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2009年12月22日 (火)

土肥金山の奥

伊豆には、あちこちに金鉱山があった。Cimg9493

中でも土肥の金山は、天承5年(1577)の発見以来、

昭和36年まで採掘が続いたらしい。

最盛期は、金山奉行大久保石見守支配の慶長年間だ。Cimg9494

今日では「日本の産業遺産」にも指定されていて、

構内に奥まで入ることが出来る。

鉱脈を追って金槌とタガネで100mも岩山が掘られていて、Cimg9495

人間の金への執念の凄さと言うものを感じる。

私が見せていただいたのは、ガン附天正金鉱で、

津波で埋もれてしまっていた鉱山だ。Cimg9497

この鉱山の昭和30年代の発掘の際、「釜屋敷」跡が見つかった。

岩山の山麓に炉が作られていて、ここでアマルガム精錬が行われていた。

燃料には、松脂なんかが使われたらしい。Cimg9499

地金になった金は、

この土肥港から対岸の清水港に千石船で運ばれた。

もちろん駿府と江戸の金座に送られたのだ。Cimg9501

ところで、この坑道の最深部に「山の神」が祭られている。

構内の空気が薄くなって休山に際し、祠を作ったのだと言われる。

金鉱脈は、岩の割れ目に沿って白く続いている。Cimg9500

この割れ目を「山の神」として祭ったもので、

これを龍が合うと書いてガンと読ませている。

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