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2010年3月31日 (水)

滝口までの生

人は、精神的には何歳になっても若い気でいる。

実感年齢が、かなり若い所で止まっているからだ。

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そうして大抵は、晩年になって初めて人生の短さに気付く。

毎日毎日、つまらない雑事であくせくと過ごし、

些細なことに拘っては、人生を短くすることに夢中になっている。

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そんなある瞬間、時間が止まったような空虚に遭遇する。

そんな折、自分の馬齢に驚くのだ。

やおら、後々の持てる時間を思い、何が出来ようかと考えてしまう。

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やはり、倦むことのない活動に向かおうとしているのだ。

歌人で評論家だった上田三四二は、

「死はある。しかし死後は無い。

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死の滝口が、水流を滝下に落とすかに見えた所で、

神隠しのように水は消え、滝壷も枯れている。

それが死というもののありようだ」と書いている。

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そう、神隠しのように生は突然失われるのだ。

さすれば、そこまでの生を如何せん!

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