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2010年3月31日 (水)

滝口までの生

人は、精神的には何歳になっても若い気でいる。

実感年齢が、かなり若い所で止まっているからだ。

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そうして大抵は、晩年になって初めて人生の短さに気付く。

毎日毎日、つまらない雑事であくせくと過ごし、

些細なことに拘っては、人生を短くすることに夢中になっている。

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そんなある瞬間、時間が止まったような空虚に遭遇する。

そんな折、自分の馬齢に驚くのだ。

やおら、後々の持てる時間を思い、何が出来ようかと考えてしまう。

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やはり、倦むことのない活動に向かおうとしているのだ。

歌人で評論家だった上田三四二は、

「死はある。しかし死後は無い。

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死の滝口が、水流を滝下に落とすかに見えた所で、

神隠しのように水は消え、滝壷も枯れている。

それが死というもののありようだ」と書いている。

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そう、神隠しのように生は突然失われるのだ。

さすれば、そこまでの生を如何せん!

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2010年3月30日 (火)

桜花

いよいよ桜の季節である。

ここ数日の寒さで、今週末がピークになりそうだ。

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ところで植物は、芽を出し葉を広げてから花を咲かせる。

それが普通だ。

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ところが桜(ソメイヨシノ)は、先に花が咲いて、葉っぱは後から出てくる。

前年に固い蕾を作って、じっと冬の寒さに耐え、

春を待って一気に花を咲かせる。

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モクレンやソメイヨシノミヤマツツジなどが同様だが、

仲間は数えるほどしかない。

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実は、桜(ソメイヨシノ)は品種改良の結果生まれたのだ。

その証拠に、山桜やオオシマザクラは花と同時に葉が出てくる。

ソメイヨシノは、江戸末期に育種されている。

それであの豪華さが生れた訳で、

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散り際の見事さも幕末以降と言うことになる。

日本人の心の象徴ともされているのに、意外に歴史は浅いのだ。

それにしても、ちゃあ~んと蓄積が無かったら花は咲かない。

それは、人間も同じだよね。

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2010年3月29日 (月)

アドバイザリー

何時の時代だって、技術がその時代を変えてきた。

例えばそいつは、鉄砲や稲作技術、内燃機関の発明や普及だった。

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そういう意味で、今日の農業を変革するのはその技術だと思う。

その技術開発を担っているのが、独立行政法人「農研機構」だ。

かつての国立農業関係試験場が、2001年に独法に移行した。

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実は数年前から、この「農研機構」のアドバイザリー委員を引き受けている。

それで一年に一度、研究の内容について意見を言わなきゃならない。

とは言え浅学菲才の身のこと、知恵の限りを尽くしている研究者に対して、

これは駄目だなどと言えるはずも無い。

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只申し上げる視点は、

これからの時代にその連休なり技術なりが役立つか否かである。

殊に、小さな技術でも確実に普及すれば、

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それで農業の時代を変える大きな力になりうる。

技術開発は、永年の蓄積の上に生まれる。

いきなりホームランの量産など、出来るはずも無い。

今回もその地道な研究の一端に接して、頭の下がる思いがした。

ともあれこの独立行政法人も、今度の事業仕分けの対象にされている。

事業仕分けがパフォーマンスに終わることなく、

研究内容を含めてキチッと理解される場になることを願って止まない。

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2010年3月28日 (日)

自治会三昧

今日は一日、自治会関係の4つの会合があった。

それで一日が全て潰れた訳で、どうも愚痴になりそうだ。

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朝9時からが部落総会、次が支部の監査会、

午後一番には「安心安全ネットワーク」の設立総会、

そうして最後は、地区の役員会であった。

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それで今帰って、ぐったりと同時に喉が乾いた。

地域社会というのは、様々な人々によって成り立っている。

色々な事を言う人、中には無理難題を主張する人すらいる。

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そんな大きな声・小さな声を纏めていくのが自治だ。

とは言え、なかなか・・・・。

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日本の民主主義は、国会が衆愚であるように、

極めて脆弱なままで、健全には成長していない。

主張はすれど、義務は果たさずなのである。

まッ、それを変えていくのが自治会活動なんだけどね。

私ももう一年、そんなはかない努力をするしかないと覚悟している。

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2010年3月27日 (土)

後期中年の気分

未だに青年のような気持ちではいるのだが、

現実には青春は遥かかなたに過ぎ去っている。

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馬齢を重ねた故に、実に多くの方々ともお付き合いさせていただいた。

