« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »

2011年5月31日 (火)

功利の文化

先日のサミットでオバマは、窮地の管に恐らくこう持ちかけたのではないか。

「ヘ~イ ミスター管、震災はあったが日本の加盟しないTPPでは意味がない。

Cimg4005

トモダチ作戦をやったじゃないか。今度はお前が恩を返す番だ。

俺も選挙が近いし何とかしてくれ。お前んとこの農業なんてどうでも良かろう。

俺の国にゃいっぱい余ってるからさ。」

Cimg4006

日本農業を切り捨てて米国の農産物に切り替えろというのだ。

しかし管政権は加除計算ができないらしくて、その損得すら国民に示していない。

その一方で、TPPを梃に日本農業を再生させるという。

Cimg4008

もちろん何時もの詭弁でしかないのは誰でもわかることだ。

もとより日本農業の技術力は、集約農業では生産もその品質も世界有数だ。

一部は高価であっても世界中に売れるだろう。

Cimg4003

しかしそれは、富裕層向けのほんの一部でしかない。

一方、米麦及び大家畜を飼う土地利用型の農業は、

国土の地形や気象、水管理、高い地価や賃金などの決定的な制約を受けている。

Cimg3859

狭い国土の中でどのように工夫しようとも限界があるのだ。

関税撤廃は、零細企業と超大企業と互角の競争を強いるのと同じだ。

それは自ずから無理な話でしかない。

Cimg3827

国際資本の利益と一部の人々の錯誤の為にこの国の農業を滅ぼしたとしたら、

国を売ることと同じで、もうその復元は不可能だろう。

取り返しのつかない事態となるのは、原発の事故と同じだ。

Cimg4002

「吾々を負かすものは地震ではない。それは功利から生まれた文化である。」

と関東大震災の折に作家の横光利一が指摘しているとおりだろう。

一時の功利を追い求めることが滅びの道を選ぶことなのだ。

この国を滅ぼすのは、まさに功利の文化なのだと思う。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年5月30日 (月)

山里の花

早い入梅と台風の影響でずっと雨が降り続いていた。

だけど花の命は短くて天候を待ってはくれない。

Cimg4014

それで痺れを切らして、先日は雨の中を遥々と山間の村に花を訪ねた。

浜松市街から車で1時間程の山間地に咲く渋川ツツジだ。

渋川の小盆地を見下ろす小山に登ると、

Cimg4013

山のふもとの茅葺屋根の民家が霧にかすんで独特の風情を醸している。

平和な、あくまでも平和なこの国の原風景を見るようであった。

山頂付近は群生するツツジで雨の中なのに華やいで見える。

Cimg4015

それに花は、雨に濡れてひときわ艶やかで物言いたげでもあった。

蕭々と降る雨は、そま道に水たまりをつくり幾分ぬかるんでいる。

せつかくの満開なのにさすがに訪れる人はまばらである。

Cimg4012

足元に気を配りながらも、花はかくありなんと満足していた。

つまり全山の花々を私が独り占めしている図である。

この渋川地区は、私にとっては思いで深い地でもある。

Cimg4011

この40年間、山里の自然資源を活かして、

それによって生き残ることを模索してきた地域だ、

小川や水車、ツツジやギフチョウ、ひよんどり、それに人々の人情だ。

Cimg4010

かつてこの地には知恵者がいて、神社にはゼニタマリ杉なども祭られている。

キャンプ場のロッジでは時折美術展なども開かれる。

そんな諸々の思い出が花の後ろに浮かんでは消える。

Cimg4010_2

この地でも素晴らしい人達との出会いがあったのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月29日 (日)

安政の大地震

東日本大震災以降、安政の地震が引き合いに出されることが多くなった。

安政の大地震は安政元年(1854年)11月4日に起こった東海地震だ。

Cimg3982

ペリー来航の翌年だから既に157年が経過している。

郷土誌「磐南文化」37号に興味深い記事が出ていた。

磐田市小立野の豪農だった大橋家の記録だ。

Cimg3993

小立野とは、現在のJR豊田町駅付近で海岸から5km程の所だ。

以下その当時の記録を紹介してみよう。

「・・・朝五ッ時頃、大地震にて家・蔵倒れ振い上げ、

Cimg4004

地底より水吹き出し、田畑の上水押し流れ、前代未曾有の大害。

・・・当家居宅皆つぶれ、当村じゅう皆同様、

東西南北平坦の地は何れも同じく、山手の方は少し平穏なれども、

Cimg3906

昼夜ドロドロと言う音と共に直ちに振動し来ること数度に及び、

諸人驚天動地して二十日余りも藪の中にたたずみ、

その後ようやく小屋掛け掘立小屋を立て居住す。

Cimg3915

海岸高波にて、当村においては西ノ島地内より南に続き、東海道往還左右池となり、

長さ十間余、平面より7~8尺くぼみ、

又畑が田になり段違いのケ所多く、損ないし地限りなし。」とある。

Cimg3902

かなり臨場感のある率直な記録と言えるだろう。

当時は海からは水田の続く野が続いていただろうし、耐震家屋も無かった。

一定の被害も当然だろうが、液状化も含め相当な激甚だったのだろう。

今日の地震被害の想定はこの安政の地震を参考にしていると言われる。

しかしこの文面を読む限り、第三次被害想定よりも現実は厳しいのかも知れない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年5月28日 (土)

