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2010年9月14日 (火)

タリツィの明治村

イルクーツクからバイカルに沿って47kmほど北上すると、

昔の開拓時代のシベリアを再現したミュージアムがある。

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もちろん、すべからく木造建築である。

水舎小屋やら農家の数々、要塞、小学校や教会、

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先住民族のブリャートの村や墓地まで再現されている。

ロシア人にとって、シベリアはかけがえの無い土地だと言う。

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そのシベリアに、ロシア人が進出していく歴史の博物館でもある。

厳寒を防ぐ術がなくては生きていけない土地なのだ。

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彼らはブリャート人らと戦いつつシベリアを制覇していった。

私達の通訳のセルゲイはロシア人だ。

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そうして彼は「何の問題も無い」と言った。

「ブリャートは、もつぱら牧畜をやっていた。」

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「ロシア人は、小麦のような農業や狩猟をやったのだ。」

「お互いに上手く棲み分けができていたから、何の問題も無いのだ」と。

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しかし彼らから土地を奪い、クロテンを税として取立て、

様々に圧迫してきたのがシベリアの歴史だ。

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ちなみにブリャートは日本人と瓜二つだ。

中国人や朝鮮人とも違う、私達に酷似した民俗だ。

彼らの中に紛れ込む限り、誰も外国人と思わないだろう。

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学説のように、日本人のルーツはこの地域なのかもしれない。

バイカルを見下ろす丘のこの博物館は、正にシベリアの条件化にある。

だが、半径500kmの範囲内に200万人も住んではいない。

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だから施設の内容とは裏腹に、観光施設としては決して恵まれてはいない。

寒く広大なシベリアの地は、様々な民族の盛衰の場でもある。

そしてタイガ(針葉樹林帯)は、際限もなく奥地へと続いていた。

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