だが、どの様な親交があったとしても、時間の経過が疎遠を生み出していく。

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そうして何時の間にか、高い垣根が出来ているのを感じることになる。

そんな訳で、人は歳をとるごとに孤独になっていく。

それは自然なことなのに、

酔い覚めのようなドロンとした気分になったりする。

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人は誰も、相手を理解し理解もされたいと念じている。

しかしながら、それが如何に難しいことかも分かっている。

故に孤独に対する諦めの境地は、中年以降の人々の共通の感情だ。

そいつを、共通の目的を生み出すことで緩和できる。

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ボランティアだったり、スポーツだったり、何だって良い。

後期中年は、世の為人の為にもう一頑張りせなあかんのだ。

そう、思っている。

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2010年3月26日 (金)

米粉時代

私達の食料のことである。

政府は、エネルギーベースで42%しかない自給率を50%にすると言う。

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しかしながら私達は、パンを食べ、ウドンやラーメンに舌鼓を打っている。

その原料の小麦は、殆ど輸入だ。

肉や卵だって、その家畜の餌は大部分が輸入トウモロコシだ。

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しこうして、毎年2000万トン余の穀物を地球の裏側から運び入れている。

一方、700万トン程度しか生産していない米は、

余りにあまって、この40年来作るなつくるなと言われ続けてきた。

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国産麦の改良も色々とやってきたけど、

未だに湿田で栽培できるような麦は登場していないし、

収穫時期が梅雨と重なるこの国では、栽培には無理が多い。

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しかし、少しばかり様相が変わり始めている。

それは麦でなくて、米の粉である。

米を微細な粉にすることが出来るようになって、

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パンであれパスタであれ、ラーメンでもスイーツでも使えるようになった。

私は、米麺の汁粉が良いと思うのだが、

ようするに何にでも使えるのだ。

食感も良いし、こいつを使わない手は無い。

問題は値段だ。

これを安くするには多収品種を作ればよい。

これからは、そいつを皆で育てなきゃいかんと思う。

皆さん、米麺パスタとか平麺のカルパッチョ、

米麺サラダなんて如何ですか?

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2010年3月25日 (木)

蟻とキリギリス

働き者の蟻と音楽家のキリギリスは、どちらが幸せ者か?

これは、実は中々難しい問題だ。

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遊んで暮らせるんだったら、それに越したこと無いわね!

と言うのは簡単だが、只の遊びじゃすぐに退屈しっちまう。

それが続けば、生きてる意味すら危うくなってくる。

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働いてばかりいる蟻は、何の為に生きているのか?

奴隷のように酷使されているのだとしたら、それは地獄だね。

この話は、亀とウサギの駆けっこの比較とはまるで違う。

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人生の深遠な課題を含んでいる。

そもそも、人間は何者かによって生かされている。

そいつは、実は「目的」と言うものだ。

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目的がありさえすれば、人は生き死にを含めどんなことも出来てしまう。

逆に、目的の無い労働や遊びは拷問だ。

物を作り上げたり、人に喜ばれたり、

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仮にその一つ一つが小さなことでも目的になる。

そういう生の目的を見出すことが、人間の人間たるところだ。

そうやって、人は生きている。

明確な目標は人生を濃厚で充実したものにするし、

曖昧な人生は空虚を生み出していく。

人間は、その活動によって人生を長くも短くも出来るのだ。

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2010年3月24日 (水)

幕末の駿府

この国の権力は、常に東海道の上を行ったり来たりしている。

当然ながら、軍隊の移動もこの動線が基本だった訳で、

幕末の徳川家茂による長州征伐だってそうだ。

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浮世絵にも、府中を行軍する幕府軍が描かれている。

やがて鳥羽伏見で薩長が勝利すると、

今度は官軍として東征軍が登ってくる。

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総大将の西郷隆盛は、この駿府に軍を止め江戸をうかがっていた。

そこに江戸から、江戸城明け渡しを巡っての交渉にやって来たのが、

まだ三十代半ばの山岡鉄太郎だった。

そしてこの西郷と山岡の交渉で、

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江戸城明け渡しと共に徳川慶喜の運命も決められた。

慶喜を殺すと言うのが、官軍の最大の目標だったのに、

西郷は山岡との折衝で、慶喜を助けることを独断で決めてしまう。

ともあれ徳川家は駿府に移されて、

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その幹事役を勝海舟と山岡鉄太郎が努める事になった。

時は移り、廃藩後の鉄太郎は明治天皇の侍従として活躍する。

とにかく、様々な人間がこの駿府の地に生きていた。

幕末動乱の表舞台が京都と江戸だとすれば、

駿府は裏舞台に過ぎなかった。

だが、そこに生きた人々は、山岡鉄舟にしても慶喜にしても、

それぞれの人生を二回分くらいは生きているのである。

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2010年3月23日 (火)

