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2010年11月30日 (火)

浅草の情緒

浅草寺で観音さん?を拝観してきた。

それにしても大変な人垣で、

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狭い仲見世通りは進むもまま成らない。

それでも雷おこしや人形焼の店を覗き、

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あげまんじゅうをパクつきながら、

江戸さながらの情緒を味わった。

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実はこの仲見世は明治維新の紆余曲折で、

明治18年には境内の仲見世は取り払いの憂き目にもあっている。

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しかしその後、境内の清掃を常にするという名目で、

表参道の仲見世として今日のように蘇っている。

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とは言え、この仲見世は日本で最も古い商店街の一つなのだ。

その表参道を脇に逸れると、

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下町情緒の漂う幾つもの老舗が軒を連ねている。

やはりこの界隈は、永く江戸庶民の娯楽の場だったのだろう。

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私達はその一つ、

江戸前天麩羅の老舗「中清」で昼食を頂いた。

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古い土蔵風の建物の中には瀟洒な中庭があって、

その池には、それはそれは見事な錦鯉が泳いでいた。

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それで昼食は、半ば場所を戴く気分であった。

ところで肝心の浅草寺である。

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623年に隅田川で網に掛かった仏像が本尊(聖観音)と言うから、

その由来はきわめて古い。

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とは言えその本尊は5.5cmの小さなものらしく秘仏とされている。

と言う事で645年以来開帳されていないのだから、実態は不明なのだ。

それから風塵・雷神を左右に配した風雷神門(雷門)が名物だが、

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あの大提灯を寄進したのは松下幸之助だ。

それ以降から雷門と言われるようになったのかな?

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2010年11月29日 (月)

暫しの旅情

隅田川が、これほど水量豊かな川だとは思わなかった。

かつては川遊びや花火で知られていた訳だが、

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私は残念ながら、ガード下のどぶ川のイメージを持っていた。

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日の出桟橋から水上バスに乗って、浅草まで隅田川を遡った。

水上バスは500人もの客を乗せて、

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かなりの高速で勝鬨橋や両国橋など色とりどりの橋をくぐっていく。

両岸の遊歩道にはランナーや散策の人々が数多い。

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高校のボート部だろうか懸命にオールを漕いでいる。

過ぎ行くビルにも、一つ一つの社会を想像すらしてしまう。

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それにカモメが数羽、水上バスを追いかけてくる。

水面から眺めるビルの数々も又別の趣を感じさせる。

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しこうして40分ほどの船旅はアッと言う間に終わって、

スカイツリーを見上げる浅草岸に到着する。

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隅田川は、浅草寺のすぐそばを流れていたのだ。

実は、さほど期待せずに乗船したのだが、

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あにはからんやここには非日常の東京があった。

思えば東京は隅田川から南にどんどん拡張していった訳で、

この川からの眺めも随分な変貌をしてきたのだ。

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そして、今もこれからもこの街は変わり続けるのだろう。

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2010年11月28日 (日)

江戸の増上寺

芝の増上寺を訪ねた。

あの徳川家の菩提寺として栄華を極めた寺だ。

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訪れてみると、銀杏の葉がハラハラと散っていて、

歴史の重みを想像するためか、意外と簡素な佇まいに感じる。

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それは明治維新後にこの寺が大きな変転を見せたからだ。

先ず最初の衝撃は明治7年の廃仏毀釈だったろうか。

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それから決定的なのは戦中の空爆で大半が焼失してしまった。

往時の建物で残っているのは三解脱門と1622年建立の二重門だけだ。

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それで今日の大殿や講堂は鉄筋コンクリート作りになっている。

戦災の後、寺も規模も大幅に縮小されてしまった。

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かつての境内の大半は今日の芝公園になっているし、

東京タワーも寺の墓地だった所に建っている。

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ともあれ増上寺は、徳川15代将軍のうち6人の廟所である。

2代将軍秀忠の他、家宣、家継、家重、家慶、それに14代目の家茂だ。

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もちろん秀忠のあの夫人も、家茂の正室和宮、

それに多くの側室も共に祭られている。

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徳川家の御霊屋を回りながら、

この増上寺が大きくクローズアップされた事件を思い出した。

あの忠臣蔵の畳替えである。

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元禄14年に京都から勅使が江戸にやってくる。

その饗応役だった浅野長矩に、

高家の吉良義央が増上寺の畳替えが必要なことを教えなかった。

それが引き金になって3月14日の殿中刃傷に及んだという逸話だ。

そのかつての本堂鉄筋の厳めしい建物になっていて、

ちょうど結婚式が行われていた。

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2010年11月27日 (土)

人間活動

某女性歌手が「人間活動に専念」を理由に芸能活動休止宣言をした。

人間性を取り戻したいと言うほどの意味だろうが、

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その表現としては何とも重々しい。

例えは古いが、広げ過ぎた屏風さながら倒れまいとしているのかも知れない。

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未だ若い彼女が、どんな人間活動を始めるのか多いに興味がある。

とは言え、人生は人や物との出会いの積み重ねであって、

人間活動などというものが始から在る訳でもない。

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一つ一つの出会いによって、自分の歩く道が変わっていくからだ。

彼女の場合は、芸能界以外の場所に出会いを求めたいと言うことだろうか?

人が生きるって言うことは、

出会いによって自分の可能性を引き出し続けることなのだと思う。

定年退職したりして出会いが少なくなると、途端に老化が始まる。

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だから老化したくなかったら、

歳を経ると共に自ら出会いを開拓すべきなのだ。

そうして、いよいよ華やぎを増すようでなくてはなるまい。

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人生に、それほどの意味が有る訳じゃない。

ならばこそ新しい出会いを求めて動き回る気組みが肝要なのだ。

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幸せは向こうから歩いちゃ来ない。

だったら探しに行く他なかろうが !

