« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »

2010年7月31日 (土)

霊峰に挑む

今夜は、山頂を目指して麓を走っている。

富士山頂往復マラニックに挑戦して、もう何度目だろうか。

Cimg1068

この田子浦の海抜0mから山頂を往復する24時間レースは、

毎年高山病に苦しめられてきたし、昨年は荒天で死ぬ思いをさせられた。

それで未だに完走できていないレースなのだ。

Cimg1073

田子浦の突堤もドカッと蒸していた。

汗は、スタート前から背を流れている。

とにかく今年は、急がずに走り続けよう。

Cimg1070

波音を耳にそんな決意を胸にスタートしてきた。

富士の市街から富士宮の浅間神社の脇を抜け、

富士スカイラインをひたすら登っていく。

Cimg1074

スカイラインは、5合目までの25kmほどの道程だが、

この何時果てるとも知れぬ真っ暗な道を、只黙々と走り登っていく。

見えるのはヘッドランプの照らす路肩の白線だけだ。

Cimg1072

果たして昔の修験者ですら、こんな過酷なことはしなかったろう。

私はその修験者でもなく、いわんや亡者でもない。

目標に向かう一個の人間に過ぎない。

Cimg1075

黙々と辿る道すがら、やはり考えているのは昔のことやこれからのこと。

そして何時の間にか、頭の中は空白になっていく。

とは言え「やはり富士山は仰ぎ見るものかしらん」と思ったもする。

「わが庵は 松原続き 海近く 富士の高嶺を 軒先にぞ見る」(道灌)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2010年7月30日 (金)

思い出作り

人生と言うのは、とどのつまり自分の思い出に尽きる。

どんなことに遭遇したとしても、

Cimg0892

過ぎ去ってみれば思い出の幾つかだけが残るのだ。

それなら私達は、思い出の為にもつと精を出すべきではないか。

私の一夏の思い出は、先ずはブドウを中心に作物を育てることだ。

Cimg0792

ブドウにオクラ、それにゴーヤとかズッキーニなどだ。

これらの夏の植物との思い出は、毎年の新鮮な味わいになる。

あれこれと世話をして時に彼らの声を聴く。

Cimg0756

すると、それなりの正直な反応を返してくれるからだ。

それに真夏のレース、殊に富士山頂往復マラニックは強烈な印象を残す。

今週末のチャレンジは果たしてどんな結末になるのか。

Cimg0722

是非とも忘れ得ぬ良い思いでにしたいと思っている。

箪笥の引き出し一杯に新品のTシャツが詰まっている。

いずれも思いで深いレースの記念品で、愛着の故に捨てられないでいる。

Cimg0360

思い出の中で、人との出会いは最も貴重なものになる。

殊に、発展的な出会いは人生の至福になるだろうな。

もちろん苦い思い出だってあるけれど、

Cimg0339

それも色々と渾然となって一つの物語になる。

だから人は、その時しか描けない絵をその人の色で描くべきなのだ。

そうすれば、自ずと鮮明な思い出が刻まれていく。

人生そのものが、思い出作りの場なのだと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月29日 (木)

言わぬが花

とかく人は寡黙なるが良し。

とは金言だが、人間の性格は如何ともし難い。

Cimg1056

管総理だって、選挙前につい本音を喋っちゃった。

それで今、結構苦労してる訳だよね。

いわんや凡人の私なぞ、どれほど失言で失敗したことか。

殊に大概の人は、酒を飲むと饒舌になる。

Cimg1050

ブレーキが甘くなって、言わなきゃ良いことまで方言しっちまう。

それで翌日、なまじそのことを覚えていて悩んだりするのだ。

逆に、黙っている人は何故か利口そうに見える。

ついつい、一目置いたりするのだが、

Cimg0746

それが単に何も考えていない人だったりして・・・。

それはともかく最近思うことは、家の中でこそ寡黙であるべしだね。

女どもの饒舌に対しては、アァとかソオとか極めて簡潔が良い。

まともに売り買いするなぞ愚の骨頂だ。

Cimg0745

結局は、泣き寝入りせざるを得なくなるんだから。

それに、惣菜の一品くらい簡単に減らされちゃうからね。

ともあれ、言わぬとも残り香の漂うような熟年でありたい。

Cimg1053

「君看よ双眼の色 語らざれば 憂いなきに似たり」とね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月28日 (水)

ときめきの頃

人間は、他の動物とも勿論植物ともどうも違う。

それは、単に芽を出し葉を茂らせて花を咲かせるのでもない。

Cimg0775

餌を食らって惰性のように死ぬまで生きるのでもない。

人間には、集中して物事を成就させるべき時期がある。

サッカーやゴルフの選手、小説家や企業家が典型的だ。

Cimg0778

彼らが情熱を燃やし尽くす期間は、そんなに長い間ではない。

それに一生の間にあれもこれも、

そんなに多くのことが出来るものでもない。

Cimg0779

それで、ここぞと言う時に生涯の肝心をやってしまう。

人は、持てる情熱を集中的に費消出来るか否かで違ってくるのだろう。

私のような凡人は、折角の情熱をブスブスと使って、

Cimg0771

結果として散漫な一生になってしまうのだろう。

ともあれ人間の一生には、

たとえ小さな人生でも自ずとその重心のようなものが出来る。

Cimg0769

だから命を燃やすほどのものに巡り会ったら、

そこをときめき頃と決めて、エネルギーを集中させることだ。

おそらく無心で心ときめかせるその時期が、

自分の重心なのだろうと思う。

あなたのときめき頃は、何処なんでしょうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月27日 (火)