ゴミを思う

私の住む街に、この4月からゴミ対策課ができた。

単なる名称変更の面もあるが、名のごとくゴミと戦う行政組織だ。

Cimg3971

とにかく私たちは、毎日のように大量のごみを出し続けている。

その始末は、財政難の折自治体の大きな負担でもある。

分別の徹底やら焼却場の整備、焼却灰の終末処理などだ。

Cimg3972

先日、98億円を投じた新しいクリーンセンターが完成した。

一日当たり100t~150tのゴミを処理するその施設を、

自治会の役員としてまずは見てみることになった。

Cimg3973

排ガスの浄化や焼却灰のスラグ化、回収金属の再利用、

更には排熱を利用した発電や温湯供給と文句の付けようもない施設だ。

さすがは100億円と3年を費やして建設しただけのことはある。

Cimg3974

しかし、私の子供の頃には家からゴミなど出したことがなかった。

生ごみは堆肥にしたし、不燃ごみなど殆どなかったからだ。

それが経済活動の活発化とともに、全てがゴミになる仕組みの社会になった。

Cimg3975

殆どの商品はプラスチックに包まれ、

石油化学製品はダイオキシンなどの有害物質を放出し続けてきた。

クリーンセンターの排熱で発電するとはいえ、そもそも灯油を使ってゴミを燃している。

Cimg3980

炭酸ガスは当然出るし、ゴミ処理に資源を浪費する形に変わりない。

そうした一連の行政が不可欠になり、ゴミ対策課を設けるコストも必要になった。

知恵深き人間のやることだけど、自分で墓穴を掘っているのは間違いない。

Cimg3977_2

目指すべきはリサイクル・リユース社会だけど、そりゃまだまだ遠い。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年5月27日 (金)

体が美しいと書いて「しつけ」と読む。

親も教師も子供と馴れ合いになって、この言葉も死語の類になった。

Cimg4009

昔は、縫い針で着物をしつけると言った。

着物も人もそれなりの形を「押し付け」ないと美しくはならない。

少子化時代のこの節、子供はそれでなくても身勝手と決まっている。

Cimg3983

そり身勝手を矯正して美しい形にするのが躾だ。

それを世の母親どもは甘やかし放題で叱ったことなど絶えてない。

親父も親父で、都合が悪くなると自由放任主義とやらを決め込む。

Cimg3942

だからニートなんて惰弱な餓鬼が発生するのだ。

それにしても、電車の中で化粧するくらいならまだ許せる。

それが地べたにペタッと座るあのジベタリアンは吐き気がする。

Cimg3945

太もも露わで厚化粧の娼婦ルックとか、痴呆のようなズボンのずり下がった、

あのゆるゆるフッションなどは、黙認している親も多分そんな顔だろうか。

もっとも、不良品製造元だから似たようなもんだろう。

Cimg3897

飼い犬にだってお座りとかワンくらいは教えるだろう。

それが自分の餓鬼をしつけられない不甲斐なさを何とする。

規律あっての自由なのだし、鉄は熱いうちに打たないと固まっちまう。

Cimg3889

何も大人らしく聞き分けの良い子にしろたぁ~言わない。

せめて自分の子供にゃ行儀と言葉づかいくらい躾けろよ。

Cimg3876

子供手当なんて金を配るから、親が無責任になるんだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月26日 (木)

貧乏の効用

かつては「家貧しくして孝子現る」と言われた。

ほんの一昔前までの日本全体が貧しかった頃のことだ。

Cimg3996

と言っても、昭和40年頃までの大方の日本人の生活はつましく貧しかった。

電化製品なんて殆ど無かったし、食い物も魚肉などはめったに口に入らなかった。

親父がたまに鶏を絞め殺して、それをみんなで分け合って食べた。

Cimg3921

だけど殺す一部始終を見ていた訳で、・・・腹が減っていたんだろうな。

ご飯だって、ヘッツイで藁をくべて炊いた。

水道すら無かったから洗濯も裏の井戸端でたらいで洗った。

Cimg3901

親達は朝早くから暗くなるまで野良で働いて、夜なべ仕事も連日だった。

それでも我が家には、暮れには借金取りがやってきた。

そんな親達を見ていたから子供達もく手伝いをした。

Cimg3890

それが農村のどの家でも当たり前だったのだ。

私は22年の生まれだが、この頃の農村の生活は「おしん」に近かった。

何だか侘しくなってきたが、本当のことだ。

Cimg3861

ところで今日の金満日本の子供達はどうだろうか。

欲しいものは何でも手に入るし、親を手伝うなんてことも無い。

政府からは多額の子供手当もあ(った?).る。

Cimg3826

貧乏から学ぶなんてことも無い。

はてそんな子供が「若い時の苦労は買ってもせよ」なんて思わないよな~。

貧しさは、確かに人を育てると思う。

少なくとも、子育ては金じゃないって!

