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2009年10月13日 (火)

浜名湖を眺めて

Cimg9064 浜名湖一周を走って、思っていたことを書きたい。

現在の浜名湖は、今切口で遠州灘とつながっている。

干満の激しい潮の流れがあって、今日の汽水湖になっている。

だが1498年の地震と津波までは、完全な淡水の湖だった。Cimg9043

それで琵琶湖が、都に近い淡水の海と言う意味で近淡海(近江)と呼ばれたのに対し、

遠い淡水の海の意味で遠淡海(遠江)と呼ばれていた。Cimg9044

それが1498年(明応7年)、砂洲が決壊して入海になった。

さらに1510年(永正年)の地震・津波で、橋本の宿場が水没。

新居と舞阪の間は、渡船が必要になった。Cimg9045

この渡船区間も次第に広がって、1707年には一里半にもなったという。

その渡船場の東端にあったのが、新居の関所である。

奉行以下50名余が常駐したらしいから、規模は街道一かも知れない。Cimg9046

この新居町も、近く合併して湖西市になる。

さてもこの浜名湖、汽水湖になったお陰でサバや車海老、

ハゼやカキなどと水産資源の宝庫でもある。Cimg9049

が、江戸の昔からの名物は、何んと言っても鰻だ。

浜名湖は、地図上では都田川の一部なのだが、

そいつを忠実に一周すると80kmにもなる。Cimg9050

秋の浜名湖を走りながら、

そんな故事来歴や、湖畔の人々の風姿を眺めるのも風情がある。

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コメント

勉強になりました。ここの内容は全然しりませんでした。
他の記事もいいですね。
ちょっと足跡をつけさせていただきました。

投稿: 奥幸二 | 2009年10月16日 (金) 21時39分

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