この国の行く末

中国に四神思想と呼ばれる思想がある。

それによると、季節に青春、朱夏、白秋、玄冬の四季があると言う。

Cimg1037

さしずめこの国は、白秋期に当たっているのだろう。

国も人も、止まってしまうと倒れてしまう自転車のようなもので、

向かうべき明確な目標が必要だ。

Cimg1036

かつて池田首相が「所得倍増」を掲げた時、

半信半疑ながら、人々はそれを未来への明るい目標と感じた。

高度経済成長への出発の号砲だったと言える。

Cimg1016

今、この国も若者も老人も、その明確な旗印が見えないでいる。

元気だとか成長、はたまた最小不幸などと言われてもピンとは来ない。

この国は超長寿・高齢社会を迎えている。

そのことを考えるなら、国も国民も全体で「長寿安心社会」を目指したらどうか。

Cimg0974

経済成長など捨ててしまっても良い。

場合によっては、国力が下がったってよい。

過去の蓄財も個々人のマンパワーも、

みんなそこにエネルギーを注ぐのだ。

Cimg0968

老若男女を問わず「長寿安心社会」の為に貢献する。

その貢献こそをこの国の目標にすべきではないか。

新たな内需も生まれ、

やがてモデルとされる福祉国家に生まれ変わるだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月26日 (月)

真夏日の朝

蝉の声が時を惜しんで騒がしい。

いよいよ夏本番である。

Cimg1049

と思ったら、ツクツクホウシの声が混じっている。

ボケたのか、それとも早くも秋の予兆か? 

ともあれ照る付ける太陽の下で、

Cimg1047

サワサワと稲面を渡る風の音が聞こえる。

ニガウリの棚にも幾つのゴーヤがぶら下がっている。

オクラもキュウリも、魔法のようにその実を大きくして見せる。

Cimg1046

溢れかえるようなこの日の光こそが、彼らの元気の源なのだ。

そう!、彼らも私もこの真夏日を待っていた。

私の葡萄がやっと収穫期を迎えつつあるのだ。

Cimg1044

早朝の収穫は、一日の弾みだ。

私にとっては収穫そのものが喜びなのだが、

ブドウ達にとってはその賞味者があってこそ意味を持つ。

Cimg1045

それで細君が、すべからくファーマーズに運ぶ事になる。

毎年その繰り返しなのだが、秋口が近くなると、

棚上の房がめっきりと少なくなる。

Cimg1028

それが又実に切なく寂しい気分にさせる。

しかしまあ、今は一杯の房が並んでいる。

Cimg1026

この真夏日の到来を、先ずは享受しよう!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月25日 (日)

私の貸借対照表

高校生の頃の自分を思い出している。

当時の年齢のなせる業だろうが、

Cimg0738

自分のあれこれが欠点として際立って見えていたし、

言うならばコンプレックスの塊だったろう。

それで毎日、漂う浮き草の上をさまよっているような気分だった。

Cimg0314

受験や就職など全てが未知の世界にあったし、

同級生の全てが自信に満ちていて、

私一人が不安の中にいるように思われた。

Cimg0620

余りにも小心な自分がそこにはいた。

それから50年近い歳月が経った。

試行錯誤を繰り返す間に、余分なものを捨て去って、

残ったのが今の自分だ。

Cimg0699

しかして何が残ったのかと考えるのだが、

これこれですと言うものが無い。

財産を作った訳でもないし、

子供達にスクッとした背中を見せてきたかと言うと疑問だ。

Cimg1039

社会的にも何ほどかの貢献が出来ただろうか? 

つまり刈り方が圧倒的で、貸し方は取るに足りないものばかりなのだ。

これが上場企業なら、

倒産すれすれの気の毒なバランスシートと言うことになる。

Cimg1035

そして決算の結果として、老化しつつある心身だけが残る。

それに、肉体は一つだけて他に持ち合わせも無い。

しかしまあ、肉体の老化は若死にを免れた栄誉だから不平は言うまい。

ともあれ、自分と言う入れ物の中身を、

良く見定めておかねばなるまい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月24日 (土)

耽る

物思いに耽るなんて年頃でもない。

むしろ、ぼんやりしていると老けてしまいかねない年頃だ。

Cimg1025

だからこそ「物事に耽る」ことが必要だと思ったのだ。

思えば大学卒業以来、ずっと時間に追いかけられてきた。

それに、やりたくない事だって色々とやらざるを得なかった。

Cimg0905

それがまあ~、幾ばくかの自由な時間が手に入ろうとしている。

その時間を鼻くそ掘って過ごすのか、

何かに夢中になって過ごすのかって言うことだ。

Cimg1014

耽けたいものは、考えれば幾らも出てくる。

世界中旅行したいし、世界中のマラソン大会に出ても見たい。

北海道を一夏で走破するのはどうだろうか。

Cimg0909

勿論、ランニングだ。

その道々での出来事を、このブログに書いたりして・・・。

図書館の本を片っ端から読んでも見たい。

Cimg1012

これは、ぶどう棚の下で読むことにしよう。

NPOの一員としてボランティア活動にも汗をかきたい。

あちこちの研究会にも出たいし、旧知を訪ねることもしたい。

Cimg0910

しかし虻蜂取らずでも困るから、問題は何から耽るかということだ。

と、そこまで考えて目が覚めた。

Cimg1015

少し、老けたのかな~?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月23日 (金)

親孝行

犬の親孝行ってのは聞いたことが無い。

本来生き物は、殊に野生ほど親は子に一方的に施しをする。

Cimg1003

人間の場合には、家族と教育のお陰で子が老親の面倒を見る。

この点、儒教の果たした役割は極めて大きいだろう。

だけど年金と介護保険の制度が、その親孝行を危うくしている。

Cimg0983

つまり、親孝行は年金と介護保険でよかろうという現実だ。

「老後はカネだ」と社会全体が考えてしまった。

おまけに、超高齢化社会が到来しようとしている。

Cimg0982

はて、その任せたはずの年金が続くのかどうか? 