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人間活動に専念すべきなのは、熟年者たちの方だと思った次第だ。

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2010年11月26日 (金)

見栄

法事で出かけた僧洞宗の寺の掲示に、

「人と自分は違う。比べることは無い。

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自分の花を咲かそう。自分の光を放とう。」と書かれていた。

私達はとかく人の目が気になるし、

できればかっこ良く思われたいと考えてしまう。

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見栄を張ってみたくなるのだが、それは一種の誇りの表現でもある。

犬にも猫にも見栄など無いだろうし、

人間だけがそれなりの誇りを持っている。

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実は自分というものは、他人と比較してみないと良く分からないものだ。

だからつい比較するのだが、だからと言って卑下も驕りも必要ない。

自然界の草花を見渡せば、赤白黄色大きいのも小さいのも有って、

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それぞれ自分の特色を出して力一杯に咲いている。

日陰には日陰の、高山には高山それ相応の植生がある。

沢山の個性があるから自然界のバランスがある。

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空虚な人間の見栄は、時に空威張りになってしまうけれど、

自分をわきまえているなら、精一杯の見栄を張って生きればよいと思う。

諸々の環境が違うのは止むを得ないし、

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どうせ人生は不条理であって、所詮は孤独なものだ。

結局の所、自分の人生は自分が生きるしかない。

訪れた市民墓地には、実に個性的な墓石が並んでいた。

生涯最後の見栄だね。

肝心なのは、自分の花を精一杯咲かせることなんだろうな。

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2010年11月25日 (木)

宿場の残影

新居は東海道五十三次の一つの宿場だった所だ。

その宿場の名残が、関所の他にも残されている。

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旅籠だった紀伊国屋もその一つだ。

紀州藩の御用宿だったことからこの名がある。

江戸期には二十数軒の旅籠が軒を連ねていたらしいが、

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中でもこの紀伊国屋が最大の宿だった。

そうして昭和30年代まで旅館業を営んでいて建物が残された。

記録では、250年間も旅館業が続いている。

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旅情緒を髣髴とさせる建物、それに離れの佇まいもなかなか風情がある。

江戸中期以降には旅行案内書なども発行されていたから、

ヤジさんキタさんも、この宿で鰻などを食ったのだろうか。

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この旅籠の近くに、小松楼という芸者置屋が残っている。

この辺りは宿場の歓楽街だったらしく、

80人もの芸者衆がいたと言われる。

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お茶屋独特の間取りも面白いし、ベンガラ色の壁も珍しい。

それに何と言っても、ふすまの下張りに色々あって、

静や静・・・などの今様、それに上楼の際の付帳まで張ってある。

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この日本の国は温暖多湿の上に木造が多い。

ヨーロッパの石造りとは違って、

古い時代を保存するのは並大抵ではない。

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でもやはり、私達が時代の旅を実感できるのは本物ならでこそだろう。

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2010年11月24日 (水)

出入国時の通関は、昔なら関所だろう。

この夏イルクーツクでは、ソ連時代から続く役人の悪弊に呆れた。

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普通の旅行者の旅券(通行手形)を何時までも眺めている。

プロなら瞬時にチェツクなど出来るはずなのだが、

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本人はもっともらしく時間をつぶしている。

この点ヨーロッパでは、EUの登場と共に通関すら無くなっている。

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だがその昔は、何処の国にも至る所に関所があって、

旅人は厳しい通関手続きを強いられていた。

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江戸時代には徳川幕府が全国に53ヶ所もの関所を設けていた。

そしてその関所も、明治2年に廃止されていずれも取り壊されしたのだが、

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その53箇所の関所のうち、当時の建物がそのまま残っている所がある。

浜名湖西岸の新居(今切)関所だ。

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ここだけは、現在も往時の姿を止めている。

建物が一時は学校として使われ、

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その後も新居町役場として活用されていたからだ。

この建物は安政2年(1855)年に建てられたもので、

当時は渡船場に接続する形になっていた。

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その様子は発掘された渡船場の石積みで見て取れる。

したがって、この関所から東は浜名湖だったことになる。

明治期に随分と埋め立てられて、現在は街中になってしまっている。

東海道の難所の一つだったはずの今切の渡しも、

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今では幾つかの橋梁で陸続きになっている。

関所跡には葵のご紋が下がっている。

しかし幕府直轄だったのは最初の100年間だけで、

その後の170年は地元の吉田藩の管理になっていた。

国と国との関係だって、いずれは関所が無くなっていくのだろう。

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2010年11月23日 (火)

手間と暇

今日は、勤労を感謝する日になっている。

でも私達は「便利なことは良いことだ」って、

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ひたすら労を省くことを追求してきた。

車で高速に乗れば、たちまち何処にだって飛んで行ける。

携帯電話やメールでリアルタイムの連絡が出来る。

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惣菜や弁当だって、家で作るより買った方が安かったりする。