自己実現

数日前掛川市で、私達の同人誌100号の記念パーティーがあった。

この隔月に発行してきた「農の風景」が、発行から既に17年にもなった。

懐かしい仲間が40人ほども集まったのだが、

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いずれもこの同人誌の寄稿者又は読者だ。

実は私は、この「農の風景」によって育てられたのだ。

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隔月とは言え毎号書き続けるのは、最初はかなり苦痛だった。

寄稿という形で、人前に自分の裸体をさらし続けることは、

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相当に厚かましいか自信過剰のどちらかだ。

しかし私の場合、そのどちらでもなかったが、とにかく書き続けた。

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言うならば、恥を書き続けて17年が経過したともいえる。

私達人間に、完成された自己なんてものは誰にだってありゃしない。

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誰も等しく、少しずつ作り続けるのが自己なのだ。

そういう意味で「自己実現」と言う言葉は、意味を取り違えている。

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有りもしない自己なぞ、実現しようもないからだ。

ともかく自己と言うものは、自分が育てていくものなのだ。

その手段として、書くと言う事は重要なキーになる。

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一つ一つ自分で納得して、自分の考えを作っていく。

私が書き続けられたのは、そう思っていたからだろう。

それに「充実した活動は、人生を実際よりも延ばすことが出来るが、

怠惰は人生を短くしてしまうもの」なのだ。

人間は、その活動しだいで自分の人生を長くも短くも出来るのだ。

勿論、物理的な長さではない。

そんな事を思っていた。

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2010年3月22日 (月)

プラッと遠州三山

お彼岸だからと、Hさんからお誘いいただいた。

可睡山に油山寺、それに法多山の遠州三山を巡って走るのだ。

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ゴール和の湯まで26km程しかないが、

天気も昨日とはうって変わってランニング日和になった。

それで今日も、気分良く爽快に走れましたよ。

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遠州の三山には、それぞれちょつと変わった名がついている。

可睡は、江戸初期の15代の時にその名に変わった。

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その十五代住職が、浜松城の徳川家康に呼ばれた。

家康がまだ若くて城主なりたての頃らしい。

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だが住職は、その家康の前でこっくりこっくり居眠りをしていたと言う。

その時家康は、叱責をするのではなく、和尚を大いに褒めたと言う。

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「自分をそれ程まで信頼してくれていたのか!」と言う訳だ。

それで、以後「可睡」と称するようになったとか。

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油山寺は、もっと単純だ。

寺の奥の院に「るりの滝」がある。

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かつてこの滝からは、常時油が流れ落ちていたと言うのだ。

故に油山寺と言うのだそうである。

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その滝の上手には、立派な三重塔が立っている。

どうもその辺に秘密が有るのかもしれない。

などと、あちこちを見渡しながら呑気なランニングなのだ。

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そうして最後は、風呂に入って喉を潤す。

とにかく、長生きするような一日であった。

ともあれ、共に走った仲間に感謝である。

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2010年3月21日 (日)

ゼロの焦点

能登半島の外浦に、巌門と呼ばれる岩場がある。

荒波が洞窟を造り、岩をもくりぬいている。

そして日本海の荒波に洗われるこの辺一体は、

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朝鮮半島の海金剛に似ていると言う。

それで、この海岸線を能登金剛と呼ぶようになった。

鷹の巣岩やら磯貝岩、猪鼻や巌門などの岩場が続いているのだ。

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冬季には波の華が打ち寄せて、それはそれは寒々とした風景になる。

実はこの場所、松本清張の「ゼロの焦点」の舞台なのだ。

次々と起こる謎の殺人。

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そして最後も、真犯人はここから波間に消えていく。

小説は、そこで終わっている。

だがその後、この地を自殺の場所に選んだ女がいた。

ゼロの焦点に触発されたのだと言う。

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それで清張は、この場所に石碑を建てた。

石碑には「雲たれて ひとりたけれる 荒波を

かなしと思へり 能登の初旅」とある。

小説には、戦後の混乱期を生き抜き、栄達と自己保身ゆえに、

自らを滅ぼさざるを得なかった人間が描かれている。

「重なりあった重い雲と、ささくれ立った沖との、

その間に、黒いものがようやく一点、見つけられた。

黒い点は揺れていた。その周囲に、目をむく白さで、

波が立っている。」・・・最後の場面である。

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2010年3月20日 (土)