現実は、その年金もあらかた国債と言う借金になりつつある。

逆に言うと、今日の年金世代は、

Cimg0981

国に借金で親孝行を強いていることになる。

それにしても、親孝行は金ではなかろう。

「親は無くとも子は育つ」のかも知れないが、

Cimg0978

やはり親心に報いるには日々の会話だったり、

気配りではなかろうか。

「親思ふ心にまさる親心 けふのおとづれ 何ときくらん」は、

Cimg0977

吉田松陰の辞世の句である。

松蔭は、親心を気遣いつつ29歳の命を絶たざるを得なかったが、

その志は遂に明治への革命を惹起させていくのだ。

Cimg0976

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月22日 (木)

仏壇は偉かった

どのお宅にも、仏壇と神棚は祭られている。

父母を始とした先祖を敬い、八百万の神々に感謝するのだから、

Cimg0957

これは一種のこの国の美風なのだろう。

だけど近年、この仏壇と神棚が埃をかぶっている。

実際のところ私なぞ、線香も拍手も全く希なのである。

Cimg0993

その理由を考えている。

かなり昔の事になったが、貰った初任給を仏壇に供えたことがある。

ともかくも自分が独り立ちできたのは先祖のお陰だと言う気持ちだろうか。

Cimg1024

だがそれもそれで終わりで、やがて給料も銀行振り込みになった。

結婚して妻に手渡していた給料もしかりだ。

結果として女房はご苦労様とも言わなくなって、

Cimg0894

給料は誰が稼いだものかも曖昧になった。

おまけに、小遣いすら女房殿から頂く身分に成り下がってしまった。

子供達は、そんな父親の背中をジッと見て育っている。

それで、この家で一番偉いのは、

Cimg0795

仏壇の中の先祖でも父親でもないと悟るのだ。

つまり、あの昔のまま毎月の給料を供えていたら、

私の地位はもっと高かったはずなのだ。

時代は世襲の部分をどんどん削り取ってしまった。

Cimg0719

しこうして、「先祖のお陰です」も死語になろうとしている。

とは言え今更、急に仏壇の掃除を始めたとしたら・・・?

一体、彼らは何を思うかしらん・・・。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年7月21日 (水)

走りと人生

マラソンと人生って、幾つかの似た要素を持っている。

特にウルトラマラソンは、それ自体が一つの人生だとさえ思う。

Cimg1005

ゴールに向かってひたすら走るのだが、

その途上は決して単純ではない。

肉体の変化のみならず、精神の起伏は相当のものだ。

Cimg1010

走り始めの意気揚々とした元気も、

距離と共に苦しく耐える時間へと変わっていく。

歩こうかとか止めようと言う誘惑が波状的に襲ってくる。

Cimg1009

足の苦痛も忘れて無心に走ってる時間だってある。

そうして、走りながら「これが人生なんだよな」って何時も思ってしまう。

マラソンには当然ながらゴールがある。

Cimg1007

それは人生における一つの区切りのようなものだが、

人生の何所かに設定されている終わりに似ている。

ゴールを走り抜けるまでの間に、

Cimg1017

どれだけ自分を楽しむ事が出来るかと言う点で酷似しているからだ。

只、マラソンの区切りは取りあえずの区切りだが、

そこに向かって遮二無二走るのは、私達の生涯と変わりない。

それにマラソンは、また新しいレースに向かって挑戦できる。

そう、マラソンは一つの擬似人生なのかもしれない。

そしてマラソンも人生も、楽しんでこそ意味が有るのだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2010年7月20日 (火)

稲荷の森

お稲荷さんは、全国何処にもある。

社屋の屋上なども含めて、全国に6万社もあるのだそうだ。

Cimg0955

お稲荷さんは、狐を祭っている訳ではない。

その始まりは、百済から渡来した豪族の秦氏の氏神だ。

秦氏は、大陸の稲作や絹織物の技術を持ち込んだから、

Cimg0947

稲荷神社が穀物農業や殖産興業、商業の神様になった。

そしてその総本社は、秦氏の本拠だった京都の伏見稲荷だ。

総本社以外でも、広域の信仰を集めている稲荷が幾つかある。

Cimg0948

愛知の豊川稲荷、茨城の笠間稲荷、そして佐賀の祐徳稲荷だ。

稲荷はも稲生とか稲成に由来するらしく、

本尊のダキニシンテンは稲穂を荷って白狐に跨っている。

Cimg0951

だから狐は、稲荷神の使いと言う役回りである。

そのお使いの狐の好物だからと、油揚げが供えられる。

それで何時の間にか、

Cimg0952

油揚げの料理が稲荷(寿司)と言われるようになった。

いずれにせよ稲荷社のシンボルは、赤鳥居と白いキツネだ。

他の神社と違って、実に分かり易い。

Cimg0954

稲荷の本尊は「オン シラバッタ ニリウン ソワカ」と現れる。

「我に帰服する者を守りて、常に安穏快楽ならしめん」と。

Cimg0956

豊川稲荷を訪れて、そんな雑学をさせていただいた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月19日 (月)

新たな夢を探して

あなたは毎日、どんな夢に向かって歩いてますか?

