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2010年12月 2日 (木)

遠州の小京都

小国神社や森の石松の大洞院、治郎柿の原産地で知られる森町。

かつては瓦や鋳物、焼物の町でもあった。

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それに太田川上流部からの通行などもあった頃は、

蔵や寺社が立ち並ぶ小京都を思わせる風情を漂わせていた。

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しかし時代の風は容赦なく吹き付ける。

かつての商店街はさびれ、

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小京都の誇りの故に市町合併にも失敗した。

その町で今、「蔵と町並美術展」が開かれている。

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文芸大学などと連携して、

古い町並みと蔵を舞台に町を見直そうというのだ。

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今回も秋の一時をゆったり過ごす人々が三々五々楽しんでいた。

揚げたてのコロッケや甘酒を頂いて、新鮮なレタスを買って・・・。

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その半ばで一つの土蔵に足を踏み入れた。

蔵の中には小さな梵鐘一つと古文書が並んでいた。

何の展示かと眺めると、

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江戸時代の鋳物師の元締め金谷七郎左兵衛に関するものだった。

彼は天正15年に、家康から遠州駿河一円の鋳物師の

総元締めとしての朱印状を貰っている。

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149人の鋳物工を束ねる朱印状が、その蔵に展示されていた。

そしてその隣の古文書を見て驚いた。

そこには、京都の方広寺の梵鐘を鋳造したとあるではないか。

あの鐘銘事件のもとになった梵鐘である。

家康は梵鐘に刻まれた文言のうちの「国家安康」に難癖を付け、

大阪冬の陣へと強引に誘導し、とうとう豊臣家を滅ぼしてしまう。

その鐘は、実はこの森町で鋳造されていたのだ。

京の方広寺には、今日でもこの鐘が保存されている。

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