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2010年7月 8日 (木)

時代に生きる

私達は、その生まれた時代の限界と可能性の中で育つ。

私は団塊の世代で、可能性が大きく広がった時代を過ごしてきた。

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家電製品を始め、車の普及や新幹線、時間距離も短縮された。

高度成長の後だってコンピュータや携帯と続く。

グローバル化は、食べ物や知見をも限りなく豊富にした。

そういう意味では、極めて幸せな時代を生きてきたことになる。

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しかし一方、時代の流れは極めて速く、

その変化に対応できない場面だって、当然経験してきた。

例えは、些細なことだが紙だ。

昭和55年頃、B版からA版へ切り替わった。

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紙のサイズが少し大きくなっただけで、これに即応できない人もいた。

手書きからワープロへの変化にも戸惑った。

ワープロに向かっても、最初はさっぱり文章が書けなかった。

駕籠かきが人力車の登場で失業し、

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人力車がタクシーの普及で消滅したのと大同小異かもしれない。

だから、時代に遅れまいとみんな必死で走っていた。

大変だったんだよと言いたかったんだが、

戦争に駆り出されてあれも駄目これも駄目の戦前、

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身分が縦横に固定されていた江戸時代に生まれなくて良かった。

これからは国境の無くなる時代だから、

言葉くらい何とかしとかなくっちゃね。

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