

さらに1510年(永正年)の地震・津波で、橋本の宿場が水没。

新居と舞阪の間は、渡船が必要になった。Cimg9045

この渡船区間も次第に広がって、1707年には一里半にもなったという。

その渡船場の東端にあったのが、新居の関所である。

奉行以下50名余が常駐したらしいから、規模は街道一かも知れない。Cimg9046

この新居町も、近く合併して湖西市になる。

さてもこの浜名湖、汽水湖になったお陰でサバや車海老、

ハゼやカキなどと水産資源の宝庫でもある。Cimg9049

が、江戸の昔からの名物は、何んと言っても鰻だ。

浜名湖は、地図上では都田川の一部なのだが、

そいつを忠実に一周すると80kmにもなる。Cimg9050

秋の浜名湖を走りながら、

そんな故事来歴や、湖畔の人々の風姿を眺めるのも風情がある。

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2009年10月12日 (月)

鬱屈

平凡な日常は、とても大切なものだ。Cimg8550

しかし、変化の無い毎日は人を駄目にする。

人生には、大波小波が必要なのだ。

政治だってそうだ。Cimg8552

太平の世が続くと、逆に不満が鬱積していく。

思えば、60年安保や70年の騒動もそうだった。

不満の標的が、たまたま条約締結だったのだろう。Cimg8560

80年代は成長と言う変化の時代だった。

90年からはバブル崩壊と失われた不安の10年になる。

そして今回の政変である。Cimg8561

そういう意味では、政治は格好の不満のはけ口なのだろう。

この国では年間の自殺者が、11年続けて3万人を超えている。

原因の多くは不安の鬱積だ。Cimg8594

ところで恒常的に体を動かしている人は、鬱病にならないそうだ。

走っていると「何だ、そんなことだったのか」と思うことも多い。

淀みに拘泥したがる自分が溶けていく。Cimg8605

つまり私みたいに馬鹿みたいに走ってりゃ、鬱屈も飛んでってしまう訳だ。

人間は、くよくよしていても始まらない。

肝心なのは、良く生きてよく死ぬことだ。Cimg8620

そうしないと、人生の帳尻は合いっこない。

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2009年10月11日 (日)

村祭り

子供の頃の鎮守の祭りは、Cimg9092

ほのかな古里の香りがした。

田舎道に露店が並び、

如何にも年に一度の祭りの雰囲気だった。Cimg9094

つい最近まで、祭りは最大の非日常的な出来事だったろう。

秋の取入れを前にして、氏神様に五穀豊穣を祈念する。

それなりに深刻であり、敬虔な祈りだったはずだ。Cimg9091

農家の所得は、一にかかって米の収穫に依存していたし、

その米の不作は一年の不如意に直結したのだ。

それに引き換え、今日の祭りは気楽なものである。Cimg9080

豊作とは何の関係もなく、

屋台の引き回しに興ずることが出来る。

氏神様も、説明されなければ意拉致が分からなくなっている。Cimg9078

それはそれで良しとすべきなのだろう。

時と共に、風俗も意味合いを変えていくものなのだ。

来年も、平穏無事に、Cimg9073

祭りが出来ることを祈らなくてはならない。

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2009年10月10日 (土)

政治家の資質

官僚脱却が、現政権の大きなテーマらしい。Cimg9065

委員会答弁や記者会見を官僚にさせないなどと言っているが、

それは単なる見かけ上の話で、政治そのものではない。

声高に官僚脱却を叫ぶのは、

政治はこれまで官僚がやっていたからだ。Cimg9028

では議員は一体何をしていたのかと言うと、

議会での権力闘争と報恩の賛否に係わっていたに過ぎない。

つまり、この日本には政治家は殆ど存在しなかったことになる。

政治とは、世の中の趨勢を見極め、Cimg9066

新たな方向を見出して政策化することだ。

政策化には、福祉であれ安全保障であれ、

経済、外交、産業、教育であれ、

複雑多岐にわたる構造を整理し、利害を調整する必要がある。Cimg8957

つまり、自分の固有名詞のついた法案を提出できるほどの力が必要なのだ。

そんな能力の有る議員は、残念ながらこの国には育っていない。

だから、官僚依存だったのだ。

ではどうすれば、官僚に依存しなくてもよくなるのか?Cimg9029

国会議員の数を1/4にすることだ。

そうして、各議員には10名以上の政策秘書を配置する。

優秀な官僚は、この秘書になればよい。Cimg8961

そもそも国会議員は、選挙区の世話などしなくても、

政策を語っていれば良いのだ。

そうして初めて、政治家による政治が実現できるのではないか。Cimg8952

昨今の官僚脱却では、絵にかいた餅ほどにもならないだろう。

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2009年10月 9日 (金)