兼六園

金沢と言えば、やはり兼六園だ。

金沢城の外郭として、

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5代藩主前田綱紀以降、代々整備拡張されてきた庭だ。

総面積11万㎡だからそこそこの広さだ。

何を兼ねているかって言うと、

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広大で蒼古として、水豊かで眺望よし。

さらに幽玄にして人力を尽くす、故に兼六と称すらしい。

要するに、名園の要素を全て備えているということらしい。

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しかしながら、雪吊りと山に水を引く仕掛けの他はさほどの感慨は無い。

それよりも感心するのは人手である。

雪吊りを含めて、年間の講演管理費は3億5千万円にのぼる。

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昨今の風潮のように、事業仕分けなどに掛かれば、

真っ先に無駄とされてしまうだろう。

そうすれば、忽ちにして訪れる人もなくなるだろう。

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公共財の維持には、それなりの費用が掛かるのは当然のことだ。

それにしても3.5億円は想像以上だな。

6代藩主吉徳が建てたと言われる時雨亭でお茶を頂いた。

この方が、金沢に来た気分になった。

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2010年3月19日 (金)

加賀の茶屋街

加賀百万石の城址近くに二箇所、かつての茶屋街が残っている。

江戸期そのままの風情を残しながら息づいている。

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と言っても今日の業態は、喫茶や博物館、土産物屋などだ。

その一箇所は遊郭、そして私達が訪れたのは色町かな?

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壁には三味線が掛かり、屏風の横には太鼓がある。

そんな部屋を巡りながら往時に想像をめぐらす。

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もちろん茶屋遊びなぞ映画の中でしか知らないが、

どこからか三味の音が聞こえてくるような気がする。

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もとより加賀侍は、その藩風として時勢に鈍感に出来ていた。

その証拠に、幕末にたった一人の志士も輩出していないのだ。

ゆえにこの茶屋で交わされた会話も、

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勤皇の志士達のそれとは随分違ったろう。

座敷だって、それぞれが比較的小部屋だ。

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床の間を背にして座ると、その正面は控えの間だ。

そして控えの間は、演舞の間でもあった。

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飲んで議論なんて無粋で、しっぽりと遊興を楽しむ場だったろうか。

ともあれ階級社会の故に、数多く茶屋が軒を並べたのだろう。

それにしてもこの一角、良くぞ残ったものだと思う。

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2010年3月18日 (木)

奥能登の風情

半島は何処でもそうだが、先端の抹消部分はうら寂れている。

交通の不便な分、過疎化してしまうのが常だ。

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私達は輪島の後、その半島の先端部をぐるりと巡ることができた。

先ずは、白米の千枚田である。

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耕して天に至る。

上から見れば、波打ち際まで小さな田圃が続く。

日本人の米への執着が、かくも繊細な絵を大地に刻み込んだのだ。

そいつを維持していくには、地元の力だけではもう無理だ。

棚田オーナー制度などによって、かろうじてここも維持されている。

さらに進むと、そこには珠洲の塩田村があった。

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日本海の水を汲んで、昔ながらの方法で濃縮しては塩を作っている。

揚げ浜式塩田と言うのだそうだが、

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塩作り体験まで出来るようになっている。

おそらく、砂を敷き詰めた塩田を含め、

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古来の塩作りの形を残しているのはここだけかも知れない。

「昔の人は、苦労したな~」と思わざるを得ない。

さらに進むと、半島の先端部の禄剛埼だ。

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日本海を隔てて対岸は、釜山やウラジオストックである。

この半島の突先に立つと、幾ばくの感慨が沸き立つ。

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実は40年ほど前、この場所に来たことが有るはずなのだ。

だが、まったく記憶が再現できない。

当時は未だ、未舗装の道も多かったような気がする。

ともかくもこの半島の先までやってきたことがあるのだ。

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思い出は失われたにしても、既に小半世紀が経過しているのだ・・。

この岬からは、内浦側の軍艦島を経由して、志賀の宿に向かった。

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2010年3月17日 (水)