映画だって衛星放送で好き放題に観れる。

すべからくその伝で、男女のカップリングも面倒になったらしい。

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お陰で、少子高齢化は止まり様も無い。

その便利の一方で、暇な時間を持て余す様にすらなっている。

実はこの持て余すってのは、相当に厄介なものだ。

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何故って、退屈こそが疲労を生み出すからだ。

人間は、退屈したまま生きることは出来ないのだ。

だから私は、ブドウやホウレンソウなどと色々と栽培している。

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マラソンも走るが、これは暇つぶしじゃ決して走れない。

かなり周到な事前準備をして走るのだ。

手間隙掛けた挑戦で疲れるなんてことはない。

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一見無駄と思える中にこそ、人生の玉石が隠れている。

「無駄だ! 無駄だ!」と、ヒステリックに仕分ける輩がいるが、

本当に無駄なのは彼らなのだ。

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手間隙掛けてこそ、私達の人生は稔るのだと思う。

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2010年11月22日 (月)

人生の双六

人生は、ちょつと込み入った双六に似ていると思うのだ。

沢山の人が「上がり」に向かって右往左往している。

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時にはバックしている人もいるし、小休止している場合もある。

その傍らを超特急で追い抜いていく人だっている。

もちろん脱落者だって出てくる。

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サイコロは、進学する学校や仕事先、はたまた賞罰さえも決めていく。

ご褒美があったり、泣き笑いの場面にも遭遇する。

それに肝心なのは、サイコロの振り手は常に自分だ。

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そうやって、一歩前進二歩後退しつつ上がりに向かっている。

「上がり」に何か特別なものがあるって訳でもない。

でも、みんなそこに向かって駆けている。

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サイコロの出目には何の仕掛けも無いが、

才覚と運次第でそれなりの格差が生まれてくる。

人生に公式など無いのに、それなりの解答があるのと同じだ。

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それに、自分じゃどうしようもない事だってある。

「何でだっ!」と腐っていたって何も解決しない。

そんな時、自分を納得させる言葉を捜すのも人生なのだ。

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それが見つかれば、人生どうと言うことは無い。

どうせ、みんな何時かはアガルんだから。

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2010年11月21日 (日)

TPPは開国なの?

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140年前、井伊直弼の日米通商条約から

この国は明治維新へと激しく変わった。

今政府は、その「140年前に匹敵する」開国だと言っている。

TPP交渉への参加のことだ。

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そうして、半年前まで戸別所得補償で小さな農家を守ると言っていたのに、

にわかに大型農家重点支援だと豹変を始めている。

農産物の関税をゼロにすれば、米麦や畜産物は壊滅的な被害を受ける。

仮に関税差を戸別所得補償(税金)で補うと説明したとしても、

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財源など逆立ちしても出てこないだろう。

上げると公約した食料自給率も、

普通に考えれば14%位に下がるだろう。

この国の農業は、農地の所有形態や複雑な地形、気象や人件費など、

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USAやオーストラリアなどの農産物輸出国とは根本的に異なった諸条件の上に成立している。

農業改革だというが、農地法を変えたくらいでは何も変わらない。

それにTPPをやると決めたとたんに、誰も農業に参入しなくなるだろう。

総理大臣は「TPP参加は平成の開国だ」と発言している。

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一体、何を持って開国と表現するのだろうか。

単純なプロパガンダに過ぎず、その説明は不可能だろう。

何故なら、既に日本の関税は国際的に極めて低い水準にある。

農産物の関税だって、平均13%に過ぎない。

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例外的に、米や畜産物、甜菜などに高い関税を残すだけだ。

それに食糧自給率が40%でしかないように、

日本は世界最大の食糧輸入国なのだ。

それを開国というならば、国内の稲作と畜産を放棄することに他ならない。

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外務大臣は「第一次産業のGDPは1.5%に過ぎない。

これを守るために98.5%が犠牲になるのか」と発言している。

しかしこれは、米国農業のGDP比が1.1%、ドイツ0.9%、英国0.9%、

EU全体でも1.8%に過ぎない。

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だからこそ各国とも、農業を大切にしているのではないか。

「日本が乗り遅れる」のを心配するんなら、

日本の工業製品に高関税を掛けている国と個別に交渉して、

FTAなりを結べは良い。

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わざわざ農産物輸出国と共にTPPに参加する「国益」は何も無いのだ。

政府は、この国の田畑を一面の荒廃地にすることが開国なのかどうか、

よくよく考えるべきだろう。

それも考えられないなら、「米と畜産は止めて輸入し、車を売りたい」とはっきり言ったらよい。

政治主導と言うのは、軽々しく混乱を起こすことだったのか。

政府の中味の無い軽薄な「政治主導」にほとほと愛想が尽きた。

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2010年11月20日 (土)

この世の夢

普段、めったに夢見ることは無い。

況や、春の夜の夢のごときうつつは見たことも無い。

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だけど、何か懸案があってしこっていたりすると、

たまに思いがけない展開の夢を見ることがある。

それが、摩訶不思議な展開なのだが、

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でもそんなものは、10分もしないうちに忘れてしまう。

犬や猫と違って、精神世界を持つ人間だけが夢を見る。

若い頃の夢は、稀有壮大で夢想に近い。

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そうした夢は、大抵は現実との落差の中で忘れてしまう。

そうして、段階的にステップアップする現実的な夢に移行する。

その夢が現実と握手できれば、それが自己実現の形だ。

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一つの夢が実現すれば、今度は次の夢を描く。

その原動力は競争心だったり、向上心や嫉妬心だったりするが、

私達はそうやって自分の立位置を次々と引き上げて今日まで来た。

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言うならば、昔の自分から次々と化けながら生きてきた。

化けに化けた成れの果てが現在なのだろう。

化けられなかった人は、夢を見なかった人だ。

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虚ろな夢も人生における処世も、その精神世界の為せるものだ。