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年5月25日 (水)

友ありて

神経質で気弱な私には真?の友人というものが無い。

もちろん、日頃お付き合いしている方々は数多いのだが、

Cimg3997

それぞれ親しくして頂いているに過ぎない。

そもそも人には、誰かに理解されたいという強い願望がある。

Cimg3937

戦国の世なら、自分の理解者の為には命も捨てたのだ。

さりながら多くの場合、人の結びつきは利害得失に関係しがちだ。

その得失を無意識に計ってしまっているとも言える。

Cimg3927

殊にこの社会は競争で成り立っていて、お互いの利害は相克する場合の方が多い。

特に取引関係や職場の人間関係ではそれが現実だ。

ところが、幼稚園で子供達は「友達100人作るんだ♪」なんて歌っている。

Cimg3918

メル友の数を競うこどもたちの姿があちこちにある。

ハブにするイジメだってその延長線上の仕置きだ。

大体人間は、一人で生まれて一人で死んでいく。

Cimg3926

そりゃ~、孤独なものなのだ。

しかるに教育は、友あり遠方より来るなどと、極限の理想を教える。

私なんか、友達ができないのは何が欠陥かしらと悩んだりしたもんだ。

Cimg3916

だけど今じゃ、親友なんて出来ないのが普通だと思っている。

逆に、沢山の肝胆相照らす友人がいるとしたら、人間として気味が悪かろう。

Cimg3913

友人だって他人様には違いないのだから、そんな筈はないのだ。

メダカが群れて傷を舐めあって何とする。

Cimg3891

人はみんな少しずつ違っていて、そいつをお互いに認め合って生きている。

そして、一人ひとりは孤高を守って生きるべきなのだ。

Cimg3884

さらに切磋琢磨し励ましあうのが本当の友なのだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年5月24日 (火)

挨拶一つ

挨拶の効用がしきりに強調されている。

挨拶は人間の仲間になる入口みたいなもんだから、そりゃ真に結構だ。

Cimg3999

私の朝は「お早うございます」から始まる。

毎朝出勤前にこれを50回は言うだろうか。

これに対して挨拶を返す子(小学生)は2割くらいだ。

Cimg3970

年齢にかかわらずいずれもしっかりとした顔をしている子だ。

それに6粘性のリーダー次第でそのグループは大分変わる。

中学生も最近ではだんだん挨拶を返すようになった。

Cimg3969

女子高校生も概ね良くできている。

ところが問題は男子高校生だ。

「俺に何の用があるんだッ」てな顔をして自転車をこいでいく。

Cimg3968

我が町の市長は、それでも高校に出かけて挨拶の大切さを強調しているらしい。

そもそも、子供に挨拶を教えるのは親の役目だ。

そいつも出来ないくせに、私達の「挨拶運動」に眉をしかめたりする。

Cimg3888

挨拶ってやつは、それを習慣にしているうちに潤滑油になるのだ。

挨拶は礼儀そのものの始まりだ。

Cimg3882

つまりは挨拶は自分の為だってこと。

しっかりと挨拶のできる子の顔を見れば、その子の将来がおおよそ知れる。

世の中のお母さん、このことをよお~く考えてネッ。

Cimg3881

こりゃ、要らざるお節介かな。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年5月23日 (月)

をのこやも

幕末には、押さえつけられていた人々の能力が爆発した。

横井小南も「男児の境涯 寄せて芙蓉の第一峰にあり」などと言っていた。

Cimg3895

時代の風というやつは、時に混乱と飛躍を生み出す。

結果として、悲喜劇も含め多くのドラマを生むのだろう。

逆に太平の江戸時代の多くは、制約の多い抑圧された時代だった。

Cimg3981

時代はそうした反転を繰り返しているようだ。

どちらが生き易いかは、これは人それぞれだ。

私のような地味な男は、やはり太平の世でこそ生きられる。

Cimg3887

江戸時代に生まれていれば、小作地を這いずり回っていたろう。

その田畑がさも自分の世界であるかのように生きただろう。

江戸の世はさておき、このグローバル化したネット社会の今日である。

Cimg3903

何処でどのようにでも気ままに暮らせそうである。

余りに制約が少なくて、かえって人間が小さくなっているのかもしれない。

だから問題は、その自由な時代をどう生きるかだ。

Cimg3905

決して永くもない人生を気ままに送るもよし、

はたまた幾ばくかの荷物を背負って殉ずるも人生である。

ここはやはり、「ため」にこだわって生きたい。

Cimg3917

何をするにしろ自ずとその目的がある。

その目的に向かうなら、結果などどうでも良いような気がする。

をのこならコレと決めた道を歩いて、それで納得すべきなのだ。

Cimg3998

「をのこやも 空しかるべき よろづ世に・・」(憶良)では悔しかろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月22日 (日)

犬も歩けば

分からない事が分かるとすっきりする。

便利な世の中で、今ではネットを使えば瞬時に情報が得られる。

Cimg3193

例えば、今現在の地球人口を知りたいとしよう。

ネット上の「世界の人口」を検索して、そのカウンターを覗くと、

Cimg3653

末端の数字がせわしなく動いている。

現在の人口は69億4千万なにがしらしいが、

Cimg3316

それも一日で20万人も増えているから厄介だ。

原油価格が上がり食料の枯渇が心配される道理だ。

Cimg3654

ところでこの地球に足跡を印した人間は、これまでにおよそ1千億人らしい。

てえことは、930億6千万人超の人が既にあの世の人になっている。

Cimg3655

そのうち何人が「いや~あ、面白かった。」てな具合に思っているだろうか?

