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2010年7月 3日 (土)

港横浜

横浜と言うのは、実に不思議な街だ。

日本一高いビルのあるみなと未来、

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大桟橋を始めとした港と中華街。

外国人墓地や教会の多い山手地区。

それぞれがまったく別の顔をしている。

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今朝は、その横浜の元町から山下公園、みなと未来地区を走った。

山下公園は、あの関東大震災の際の瓦礫を埋め立てて出来た。

震災で横浜の町も壊滅的被害を受けたのだが、

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その復興事業として海岸を埋め立てて今日の姿になったのだ。

それにこの山下町という名称にもいわくがある。

横浜が1858年の日米通商条約で開港され、

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山手に外国人居留地が出来た。

幕府は日本人との接触を極力避けたかったのだろう。

この地区に日本人の居住を認めなかった。

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が、後に山手の下の海辺への居住が許された。

その日本人が住んだ浜辺が、今日の山下町なのだ。

いずれにしても、150年前は浜辺の寒村に過ぎなかった。

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そいつが今では、みなと未来などととんでもない都市になっている。

週末の公園のベンチには、アベックが溢れ、

その山下公園の一角に歴史を刻むホテルニューグランドがある。

かつてマッカーサーが滞在し、チャップリンも泊ったホテルだ。

横浜のこの150年間の変貌は、

この国の近世の変遷そのままでもある。

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