個々人の遍歴も社会の変化も、これ夢の成せる業だろう。

人の世も、所詮は夢次第なのだ。

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だから、次々と夢を見てやれと思っている。

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2010年11月19日 (金)

地震に備える

12月5日の防災訓練が間近になった。

それで今年も、県の地震防災センターを訪れた。

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この東海地域では、1498年の明応地震から数えただけでも、

平均すると112年に一度の間隔で5回の

(明応、慶長、宝永、安政、東南海)巨大地震が起こっている。

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直近の東南海地震(M7.9)は1944年だから67年前だ。

と言うことは、今後45年のうちに起こる確率が極めて高いことになる。

多分、この30年以内に天災はやってくるような気がする。

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だけど私達ま関心度がそれほど高いかというと、

はなはだ疑問だといえる。

昨年8月11日の震度6弱の地震でさえ、もう忘れかけている。

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「その時にゃ、その時だ」という諦観が先立つのだろう。

「天災じゃしょうがない」

日本人は昔から、そんなやり方で生きてきた。

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しかしながら、江戸の昔と今日とでは生活様式がまるで違っている。

水も電気も食糧も自給は出来ないのだ。

それに東南海と関連する地震が相次げば、

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本州中部のライフラインはほぼ途絶する。

なにしろ震度7の区域は、阪神淡路の4.4倍と想定されている。

私の住む集落でも、建物の42%が大破もしくは中破すると想定されている。

私も「しゃあがねえやな!」と思うのだが、

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災害には備えるに越したことは無い。

それでベッドの傍らに、非常持ち出し袋を準備することにした。

これには、勿論ズック靴も入れた。

はてさて、これで生き残ることが出来るのかどうか?

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2010年11月18日 (木)

健やかを育む

生まれた時からひねくれた子供などいない。

ところが、家庭環境が徐々に非行の芽を育ててしまう。

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家庭というインキュベータは、健やかさと同時に粗野や粗暴も培う。

それでもかつては、地域で子供を育てる仕組みがあった。

学芸会や旅行、宿泊訓練など子供会などの活発な活動があった。

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他所の子供も分け隔てなく叱ったし、褒めもした。

戦後は、あまりにも「個」が強調されるようになった。

セクハラだのパワハラだのと言われて、

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他人に関るのが馬鹿馬鹿しくなった。

いわんや、地域の子供にも無関心で、隣家の子供の顔すら知らない。

当然のこと、悪さをしようが見てみぬフリをしている。

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親も子供も「勝手でしょ」という風潮だ。

こいつは、教師にも確実に伝播している。

子供を叱れば、理解の無い親の攻撃の的になるからだ。

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挙句、イジメだの学級崩壊が普遍化する。

それでも、教師はさりげなくそれを無いことにする。

それが、この国の現実ではないのか。

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学校というのは、私は「縁」を育む所だと思う。

人と人が繫がることの難しいこの時代は、無縁社会とも言われる。

学校までが無縁では困るのだ。

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「絆」こそが、健全な精神を育む。

11月は、学校教育協調月間である。

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2010年11月17日 (水)

人生の極意

それは一言で言うと、七割で生きることらしい。

ほらッ、腹七分目って言うでしょ。

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文章を書くにもコツがある。

言いたい事を全部書くと、くどくて読み難い文章になる。

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だから私はかつて、

書いた文章を一晩寝かせて次の日に半分に削っていた。

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書いている時には肝心なことと思っても、半分で丁度良かったのだ。

ことほど左様に、言いたい事を全部喋るのはよした方が良い。

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大抵はくどくどしくて嫌味な話になる。

仲間と話をするんなら、思ったことの半分を話せば丁度良い。

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そうすると余韻が残って、後から気分まで良くなるはずだ。

財テクだってそうだよね。

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120%背伸びして無理な投資をするから大怪我するんだ。

それに自分が後生大事に思ってることだって、

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良く考えると大抵は大したことじゃない。

レストランの料理だって同様らしい。

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完璧で欠点の無い料理は、直ぐに飽きが来るんだそうだ。

そう言う意味じゃ、内の女房の料理は何故か飽かないな~?

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2010年11月16日 (火)

地域力

市政懇談会が開かれた。

私の地域の自治会長など約100名と市長以下三役が懇談する。

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否、自由に懇談することになっていた。

テーマは「地域の安心安全づくり」である。

このテーマを因数分解すると「防犯と防災」

「地域福祉」そして「産業づくり」になる。

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住むのに安全でなくっちゃならないし、高齢者や弱者の支援も地域の力だ。

それに自分達の生活の糧を得る就業や買い物の場も不可欠だ。

それらをすべて、住民がみんなで相談しながら実現していこうというのが自治会だろう。

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つまりこのテーマは、自治会の存在意味でもあり、

その実現のためにこそ自治会費を徴収しているのだ。

それぞれの課題に対して出席者の発言を求めた。

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ところが2時間の懇談で発言したのは4人の自治会長だけだった。

後は、支部の役員の発言で終わった。

つまり、常日頃そんなことを考えたことも無いと言う訳だ。

自治会の手当てを貰って、

市からの文書類を配るのが役割と思っている。

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結局この折角の懇談会も、

物思わぬ自治会長群を前にして市長の独壇場で終わった。

もっとも、住民自身が自分のことで精一杯な時代だ。

弱者や防犯などは行政に任せときゃ良かろうと思っている。

ところが行政には、既に昔の力(財力)は無い。

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地域のことは地域でやる他無いのが現実なのだ。

この日の司会を努めながら、そんなことを訴えたのだが、

どれだけ伝わったことか?

