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2010年4月25日 (日)

聖徳太子の産湯

聖徳太子は、蘇我氏の縁戚であった。

石舞台から2km位離れた高台に、

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太子が生まれた所と伝わる場所がある。

今は橘寺になっているが、もともとは欽明天皇の別宮だったらしい。

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ともあれ、太子の仏教護持はつとに知られている。

そして、この橘寺の本尊も聖徳太子である。

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垂仁天皇の時、田道間守が不老長寿の薬を求めて、

トコヨの国(雲南省)に派遣された。

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その時彼が持ち帰ったのが、黒砂糖と木の実だった。

そして、木の実を播くと橘(ミカン)が育った。

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橘寺の名は、その故事に由来している。

今日でもこの寺はミカンや薬・菓子の祖神とされ、

菓子屋の屋号(橘屋)にもなっている。

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その後、遣唐使が派遣(630~)されるようになる。

ところでこの寺に、二面石と呼ばれる岩がある。

飛鳥時代の石造物で人の心を映したものだという。

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今も昔も「人の心裏腹」と言うことなのかな?

そういえば、飛鳥にはあちこちに奇妙な石造物がある。

亀石とか猿石、酒船石、亀形石造物、鬼の雪隠などだ。

その役割も解明されていないが、

古墳時代の残影なのかしらん?

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