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2010年9月23日 (木)

ブリャートの人々

この共和国の人口の8割はブリャート人だ。

そしてロシア人は1割くらいだろうか。

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そもそもブリャート人とは、モンゴルの高原に住まずに、

シベリアの低湿地で遊牧していたモンゴル人のことだ。

早くからロシア人と接触して、ロシア的な感覚を見に付けてきた。

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言語もモンゴル語だったのだが、今ではロシア語を使っている。

ロシア革命の際にも、彼らはモンゴルの社会主義化に大きく関ったらしい。

それは清朝滅亡後のモンゴル民族独立のためでもあった。

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ともあれそのブリャートで、日本語を学ぶ学生が多いのは何故なのか。

それは彼らが持つ民族的な嗅覚の故かもしれない。

コサックがやってきた時には、彼らに兄弟(ブリャート)と呼ばせ、

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社会主義革命では逸早くそいつを取り入れる。

レーニンの頭像の受入もその延長線上のことだろう。

してみると、彼らが日本語を学ぼうとするのも幾分合点がいく。

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高原のモンゴル人よりも、フレキシビリティーに富んでいると言うことだ。

ブリャートの産業は、圧倒的に牧畜に依存している。

当然のことながら、モスクワとの格差は開いていくことになる。

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それで近年は航空産業を取り入れている。

特に軍事用ヘリの生産ではかなりのウエイトを占めるらしい。

それから石炭やレアアースなどの埋蔵資源がこの国を救っている。

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ともあれ私達を迎えてくれた書生達は、

そうした経済面でのパイオニアでもあった。

実はこのマネジメント協会の女性達は、

昨年の3月と11月に日本に来ている。

目的は、経営問題に関するセミナーへの参加だった。

見かけは叔母さん然としているが、言動は極めて明瞭だ。

そういう点で、明らかにブリャート人なのだ。

英才教育中だという娘のダァーリャの顔を見ながら、そんな事を考えた。

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