とにかく、自分のことだけしか考えない人士が多すぎる。

かつての地域の力は、どこかに霧消したかのようだ。

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2010年11月15日 (月)

痩せ尾根を走る

小笠山トレイルランは、今年で4回目である。

今年も県内外から55人の走る仲間が集まった。

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エコパスタジアム前では再会を喜ぶ声が行き交う。

9:30、スタジアムの外周を回った後、

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小笠山北側の崖道を辿って山頂に向かう。

そう ! 小笠山の北側は、切り立った崖になっている。

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高い所では40mもの絶壁だから、仮に落ちたら大変なことになる。

その縁を走るのがエキサイティングコースの8kmだ。

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実は小笠山丘陵は、数万年前に大井川が造った扇状地だ。

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その扇状地の北側が、今のJR掛川駅の少し南側で大きく隆起した。

それで標高264m、山頂から南に傾斜する丘陵が生まれた。

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南側斜面は次第に浸食されていって、幾つかの尾根が残った。

たからその残った6本の尾根は、

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いずれも痩せて両側が崖になっている。

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尾根は礫で出来ているので常に乾燥している。

それで、乾燥に強いウバメガシだけが生き残って純林になった。

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私達は、そのエバメガシのつくる緑のトンネルを走るのだ。

落ち葉を踏みしめて、くねくねと尾根の先まで走っていく。

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途中のエイドステーションでは、

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協力スタッフがカレーを熱く煮込んで待っている。

手作りの饅頭やらミカン、そしてビールまで頂いて元気を出す。

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このコースは距離こそ27kmなのだが、

急な上り下りが続いていて、

実際にはフルマラソン程度のエネルギーが要る。

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それにしても山の中を大勢で走るのは気分が良い。

山頂からは眼下に掛川市街を見渡せるし、

南側では太平洋を臨むことが出来る。

そしてゴールは、

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丘陵の北東端に位置するリゾート「つま恋」だ。

そこの森林の湯に浸かって疲れを癒し、

その後は、完走パーティになるのだ。

心地良い疲れを感じつつ、

つくづくと贅沢な一日を過ごしたものだと思う。

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2010年11月14日 (日)

行末の春

「行末」には未だ早いが、

自分への激励の意味でこのことを書こうとしている。

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昭和22年から25年生まれの巨大な人口が、大きな転機を迎えた。

幾ばくかの退職金を手にして、彼らが新たな消費を生み出すと期待された。

しかし、その期待はまったくの空振りに終わりそうだ。

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第一、今日の60歳は余りにも若すぎるのだ。

年金だって65歳までは満額出ないから、働く方途を模索する他ない。

ところが昨今の経済情勢である。

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若年者すら就活に苦労する折、そんな好都合な職場がある筈も無い。

それに国の借金は900兆円にも膨らんでいるし、

将来の年金だって何時カットされるか分かったもんじゃない。

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なけなしの退職金に手を付ける訳にも行くまいと言うのが本音だ。

しかしである。

ちびちび細々と生きて何になる。

老来、確かに定年を迎えて黄昏族の仲間にはなった。

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さりとて枯れちゃいないし、世の酸いも甘いも知り尽くした熟練隊なのだ。

例え戦線は縮小したとしても、

ここは自ら反転攻勢一矢を報いるべきだろう。

問題は、何処に向けて矢を放つかなのだ。

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その的を、自分で創造しなければならない。

もはや過大な利益など求める必要も無い。

熟年者農場やら高齢者サポート隊、はたまた様々なボランティア、

選択肢は色々とある。

要は、元気印で「行末の春を数える」ことなのだ。

「今よりは 成るに任せて 行末の春を数えよ 人の心に」(昌啄)

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2010年11月13日 (土)

原発を覗いて

浜岡原発には昭和51年運転開始の1号機から5号機まであって、

全部の発電能力では500万KWという巨大なものになる。

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だが営業運転しているのは、3号機と4号機だけだ。

1・2号機は耐震余力が少なくて、昨年一月で廃炉となった。

それに最新鋭の5号機も昨年8月11日の地震の揺れが大きく、

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その分析やら点検やらで運転停止が長引いている。

天災は予期せぬ災害を引き起こす。

それが原発を襲ったらどうなるのかという不安は強い。

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半分は休止というのも止むを得まい。

エネルギーは欲しいが安全はもっと大切なのだ。

と言う訳で、発電所の内部を視察させてもらった。

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それが厳重な警備で、警備員の傍らの金属探知機をくぐって、

ここでは危険物はもとより携帯電話すらチェツクされて、

テロ防止の名目でカメラの持ち込みも厳禁なのだ。

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空港の搭乗口さながらの警備をクリアーして、バスで原子炉に移動する。

その建屋の中も気圧差が設けられていて、

幾つものハッチを抜けねばならない。

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中は動力が原子力というだけで、基本的には水力発電と同じだ。

ただ、小さなウランが巨大な核分裂エネルギーを発生させる。

放射線そのものは太陽からだって降り注いでいるのだけれど、

原発は、人間が辛うじてコントロールしているイメージが強い。

それがこの一見厳重な警備になるのだろう。

それに石油にしろ原子力にしろ、

私達の生活水準維持と地球環境は裏腹なのだ。

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2010年11月12日 (金)

大道芸のある街

25年程も以前のことになる。

ミュンヘンの薄暗い通りで幾つかのミュージシャンが歌っていた。

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その周りを10人ほどが取り巻いていた。

私はビールの酔いに任せて、

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「ビートルズナンバー・プリーズ」と声をあげていた。

ミュージシャンはそれに応じて、シット・イット・ビーを弾き始めた。

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私は、その薄暗い路上で仲間と肩を組んで歌っていた。

異国の街でのほんの一時のことだった。

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そんな風景がある街が、とても珍しく高貴に感じたものだ。

静岡市を舞台にした大道芸ワールドカップは、

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今ではもうすっかり定着している。

この時期でなくても「大道芸」を見かけるようになったし、

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日本各地にもストリートミュホジシャンの風景が広がった。

だけど、大道で自分の芸を披露して生活が出来るものかどうか?