「そんなこと知るかい!」っていうのは簡単だが、

Cimg3669

人生やってて何が面白いかを考えるには刺激的だろう。

俺はそのうち何番目くらいだろうかってね。

Cimg3673

「遊びせんとや生まれけん」

そうして知らないことを一杯知って、

それで天上に行ったとしたら、天上界の人々に話すことだって多い。

Cimg3674

はるばるあの世まで行って、黙っているしかないのは辛かろう。

それで出来れば、知的な会話で天使のアイドルになれれば言うことはない。

バカの考え休むに似たりだが、犬も歩けば棒にあたるだ。

Cimg3680

とにかくあちこち走り回って、経験をすることだと思っている。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年5月21日 (土)

小満

今日は二十四節気の草木が満ち始める小満だ。

そして今日は、津波避難訓練の一日だった。

Cimg3994

私の住む地域は全域が標高2~3mの低地に広がっている。

そして私の家は、遠州灘の海岸から5kmのところにある。

海岸には海面から高さ8mの砂の防潮堤がある。

Cimg3986

東海地震の第三次被害想定では4mの津波が予想されている。

ただ私の地区の地形が、

今回の震災で大きな被害をうけた宮城県取手市とよく似ている。

Cimg3987

あの空港のあった街だ。

取手地区では、津波が防潮堤を駆け上がって街を飲み込んでしまった。

住民の誰もが、宮城県の被災を自分の地域に重ねただろう。

Cimg3988

そんな折、政府高官の「30年以内に87%の確率でM8」の発言である。

何の根拠か知らないが、地震は確実と宣言されたも同じだ。

そんな所へ企業は工場を作らないだろうし、住宅だって避ける。

Cimg3989

改めて政府の思慮のなさに呆れる。

ともあれ津波の到達は、地震から5分程度と予測されている。

平坦な田舎町だから、高くて頑丈な建物も数少ない。

Cimg3991

いざ地震・津波と言っても逃げる場所がないのだ。

「そうなったら諦める他ない」と多くの人が思っている。

しかし、諦めるだけじゃ能がない。

Cimg3990

それで今日の訓練なのだ。

避難地の確保に知恵を絞るしかない。

政治に多くを期待できない以上、みんなで対策を講じる他なかろう。

Cimg3992

満ちるのは草木であって、大津波でないことを念ずるばかりだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月20日 (金)

心ここに

自分で言うのも変だが、かなりくそ真面目に生きてきたと思う。

仕事にも人付き合いにも真正面から向き合ってきた。

Cimg3745

心ここにあれかしと思うことが、それを成功させる秘訣だと信じてきた。

それに「心ここに」って恋愛のようで綺麗だ。

Cimg3746

もちろん「心ここに在らずにば 視れども見えず 聴けども聞こえず」だろう。

だけど真面目すぎるのも考え物で、

Cimg3747

表面を美辞麗句で飾って摩擦を避けるのが当節の処世らしい。

そもそも今日の社会はマニュアル社会で、

Cimg3754

朝起きて顔を洗うから風呂に入って寝るまでルーチンになっている。

心がうつつでも平穏無事に過ごせるようになっているのだ。

そのルーチン社会に真面目くさってあだな棹を刺すこともない。

Cimg3755

これを偉そうに言うなら「大智は智ならず」と言うらしい。

心ここに在れども、別の方向から迂遠に諭すほうが良いということだ。

Cimg3744

何時の頃からか、孫どもがTVを見ながら食事するようになった。

神経はTVに向かっていて、食らえどもその味知らずのようだ。

何と器用なことかと、この「ながら食」に呆れているのだが、

Cimg3791

一点集中を旨として来た身にとってはどうにも理解しがたい。

しかしまあ、最近では文句も言わずにジッと我慢している。

Cimg3794

早い話、これ以上嫌われるのは嫌だからね。

それに最近じゃ地震の怖さに比べ、雷・火事・親父の効き目ががた落ちだ。

ましてや爺さんの忠告など屁程の価値もない。

Cimg3795

さりながら「心ここにあらずんば・・」と乾坤一擲も捨てがたい。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年5月19日 (木)

時々の初心

今夜は、おぼろ月夜が物思わせる。

それで月を見ながら、初志貫徹と書いてしまって、はたと困っている。

Cimg3925

私の初志とは何であったのか思い出せないのだ。

だぼハゼのごとく気の向くままの性向に馴れて、

初志などという青年の志とは別離久しい昨今でもある。

Cimg3943

とは言え、初心なら一杯あるぞと思い直してみた。

正月や年度初めにはそれなりの計画を立てたりはする。

その計画も一週間くらいで忘れてしまうのだが、

Cimg3924

それでも思うことは幾らもあるのだ。

人間はとかく、馬齢を重ねるごとに惰性に身をゆだねるようになる。

それでも人生途上の転機となれば、それまでとは違った自分を考えてみる。

Cimg3922

その時々の価値観だって年齢とともに随分と変わってくる。

そう、変わって来るからこそ、

その時々の初心は大切なものになる。

Cimg3909

志とは言っても、それはあるいは妄執かもしれない。

しかし、その少しばかりの気負いのようなものが若さの源ではなかろうか。

Cimg3907

時々の初忘れるべからずと改めて思う所以だ。

「春宵一刻千金 花に清香あり 月に陰あり」

Cimg3900

値千金の春の宵の愚考は夢うつつである。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年5月18日 (水)

