« 日本最古の寺 | トップページ | 亡国のマニフェスト »

2010年4月28日 (水)

悉平太郎と見附宿

地域の伝統とは、こうして創られていくのだ。

見附宿は東海道五十三次のほぼ真ん中にあって、

Cimg0438

西から江戸に下る旅人が、

富士山を初めて認める所からその名が着いたと言う。

当然、大名行列だって多かったろう。

Cimg0439

ともあれ見附は、街道の要所であった訳だ。

この地で数年前から、故事にちなんだ大祭りが行われている。

その中心は、その大名行列の再現と、

Cimg0440

舞車に引き合わされる中世情話の幻想的な世界だ。

今年の大祭りにはもう一つ、悉平太郎700年祭が加わった。

悉平太郎とは、この宿場に巣食っていた妖怪から

Cimg0441

人身御供を救った霊犬だ。

昔、見附の宿では8月の始めの夜、

年頃の娘のいる町家に白羽の矢が突き刺さった。

Cimg0445

その家では、娘を生きたまま白木の箱に入れて、

8月10日の真夜中に見附天神に供えなければならなかった。

その苦難を聞いた旅の僧が、妖怪の弱点を突き止める。

Cimg0444

その妖怪の天敵が、信濃国の光前寺の悉平太郎だった。

僧は悉平太郎を人身御供の箱に入れて供え、

やがて現れた妖怪を長い戦いの末に噛み殺したという。

Cimg0433

その怪物退治の成功に里人達は狂喜し、全てを忘れて踊り狂ったと言う。

それが今日に伝わる裸祭りの「鬼踊り」の由来らしい。

ともあれ、今年の大名行列の主は、

Cimg0436

悉平太郎生誕の地、駒ヶ根市の市長であった。

これを陣羽織で出迎えたのは、もちろん磐田市長である。

講談も取り入れて、街道の祭りは幾重もの時代絵巻となった。

|

« 日本最古の寺 | トップページ | 亡国のマニフェスト »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 悉平太郎と見附宿:

« 日本最古の寺 | トップページ | 亡国のマニフェスト »