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観衆の投げ銭など知れたものだろうし、

その点には多少の疑問を感じざるを得ない。

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だけどパフォーマーにとって、そんな事はどうでも良いのかも知れない。

特別な取り柄を持つ人にとって、

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自分の技が認められる機会は願っても無い訳で、

百に一つ、それで食べられるかもしれないのだ。

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BGMをバックに絶妙な技を次々に決めていく人、

笑いの渦を巻き起こしながらポーズを決める人、

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どう見ても趣味のパフォーマーではムリだろう。

やはり彼らはプロなのだろうか?

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2010年11月11日 (木)

意識の転換

心の置き所を幾つか持つことが大事だと思う。

幼児をあやす手練手管を思い出してみよう。

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むずかる児には、飴を与えたりして関心を他に逸らせようとする。

大抵は、それでニコッとなるだろう。

私達だって一つことを思い詰めているより、気分転換したほうが健康的だ。

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私は、いつの頃からかこいつを意識的にやっている。

朝起きると、真っ先に農場に向かう。

そこでは作物の生育観察や潅水・収穫などをするのだが、

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頭の中はその成長に一喜一憂しつつ、時に植物と一体化すらしている。

朝食後は子供達の登校を見送る。

これも「オハヨッ!」「行ってらっしゃい」と声をかけながら、

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車の動きに神経を集中させている。

通勤の車中では、大抵は明治や戦国時代にワープしている。

本の面白さは、ページを開くと忽ちにしてその時空に飛んで行けることだ。

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そうして心は、歴史や紀行の空間を彷徨している。

歴史上の人物の心中に浸りながら勤務地に着くことになる。

職場では、やはり仕事なりの心の置き所がある。

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ランニングの際は、これは結構エンプティーな気分になっている。

それから、夜の会合があったりしてと言った具合である。

そして一日の最後が、このブログを書くことなのだ。

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休日には、この起伏をもっと大きくするよう心がけている。

そんな具合で、お陰と心の平衡が保たれている。

さて今日は、如何ほどの時空間を辿れただろうか?

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2010年11月10日 (水)

その日暮し

今年の夏を思い出している。

週末に走っている小笠山には、

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数年前までヒグラシは生息していなかった。

それが昨年から全山でカナカナカナと寂しげに鳴くようになった。

ところが今年の夏も終わりに近づいた頃、

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ヒグラシの声がパッタリと聞こえなくなった。

代わりにツクツク法師など他の蝉の声になったのだ。

寂しげなヒグラシの声と岩に染み入るような喧騒とじゃ、

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山のあの雰囲気がまるで違ってしまう。

蝉の世界に「政変」が起こったのかと思っても見た。

しかし、どうもそうではなさそうであった。

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ヒグラシの鳴くのは朝夕の気温の低い時らしく、

どうも他の蝉と鳴き分けているらしいのだ。

土中生活7年間の後の2週間の求愛も、

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どうやら時間限定の交代制らしいのだ。

ところで、一家の中でもこんな具合にならんものかしら。

親父の喋ってる時には黙ってちゃんと聞く。

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それが終わってから、言いたいことをはっきりと言う。

日本の政府もそうだよね。

政変から一年余り、鳴き競っているだけで成果はさっぱりだ。

やったのは借金して金を配っただけ。

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「ひねもす のたりのたりかな」なんだな。

お陰でこちとらぁ、その日暮しだかんね。

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2010年11月 9日 (火)

茶の未来

この十年、お茶の価格は下がる一方だ。

デフレと不況風に煽られて上級茶が売れないからだ。

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それに美味しいお茶で家族団らんする場面が希少になった。

皆それぞれに忙しくばらばらで、会話すら無くなりつつある。

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お茶もお酒も、独り寂しく飲んでもつまらないものだ。

そんな訳で、お茶産業の未来を心配する声が多い。

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しかし私は、そんなに心配は無いと思っている。

その理由は、お茶はこの千年余に渡って飲まれてきた物だということ。

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それに手軽に喉を潤す健康飲料は他には無いと言うことだ。

只、この30年間のお茶は、

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あまりにも大量生産大量消費商品になり過ぎた。

もっと様々な個性があってしかるべきなのだ。

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中国のお茶には、緑茶の他に青茶、紅茶、黒茶、白茶など7種類もあるし、

産地銘柄だって数百の銘茶が揃っている。

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消費者には、自分の好みのお茶を探し出す楽しみだってある。

この点、この国のお茶は品種も製法もほぼ同じで、

産地の違いだって定かではない。

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ここは生産者も流通業者も、過去の成功体験は全て忘れて、

新しい商品を生み出すような気組みが必要だろう。

「このお茶こそ」のこだわりを競い合うことで、

お茶の世界は変わり始めるだろう。

消費者も「こりゃ良い」と言うお茶を探すようになるだろう。

その他の普通のお茶は、そこそこの番茶でも良いのだ。

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2010年11月 8日 (月)

燐寸の思い出

9月に訪れたシベリアでのこと、

店で釣銭代わりにマッチが渡された。

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と言うことは、ロシアでは未だにマッチを普通に使っているのだろうか?

