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2010年11月14日 (日)

行末の春

「行末」には未だ早いが、

自分への激励の意味でこのことを書こうとしている。

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昭和22年から25年生まれの巨大な人口が、大きな転機を迎えた。

幾ばくかの退職金を手にして、彼らが新たな消費を生み出すと期待された。

しかし、その期待はまったくの空振りに終わりそうだ。

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第一、今日の60歳は余りにも若すぎるのだ。

年金だって65歳までは満額出ないから、働く方途を模索する他ない。

ところが昨今の経済情勢である。

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若年者すら就活に苦労する折、そんな好都合な職場がある筈も無い。

それに国の借金は900兆円にも膨らんでいるし、

将来の年金だって何時カットされるか分かったもんじゃない。

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なけなしの退職金に手を付ける訳にも行くまいと言うのが本音だ。

しかしである。

ちびちび細々と生きて何になる。

老来、確かに定年を迎えて黄昏族の仲間にはなった。

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さりとて枯れちゃいないし、世の酸いも甘いも知り尽くした熟練隊なのだ。

例え戦線は縮小したとしても、

ここは自ら反転攻勢一矢を報いるべきだろう。

問題は、何処に向けて矢を放つかなのだ。

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その的を、自分で創造しなければならない。

もはや過大な利益など求める必要も無い。

熟年者農場やら高齢者サポート隊、はたまた様々なボランティア、

選択肢は色々とある。

要は、元気印で「行末の春を数える」ことなのだ。

「今よりは 成るに任せて 行末の春を数えよ 人の心に」(昌啄)

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