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2010年2月23日 (火)

鉄舟寺

清水港の奥まった所に、鉄舟寺と言う名刹がある。

そしてその門前には、二体の厳めしい仁王像が睨みを利かせている。

実はこの寺は、1568年まで久能山の山頂にあった。

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駿河湾を睥睨する絶壁の上にあった頃の久能寺は、

堂塔伽藍も数多く豪壮な寺だったらしい。

その寺を、武田信玄が久能城を築くに当たって山の麓に移した。

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麓に移された寺は、その後寂れてしまっていた。

寂れた寺の再興の契機を作ったのが、幕臣の山岡鉄舟(鉄太郎)だった。

山岡と清水の縁は、幕末の動乱期に生まれている。

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勝海舟の意を受けて駿府に西郷隆盛を訪ねる途中、

薩埵峠で東征軍(官軍)に追われる身になってしまう。

その鉄舟をかくまって舟で清水港まで送ったのが、

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望嶽亭の主人だったという。

そして清水港で山岡を迎え、

子分ともども護衛して駿府に送り届けたのが次郎長だった。

ともあれその後の戦乱で幕府の船が沈み、

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港に幕臣の死体が多数流れ着く。

その埋葬を買って出たのが清水次郎長だった。

それは多分に鉄舟と次郎長の親交の故だったかも知れない。

鉄舟寺の再興もそんなこととの関連も深いのではないか?

今日の名刹「鉄舟寺」は、山岡の43歳の折の提唱で始まっている。

たかだか130年前のことだ。

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