スポーツと健康

Cimg8900 普段、自分の体を意識しつつ動くことは殆ど無い。

だが、変調を来たすとそうはいかなくなる。

9/20の丹後100kmマラソンは、何時になく苦しかった。

事前の準備不足が祟ったのだ。Cimg8920

それでも、13時間32分で走り通すことが出来た。

コールしてから温泉に浸かっていると、

突然湯の中で体がブルブルと震えだした。Cimg9002

その時は「何の! ちっとばかり疲れたかな?」と思った。

次の日から、晩方になると微熱が出るし体がだるい。

「風邪だろう」と思って、Cimg8921

翌週の天竜路マラニック49kmを走った。

結構辛かったんだけど「苦しさを乗り越えるのが、マラソンの醍醐味」と走り続けた。

だけどその後も、一向に熱と咳きが収まらない。Cimg9040

その翌週は、浜名湖一周マラニックである。

朝のスタートラインで、走友のNさんに「あなた、それ肺炎ョ」と言われた。

一瞬たじろいだが、それでも何とか43kmを走りきってしまった。Cimg8922

夜、寝ていても咳が止まらない。

翌日、医者に駆け込んだ。

曰く「肺が真っ白だね。肺炎です。」Cimg9042

「体力があったから、高熱が出なかったんだね。」

「マラソンに罪は無いけど、しばらく止めなさい。」

と言う訳で、抗生物質のお世話になった。Cimg8928

今の医療はすごい。

もう、この週末には走れそうだ。Nさん有難う。

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2009年10月 8日 (木)

尾張徳川

御三家筆頭62万石の大大名である。Cimg9031

初代は家康の九男、義直である。

尾張徳川家は、その義直から面々と今日の22代まで続いている。

だが、徳川家の力関係から不思議と将軍を出していない。

とまれ、名古屋市東区徳川町に、

徳川美術館と徳川園がある。Cimg9032

二代藩主光友の隠居所だった所だ。

明治22年からは、尾張徳川家の邸宅であった。

昭和になって19代当主が、この土地を名古屋市に寄贈。

今日の、変化に富んだ広い庭園と美術館になった。

入り口の黒門は、明治33年建造の邸宅の遺構だ。Cimg9033

美術館には、家康の遺品やら歴代藩主の遺愛品が1万点も収蔵されている。

隣接して逢左文庫があって、徳川家の蔵書が展示されている。

実は家康は、九男の義直に儒教関係の書物を大量に与えている。

当然ながら義直は、儒教こそ大事と儒学を振興する。

太平の世を目指した家康の心は、大いに通じたと言える。Cimg9036

お陰で幕末にいたっても、尾張は水戸藩のようにはならなかった。

雨の中、徳川園の小道を巡りながら、

地域と人と言うことを考えていた。

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2009年10月 7日 (水)

物づくりの原点

愛知・静岡は、日本でも有数の物づくり地帯だ。Cimg9011

その分、今回の景気の落ち込みは大きい。

しかし、その自動車産業を抜きにしてこの地域は語れない。

名古屋市にトヨタ・テクノミュージアムがある。Cimg9012

豊田佐吉の織機から最新の維新の自動車生産までを辿ることが出来る。

綿から糸を作り、これを染色、様々な文様の織物を作る。

初期の手作業から、次第に精巧なマニファクチァに変わっていく。Cimg9015

その進化の原点は、糸繰りにある。

その進化を、この地域の人達の工夫で成し遂げていく。

そして出来上がった技術は、車を作ることとそんなに変わりが無かった。Cimg9021

自動織機の特許を英国に売った原資で,

車作りへのアプローチが始まる。

やがて技術者達の情念の元、国産車が生まれる。Cimg9022

今日の価格にして、2千万円くらいだった。

戦争やら不況やらの波を乗り越えて、

やがて大衆車生産が実現する。Cimg9024

そして、今日の世界のトヨタが登場する。

糸を紡ぐことから全ては始まったのだ。

今、この博物館を訪れる外国人が多い。Cimg9025

彼らも私達も、ここで何が進歩を生み出しているかを学ぶはずだ。Cimg9027

さて、私達の新たな物づくりは、地球環境をつくることだろう。

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2009年10月 6日 (火)

