« 四万十 | トップページ | 道後のカラクリ »

2011年3月 5日 (土)

内子の町並みと座

伊予に内子と言う町がある。

山間の小さな町に過ぎないのだが、その町並みが素晴らしい。

Cimg3245

実はこの町は地場産業で栄えた町だ。

江戸中期から大正期にかけて櫨の実から採る蝋の一大産地だった。

Cimg3246

蝋燭は当時の必需品である。

それがこの町で晒し蝋の量産技術が開発されたのが契機で、

Cimg3252

40戸もの業者が軒を並べるようになる。

その上質な蝋は、バリの万国博覧会でも評判になって、

Cimg3253

輸出品として有力な産品に成長する。

方我家を始めとして、町は財を成した家が軒を並べるようになる。

Cimg3255

その町並みが今日の重要伝統的建造物群保存地区の内子だ。

木蝋資料館やら商いと暮らしの博物館、

Cimg3259

方我家など江戸末期の建物が残っている。

中でも圧巻なのは、内子座の建物だろうか。

Cimg3261

この町の最盛期の大正初めに作られた芝居小屋だ。

地下には奈落(ならく)があって、回り舞台も本格的なものだ。

Cimg3247

歌舞伎やら文楽を演じた往時の栄華の程が偲ばれる。

実はこの内子座は、取り壊しの危機に瀕したのだが住民運動で復活。

Cimg3248

現在も80日近くが劇場として使われているそうだ。

櫨の木は全国何処にでもあるが、

Cimg3249

この内子はそいつを技術開発で一大産業にした。

勿論その原点は農業で、

その農産品を高度に加工することで輸出産品にした。

Cimg3251

言うならば、内子は地場産業が作った町なのだ。

只、大正末期になると電気が普及していく。

蝋産業は衰え、桑を育てる製糸産業へと移っていくのだが、

生糸が衰微してからは、

Cimg3257

近在の工場へと人は移っていき地場の活力は消えてしまった。

とは言え、今日でもその町並みを尋ねて多くの観光客が訪れる。

|

« 四万十 | トップページ | 道後のカラクリ »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

四国の旅の連続投稿を楽しく拝読しております。小生も、4年前に四国を駆け足で回ってきました。讃岐でうどんを食べ、金比羅さんにお参りし、坊ちゃん湯に入り、内子に行きました。ついでに、桂浜、高知城、足摺岬まで足をのばしました。
高知城の近くの「ひろめ市場」は高知を凝縮したようなところで、食事やお土産を買うのにとても便利で楽しいところです。
市場の真ん中に机と椅子があり、周りに飲食店があり、キャッシュオンデリバリーで食べ物と飲み物を購入し、真ん中で食べるというシステムです。夕方になると酔っ払いのおじさんの横で高校生が食事をしている光景が見られます。夜になるとちょっと離れたところですが、屋台が出て、餃子やラーメンがとても美味しいです。
足摺の手前の土佐清水は、鯖が美味しいところです。有名な「せきさば」と同じ所でとれる鯖ですが、あちらが有名になってしまったので土佐清水の鯖は安く、コストパーフォマンスがいいです。四万十のマラソンにチャレンジするのでしたら頭の隅に入れておいて下さい。
四万十町には栗焼酎「ダバタ火振」で有名な蔵元もあります。

投稿: 同世代の暇人 | 2011年3月 6日 (日) 16時13分

 今年の秋には、エントリーする予定です。でも、抽選に当たる確立は1/2かな。

 ともあれ、貴重な情報を有難うございました。当選したら、暇人さんの推薦の地に、是非行ってみようと思います。

 それから栗焼酎は、しっかりゲットしてきました。
                山草人

投稿: 山草人 | 2011年3月 6日 (日) 18時58分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 内子の町並みと座:

« 四万十 | トップページ | 道後のカラクリ »