ほんの暫く前までは、

Cimg0998

車やTVが欲しいとか、海外旅行、それに家を建てるとかが夢だった。

さらに20年ほども遡れば、戦争や貧困、病気や暴力に満ちていた。

夢は無限にあった。

Cimg0999

薬が無くて死ぬ子供がいたし、身売りなんてのさえあった。

だけど今、何かと不満はあるけれど、「あなたの夢は?」と問われても、

なるほどと納得されるような答が出てこない。

Cimg1000

末は博士か大臣か・・なんて誰も夢想だにしない。

仮に金儲けだって、それでどうしたいのか分からない。

欲しいと思うものだって、そんなに無い。

Cimg1013

要するに、さしたる夢が持てないでいる。

所狭しと物に囲まれながら、

そいつを手にした時の空しさすら知っている。

Cimg1022

「夢を忘れたカナリア」なのだ。

人間は生きるために働く。

その生が満たされた時こそ、新たな志に生きるべきなのだ。

Cimg1021

衣食足りて礼節を知り、なおかつ新たな挑戦をすべきなのだ。

昨日、67歳で初めてトライアスロンに挑戦するNさんに会った。

人間は、何時までも気魄しだいだね。

夢を探して共に歩きましょうよ。コツコツと!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月18日 (日)

浜名湖の夏

梅雨が明けて一気に真夏になった。

夏には、思いっきり汗をかくのが良い。

Cimg1006

と言う訳で、浜名湖半周サマーランを走ってきました。

鷲津駅前を8:30に、25名が一斉にスタートし、

Cimg1008

湖岸を左回りに進んで舘山寺へ。

舘山寺からハマナコスタまでは舟で渡る。

Cimg1011

そこから湖西市のアメニティプラザまでの35kmだ。

午前中は雲が出て暑さは幾分和らいだ。

Cimg1018

とは言え、風が止まるとアスファルトの熱気が跳ね返ってくる。

時々湖面を涼しい風が渡ってきて、体一杯に受け止める。

Cimg1019

やはり体が重くて、最終ランナーとなった。

しかし、今日は競争ではない。

Cimg1020

とにかく歩かずに走り続けようと言い聞かせて、

ひたすら舘山寺の船着場に向かう。

Cimg1023

それで、船の出る15分前にやっと到着することが出来た。

船上の30分は、涼風で体を休めることに専念。

Cimg1030

陸に上がると、ゴールまで酷暑の中を14kmだ。

水を飲んでも飲んでも喉が渇く。

Cimg1029

それで今日はペットボトル6本も飲んでしまった。

ゴールの温泉では、水風呂で一息つくことが出きた。

Cimg1032 

その後は例によって、席を移しての完走バーティーである。

スピーチでは、皆さんそれぞれの人生を感じさせるトークだ。

Cimg1033

目標を設定して、そこに向かってこつこつと励む。

その一つの過程が、今なのだ。

Cimg1034

そういう意味では、ランナーはみんなひた向きに生きている。

私もブルーなんて言ってずに、

そいつを越えて行くことを考えんとな~。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2010年7月17日 (土)

ランナーズ・ブルー

私が走り始めたのは、40歳を少し過ぎた頃だ。

走るようになって、あちこちの大会に出場する。

Cimg0887

そうして大会の度に、ゴールのタイムが縮まっていく。

少し努力すれば、必ずその結果が現れた。

そんな達成感と言う快感の故に、マラソン大会にのめりこんでいった。

Cimg0994

だがやがて、自分の限界に気付くことになる。

肉体的衰えの実感は無いのだが、

ゴールのタイムが次第に後退するようになる。

Cimg0995

かつて3時間半で完走したフルも、何時の間にか4時間を切れなくなっていた。

それでさらに練習の距離を伸ばしてレースに臨むのだが、

結果はほとんど裏目に出てしまう。

Cimg0996

実は昨年の丹後100kmマラソンは、やっとの思いで時間内に完走した。

その直後に咳が止まらなくなって、医者に行くと肺炎を宣告された。

そして今年の八ヶ岳100kmマラソンでは、

Cimg0997

私のランナー史上初めて70kmでリタイアを余儀なくされた。

そんな筈は無いと思いつつも、さっぱりスピードが出なかった。

このまま走っても門限に間に合わないと思った瞬間、

Cimg1001

走る意欲は急速に消えてしまったのだ。

かつてなら、そこを何とかして完走したはずなのだ。

事実15年前の八ヶ岳では、

Cimg1002

門限のカウントダウンの中をゴールしたことがあった。

あの時は、感激も極まって感涙のゴールだった。

そう、つくづくと、若かったと思うのだ。

今になって、なにしろ歳をとるのは初めての経験だから、

その現実を受け入れられずに戸惑っている感じなのだ。

いやさ、その現実を受け入れたくないのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月16日 (金)

山間の湯とトビ

先日、奥三河の湯谷温泉に泊る機会があった。

蓬莱峡の一角にあって何とも静かな湯治場だ。

Cimg0900_2

温泉旅館は板敷川の岸に面していて、

川には綺麗な水が岩の上を滑るように流れている。

板敷きの所以である。

Cimg0902

そして、ぴぃ~ひょろろろとトビの鳴き声が聞こえる。

良く見ると、飛んでいるのだけでなく

対岸の木々にもトビの姿が多い。

Cimg0925

何故かと思っていたら、翌朝になって合点がいった。

客の食べ残す肉を使って、トビの餌付けをしていたのだ。

午前8時15分、既に100羽ものトビが集まっていた。

Cimg0930

猛禽類の彼らは、近くで見るとかなり大きい。

旅館のテラスから投げる肉を、

彼らは空中ですばやくキャッチしていく。

Cimg0929

川に落としても、急降下してそのままの速度で拾い上げる。

獲物を獲るという素晴らしい能力を身近で感じられるのだ。

だが、労せずして朝食にありつけるトビの野生は?