マッチは19世紀の中頃、イギリスで発明されたらしい。

日本に入ったのは文明開化の明治の初めだから、

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その以前は火鉢に種火を埋め込んで大事にしていたんだろう。

がしかし今日では、とんとそのマツチにお目にかからなくなった。

擦った瞬間に鼻を突くあの燐の臭いには独特の風情があったし、

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目の前を一瞬にして変える魔法の小道具だったかもしれない。

子供の頃、何処の家でもカマドで煮炊きをした。

我が家には年寄りがいなかったから、小学生の私がご飯を炊いた。

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藁を丸めてマツチで火をつけ、ヘッツイに放り込む。

すると、時にそのかまどから髭を焦がした猫が飛び出してきたっけ。

冬の日の夕方、カマドの火は赤々と暖かく、黙々と藁をくべていた。

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今思えば、小さな子供が火を扱っていた訳だが、

5cmばかりのマッチの火が私の原点だったかと思ったりする。

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そして、マッチを捨てていく歴史が昭和から平成なのだ。

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2010年11月 7日 (日)

お茶を食べる

お茶は、全部食べた方が体に良い。

抹茶は、その食べ方の一つだ。

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江戸の中頃から蒸製の煎茶が主流になって、

淹れたり煎じたりして飲むのが一般化した。

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お茶には私達に有用な成分が色々と含まれているのだが、

普通に淹れた茶にはその成分の40%も溶け出さないのだ。

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実は私は、NPO法人に本食茶の会の会員だ。

と言って、お茶を毎日食べている訳ではない。

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お茶の食べ方を色々と工夫したり、普及したりするのが本旨だ。

食べる早道は、色々な料理に使ってもらうのが手っ取り早い。

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茶蕎麦とかパン、菓子や塩辛なんかに入れるのもよい。

抗菌作用と風味が相俟って別の食品にすらなる。

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かつてお茶を食べる運動を始めた頃は、

「貧乏ったらしい」などと随分軽蔑すらされた。

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ところがこの十年で、様相は様変わりしたといえる。

と言う訳で、先日の世界お茶祭りでお茶料理パーティーが開かれた。

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地場農林水産物をベースに、お茶味のアスパラや海老、

お茶風味タップリの料理やケーキなどの数々が並び、

富士の国の豊かさをたっぷりと味わうことが出来た。

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こんなのが県内各地のレストランで食べられれば本物だな。

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2010年11月 6日 (土)

UDって?

ユニバーサル・デザインが言われだした頃、

何となく気分としてその言葉に違和感があった。

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「誰にも優しく」とでもしたら良かろうに・・と言う感じだ。

そもそも効率一辺倒で来たこの国が、

初めて「待てよ」って言ったのがこのUDだ。

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ロシアや中国、マレーなどの町を歩くと、

歩道に段差が多くてまことに歩き難い。

駅の階段も年寄りにゃ登れそうに無い。

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横断歩道やトイレ、ホテルの仕様だって同様だ。

これから日本の国は大変な長寿社会を迎える。

障害者はもちろん、老若男女等しく共用できる社会資本が不可欠だ。

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そんな整備が始まってまだ10年にもならない。

公共整備を「無駄で悪」と決め付けた現政権は、

このUDをどう考えるのだろうか。

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先週、浜松で約く30ヶ国ヶ集まって国債UD会議が開催された。

電化製品も家具も、幼児の周りの品々も、

UDを基本にすることで新製品が色々と生まれていた。

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火遊びできないライター、倒れてもこぼれない哺乳瓶、

子供では開かない薬瓶etcのキッズデザイン。

誰もが高齢になるんだし、それでも安心なインフラを是非欲しいよね。

それが出来てこそ、社会の成熟と言える。

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2010年11月 5日 (金)

虚妄

人生と言うのは、まさに一時の幻影なのかもしれない。

生まれて生きて死ぬと言う、それだけのことなのだ。

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只、その間にどういう遊びが出来たのかに尽きると言える。

人間は、その遊びの為にいろいろな発明をしてきた。

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歌舞音曲はもとより、和歌や俳句、囲碁や将棋、博打の数々。

奇祭と呼ばれる祭りも含めて随分多様な催事がある。

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それに流行の阿波踊りやカッポレだって、

その渦中に入って夢中になれるものだ。

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考えてみれば、歴史上繰り返されてきた権力闘争、

戦争や政争だって一種のゲームに過ぎないのかも知れない。

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華厳経の真髄は「三界は虚妄にして、ただこれ一心の所作なり」に尽きる。

虚妄であればこそ不断なものを見つけろと教える。

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移ろうことの多いこの世で、そんなものは希でしかない。

東大寺の二月堂の「お水取り」は、

千年この方同じことが繰り返されている貴重な行事だ。

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毎年、3月1~14日までの毎日、夜を徹しての五体倒地などの行が行われる。

この行は、あの戦中にも応仁の乱など都が焼け野原になった時にも、

途絶えることなく続けられてきた。

何が、そうさせたのか?