TPPの果てに

結論先送りの閣議決定をした政府も再起動の熱意は消えうせたようだ。

だがいまだに、TPP賛成なんて言っているお調子者もいる。

Cimg3955

それは農業の現実を知らないで過保護論を叫ぶ人たちだ。

かつて高度経済成長期の土地バブルに対して吹聴された論調と同じだ。

農林水産省予算も年々削減されて、

Cimg3952

山も海も含めて2兆3812億円と既に国家予算の2.5%に過ぎなくなっている。

しかも民主党政府が始めた戸別所得補償のバラマキが、

その中の8,003億円も占めている。

Cimg3951

それを除くと日本の農業は僅かな関税障壁に守られているに過ぎない。

それも穀物農業(澱粉、蒟蒻、砂糖を含む)と畜産に限られる。

その他の野菜や果物などは微々たる関税率だから、

Cimg3949

デューティ・フリーでもどうと言うことはない。

ただ、穀物農業はそうした農作物とは根本的に違う。

土地利用型だから、その生産性は国土の形状や気候に制約される。

Cimg3946

それに水稲はこの国の歴史と文化に濃厚な係わりを持ち続けている。

米国と1994年に自由貿易協定を結んだメキシコの現状を考えたい。

言うまでもなくメキシコの主食は、トウモロコシで作るトルティーヤだ。

Cimg3941

そのトウモロコシの米国からの輸入量が、これまでに10倍の1,000万トンになった。

協定締結以降、トウモロコシの価格は7割下落した。

悲鳴を上げる農家に政府は1haあたり約8,100円を直接払いしている。

Cimg3939

だがこれは焼け石に水で、この15年間に270万人が離農せざるを得なくなった。

結果として農村人口が激減して、集落の消防活動すら覚束なくなっている。

つまり極論するならTPPは、

Cimg3923

日本の穀物農業を崩壊させて米国からの輸入に変えることに尽きる。

終戦直後、日本の小麦を絶滅させたあれと同じだ。

TPPは、本来国民として守るべきルールを放棄させ、

多国籍企業が好き勝手にできる環境を作ることなのだ。

NAFTAで大きく発展する筈だったメキシコの現状をしっかりと見るべきだろう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年5月17日 (火)

自販機文化

昨年のロシア旅行中には、ただの一台も自販機にお目にかからなかった。

ロシアだけかと思ったら、米国にも欧州にも自販機は無いらしい。Cimg3965

石原都知事の就任会見は唐突だったし、

自販機くらい良いじゃないと言う反応もあった。

Cimg3956_2

だけど、確かに自販機が野原の道端にまで立っているのはどんなものか?

大井川鉄道に乗ったら、電車の中にまで自販機があった。Cimg3904

タバコ屋の看板娘がいなくなって久しいが、

最初は軽微な売り子のような仕事を機会が代行する感覚だった。Cimg3878

それが雨後の竹の子のように増えて、卵から野菜・雑誌まで売っている。

しかも、ちゃあんと冷たくして、それがどこでも手に入る。Cimg3947

確かに便利ではある。

特に私のように遠距離をランニングしていると、これには助かる。

Cimg3910

しかし、必要な水分は水筒を持って出りゃ良い訳で、

ジュースが欲しけりゃ家庭の冷蔵庫に入れときゃ良かろう。

Cimg3966

そもそも、何故この国だけに自販機が増殖したのだろうか。

それは利益を追求するその経済合理主義の果てなのだろう。

Cimg3880

物と金の交換に電気を介在させて済ます。

その便利さと引き換えに、あのタバコ屋のお姉さんの仕事と笑顔を捨てたのだ。

それで消費者は、一缶100円のコーヒーを150円で買うことになった。

もちろん売り買いに伴うコミュニケーションも無くなった。

Cimg3953

こりゃ~進歩だったのかどうか?

世界の各国でこんなに便利な自販機が普及しないのは何故なのか?

それは治安の良し悪しだけでは説明できないぞ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年5月16日 (月)

追われて追われて

毎朝、助けてくれ~と悲鳴を上げている。

今年の春は遅くやってきて、ここに来て急に気温が上がった。

Cimg3875

それで一気に葡萄の花が咲き始めてしまった。

まだ誘引も花房整理も十分でないのに、どんどん花が咲いてしまう。

おまけにあちこちと出かけていて、作業も遅々として進んでいない。

Cimg3940

だから朝は薄明るくなるのを待って、葡萄のハウスに駆け込む。

とりあえず咲き始めた花だけ整えて、ジベレリンの浸漬処理をする。

房を整えるったって、ピオーネなどは稔らせるのは花の20分の一以下だ。

Cimg3874

だから蕾の大半を削除しなくっちゃならない。

ハサミを床屋並みの手つきで使うのだが、一房に20秒は要する。

そしてその数は、数千房は下らないのだ。

Cimg3938

それが終わると今度は、伸び放題になっている枝の整理だ。

好き勝手にさせてあるから、もう何じゃもんじゃになっている。

そいつを一本一本髭や側枝を除き、伸びる方向を正してやる。

Cimg3873

ハウスだから水もかけてやらなきゃならない。

それで朝の2時間は息つく暇もなく終わってしまう。

Cimg3931

「今日も、何とか暴走を食い止めた」との思いで朝飯、

駆け足で出勤の準備をして、街頭の立哨に向かうのだ。

一体いつになったら、安息の朝が来るのだろうか。

Cimg3872

しかしまあ、やがて素晴らしい葡萄が稔るんだからな~。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年5月15日 (日)

