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2011年4月13日 (水)

龍安寺の安寧

龍安寺はやはり石庭に尽きるのだろうか。

方丈の前の油土塀まで広がる白砂と大小15個の石だけの庭だ。

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たかだか75坪ほどの広さでしかない。

この簡素な庭が、不思議な感懐をもたらしてくれる。

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大海に浮かぶ15個の石は、シンプルだからこそ物を思わせる。

もつとも中央の3個の石組みは虎の子渡しと言うのだそうで、

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漢の皇帝を慕って

虎までが子虎を背負って大河を渡ったという故事に因むのだそうだ。

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それにこの庭の大小15個の石は、

どの位置からも全ては見えないようになっている。

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「人間は真実の全てを見ている訳でなく、

人はみんな少しずつ違った見方をする。

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自分だけが真実だと思うなかれ」という禅の教えなのだとか。

ところでこの龍安寺は、室町末期の武将細川勝元の創建だ。

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勝本は山名宗全と将軍継承を巡って対立し、

世に言う応仁の乱を起こした張本人なのだ。

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京の都は戦乱で焼けつくされ、夜盗やら野武士が割拠し始める。

そんな折に、勝元はこの寺を建てているのだ。

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やがて応仁の乱はこの寺をも焼き尽くす。

再建したのは、勝元の子の政元だという。

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果たして、政元には禅の教えが通じていたのかどうか・・。

やがて応仁の乱の後、この国は激しい戦乱の続く時代へと突入する。

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権力者の心事は厄介なものだが、

しかしまあ、それにしてもその石と砂の波紋を眺めていると、

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狭い庭が広大に思えてくるのは不思議だ。

方丈をぐるっと回った日陰に、寂しげに侘助椿が咲いていた。

日本最古の侘助として茶人垂涎の花だという。

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この龍安寺には石庭とは別に、広大な鏡容池と桜苑がある。

その庭の枝垂桜が何とも言い難い現世を謳歌していた。

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