輪島の定番

漆器に朝市が輪島の象徴になっている。

観光客も、たいていはこの二つを目的にここを訪れる。

勿論私達も、お決まりのコースを辿った。

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朝市は、まるで縁日のような人出だ。

観光バスが、みんなこの輪島の朝市を目指してやってくる。

そうして、奥能登には向かわずにここで帰ってしまう。

能越自動車道や能登空港が出来ているのに、不思議なほどである。

ところで朝市である。

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本来朝市とは、物々交換の必要から生まれたものだ。

それが今では、専ら観光客相手の舞台設定になっている。

商売と言うのは、もとより対面販売が基本だ。

売る方も買う方も、それ自体が面白い。

だがしかし、売らんかなとただの見物者では、

一所懸命な分、幾分のむなしさが伴う。

観光とは、そんなものなのだろうか。

深入りすれば人情の世界で、不要でも買う他あるまい。

只の傍観者なら、面白くもなんとも無いのだ。

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2010年3月16日 (火)

和倉温泉

一日目の泊まりは、あの加賀屋のある和倉温泉だ。

能登半島の中程の屈曲した所に位置している。

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温泉の「涌浦」から和倉となったらしく、

能登島の隆起・陥没などを考えても、震源の上に在るのだろう。

ともかく泉源の湯温は95度と高く、温泉そのものが熱い。

ここには加賀屋を筆頭に26の温泉旅館がある。

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和倉温泉は、その加賀屋のサービスがコアとなって客を集めてきた。

だがこのご時勢、全国の温泉場同様いくぶんの苦戦を強いられている。

何処もかつての賑わいは望むべくも無い。

温泉だけでは、もはや人が集まらないのだ。

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あの戦国の舞台となった七尾城址が、何故観光地化出来ないのだろうか?

それはともかく、今回の旅行は85歳の母親と同伴である。

お陰と足腰が丈夫で好奇心も極めて旺盛だ。

親孝行らしいことなどした事もないのだが、

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「旅行に行くかい?」と言うと、二つ返事で乗ってきた。

と言う訳で、今回は行く先も分からない旅行となった。

せいぜい、孝行旅行にしたいのだが・・・はて?

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2010年3月15日 (月)

雪の白川郷

思いがけず飛騨の白川郷を訪れた。

もう春風かと思いきや、数日前の寒波で相変わらず雪の白川だった。

実は、ミステリーツァーで静岡空港から飛び立ったのだが、

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着陸したのは、石川県の小松空港だった。

それで、今日から北陸周りかと得心したのたが、

なんと、バスはドンドン山に向かっていく。

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そして着いたのが、岐阜県の白川郷だったのだ。

果たして、直接ここに向かうのとどうだったか?

ともあれ今回は、日本海側から白川に入った。

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昼飯のレストランで東京からの客と一緒になった。

飛行機でここに来たと言ったら、何故かシーンとなった。

白川には、30年ほど以前に泊まったことがある。

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しかし、世界遺産にも登録されて、すっかりと観光地化した。

東海北陸自動車道の開通も、この地を街道沿いの観光地にしたのだ。

でも、庄川には雪解け水が音を立てて流れ、

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100余戸の合掌づくりの家屋は健在であった。

茅の葺き替えには、多くのボランティアが集まるのだという。

とにかく、このたたずまいを未来に残すのは、容易ではなかろう。

それでもこの白川郷は、現代と言う異次元の時代を生きている。

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2010年3月14日 (日)

行と我執

世の中は、思うようになんてなりっこない。

そう思っていながら、めげたり腹を立てたりしてるのが私達だ。

自分中心で甘やかされて育った若者は、特にそんな傾向が強い。

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その心の動きは、我執とやらから生まれるらしい。

我執が有るから争いが起こるし、はたまたシンポの原動力にもなる。

「なにくそ、負けるものか」も我執の変形らしいのだ。

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いささか厄介だが、要するに程度問題だ。

過度な我執は、身の程知らずになってしまう。

誰だって自分が可愛い。

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可愛さ余って鬱屈が始まる。

その点、自然は圧倒的に私達の我執を越えている。

私達は、その自然の人知を超えたところに神を見出してきた。

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この十数年、私は山や海岸を走ってきた。

走りながら、時に自分と自然との比較をしてみる。

自ずと比べようも無いのだが、何故か心和むものが有る。

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人間の、殊に私のような小人の出来ることは限られたものでしかない。

それが判るだけでも、走り続ける意味がある。

だが本当は、その「山の行より里の行」こそが肝心なのだ。

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2010年3月13日 (土)

記憶の彼方

不況が続く故だろうか、街に空オフィースが目立つ。

車で走りながら、「アレッ、ここも空き家だぞッ」と思うことが多い。

それに、更地が目立つようになった。

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「確かここにビルが建ってなかったかなー?」と気になるのだ。