行楽マラニック

本来なら、今日は野辺山八ヶ岳100kmマラソンを走るはずだった。

ところが東日本大震災で、中止となってしまった。

Cimg3883

それで急遽、大井川新緑マラニック60kmに参加させていただいた。

このマラニックがユニークなのは、観光旅行の要素がたっぷりなことだ。

Cimg3892

昨日の午前11時過ぎに、金谷駅から千頭行きのSLに乗り込む。

お昼時間だから、車内ではさっそく宴会が始まる。

Cimg3894

観光客の減少を盛り返すために、茶娘さんがお茶を出してくれたり、

名物車掌のハーモニカ演奏も「高原列車」などと軽やかである。

Cimg3896

わいわいと四方山話をしていると、直に千頭駅に着いてしまう。

が、例年観光客でごった返す駅頭も、ほとんど人がいない。

Cimg3914

ここで井川線に乗り換えるのだが、途中土砂崩れとかでバスで向かう。

それで縄文遺跡のある奥泉まで行って、トロッコ列車に乗り換える。

Cimg3920_2

それも途中の奥大井湖上駅で下車して、後は歩いて向かうことにする。

途中には面白い吊り橋が沢山あるラブロマンスロードを通る。

Cimg3928

そんなこんなで4時過ぎに接阻峡温泉に到着となる。

そこでも晩飯のおかずに、山菜採りや、「若返りの湯」に浸かったりと忙しい。

Cimg3934

そうして18時からは囲炉裏で暖まりながらの宴会が始まる。

これがなんだかんだで22時頃まで続く、

Cimg3936

と言う次第で、私も随分頂いてしまった。

翌朝は4時起床、6時には宿の前を揃って川根温泉までの60kmに出発する。

Cimg3950

今年の春は2週間ほど遅れてやってきて、今正に若葉の盛期である。

その若葉に照らされた坂道を粛々と走っていく。

Cimg3954

長島ダムを抜け、途中で寸又峡温泉方向に迂回して、

夢の吊り橋で折り返す。

Cimg3957

この吊り橋は、長さ90m高さも8mほどあって、すごく揺れるのだ。

とにかくしばし怖い思いを我慢して、今度は一路千頭駅に向かっていく。

Cimg3958

千頭には11時半頃に到着して、駅で天ぷら蕎麦を頂いた。

しかし日曜の昼なのに、人影はまばらなのだ。

観光地井川もこれではたまらないだろう。

東日本震災の復興が本格化して、ここも賑わうことを祈るばかりだ。

Cimg3960

腹ごしらえを終え、大井川鉄道のレトロな駅を巡りながら温泉に向かう。

この25kmほどが結構遠く感じられてくる。

思えば、八ヶ岳が中止になって例年の走り込みが随分減った。

当然ながら長距離もあまり走っていない。

体のあちこちが悲鳴を上げだしている。Cimg3959

しかしまあ、途中で電車に乗るわけにも行かない。

と言う訳で、河合さんたちのエイドボランティアの助けを借りつつ、

15時43分、何とか川根温泉にゴールできた。Cimg3961

約10時間のマラニックであった。

温泉に浸かって眠ってしまったし、完走パーティの最中も寝ている他無かった。

衰弱して食欲はないし、アルコールも受け付けない。Cimg3964

ともあれ、今家に帰着したばかりだ。

今夜はぐっすり眠るぞ。

助けてくださった皆さん、どうもありがとう。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年5月14日 (土)

きずな

語源は動物をつなぐ綱のことらしい。

今ではもっぱら、人と人をつなぐ情愛の意味になっている。

Cimg3829

この「きずな」が、東日本大震災以降一つのキーワードになっている。

ところで今、「地域福祉」について考えている。

そもそも福祉とは何か。

Cimg3830

それだって人によって解釈もとらえようも違っている。

それを地域福祉と言われると、尚更分からなくなってしまう。

それは確かに老人や子供、身体障害者など、

Cimg3831

助けが必要で困っている人に手を差し伸べることだろう。

世の中には認知症の人も耳の聞こえない人も母子家庭もある。

それに路上生活者だっている。

Cimg3849

だから赤い羽根の募金や義援金だって随分出している。

それなのに何をやれっていうのか・・・などと言う声もある。

そう言う人自身、隣の子供の顔も知らないし、

Cimg3851

近所の一人暮らしの婆ちゃんが病気だって気づきもしない。

交通安全や子供のしつけ・教育、婆ちゃんの介護や災害救援、

障害者の就労や交通弱者対策、はたまた痴呆老人捜しなどは、

Cimg3852

すべからく行政か誰かがやることだと考えている。

少なくとも、自分のことじゃないと思っている。

大震災にあった方々が異口同音に「きずなのお陰」を口にする。

Cimg3853

助け合って生きるほか無いからだ。

災害が無くったって、私達の生活は「互助」なんだけどね。

いつの間にか経済至上・効率主義が当たり前になって、

Cimg3854

私達は最も大切な「きずな」すら忘れようとしていたのではないか。

今、そのきずなを再構築するために地区社会福祉協議会を作ろうとしている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月13日 (金)

