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2011年4月 9日 (土)

永遠の古都

「日本に京都があって良かった」という標語がある。

そう、京都は何とも不思議な魅力を備えた街だ。

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ここ数年京都を訪ねてきたが、その度に感懐は深まるばかりだ。

そうして桜で華やぐ古都が恋しくなって、今年も足を向けてしまった。

今回は、かつて修学旅行で訪れた金閣を始とした洛西の寺々、

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そして宇治方面などである。

金閣は京都観光の目玉の様な所だから、逆に忌避される傾向すらある。

正しくは鹿苑寺と言って、舎利殿の金閣が通称になっている。

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重々しい黒門からは若葉がアーチのように続く。

土塀の続く通路を抜けると、その正面にあの金閣があった。

後ろには小高い衣笠山、そしてその隣に左大文字山が見える。

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三層の金閣が、鏡湖池にその静かな姿を映している。

この金箔は、外壁だけでなく内側までも覆っているのだそうだ。

果たして足利義満は、いかな思いでこの豪奢な伽藍を建てさせたものか。

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尊氏の孫である義満は、

南北朝を統一させて室町時代の全盛期を築いた。

だが彼は若くして出家してこの地に住み、北山殿と呼ばれるに至る。

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とは言え出家とは名ばかりで、この北山が政治の中心になる。

この鏡湖池に舟を浮かべて酒宴が繰り返されたという。

時には、妻妾を舟に侍らせ酒池肉林の狂宴すらあった。

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やがて義満の権勢が、きらめくような北山文化となって花開く。

その文化の輝きの一方で、全国各地で凶作や飢饉が続いていた。

そして賀茂川の川原には、腐乱死体の惨景が広がっていたのだ。

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そんな事を思いながら金閣を眺めていたら、

一層目に安置されている釈迦如来像の声が聞こえた様な気がした。

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