Cimg0926

少し下流に、カラスが二羽ちゃっかりと降りていた。

トビの見逃したおこぼれを待っているのだ。

ほんの10分程のパフォーマンスなのだが、十分見応えがある。

Cimg0899_4

温泉場は、かつての賑わいが去って、どこも閑古鳥が鳴いている。

しかしこの湯谷温泉では、

トビとブッポーソー(録音)が鳴いていた。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2010年7月15日 (木)

私をもいで

私の育てている葡萄が、色付き始めて最終段階を迎えている。

先日は例年のように、小学二年生の街中探検隊がやってきた。

Cimg0986

この街の生産現場のあれこれを訪ねて勉強するらしい。

先ず最初に、彼らを最も管理の行き届いている温室に案内する。

そこには、あと10日程で収穫できる「甲斐美嶺」と

Cimg0987

「サマーブラック」が育っている。

一斉にワァーと言う声が上がる。

先ずは珍しい景色を見たと言うことだろうか。

Cimg0988

そこでブドウの色々や栽培の難しさについて話す。

それからが問題で、味も見せずに帰す訳にもいかない。

それでこの為に、となりの温室で早生のベニバラードを育てているのだ。

Cimg0989

少し収穫には早いのだが、これを30人の子供達に食べてもらった。

「アッ、種が有る」とか「おいしいッ」と、

ワイワイ言いながら平らげていく。

Cimg0990

やがて嵐は去ったのだが、事はそれで終わらなかった。

翌朝そのハウスに入ると、残りの房の半分ほどが無くなっていた。

種も皮もなくなって被いだけが残っている。

Cimg0991

果たして犯人はカラスなのか、はたまたハクビシンかタヌキなのか?

おそらく、子供達の食べるのを見ていたヤツに相違ない。

悔しいがどうすることも出来ない。

Cimg0992

マアッ、多少は食べさせてやることにしよう。

しかし、もう少しでもっと美味しくなるはずなのだ。

私は、彼女らが「私をもいで」と言うまでは、ジッと我慢の子でいよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月14日 (水)

人生の手触り

・・・と書いたのだが、はて手触りと言えるのかどうか? 

過ぎ去ってしまえば、過去はまったりとして取り留めも無い。

Cimg0960

物事の本質などよりも、鮮烈な瞬間の幾つかが重なり合って、

それすらも既にセピア色になろうとしている。

時代の流れに幾ばくかでもこの手で関ったのならともかく、

Cimg0959

がむしゃらに流れに溺れまいとしていたのではなかったか。

戦後生まれの団塊の世代だから、

子供の頃は食べ物も着物も粗末だったけど、

Cimg0964

中学校に行く頃から世の中が目まぐるしく変わり始めた。

牛車がテーラーになり、三輪車になった。

真空管むき出しのラジオがテレビになり、水道が引かれた。

Cimg0634

そんなことが十数年のうちに起こったのだ。

学校を卒業したら、父親の後を継いで農業をやるものと思ってた。

しかし農業も様変わりし、それを許してはくれなかった。

Cimg0896

かくして、勤め人としての毎日が始まる。

初任給が33,150円だった。

それから道草もせずに夢中で走ってきた。

Cimg0924

その今日までのドラマは、まさに泡沫の夢のようでもある。

勿論、得心もあればザラザラとした後悔だって多い。

とは言え、人生に消しゴムは無い。

手触りそのものは、今日の私自身の中にある。

死ぬまで生きてみなけりゃ、肝心のところは分からないだろうな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月13日 (火)

無意味だけど

フッと「人生と言うのは実は無意味かもしれない」と思う。

殊に蟻の巣などを眺めると、働き蟻が右往左往している。

Cimg0921

とにかく忙しげに動き回っていて、中には踏み潰されるヤツもある。

そうやって巣穴を大きくして、それにどんな意味が有るのだろう。

その蟻達と私達も同じなんじゃないかと思ったりするのだ。

Cimg0888

それでも若い頃は発見や出会いも多くて、面白さに不自由しない。

それが甲羅を経てくると、この世の無意味さが分かってくる。

そうして、無意味なまま生きてるのは凡そつまらなくなる。

Cimg0891

それで何とか意味を見出そうとする。

だけど達磨太子じゃあるまいし、

人生の意味なんてのを開発できるはずも無い。

Cimg0804

まあせいぜい、先達に学ぶということになる。

それで40歳を過ぎた頃、4つのことを始めることにした。

それは「作る」「会う」「走る」「書く」ことだった。

Cimg0893

葡萄をはじめ色々と作物を育てる。

人との出会いのある所に出掛ける。

同人誌など機会を作っても書く。

Cimg0962

地球上の各地を自分の足で走る。

その中から、何かが見えてくるのではないかと考えたのだ。

そのいずれもが無意味なことかもしれないけれど、

Cimg0800

その中に実は楽しいことが一杯埋まっていた。

そう、人生は無意味だけれど面白いのだ。

Cimg0897

たから、無意味だと思わずに面白くやればよいのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月12日 (月)

古代エジプト

私達は、古代エジプトを死者の側から見ている。

三千年以上も昔に封印された墓を暴き、

Cimg0973

棺桶や彫像、さらにはミイラまでもピラミッドから引き出した。

そうしてその棺桶の数々が、素晴らしい芸術として美術館に並ぶ。

古代の王侯や官僚たちにすれば、

Cimg0972

よもやこんな事になるとはと、目を白黒とさせているかどうか?

