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2010年12月 8日 (水)

マイタリマイタリ

はて、どんな意味なのか経文にして不明である。

江戸の昔から、村には「庚申様」と呼ばれる行事がある。

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今では年に数回、公会堂に組内の人々が集まって宴を張るのだが、

私の子供の頃までは、毎月開催されていたような気がする。

当時は公会堂は無かったから、お膳一式が各戸を巡ってきた。

当番になった家は大変で、朝から芋や魚を煮て準備する。

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暗くなる頃には家中の襖を取り払って宴が始まる。

当然ながら、組内でも貧富の差があったし家族構成も違う。

そんな事はお構い無しで庚申様は回ってきた。

その庚申様のお陰で、その家の嫁さんやら子供まで全部分かった。

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だから近所の子供が悪さをすれば、「こらッ」と叱るのも当然だった。

公会堂で開くようになって、寄り合いの延長になってしまったようだ。

プライバシーとやらが幅を利かせて、

今では隣人を玄関から上げることすら稀だ。

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個人情報保護法まで作っているが、その保護と孤独は裏腹なのだ。

結果として村も「我、関せず」が普通になってしまった。

庚申様のはじめに、和尚さんが般若心経他を読経する。

その経の最後に「マイタリマイタリ庚申会」の文言が来る。

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経の後に、庚申様に向かって二礼二拍一礼して、お供えのご飯を押し頂く。

それからみんなで乾杯となる習わしだ。

さて独断だが、マイタリとは「播いたり」ではなかろうか?

人と人の間に和の種を播くのだ。

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そう思えば、庚申様もありがたくなる。

どうせ人は、つながりの中で生きて死んでゆくんだからね。

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