素人政治

素人による政治が続いている。

前政権までは、まがりなりにも玄人の意見がある程度尊重されてきた。

Cimg3164

それを官僚主導と決めつけて、素人政治へと転換させたのが現政権だ。

発足以来、普天間やら中国漁船衝突事件、TPPなどと失策を続けてきた。

それで、とどめが3月12日の総理の福島原発上空視察だ。

Cimg3559

あの時点で、なぜ原発上空を飛ぶ必要があったのか。

そのためにベントによる圧力引き下げか遅れ、

今日の溶融を引き起こしたのではないのか。

Cimg3604

制御できるぎりぎりの僅かなチャンスを逸したのだ。

今日の制御不能に至った第一義的原因は、素人首相そのものにあるのだ。

おまけに原発被災者の補償の枠組みでも失態が続く。

Cimg3606

原発は銀行融資で出来たのだから、責任上その債権を放棄すべきと官房長官の言。

それで今後、補償に必要な資金を東電に融資する銀行が有るだろうか?

復興庁に3人の大臣増設も形だけ作って何とする。

百家争鳴して一事成らずだろう。

子供でも分かることを、この国の政府はやろうとする。

Cimg3607

この政権は、最初から思い付きを集めて政策にしてきた。

子供手当や高速無料化しかり、TPPや諫早開門もそうだった。

哲学ではなくて、人気取りが全ての原動力だ。

Cimg3611

最悪なのは、その思い付きの実行を「政治主導」だとしたことだ。

唯一つ、浜岡原発の休止は思い付きながら英断だった。

まあ、この国の官僚がこの政権を本気で支援できないのは当然だろう。

Cimg3631

しかし、この政権を選んだのはまさしく我々なのだ。

直ちに止めさせたいが、残念ながら今は国民にその権能がない。

Cimg3641

「古今の勝敗は 率ね一誤に由るのみ 況や失多き者をや」  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月12日 (木)

鳥たちの季節

春の里山は、営巣を始めた鳥たちで賑わっている。

一番賑やかなのは鶯やシジュウカラだが、

Cimg3835

中でも鶯は七変化ほどの鳴き方の変化がある。

この間は、チョットだけ、チョットだけ、チョットだけと鳴いていた。

Cimg3836

何がチョットか分からないが、一種の求愛なのだろうか??

鶯の谷渡り的な鳴き方から、ケキョ、ケキョ、ケキョの警戒警報もある。

Cimg3838

しかし鶯は、やはりホーホケキョが可愛らしい。

もう間もなく、ホトトギスがトッキョ キョカキョクと鳴きはじめる。

Cimg3841

ホトトギスの声は、農作業の合図にもなったくらいその時期が正確だ。

だから信長の「鳴かぬなら 鳴かせて見せよう ホトトギス」は無理な話で、

Cimg3842

家康の「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」が正しいと思うのだ。

ところで私がブドウハウスで手入れをしていると、

Cimg3843

決まってスズメが闖入してきてガラスにゴーンと頭をぶっつける。

まだブドウはつぼみの段階なのに、早くも偵察かと腹立たしいがこれも詮無い。

Cimg3844

それにしても水鳥やらエミューまで鳥にもいろいろとある。

極採色のインコやら地味ィーな鴨、白鳥やら黒鳥・・・鳥それぞれなのだ。

はて?私が鳥だったとしたら、やはり頭ゴーンのスズメかな~?

Cimg3845

そう思って、脳震とうで墜落したスズメを逃がしてやったのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月11日 (水)

雨の日も風の日も

毎朝、7時半には家を出る。

すべからく、この時刻を起点に朝の行動が仕組まれる。

Cimg3545

街頭に立って「おはよう!」の連呼を始めてから、もう一年半になる。

もちろん雨の日も風の日も、極寒の日もあった。

この春の季節は、小学一年生も学校に馴染んで快適な具合だ。

Cimg3869

実はこの春から、立哨に出てくださる仲間が増えた。

ボランティア募集に応じてくださった方々だ。

小学校便りやコミュニティー便りで活動が伝わって、

Cimg3546

通勤の車も心なしか徐行してくれるようにもなった。

それでも金がすべての世の中で、「手当は幾ら出るの? 」なんて言う人もいる。

心の中で「金をもらって出来るもんか!」と思いながら、笑ってやり過ごす。

Cimg3547

それから、さも訳知り顔をして「子供を甘やかしてんじゃないの」など言う人もいる。

そういう当の本人は、何ほどの社会的活動をしている訳でもない。

要するに、口ばっかりなのだ。

Cimg3548

そう思ったらやってみて、それから意見?を言ったら良いと思うのだ。

各自治会には、防犯委員や交通委員、青少年健全育成委員がいる。

とは言っても名ばかりで、手当をもらっていても何もする気はない。

Cimg3397

少しばかり不満を書いてしまったが、もとより彼らを当てにしている訳じゃない。

しかしまあ、私はこの子供たちが私の年齢になった頃に期待している。

Cimg3871

子供手当なんか出すより、地域のみんなで子供を育てるべきなのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月10日 (火)

