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2010年11月28日 (日)

江戸の増上寺

芝の増上寺を訪ねた。

あの徳川家の菩提寺として栄華を極めた寺だ。

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訪れてみると、銀杏の葉がハラハラと散っていて、

歴史の重みを想像するためか、意外と簡素な佇まいに感じる。

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それは明治維新後にこの寺が大きな変転を見せたからだ。

先ず最初の衝撃は明治7年の廃仏毀釈だったろうか。

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それから決定的なのは戦中の空爆で大半が焼失してしまった。

往時の建物で残っているのは三解脱門と1622年建立の二重門だけだ。

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それで今日の大殿や講堂は鉄筋コンクリート作りになっている。

戦災の後、寺も規模も大幅に縮小されてしまった。

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かつての境内の大半は今日の芝公園になっているし、

東京タワーも寺の墓地だった所に建っている。

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ともあれ増上寺は、徳川15代将軍のうち6人の廟所である。

2代将軍秀忠の他、家宣、家継、家重、家慶、それに14代目の家茂だ。

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もちろん秀忠のあの夫人も、家茂の正室和宮、

それに多くの側室も共に祭られている。

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徳川家の御霊屋を回りながら、

この増上寺が大きくクローズアップされた事件を思い出した。

あの忠臣蔵の畳替えである。

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元禄14年に京都から勅使が江戸にやってくる。

その饗応役だった浅野長矩に、

高家の吉良義央が増上寺の畳替えが必要なことを教えなかった。

それが引き金になって3月14日の殿中刃傷に及んだという逸話だ。

そのかつての本堂鉄筋の厳めしい建物になっていて、

ちょうど結婚式が行われていた。

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