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2010年4月23日 (金)

古代国家の黎明

ここまでくれば、平城京のふるさとである飛鳥を訪れる他ない。

と言う訳で、万葉の都である飛鳥に来てしまった。

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この地は、聖徳太子が活躍し、

大化の改新やら大宝律令の制定、仏教の受入などと、

この国の原型が創り上げられた所だ。

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それに大和三山(畝傍山、耳成山、香具山)を借景に、

万葉の文化が花開いた地でもある。

1400年前の都も、今日では田畑の広がるのどかな山里に過ぎない。

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しかし昭和43年、一つの古墳の発掘が、

飛鳥時代の姿を忽然と浮かび上がらせた。

高松塚古墳の壁画である。

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石室の東西南北に四神を、

そして左右には男子群像と女子群像が描かれていた。

古来中国では四神(清龍(東)、朱雀(南)、百虎(西)、玄武(北))は、

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天子を表すものとされている。

とすれば高松塚の主は、大和朝廷の天子だったのかも知れない。

16名の男女群像は、衣装にしても団扇や如意棒などの持ち物も、

さもあらんと思わせるいでたちである。

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飛鳥の宮廷での日常が、ここに再現されているのだろうか。

それにしても、その生活文化には圧倒的に大陸の影響がある。

それに渡来人が、その文化を担っただろうことも伺わせる。

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