喉もと過ぎれば

食べ物のことだから、正に喉もと過ぎればだろう。Cimg8647

日本のカロリーベースの食料自給率40%は周知の事実だ。

それに地球人口のうち10億人以上が飢餓状態なことも同様だ。

昨年、小麦やトウモロコシの価格が高騰して、Cimg8905

自給率論議も国民の大きな関心事になった。

それが金融危機以降、穀物価格もかなり下がってきた。

となると俄然輸入量も増えるし、Cimg9048

一年前の騒ぎも忘れかけてしまっている。

要するに、消費者の意識は現金なものなのだ。

ところがこの問題は、今始まったばかりなのだ。Cimg9037

地球の人口は増え続けている。

今後の40年で、23億人も増える。

現在の68億人が91億人になるのだ。Cimg9062

それに発展途上国の経済成長と共に、食肉需要は急増する。

その家畜の餌も必要だし、

バイオ燃料向け穀物も必要だ。Cimg9068

それをどこで生産するのか? 

既に耕地の拡大は限界に近づいている。

水の供給にも限りがある。

食料の生産性を上げることで対応するしかないだろう。

はてさて、それが可能かどうか?

日本の農業も、あれだね。

根本的に考え直さないと、危ういね。 

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2009年10月 5日 (月)

アレッ?

天下りへの対処だ。

政府は、28法人42人のポストを一時棚上げし、Cimg8959

公募等で決めると発表した。

チョツト変だなと直感した。

「天下りは、無駄の根源だ。不要な公益法人作って税金を・・・」って言ってたよね。Cimg8978

その不要な公益法人って、どれとどれなの? 

42人を公募するってことは、

そのポストが必要だってことでしょ。Cimg9063

それに、それぞれの法人には、民間出身者も沢山天下っている。

銀行や業界団体のOBだ。

そのポストは不問で、元官僚OBの後釜だけの公募はおかしい。Cimg8981

さらに問題は、その報酬額だ。

「何億円もの報酬を貪って、甘い汁を・・」吸ってたんだよね。

そいつを、そのままにして公募するの?Cimg9010

それとも、42人の報酬は法人の幹部として、そこそこだったとしたら、

これまでの主張は、根こそぎ覆っちゃうよね。

国民は「官僚が、天下りで巨額の利益を得ている」ことを怒ったのだ。Cimg8976

それが違ってましたでは、この落とし前どうつけるのか?

つまり、正義の味方になるには、悪者が必要だった。

物言わぬ官僚が、魔女狩りよろしくその生贄にされたってことか。

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2009年10月 4日 (日)

まあ~るく浜名湖

今日は、ぐるっと浜名湖一周エンジョイマラニックだ。Cimg9038

遠く山口県や兵庫、東京からも、この大会にやってきた。

マイペースで、コース取りも自分で決める。

忠実に縁取るように走ると80kmだ。Cimg9039

参加者は、午前五時から順次時差スタートする。

私は、7:30の最終のスタートとなった。

今日は、浜名湖の秋を満喫してやろう。Cimg9060

それも、出来るだけまあるく走る。

つまり距離を短くしようと言う寸法である。

それでも、60km以下にはならない。Cimg9059

主に浜名湖一周サイクリングロードを走るのだが、

ロードレーサーで走る人達が年々増えている。

そのスピードに少々の焼き餅を感じつつも、Cimg9061

こちとらは、一歩一歩が信条である。

自分の足で走らなくては見られないもの。

感じない事だってある。Cimg9055

途中、寸座から知波田までは、天浜線の旅も楽しんだ。

と言うことで、私の走行距離は43kmである。

ゴールすれば、風呂に入って宴会である。Cimg9067

秋の一日を満喫。Cimg9070

このエンジョイマラは、自由度が素晴らしい。

それに、今日の浜名湖は素晴らしい色合いだったな~。

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2009年10月 3日 (土)