案外、現代に蘇ったのだと考えているかも知れない。

静岡県立美術館のトリノ・エジプト展を覗いての感想である。

Cimg0971

人間は、貴賎を問わず永遠の生命を希求するのだろう。

その永遠の命のために、ピラミッドも陵墓も営まれた。

或いは、仏教の輪廻思想を始めとした宗教だってそうだ。

Cimg0965

とすれば、果たせぬ希求の故に数々の遺産が残されてきたのだ。

神に寄り添うツタンカーメン王の姿は、

既にそんな人間の欲望を超越している。

Cimg0967

在世の私達は、彼の願望よりもその像の凛々しさを讃えている。

棺桶に刻まれた絵文字に、その主の生涯を想い、

パピルスやステラ、死者の書に人々の切ない願望を感じる。

Cimg0969

この三千年の間に、足し酢に科学的な知見は飛躍的に増大した。

だが人間は今も古代も、さして変わってはいないのだろう。

ツタンカーメンの彫像は、

そんな古代からのメッセージを伝えているかのようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月11日 (日)

虚ろな選択

国会は、何はともあれ国権の最高機関だ。

そしてその第二院の投票日の今日、

Cimg0975

13時間を投票の立会人として過ごすことになった。

余りにも長時間ジッと座っている訳で、

想いはあちこちと乱れて一点に定まることが無かった。

Cimg0984

ただ、この国の選挙というものを少々思わされた。

民主主義において、選挙という手段ほど具体的な手法は無い。

だが、投票を求められる者としてはどうだろう。

Cimg0963

選択のための情報は十分だったろうか?

政党やマニフェスト、マスコミ、はたまた俳優やスポーツ選手などと、

幾つものフィルターごしの投票行動になってしまう。

Cimg0985

そしてその幾分頼りなげな判断が、この国の行方を決めてしまうのだ。

今日も、投票用紙を前にして随分悩んでいる人を散見した。

多分に惑いの選択となったのだろう。

Cimg0961

只それとて、選挙結果こそが全てなのだ。

もう数時間もすれば、その結果は明らかになる。

当選議員の賢明な判断を願うばかりだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月10日 (土)

鳳来寺山にて

三河の山間に鳳来寺山がある。

標高695mで古くから山岳修験道の霊山として知られる。

Cimg0931

あるいはブッポーソーの里として知られた。

仏法僧はコノハズクの鳴き声に因む。

遠州地方では鳳来寺は広く名前は知られている。

Cimg0932

でも、実際に出かけた人は数少ないのではないか。

修験道の場であった訳だから、当然道は険しい。

麓の山門から急な階段が1400段余も続いている。

Cimg0920

だからそう簡単には登って来ましたと言う訳にはいかない。

この鳳来寺は、江戸期に最も栄えたのだろう。

家康の母親の於大がこの山に祈願して家康が生まれたと伝わる。

Cimg0933

その話を三代将軍家光が知って、ここを三大東照宮の一つとした。

言うまでもなく、日光に久能山、そしてこの鳳来寺山である。

それで修験道場に、にわかに僧坊が林立するようになった。

今はその多くが朽ち果てているけれど、

Cimg0934

霊山としての趣はそれなりのものが有る。

西暦704年、利修仙人によって開かれ、

後、仙人は百済から鳳凰に乗ってこの地に降り立ったと言う。

朝、この霊山に登るべく麓の湯谷温泉から走り始めた。

だが、朝が早すぎた。

Cimg0919

山頂付近にケートがあって、それ以上登れなかったのだ。

止む無く山を駆け下りて、朝食の後改めて登る事になった。

利修仙人ならいとた易い事かも知れないが、

私にとっては結構な上り下りだった。

ともあれ、鳳来寺山に初めて登ることができた。

麓がずっと紅葉の木が続いていて、秋には艶やかな彩りになるようだ。

改めて秋にゆっくりと登って見ようと思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月 9日 (金)