ところが、そこに何があったのかが思い出せない。

ある日突然更地にされて、その土地の記憶までもが消えてしまっている。

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時間と言う空間を高速で旅している私達だが、

その存在は過去からの連綿とした繫がりの中にあるはずだ。

太古の昔に、陸に上がった時の生物の記憶。

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二足歩行しつつ、獣の脅威に怯えつつ暮した記憶。

国なんてものが出来てからだって、

今日に至るそれぞれの容易ならぬ連鎖がある。

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過去が無ければ現在も無い訳なのに、

ほんの昨日までの空間をすら、記憶の彼方に送ってしまっている。

そう。失われたものにさえ気付かずに、

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そんな風に街も人も、歴史も変わっていくのだろう。

空虚な更地に、ついつい自分の生を重ね合わせてしまうこの頃だ。

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2010年3月12日 (金)

虚栄の砦

他人に、自分の姿がどう映っているのか。

出来るなら好ましく思われたい。

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私達は、そんな事を考えながら生きている。

それで、つまらない噂話なんかにも必要以上に心を痛めたりする。

それがノイローゼの原因にもなる。

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しかし他人の心に映る自分の姿は、自分の思い通りであるはずも無い。

もとより、大きな落差があるのが普通だ。

そんな落差なんてどうでも良いことなのに、うじうじと悩んだりする。

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それは私達が、他人の思惑の中で生活しているからだ。

人間は、他人との関係性の中に生きている。

だから、自分をどうしても大きく見せたがる。

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そいつは魚や鳥でも同じで、動物の本性なんだろう。

そういう意味で、人間は生まれつき虚栄の存在なのかもしれない。

毅然として孤高を守るなぞは、所詮無理なのだ。

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せいぜい、最小限の自尊心で安んじる他無い。

私のような凡百にとって、それが精一杯の砦なのだ。

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だが最近、虚栄心は自分に対してこそ持ち続けるべきと思っている。

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2010年3月11日 (木)

地球と私達

昨年8月11日早朝の、東海沖地震の記憶が未だ残る中、

21万人余の死者を出したハイチ地震、

それに先日のチリ巨大地震にトルコの地震と、

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立て続けにこの地球が震えている。

この地球は、真空で暗黒の宇宙を超高速で運動している。

その地球からすれば、

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私達はその表面の土にしがみつく塵にすらならない。

巨大に成長したように見える人間社会だって、

実は極めて頼りないものでしかない。

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私達は、大地が不動のものだと信じているからこそ、

地震を恐怖するのだ。

6500万年前の恐竜の絶滅だって、

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直径10㎞程の小惑星の衝突に過ぎなかった。

衝突で飛び散った塵が大地を覆い、極寒の世界になったからだ。

それに先日のチリの地震で、地球の地軸が少しずれたそうだ。

春夏秋冬をもたらす自転軸の傾きだって、

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永年にわたる地球のそんな動揺の結果なのだろう。

宇宙の摂理からすれば、私達人間はいかにもか細く無力だ。

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2010年3月10日 (水)

何気ない日常

私達は、日常を生きている。

夜が明け太陽が昇り、やがて西に傾いて沈む。

そして、やがて暗闇に包まれていく。

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そんな光の満ち引きの中で人々は、

車や電車に乗って職場に集まり、やがて散っていく。

暗くなれば自分の家に帰り、家族と共に眠りにつく。

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殆どの毎日が、昨日と同じ繰り返しなのだ。

もちろん、移動することで新たな出合があったりするが、

気の遠くなるような日常の連続であることに変わりない。

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だが、その単調な繰り返しの蓄積が、

蛹が蝶になるように、新たな変化を引き起こす。

小学生が中学生になり、やがて何時の間にか成人していく。

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そう。毎日の人の満ち引きの中から未来が生まれていくのだ。

そのようにして、私達は生きている。

今日の日常から、明日は何を生み出せるだろうか?

このことは、常に考え続けていたい。

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2010年3月 9日 (火)

面の皮賛歌

政治が戯画化されて、ワイドショーのジャンルになっている。

だから政治家は、役者にもならなきゃいけない。

しかも舞台衣装を羽織る訳じゃないから、自前の面で登場する。

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そしてそこで演じるのは、世間を納得させるハッタリだ。

適当な悪役を作って、自らを正当化するのが技だ。

もちろん、悪者は絶対に反論しない者が望ましい。

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それは、今のところ安月給で働く国家公務員だな。

そう ! 「悪いのは、みんな官僚」にしておく。

しこうして彼らの面の皮は、ドンドン厚くなる。

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誰だったか知らん?