江戸期の船頭

千石船の船頭だった、大黒屋光太夫について書きたい。Cimg8729

江戸時代後期、田沼意次の治政下の事だ。

光太夫は、伊勢亀山の回船、神昌丸の船頭である。

天明2年・1783年1月、15名の船員と共に白子港を江戸に向けて出港。

ときに光太夫は、32歳であった。Cimg8722

次の晩、駿河湾沖の大しけで帆も舵も失ってしまう。

それから8ケ月もの間、太平洋をさ迷った。

この間、積荷の米のお陰で14名が生き残った。

やがて、アリューシャン列島の孤島、アムチトカ島に漂着。Cimg9035

先住民族アウレトとロシア人狩猟団が住む孤島だった。

この島での4年間に、極寒と壊血病のために6名の仲間を失う。

彼がロシア人と共に船を作って、この孤島を脱出したのが1987年の夏だった。

やっとのことで、カムチャツカに辿り着く。Cimg9034

翌年9月、オホーツクからシベリアを横断してイルクーツクに向かう。

その時、彼らは既に6名になっていた。

イルクーツクで博物学者キリール・ラスクマンと知り合う。

彼の助けが大きかった。Cimg9003

1791年の5月に、女帝エカテリーナ二世に拝謁するのだ。

光太夫は、この女帝に破格の厚遇を受ける。

やがて9月、女帝から日本人漂民送還の勅令が出されるに至る。

そして光太夫が江戸に着いたのは、二年後の1793年8月のことだった。

無事帰着出来たのは、光太夫と磯吉の二人だけだ。Cimg8902

その後光太夫は江戸に暮し、78歳で病没する。

彼が死んでから25年後、ペリーが浦賀に来航する。

光太夫は漂泊の10年間、希望を失うことなく毎日日記を書いていた。

その日記が、ロシア事情を日本に伝え、

艱難の遍歴を人々に知らせる役割を果たす。

人の一生と言うものは、それそのものが大変なドラマなのだ。

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2009年10月 2日 (金)

社会の底力

私達の形作っている社会は、Cimg9030

国や権力のためでも、企業のためでもないはずだ。

極素朴に、人々の安寧な営みのためにこそある。

そうでなくてはならない。Cimg9019

だが時として、国威発揚の戦争とか、

企業発展のための滅私奉公などと、

あらぬ方向に牽引しようとする力が働く。Cimg9009

それを抑止し、人々の自由度を増やしていくのが社会の役割であるべきだ。

私達は、食べるために働く。

だが、フッと気付くと働くために食べていたりする。Cimg9004

本末転倒なのだが、生活に汲々としていては自由どころではない。

金融危機は、特定企業の飽くなき利益追求の結果だった。

人々を不幸に陥れるような企業の成長は無意味だ。

かつて私達は、エコノミックアニマルと揶揄されていた。Cimg8958

企業活動が、人間の目的そのものであるかのようなやり方をしていたからだ。

多少の爬行があるにしても、自由な活動を生み出す環境を求めるべきだ。

雇用も福祉もそのためにある。Cimg8999

住む所だって、心豊かに暮らすための地域なのだ。

私達の心豊かな空間と時間を作る活動、

それが社会の力になると思うのだ。Cimg8970

これからは、そいつを育てようょ!

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2009年10月 1日 (木)

こころ豊か

「モノからココロ」と言われて久しい。Cimg8974

だが私達は、どれ程ココロ豊かになっただろうか?

私は1947年の生まれだが、その頃は何も無かった。

しうせん直後のことで、食べるものにすら事欠いた。Cimg8663

米も医療も配給だけど、

キップだけ来ても現物が無いことすらあったらしい。

食料だって、1945年の配給は743kカロリーしかなかった。Cimg8983

それでも田舎は何とかなった。

が、都市ではヤミ(非合法)が調達できないと死につながった。

ヤミを認めることが出来なかった東京地裁の山口判事は、Cimg8705

1947年10月、栄養失調で死亡ている。

要するに、モノが欲しかった。

そこから出発した私達は、モノとカネに夢中になった。Cimg8979

TVにしろ車にしろ、モノが増えるたびにハッピーになった。

そいつが一転、「もう違うよ」って言われて、そんなもんかとは思ったが・・・・。

哲学で豊かになれるとは、どうも思えない。Cimg8734_2

他に方法を知らなかったと言っても良い。

当面、何だね。

モノ(年金)が無くならない事を祈るだけかな。 Cimg8723

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