長篠を訪れて

織田信長の鉄砲に武田勝頼の騎馬軍団が敗れたとされる、

あの設楽原決戦の長篠である。

囮となった長篠城址も今日の新城市に位置している。

城址は三輪川と豊川の合流点にあって、

Cimg0942

今日でも深い谷に囲まれている。

確かに籠城戦いになる城だったかもしれない。

この城は信玄の死後、家康が武田から奪還した城だ。

Cimg0940

天正三年、その城を勝頼は1万5千の兵で囲んだ。

籠城軍は500に過ぎず、城主は21歳の奥平貞昌だった。

勝頼の出戦を聞くと同時に、信長は5万余の軍勢を動員する。

Cimg0938

おそらく長篠城は、信長が勝頼を叩くための囮だったのだろう。

武田軍の長篠城総攻撃は5月14日から始まる。

そして、信長軍が設楽原に到着したのは5月18日だった。

Cimg0937

この5日間に、あの鳥居強右衛門の活躍悲話が生まれる。

彼は14日夜に、丸太につかまって川を下り城を脱出、

岡崎にまで来ていた信長に援軍を求める伝令となる。

Cimg0936

そして援軍を確認してとって返し、

16日朝には向かいの山から烽火発(援軍来るの合図)を揚げている。

当然城方にこの知らせは伝わったはずだ。

Cimg0944

だが彼は、武田の包囲網を掻い潜って再び城に入ろうとしたのだ。

結果は捕らえられ、城の対岸で磔にされてしまう。

その活躍が三河武士の模範として伝えられることになったのだが、

Cimg0945

彼をそうさせたのは、果たして自己犠牲の使命感だったのかどうか。

ともあれ信長軍は、連吾川に沿って馬防柵を築き武田軍の進撃を待った。

結果は歴史が伝える通りなのだが、

設楽原の現地は、数万の軍勢が進退したにしてはあまりにも狭い。

多分この一帯の各地で戦闘が展開されたのだろう。

設楽原の地は、復元された馬防柵がなければ古戦場とも知れない。

今は水田の広がる静かな山里である。

だが天正の昔、信長も強右衛門も、奥平貞昌、

そして勝頼も、この地で壮絶なドラマを演じたのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月 8日 (木)

時代に生きる

私達は、その生まれた時代の限界と可能性の中で育つ。

私は団塊の世代で、可能性が大きく広がった時代を過ごしてきた。

Cimg0315

家電製品を始め、車の普及や新幹線、時間距離も短縮された。

高度成長の後だってコンピュータや携帯と続く。

グローバル化は、食べ物や知見をも限りなく豊富にした。

そういう意味では、極めて幸せな時代を生きてきたことになる。

Cimg0313

しかし一方、時代の流れは極めて速く、

その変化に対応できない場面だって、当然経験してきた。

例えは、些細なことだが紙だ。

昭和55年頃、B版からA版へ切り替わった。

Cimg0321

紙のサイズが少し大きくなっただけで、これに即応できない人もいた。

手書きからワープロへの変化にも戸惑った。

ワープロに向かっても、最初はさっぱり文章が書けなかった。

駕籠かきが人力車の登場で失業し、

Cimg0741

人力車がタクシーの普及で消滅したのと大同小異かもしれない。

だから、時代に遅れまいとみんな必死で走っていた。

大変だったんだよと言いたかったんだが、

戦争に駆り出されてあれも駄目これも駄目の戦前、

Cimg0788

身分が縦横に固定されていた江戸時代に生まれなくて良かった。

これからは国境の無くなる時代だから、

言葉くらい何とかしとかなくっちゃね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月 7日 (水)

三文の得?

この地球は、24時間で一回転する。

ために昼と夜とが繰り返されるのだ。

Cimg0640

それなのに、私達はその自然に逆らって、

闇夜を電気で照らして夜の領域を限りなく狭めている。

24時間営業のコンビニや三交代の就業形態、

Cimg0639

深夜放送も含めて生物のバイオリズムなどお構いなしだ。

もちろん浪費エネルギーだって増高していく。

温暖化の進む地球環境に良いはずも無い。

Cimg0638

それで環境省が「朝チャレ」キャンペーンを始めるらしい。

早寝早起きの「朝型生活にチャレンジ」しようと言うのだ。

加えて文科省は「早寝早起き朝ごはん国民運動」だそうだ。

Cimg0637

それで如何ほど宵っ張りが改まるのかどうか?

効果の程は別として、早寝早起きに優る功徳はないと思っている。

節電になるし無駄に疲れることも無い。

Cimg0633

何よりも早い朝が心地良い。

葡萄などの農作物も私を待っている。

一仕事終わってからの朝飯だって美味いぞ。

だからサッカーが有ったって、早寝早起きは止められない。

三文どころか大いなる得なのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月 6日 (火)

北鎌倉

鎌倉の紫陽花は、山間の地形ゆえにまだ瑞々しく咲いていた。

東西の狭い峠と北側の山並みに区切られ、

Cimg0790

相模湾だけに口を開けた鎌倉の地勢。

そんな狭隘さこそを頼朝が気に入ったのだろう。

Cimg0793

源から北条にかけての武家政権は、ここでこの国の一時代を築く。

北鎌倉には、その北条氏の拠点であった巨大な建長寺がある。

Cimg0794

その細い街道沿いには、旅行者が三々五々歩いている。

鎌倉のたたずまいは、狭さと寺社、それに坂東の歴史が醸し出す。

Cimg0791

鎌倉幕府は、若いエネルギーの結集だった。

そうして、その無秩序ゆえに陰惨な闘争も続いたのだろう。

Cimg0796

むしろ北条の時代に安定を見る。

室町幕府を興した足利尊氏ゆかりの小さな古刹があった。

Cimg0797

彼もこの鎌倉を基礎にして政権を握ったのだ。

昼食に立ち寄っただけの鎌倉だけど、

身体中にその時代の残臭を感じてしまった。

Cimg0789

何時の時代だって、人間はそうやって生きてきたのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月 5日 (月)

ビール工場のエコ

Aビールに肩入れしようと言う気はまったく無い。

だが先日、南足柄市のAビール神奈川工事用を視察した。

Cimg0787

その際の印象を少し書き止めて置きたい。

一言で表現すると、日本の企業もかなり変わってきたという感じだ。

Cimg0785

CSRとは、企業の社会的責任のことだ。

当然その中には、低炭素社会とか循環型社会へのアプローチが含まれる。

かつての日本企業は、今日の中国とたいして変わらなかった。

Cimg0784

利益こそが至上目的だった。

それが社員ぐるみで、CSRが議論されるようになっている。

Cimg0783

又そのことが、企業の省エネ低コスト化にも繫がるようになっている。

Aビール工場でも、製造工程が省エネ型に革命的に変わっているし、

廃棄物の分別と再資源化、ペットボトル再生の制服着用など、

Cimg0786

思いの他色々と取り組んでいた。

それが職員自身の誇りにもなっていた。

「良いことやっているよね」と言われるのが自慢なのだ。

Cimg0782

緑に囲まれた工場の佇まいとエコな試みに、

日本の国の企業の将来も、大丈夫かもしれないと思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月 4日 (日)

