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2010年9月22日 (水)

ブリャート余聞

ブリャートとは、ロシア語で兄弟を意味している。

バイカルもアンガラもモンゴル語なのに、

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人種の呼び方だけがロシア語なのだ。

ブリャート人は、

もともとこのバイカル湖周辺の広い地帯の遊牧の民だった。

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その彼らを名付けたのは、そこにやってきたコサック達だったろうか? 

彼らが先住民の彼らを「兄弟」と呼んだのかどうか。

一種の民俗共和的な雰囲気だったかも知れない。

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ところで話は変わるが、

このブリャートの地を日本軍が占領したことがある。

1917年のロシア革命の混乱に乗じて、

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この地を奪おうとしたのだろう。

1919年の事だが、

結局何の得るものも無く、多くの犠牲者と国際的非難を残して引き上げた。

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そうして、当時はその事実さえ極秘にしていた。

目的も曖昧な暴挙だったのだが、

国の権力と言うものは暴走させれば何でもやってのけるのだ。

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さて時代を現代に戻そう。

ウランウデの近くのクラスノカメンスクと言う所に刑務所がある。

そこにミハイル・ホドルコフスキーが収監されている。

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彼は、ほんの最近までロシア最大の石油王(ユコス社長)だった。

自由経済になってからの時代の寵児しだ。

彼はプーチンの野党に資金援助したり、

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アメリカの石油資本と仲良くなったり、

とにかく多分に野心的な活動をしていた。

それが当時のプーチン大統領の逆鱗に触れることになる。

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ユコスは破産させられ、国営企業として接収されてしまうのだ。

大富豪だったボドルコフスキーは、

横領と脱税で逮捕されて一夜にしてシベリア送りである。

彼の資産は2兆円近くも有ったらしいのだが、

今では極寒の刑務所で日給100円で働かされている。

何ともロシア的なドラマではないか!

その監獄が、このウランウデの近くらしいのだ。、

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