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時は川のように流れているのだが、

千年一日の如く、このお水取りは続いてきたのだ。

虚妄の浮世であればこそ、その不断なるものを必死に守ってきた。

人々の文化と言うものは、そういう人間の生きた結晶なのだろう。

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2010年11月 4日 (木)

お茶の世界

世界お茶のつりが終わった。

2001年から3年に一度開催されてきて、今年で4回目になる。

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会場を回りながら催事としてのその成熟を感じていた。

と言うのも、2001年の最初の開催には様々な思い出があるからだ。

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当時私は、権の茶の直接の責任者だったから、

世界で始めての「茶」をテーマにした大会の為に奔走した。

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学者の皆さんや日本各地の茶業界、古来からの茶文化の世界、

そうして一番苦労したのは、県内の関係者を糾合することだった。

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「そんな祭りでお茶の消費が増えるのか?」と反対もされた。

企画段階では自分なりに随分苦しむこともあった。

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そんな2年間の準備期間を経て、

茶の学術・文化・産業を融合した催事になったのだ。

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今では多くの国々が注目するようになったし、

中国での開催も取りざたされるようになった。

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それに学者も、この祭りでの研究発表を目指すようになった。

この10年を総括すれば、

たかが茶が静岡発の文化になりつつあると言うことだろう。

お茶はお茶に過ぎないのだが、

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その裾野に広大無辺な世界が広がっている。

そのことに多くの人達が気付き始めたという点が大きい。

それに昔と比べると、各産地のお茶のPRも上手くなった。

日本茶インストラクターのお陰で美味しいお茶が飲める。

世界お茶祭りは、静岡における世界的な催事の一つなのだ。

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2010年11月 3日 (水)

イチゴンさん

大和は葛城山の麓に一言主神社がある。

地元ではイチゴンさんと呼ぶらしい。

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何でもこの神様は、善い事でも悪いことでも一言で済ますのだそうだ。

この一言主の霊験でもあるまいが、近頃の男は寡黙になった。

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「ふろ、めし、ねる」の三言で一日を終える三言亭主しかり、

善い事が少ない故に、家では労を惜しみ言葉を慎むのだ。

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私の場合は労を惜しむことはないが、富に言葉少なになった。

何しろ山の神が年々饒舌にして気丈になる。

一言発しようものなら、100口にもなって返ってくる。

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それで止む無く言葉少なを強いられていると言う次第だ。

犬は家族の力関係を良く分かっていて、一番強い者に従う習性がある。

家族も似たようなもので、その力関係も自然と饒舌の方に傾く。

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時と共に、男の孤高を作り出すのもムベなるかなである。

男は、首輪をされて働くだけでまっこと損な生き物である。

その点女は、自由気侭にゲゲゲの女房が出来る。

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男は物言えば唇寒し秋の風なのだが、

中国の兵法に「進退は律を以ってす。律を失えば即ち凶なり」とある。

即ち、「活路は撤退にあり」である。

こうして男は鍛えられ、老いて行くのである。

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2010年11月 2日 (火)

仕分けのお粗末

某政党の唯一の成果が事業仕分けだと言われている。

今回もその仕分けに注目が集まったが、全くの失望だった。

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「食料安定供給特別会計」を巡って、

某党議員から「輸入米を備蓄したって、安定供給できるでしょ」の発言。

流石に核心を突く「勇気」ある発言である。

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レンボウ流の「世界で二番じゃ何故駄目か?」も核心だった。

国民が疑問に思っていることを、何でも明らかにする。

それが大切なんだけど、誰も回答なんて出来ないよね。

もともとお米は、かつて食糧管理法ってのがあって、

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政府が「食糧管理特別会計」で全量管理していた。

だから農家は、米を勝手に売ったら逮捕すらされたんだ。

食管法が平成6年に廃止されて、売買が原則自由になった。

ただこの時、受給調整機能を政府が担当することになって、

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その一環として一定量の備蓄が必要になった訳だ。

それが外米を備蓄してどうしようって言うの? え、議員さん?

挙句の果て「備蓄で官僚の天下り先・・」とまでくると、

「一体、法律作ったの誰?」と言いたくなる。

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それに某大臣のゴリ押しで始まったばかりあの年金得別便も、

「ゴミ箱に放り込んでる。無駄の象徴」だって !

悪者は、ほんとに官僚なの?

国家公務員にすりゃ「まともに付き合っちゃおれん」のが本音だろうな。

この手の仕分け人の一面的で次元の低さが目立つれけど、

それが漫才さながら面白いから注目されたのかもしれない。

だけどさ、この一年タップリと準備期間があった訳で、

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少しゃ勉強してきたんでしょ、議員さん!

それにしてもあの特別会計の廃止ってのは、

一般会計に移し変えるだけだよね。

それで何が変わるの?

むしろ変えるのにシステム変更のために長大な金が必要だよね。

仕分けで6兆1千億円を捻出できるって、あの公約はどうなったのさ?

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2010年11月 1日 (月)

人間の味

秋の夜に、人それぞれの味わいについて思っている。

世の中は、十人十色で色々な人がいる。

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ひょうきんな人、暗い人、常にテンションの高い人、怒りっぽい人。

懸命に虚勢を張っている人、謙虚で慎み深い人、深情けな人。

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この社会は、そんな人間達の相対関係で成り立っている。

しかして、虚勢の空威張りや人を食ったような様に会うと、

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その人の空っぽな中味にガッカリさせられたりもする。

同じ人間なのにどういう育ち方をしたのか、

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やっぱり、人生遍歴の差なんだろうと想像したりする。

この世の、山坂の苦労を乗り越えてきた人というのは、

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黙っていたって何がしかの味を感じさせるものがある。

積み重なった経験の重みなんだろう。

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そう、過去は過ぎ去る物ではないのだ。

ただ黙々と積み重なっていくものなのだ。

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誰もが、自分の味を育てながら生きている。

不況風に身をさらしてはいるけれど、

艱難は汝をいぶし銀の玉にするのだと思う他ない。

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