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2010年5月20日 (木)

歴史を生きる

誰もが歴史と共に生きている。

只、その歴史の起伏に大小があるだけだ。

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平成も20年余を経過するが、

昭和の63年間は実に際立った時代だった。

亡き父のことを考えている。

父は兄の戦死で、農蚕学校を中退して農家の本人棒になった。

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母親は既に死に、家には父親と二人の弟がいた。

だがそれも束の間で、間もなく召集令状が来る。

中部シナを転戦していたが、敗戦でシベリア送りを辛うじて逃れ復員した。

その息子の復員で安心したのか、父親が直ぐに死んでしまう。

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家は、若い夫婦二人の農業で支える他なかった。

貧しさに追われながら、父も母も懸命に働いた。

私だって、小学校の三年生から炊事をした。

電化製品が有る訳はなく、ご飯もワラを燃やして炊いた。

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裏の井戸から水を運んで風呂を沸かし、暗くなって帰る両親を待った。

そう!、昭和の人間は自分の体を動かして、懸命に働いたのだ。

そんな何百万の一生懸命が、

やがて今日の経済発展への奇跡となったのだ。

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大正生まれの彼らは、既に老人になりやがてこの世を去っていく。

それが歴史を生きるということなのだが、

今日の私達はどれ程一生懸命なのだろうか。

はてさて、中空のようなこの平成の世は何だか頼りなげだ。

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