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2011年2月18日 (金)

泣いてくれる?

「人生の終わり方」と言う本が目に留まった。

米山さんやひろさん、ふじしろさんのコメントが気になっていたためだろう。

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この本を書いたのは大正5年生まれの三浦朱門だ。

彼は、文学者にして文化庁長官まで努めた傑物である。

その男が、どんな幕引きを考えるのか興味が涌いた。

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死ぬまでどう楽しむかなどと、示唆に富んだ記述はさすがである。

しかし、もとより正解など有りよう筈もなく、

最後は社会奉仕の仕事と名誉ある死でピリオドにしている。

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ところで私は、人の死に対して案外冷静だ。

83歳で親父が逝った時も、色々と考えはしたが涙は出さなかった。

人は誰も平等に死ぬのであって、

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そのこと自体に涙しても詮無いと思っている。

それよりも、生きている間に何をするかが肝心なのだ。

それには、ある程度自侭に生きる必要があると思ってきた。

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だからどうせ俺が死んでも、女房殿とて涙しないだろう。

三浦朱門の奥さんは相思相愛と言われた曽野綾子だ。

その三浦ですら「俺が死んでも、泣くのは裏の松山の蝉くらいか」と言っている。

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私のその時はまだずうっと先かもしれないが、

もとより余命は天の許すところだ。

別に涙なんか流して欲しいとは思っていない。

只、お焼香は良い女から順にお願いしたいと思っているだけだ。

  

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コメント

山草人様、人生与えられた命を使い切る、自分の為に…。
今の私には、そう思えます。
人との関わりを振り返ると独りで生きてるのでなく、沢山の人のお陰の中、支えられて生きてる事に気付かされます。 だから、人の世為になる恩返しが、出来たら良い人生の終わりを迎えられるのでしょう。
人生の最後、人の死が悲しいのでなく別れが悲しい。
死に行くのが辛いのでなく、泣かれるのが辛いです。
私は、親の死を30代前半に経験しましたが、親の前では泣けませんでした。 ご苦労様でしたと見送りました。
私には、立派で優しい父親と母親でしたので、後で沢山泣きました。
母親との別れは、淋しいものでしたが、父親と話しが出来なく成った事が何より不自由で辛いです。
でも有り難い事に沢山の教えを置いて行ってくれましたので、迷うと父親を思い、墓を訪ねたりします。迷いの答えは自ずと、父親の言葉となり心にあらわれます。
 お題は『 泣いてくれる?』
…でしたね。
もとい!
知り合った女性や同級生の女子達には、先立った時には必ず葬式に来て泣け!と言う事が有ります。
大抵の女は、『泣く!泣く!』と言いますが、絶対泣かないですよ。
ただ、ちっとは

投稿: ひろ | 2011年2月18日 (金) 22時18分

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