「政治家の面の皮で靴を作らせたら、親子三代は履ける」って言ってたな。

まあその伝で、目先の損得しか考えたことも無いくせに、

天下国家を論じているような振りをしている。

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政権が変わっても、それが政治家ってもんなんだね。

アッ、それに都合の悪いことは、それは全部秘書がやったことさね。

なにしろ、彼らの面の皮は二重構造だからね。

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2010年3月 8日 (月)

遥かなる昭和

昭和がレトロになりつつある。

平成生まれが、次々と成人する昨今だから当然だろう。

労働者がサラリーマンになって、労働運動すらなくなった。Cimg9951

列車の四人掛け座席も箱が取れてロングシートになった。

駄菓子屋もよろず屋もなくなって、コンビニとSCになった。

オロナミンCとかボンカレーは、今も有るのかな?

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住宅公団の文化住宅も、今では半分は空き家になった。

あの吉永小百合も栗原小巻も年増になっちゃった。

人々の意識だって、昭和と平成じゃ随分違っている。

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昭和は、悲惨な戦争と戦後の経済成長という、

とんでもなく大きな起伏の時代だった。

良きにつけ悪しきにつけ、この国が世界に大きな影響を与えた時代だ。

その激動の昭和が、既に昔のものになっている。

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昭和の後半の40年を生きた団塊の世代は、

昔になりつつある昭和を、どこかで探していたりする。

でも平成の人々は、心なしか俯き加減に歩いてる。

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そんな気がするのだ。

川の流れは、等々と流れている。

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2010年3月 7日 (日)

春一番

「春が来たッ!」

駿府マラソンを走り終えると、毎年そう思ってしまう。

今年は雨の中、一日寒い日だったんだけど、

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コブシや梅、早咲きの桜が花をつけている。

もちろんランナーのウエアーもカラフルそのものだ。

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それで、このレースが終わると一気に春になると思うのだろう。

今回は、足の裏を意識して走った。

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一歩一歩、足の裏で大地をグリップする。

そんな気分なのだ。

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いやぁ~、「私もこの地球と共にある」そんな気持ちになりました。

1時間 52分。気持ち良い疲労感ですね。

レース後の仲間との昼食も何時もの通り、

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大いに盛り上がりました。

春の訪れは、私達の体の中の化学反応を加速させる。

明日からはコートを脱ぎ捨てて、又、新しい事を始めようと思う。

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2010年3月 6日 (土)

巡り会い

人と人の出会いは、簡単な様で難しい。

「人見知り」などと言う物は、赤ん坊の頃からある。

人は、自分にとって有益か否かを瞬時に判断してしまう。

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最初は、その対象が母親か否かだったりするが、

その範囲は少しずつ広がっていく。

だが、その広がりにも自ずと限りがある。

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仕事での出会いは、極めて目的が単純だ。

ビジネスライクに接すれば良いのだ。

だからこの付き合いは、仕事とともに終了してしまう。

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げに、人と人とが本当に親しくなるのは難しいのだ。

「鈍才は縁を縁とせず、凡才は縁を縁とし、

秀才は縁なきを縁とす」そんな格言がある。

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人生に成功する人は、自ら縁を求めてそれを育てていると言うのだ。

さしずめ鈍才の私なぞは、

折角の巡り会いすら無為に見過ごしてきた。

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今更後悔しても遅いのだが、

今はそれを大切にしたいと思っている。

そのためには、知的好奇心を持つことと、

自分を飾らないことが肝心だな。

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2010年3月 5日 (金)

男時と女時

世阿弥が風姿華伝の中で「時にも、男時女時とてあるべし」と言っている。

万事好調な男時と、控えめの方が良い女時。

人生には、そういう波があるということだろう。

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この波は、時代の変化にも当てはまる。

さしずめ戦国時代は波乱万丈の男時、

その後の江戸時代は、内政的で成熟の女時。

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明治から昭和は、産業勃興に戦乱の男時だ。

そうすると平成は、その年号のように長寿平安の女時か?

