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2010年2月17日 (水)

久能山東照宮

久能山の名は、かつてここに久能寺があったことに由来する。

その久能寺を1568年、武田信玄が寺を東麓に移して、

寺の跡に久能城を築いた。

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移された寺はその後寂れてしまっていたが、

明治の初め幕臣の山岡鉄舟が再興を提唱する。

Cimg9813

それが今日の名刹「鉄舟寺」である。

ともあれ家康は、自分をこの久能の城跡に葬ることを遺言して死んだ。

Cimg9814

それで1616年、東照宮が建立されて今日に至っている。

本殿の奥まった所に家康公の墓がある。

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しかも墓は、彼の西方鎮護の意を戴して、西向きに建てられている。

その後日光東照宮に一部分骨されるのだが、

Cimg9816

ここが彼の墓であることに変わりない。

楼門も社殿も総漆塗りの極彩色であって、規模こそ日光に劣るが、

Cimg9817

荘厳なたたずまいは天下人の廟所にふさわしい。

標高270mの高台から駿河湾を見晴るかすと、

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東には伊豆半島、西には御前崎を一望できる。

家康公は、良い所に眠っている。

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