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2010年3月24日 (水)

幕末の駿府

この国の権力は、常に東海道の上を行ったり来たりしている。

当然ながら、軍隊の移動もこの動線が基本だった訳で、

幕末の徳川家茂による長州征伐だってそうだ。

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浮世絵にも、府中を行軍する幕府軍が描かれている。

やがて鳥羽伏見で薩長が勝利すると、

今度は官軍として東征軍が登ってくる。

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総大将の西郷隆盛は、この駿府に軍を止め江戸をうかがっていた。

そこに江戸から、江戸城明け渡しを巡っての交渉にやって来たのが、

まだ三十代半ばの山岡鉄太郎だった。

そしてこの西郷と山岡の交渉で、

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江戸城明け渡しと共に徳川慶喜の運命も決められた。

慶喜を殺すと言うのが、官軍の最大の目標だったのに、

西郷は山岡との折衝で、慶喜を助けることを独断で決めてしまう。

ともあれ徳川家は駿府に移されて、

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その幹事役を勝海舟と山岡鉄太郎が努める事になった。

時は移り、廃藩後の鉄太郎は明治天皇の侍従として活躍する。

とにかく、様々な人間がこの駿府の地に生きていた。

幕末動乱の表舞台が京都と江戸だとすれば、

駿府は裏舞台に過ぎなかった。

だが、そこに生きた人々は、山岡鉄舟にしても慶喜にしても、

それぞれの人生を二回分くらいは生きているのである。

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