ところで、人生である。

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誰にだって、女時はある。

その時期をどう過ごすか。

どうやら人生の妙味は、そのあたりに潜んでいるらしい。

人生の変化は、にわかに起きるように見える。

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だけどそれには、それなりの準備期間があって事は始まる。

人の出合とて同じで、

漠然だとしても求め続けるものがあって出合が起こる。

偶然だけでは決してありえない。

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2010年3月 4日 (木)

希望の創造

人間にとって、何がしかの希望こそが生きる源泉だ。

しかるに、就職を希望する高校生の四人に一人は職が無い。

大学卒業生はもっと悪いだろう。

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それも産業の空洞化が進む今日、この状態は限りなく続く。

今は苦しいけど先行きに素晴らしいものが待っているのなら、

人生は俄然輝きを増してくる。

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ドンドン良くなる法華の太鼓なら、我慢も出来るのだ。

しかし、来年三月には1,000兆円になろうかと言う国の借金は、

希望なんて「そんなの嘘でしょ」と思わせてしまう。

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何しろ、年間の税収よりも国債発行額の方が多いんだから。

正しくは、来年の財政支出92兆円に対し、税収は37兆円でしかない。

44兆円は国債発行だし、残りはなけなしの貯金だ。

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その貯金は、爪に火を灯して溜めたお袋の箪笥預金だ。

可能性というものは、常に開かれていなくてはいけない。

政府の仕事は、後追いの何とか手当てを配ることじゃなくて、

人々の希望を次々と創り続けることじゃないのか。

誰もが、生き生きと活動できる環境を造ることだ。

そうしてくれるなら、子供手当ても○○無料化もいらない!

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2010年3月 3日 (水)

桜田門外

ちょうど150年前、1860年3月3日のこと。

江戸の町には、雪が降り積もっていた。

この日、桜田門外で待ち伏せていた脱藩浪士18人が、

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時の独裁権力者、井伊直弼を暗殺した。

これで、攘夷派弾圧の強権政治が頓挫する。

直弼意向の幕府幹部は、いずれも優柔不断だったからだ。

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この事件から8年の間に、維新に向けた様々な事が起こった。

守旧や頑迷、忌避や革新などが百家争鳴、

ヒステリーとも思える攘夷熱と対外恐怖が混然となって、

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この日本列島は沸騰していく。

結局、攘夷を進歩に摩り替えた勢力が権力を掌握した。

この間に、果たしてどれ程の命が失われただろうか。

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幕末の志士達は、志の為にいとも簡単に命を投げ出した。

そのいずれの死も、時代の礎であったに違いない。

水戸浪士達の初志からすれば、

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開国・殖産興業という明治は、思いもしないものだったかも知れない。

だが150年前の事件が、確かにこの国の歴史を変えたのだ。

桜田門外の変は、暗殺ではなくて事変だったのだろう。

翻って平成の政権交代は、不明朗な金にまみれている。

果たして、新たな時代創造に何年を要するのだろうか?

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2010年3月 2日 (火)

人間って何

人の一生の様を思っている。

我々生物は、遺伝子の乗り物に過ぎない。

遺伝子が、生存・繁殖を差配する。

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だから遺伝子こそが、自己増殖の本源だと言われる。

しかし、生殖以外の人生の蓄積はどうなるのかと思う。

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この私だって、これまで色々な本を山ほど読んできた。

仕事だって、社会にだって様々にかかわってきた。

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泣き笑い、喜びそして怒り、人並みの遍歴を辿っている。

自分らしさを裏打ちするはずの記憶だってある。

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そうして曲がりなりにも、俺という人格のカケラくらいは出来ているだろう。

だが、こいつもやがて滅びるときが来る。

脳が劣化して、全ての記憶が失われていくだろう。

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その滅び行くものと遺伝子は、既に無縁のはずだ。

仮に私のクローンを生み出したところで、

そいつは似て非なるもので、私ではないだろう。

人間の意識を、クローンにロードするような訳にも行くまいから。

要するに、人間は今を生きるのに尽きるのだ。

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2010年3月 1日 (月)

春は弥生

いよいよ草木が生い茂る月(弥生)を迎えた。

そして春の息吹は、雛祭りと共に趣を深くする。

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我が家でも、塵を払って雛を並べている。

内裏様に三人官女、五人囃子に左近の桜・右近の橘。

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雛祭りの始まりは奈良時代に遡るそうだが、

概ね宮中・公家の世界を再現しているようだ。

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桜と橘は、今でも京都御所の前庭に、

向かって右に桜、左に橘の木があるよね。

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ところで、この国では正月を新春と言う。

年賀状にも賀春などと書いて、何の不思議も感じていない。

だいたいこれから寒くなろうと言う時に、

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「春が来た。おめでとう」はなかろう。

あれは旧暦なんだね。

中国では、その春節を盛大に祝う。

正に春を迎える季節なんだな。

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どうも日本人は、いにしえの唐土の先進文化には弱い。

そのまんまを取り入れて、平然としているところがある。

やっぱり、春は弥生なのだ。

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