七夕

子供の頃、里芋の葉の上の朝露を集めて墨を磨った。

短冊に何事かを書くのだが、朝露が字を上手にするらしいのだ。

Cimg0765

しこうして、子供にそんな準備をさせるところが乙だ。

今の子供なら「何故、それで上手くなるの?」とでも言いそうだな。

多分そんな風雅は、東晋の書家の王義之あたりに始まるのだろう。

ところで日本の七夕は、ちょうど梅雨時に当たってしまう。

Cimg0743

だから牽牛星と織女星の年に一度の逢瀬は、

なかなか見ることは出来ない。

しかし、それだからこそ乙だとも言える。

男女の逢瀬など、秘めたもので良いのだ。

Cimg0669

この点、朝鮮半島ではあっけらかんとしている。

七夕の雨は、恋の雨として歓迎されるらしいのだ。

それはともかく、あの子供の頃の七夕が懐かしい。

七夕も、今では単なる商店街の祭りになってしまった感がある。

Cimg0585

今この国で、短冊に願い事を書いて吊るす子供がどの位いることか。

思えば、私達の子供の頃は願い事が一杯あった。

それに、それが何時か叶うという童話の世界があった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月 3日 (土)

港横浜

横浜と言うのは、実に不思議な街だ。

日本一高いビルのあるみなと未来、

Cimg0881

大桟橋を始めとした港と中華街。

外国人墓地や教会の多い山手地区。

それぞれがまったく別の顔をしている。

Cimg0882

今朝は、その横浜の元町から山下公園、みなと未来地区を走った。

山下公園は、あの関東大震災の際の瓦礫を埋め立てて出来た。

震災で横浜の町も壊滅的被害を受けたのだが、

Cimg0883

その復興事業として海岸を埋め立てて今日の姿になったのだ。

それにこの山下町という名称にもいわくがある。

横浜が1858年の日米通商条約で開港され、

Cimg0884

山手に外国人居留地が出来た。

幕府は日本人との接触を極力避けたかったのだろう。

この地区に日本人の居住を認めなかった。

Cimg0885

が、後に山手の下の海辺への居住が許された。

その日本人が住んだ浜辺が、今日の山下町なのだ。

いずれにしても、150年前は浜辺の寒村に過ぎなかった。

Cimg0886

そいつが今では、みなと未来などととんでもない都市になっている。

週末の公園のベンチには、アベックが溢れ、

その山下公園の一角に歴史を刻むホテルニューグランドがある。

かつてマッカーサーが滞在し、チャップリンも泊ったホテルだ。

横浜のこの150年間の変貌は、

この国の近世の変遷そのままでもある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月 2日 (金)

墓マイラー

私は、唯物的人間で信仰心はかなり薄い方だ。

墓参りなぞも、年寄りの仕事と割り切っている。

Cimg0652

だから長野県などで恐ろしく立派な墓を見ると、

驚くよりもあきれ果ててしまう。

「先ずはご先祖様が大切」ということだろうが、

Cimg0655

自宅よりも墓に金をかける風土なのだ。

そりゃ~、何時かは誰もお世話になる訳だから立派に越したことはないが、

現世をさておいてと言うのでは考えてしまう。

Cimg0657

ところで最近、墓マイヤーが流行っているらしい。

旧跡や仏像を訪ねて廻る歴女や仏女の発展系らしい。

とにかく歴史上の人物の墓を訪ね歩く。

Cimg0660

勿論、関ヶ原のような古戦場も含まれる。

石田三成や龍馬、その恋人の佐奈などの墓を訪ねてお参りする。

その人の生きた時代と情熱を、その墓石の向こうに見つめるのだ。

Cimg0663

墓石には粗末なのもあろうし、陵のようなのだってある。

それはそれで故人の生涯を表しているのだろう。

それはさておき、凡人中の凡人が入る我が家の墓は粗末で良かろう。

Cimg0718

間違っても、若い墓マイラーなど来ないのだから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月 1日 (木)

なかじきり

「なかじきり」と言う言葉がある。

机の引き出しや押入れなんかを仕切るあれだ。

Cimg0755

人生にも起承転結がある。

だから人生においても、

その「なかじきり」をしてメリハリを付けねばならない。

Cimg0754

最近、とみに視力が衰えてきた。

歯目マラと言うから、オイは漸く身に迫っているのかも知れない。

とは言え、今月末には富士山頂往復マラニック118kmだし、

Cimg0753

9月には丹後100kmマラソンだ。

老いなどと言っている暇があったら、少しでも距離を稼がねばなるまい。

だけど、人生の「なかじきり」はやはり必要だ。

Cimg0752

それは、新たなスペースを確保することだし、

これから必要なことを始めることでもある。

と言う訳で、とりあえず身辺の環境を少しずつ変えることにした。

Cimg0751

衣服や書棚の大幅整理とかだが、

パソコンのあの残領域整理と同じだ。

要するに、残された12万時間を有意にする環境づくりだ。

でも、何処まで整理できるかなぁ~。

三つ子の魂百までもだからな!

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »