« シルクロードを走った男 | トップページ | 世を遊ぶ »

2011年1月31日 (月)

寒風

このところグッと冷え込む日が多い。

毎朝の旗振りでは、靴の底から冷たさが這い登ってくる。

Cimg2914

足踏みをしながら子供達を待つのだが、子供らは格別に元気だ。

手袋も無しで寒風に向かって行く子もある。

寒いとは言っても、

Cimg2915

豪雪の続く今年の雪国とでは比べるべくもあるまい。

ところで先日、スイスのダボスで世界経済フォーラムが開かれた。

スイスの冬は、日本よりも格段に寒いだろう。

Cimg2905

そのスイスは、牧歌的な美しい景観で人々を魅了し続けている。

基礎的食糧の自給を国是とした農業政策の結果だ。

食糧を安全保障の重要な要素と位置づけている。

Cimg2910

その国に出かけた日本の宰相は、TPPなる自由貿易を主張してきた。

自給率40%の農産物を、さらに米国市場に開放しようと言うのだ。

この日本に残された「開国」に相応しい市場は、

Cimg2892

もう既に米と畜産物、それにコンニャク位しか見当たらない。

それを鉄面皮にも売り渡したいと宣言してきたのだ。

それによって、この国の宰相は何を得ようというのだろうか。

Cimg2907

何度も言うが、米国の輸入関税はTVで2.5%、車が5%だ。

この数年で一ドル100円が80円になった。

それだけで20%の輸出ハンディになったのである。

Cimg2909

宰相様の言う自由貿易は、既に関税率で左右されるものではないのだ。

農業を大切にするスイスの国民は、

はたしてこの迷宰相の言葉をどう聞いただろうか。

Cimg2927

日本列島の冬はまだまだ続く。

しかし、来月4日は立春である。

もう少しの辛抱で、この国にも春が来るだろう。

|

« シルクロードを走った男 | トップページ | 世を遊ぶ »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

 寒い朝早から御苦労様です。
子供達は、元気ですか?
 縦の繋がりが薄れている時代ですから、とても重要な役割を担っている役だと思います。
 家庭だけでなく地域の人が守ってくれていると思うと子供達も安心でしょう。
私も子供が小中学校の折に四年間PTA役員として、朝の交通指導員とし道に立ちました。
健全育成会役員の際には、同伴下校もしました。
 同伴下校は、最高に楽しかったですよ~。
子供の下校時に犬の散歩や買い物等、外に出で、子供を見守って欲しいと地域の皆さんに呼びかけたものです。

 朝の旗振りも、とっても地味なことですが、最高に元気な声で学校に送りだしてやって下さいね。
 愛されていると知る子供は、元気ないい顔をしますよね~。
 
 ところで・・・昔、兵隊は、靴にトウガラシを入れたとか?
山草人さん、いっぺん試してみてよ。

投稿: ひろ | 2011年1月31日 (月) 23時05分

 先日、5年生の男の子が突然、「寒いのに毎日有難うございます!」と大きな声で叫んだのです。私は、思いもかけないことだったので、返事も出来ませんでした。でもその後、胸にじぃ~んとこみ上げてくるものがあって、「俺って、少しゃ役に立ってるか」って思いました。

 唐辛子ですか?
寒い時には、何時も日露戦争の時満蒙でロシアと戦った日本兵のことを思います。凍て付くあの氷の平原に穴を掘って耐えていたんですよね。鉄砲を構えても、指がピタッと引き金にくっついてしまうような寒さの中で、農村出身の若者が戦ったのです。

 あの頃の日本には何も無かった。みい~んな国の為に命を張っていた。それが国の為だと信じていたんですね。

 今の私の寒さなんて、へへへのへってなもんでしたよね。一人ひとり、人にはまだまだ出来ることがあるはずです。自分だけのことを考えるのを止めさえすればね。

投稿: 山草人 | 2011年2月 1日 (火) 22時52分

最初の開国は明治維新である。二番目の開国は戦後である。三番目の開国はこれからである。


考え方にはいろいろある。自分たちの考え方が理に合わないものであることを証明するのは難しいことである。だが、それが証明できなければ、おかしな考え方を改めることも難しい。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

投稿: noga | 2011年2月 2日 (水) 10時30分

そうですよnogaさん! 観念で政治をすることが一番危険なんです。思い込みといってもよいでしょうか。

 具体的に何と何を「開国」するのか。まずそれをはっきりさせるべきですね。管総理が国会で昨日認めたように、この国は既に国際的に相当に開かれた国なのです。

 その上で、外交的に何を得て何を失うのか、そのことを何も明らかに出来ないのです。それて「開国」と言っても、そりゃ只の空念仏でしょ。

 一国の政治とは、そんな観念だけではいかんともし難いのです。
          山草人

投稿: 山草人 | 2011年2月 2日 (水) 19時37分

 2月2日のnogaさんと山草人さんの議論が気になっています。
 気になっている理由は、「(正しいことを)証明される考え方のみで、世の中は動く(べき)。」そして、「(誤りを)証明される考え方のみが糾される」と、主張しているように思えたからです。これでは、議論をせずに個々人がバラバラに孤立化するようで心配です。

 私は、「正義の話をしよう」で著名な、マイケル・サンドル教授の考えに感銘を受けています。
 とはいえ、大学の友人の推奨により、昨年の6月20日にNHK3chで放映された「ハーバード白熱教室」を見てからですが…。
 彼は言います。「(正義について)色々な見方・考え方がある。それで一つの結論が出て(実行して)も、直ぐに矛盾する課題が発生するものである。これを避ける『間違えなく正しい考え方を先人達が探してきた』が、結局は失敗を繰り返してきた。求めても無理である。それで提唱したい。『皆で広く議論をして、これが正しいであろうと合意(演繹法)が為されたら実行してみよう。そして、後で振り返って、どうあるべきであったかを見直して(帰納法)、現在と将来の課題を議論して解決していこう。このような、(演繹法と帰納法を併用する)弁証法が最適な方法と信じている。結果として、歴史的には戻ったり、揺れたりもしようが、割り切って大いに議論しよう。」 このような教授の考えが、学生の共感を呼んで、毎年1千人が参加する有名な講座になっているようです。

 山草人さんのブログを起点・絆とする、コメントという議論の場が、大勢で個性ある色々な情報・意見を持ち寄って、「ハーバード白熱教室」のように、「お互いの意見が異なっても、正解ではないが合意が為されるよう議論する」ことを、希望しています。
 回りくどくなりましたが、結局「正解(証明)を求めるのではなく、個人的に何が正しいと思うかを、ぶつけあった議論で良いのではないか。」という、自己弁護でした。(笑)

投稿: 米山 | 2011年2月 8日 (火) 12時00分

 noga様

 2月2日付のnogaさんコメントに、改めて御礼とお詫びを申し上げたいのです。

 まずお詫びですが、2月8日の私のコメントは、nogaさんが参照とされたURLの内容を確認せずに、書いてしまいました。この不注意をお詫びします。

 次に、nogaさんが参照とされた寺島真一さんによる下記URLにある、日本人の文化・風習の特異性分析には、敬服する他にはありません。ご紹介頂いた資料は、心ある友人や後輩達にもお知らせして、我々の教訓にしたいと思います。本当にありがとうございました。
 何回も、読ませて頂きました。そうしましたら、2月2日付nogaさんのご発言の意図が理解できるように感じました。

 http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

 冒頭の『今の地球は英米の世の中であります。だから、我が国には開国が必要です。』には、全く同感です。
 問題解決の中心となる(国際的な)土俵が準備されているならば、その土俵で相撲を取る以外に有効な手段が無いハズです。ところが、日本では、何事につけても自分の個人的な(行司も居ない)土俵を持っていて、ここに入って来いと叫ぶ方々が多数派のように感じているからです。(私は、これは犬の遠吠えといった臆病な証拠とも思っています。)これでは、どのような問題でも解決の糸口さえ掴めないであろう、と心配していました。

 続いて『我が国の第一回目の開国は、明治維新の時でありました。これにより、我が国民は外国との往来が可能になりました。第二の開国は、敗戦後でありました。我が国民は、社会の枠組みである従来の序列制度に疑念を抱くようになりました。だが、我が国には、さらに第三の開国が必要であります。今回の開国は、アングロ・サクソンの考え方を理解するとともに、日本人の考え方のつたなさを自覚することであります。さすれば我が国は、国際社会において蚊帳の外に立つこともなく、世界を指導する国にもなれます。』と述べています。
 私なりに解釈すると、「日本人の考え方のつたなさ、つまり非論理的・刹那的な考え方を、アングロ・サクソンの考え方、つまり未来を見据えた論理的な考え方に改める」という開国が必要という訳です。そうすれば、(川島真一さんが2009年7月28日のURLで掲載した)『大和民族の団結性、信頼性、仕事熱、忠誠心を世界に広めることで、世界に役立つ』と理解しました。そうありたいと願っています。

 ところが、川島真一さんは「日本人が非論理的なのは時制の無い等の日本語の影響による。これを打破して日本人が論理的になるには、時制等があって論理的議論に適する英語を習得し、英語で議論しければならない。」という解決策を提示しています。
 しかし、英語が大の不得手な私には、「英語で議論する」ことは不可能です。だからといって、非論理的な人間では居たくありません。優秀な兎は「英語を習得して、速やかに論理的になって欲しい。」のです。私のような「亀」は「日本語を利用して議論を重ねることで、遅くても、論理的な人間になりたい」と願っています。そして、兎が亀の不足分を(堪能な英語で)助言・補助するような将来を望んでいます。

投稿: 米山 | 2011年2月21日 (月) 11時29分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 寒風:

« シルクロードを走った男 | トップページ | 世を遊ぶ »