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2011年1月29日 (土)

人は石垣 人は城

城郭を見上げる度に、武田節のそんな一節を思い出す。

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事実、城は形でしかあるまい。

武田節に歌われたように、信玄はさほど堅牢な城郭を築かなかったが、

中世における城郭は勿論重要な戦略拠点だった。

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私達は、その城郭を単なる歴史遺産ではなく、

人の生き様を象徴する建造物として見ている様だ。

掛川城は、山内一豊の城だったことがある。

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そして彼は、関ヶ原決戦を前にしてこの城地を投げ出すことで、

土佐24万石をゲットするのである。

言うならば、一生一代のゴマすりであった。

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その城地献上の一言が、諸将を一気に東軍に加担させることになった。

歴史の転換点に大きな役割を果たしたのだ。

どうせゴマをするなら、徹底して擦れと言うことだろうか。

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城に魅せられた男もいた。

バイエルンの王、ルートビッヒ二世だ。

彼は1886年に、あのノイシュバンシュタイン城を完成させている。

飛行機の飛ぶ19世紀に、

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あの壮麗稀代の城を築いたのだ。

そして今、バイエルンの一大観光地として世界中の人々を引きつけてもいる。

ルートビッヒの浪費と夢想が、後世に意外なミュージアムを提供したのだ。

掛川城も篤志家と市民の寄付によって建設された。

そして今、この街のヘソになっている。

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