フクロウ

司馬遼太郎の小説に「梟の城」がある。

司馬さんが新聞記者時代に書いたもので、作家になる契機となった著作だ。

Cimg3858_2

夜の闇に活躍する忍者を梟に擬したもので、

小説では豊臣秀吉の暗殺を狙う伊賀忍者が主人公だ。

Cimg3862

昼間は暗いところに隠れていて、人々の寝静まった夜間に活動する。

正に忍者のイメージにぴったりである。

Cimg3848

フクロウは、その夜行性の故にめったに目にすることなど無い。

そしてあのホーホーと言う不気味な鳴き声と共に、

Cimg3863

人々に不可思議な夜の覇者としてのイメージを与えてきた。

ところで、このフクロウには沢山の種類がある。

Cimg3864

先日富士花鳥園を訪れ、その個性的な風姿に思いがけず感嘆してしまった。

それにペアーで寄り添う様にも痛く感心させられた。

Cimg3865

耳のあるフクロウはミミズクと呼ばれるのだが、あれは擬態の飾り羽に過ぎない。

だけどあの耳の形の有無で愛嬌がまるっきり違ってしまう。

Cimg3850

それからフクロウの聴覚には飛び抜けた能力があるらしく、

聴力だけでネズミやカエル、ウサギなどの獲物を捕ることが出来るのだそうだ。

Cimg3866

また翼には優れた消音能力があって、音もなく飛ぶことが出来る。

それで新幹線の消音の仕組みはフクロウから学んだものだとか。

Cimg3867

そう、フクロウは独特の姿と相まって中々個性的な鳥なのだ。

それにあの顔が面白い。

厳めしい顔、おっとりした顔、愛嬌の顔、鋭い鷹のような顔、

Cimg3868

優しい顔などと人間の誰かを連想するほどにバラエティがある。

そういやぁ、人もフクロウも顔が面白い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月 9日 (月)

芝桜

連休の一日、本栖湖の近くまで芝桜を見に行った。

以前、花の盛期を過ぎた頃でかけて悔しい思いをした。

Cimg3823

それで今回はそれを挽回するべく、満を持して出かけたのだ。

天気は晴朗なるも春霞が濃く立ちこめていた。

Cimg3814

その霞が富士宮あたりから薄れ、富士山がくっきりと見えだしていた。

「こりゃ、きっとすばらしい眺めだぞッ」とニンマリしていた。

Cimg3816

のろのろの車列に続いてやっと駐車場へ。

だが、何か変だ。

Cimg3817

・・と見ると、看板が出ていて2分咲きとある。

しかもその看板は少し古ぼけていて、結構以前から出してあるようだ。

Cimg3815

ぞろぞろと70万株を誇るその会場へと歩く。

途中、富士桜が小さな花びらを一杯に広げていたし、

Cimg3820

三つ葉ツツジも富士の灌木の中で艶やかに咲いている。

やがて会場のゲートをくぐり抜けると、眼前に芝桜の絨毯が広がったいる。

Cimg3821

・・と思ったのだが、誰もが・・ムムと拍子抜けの気分である。

確かに花は2割くらい咲いている。

Cimg3822

だけど仮に満開になっても、果たして一面の絨毯になるかどうか。

少しばかり心配になる様相であった。

Cimg3824

ともあれ、一面の絨毯の広がりを想像しながら上を見上げると、

あの富士山の勇姿が「我こそが、花よ!」とばかりに聳えている。

風は涼やかに頬をなで、眼前に一杯の芝桜を連想しつつ富士を見上げる。

Cimg3825

会場の一角でケーキとコーヒーを頂いて帰ってきた。

まあ花は気侭なもので、こちらの都合で咲いてくれる訳でも無かろうて。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月 8日 (日)

熟年ing

この4月を境に、徐々に生活の重点が変わり始めている。

年度は始めだから各種の会合が多いこともあるが、

Cimg3773

やはりメンタルな部分で新しい生活スタイルの構築を意識している。

福祉委員会や青少年健全育成会、交通安全会や社会福祉協議会、

Cimg3633

はたまた自主防災連合会、住民安全部会などの会合で多くの人とお会いする。

それはそれで折角の縁なのだから、

Cimg3571

その都度どなたかと少し深い縁が出来たらと思っている。

つまり新しい付き合いを広げられたら言うことはない。

Cimg3774

とは言え、これはそんなに簡単なことじゃない。

相手の方のポジションというか、生きる姿勢も見極めにゃならん。

Cimg3108

私の気分としては「盛年重ねて来たらず、一日ふたたび明日なり難し

時に及んでまさに勉励すべし・・・歳月は人を待たず」(陶淵明)なのだ。

Cimg3638

大小の意見の食い違いなどはさして問題ではない。

要はこれまで人生やってきて、地域へ幾ばくかの還元が出来ればよいのだ。

Cimg3779

老婆心さんの静岡市はいざ知らず、支部長は地区長会で選出され、

連合会三役は理事の互選と総会での承認で決定する。

Cimg3570

選ばれた以上他人に何を言われようと、

責任上最善のボランティアを努めるほか無い。

Cimg3855

そして望むらくは「君に勧 更に尽くせ 一杯の酒 西のかた

陽関を出ずれば 故人無からん」(王維)ほどの人間関係を築きたい。

よし、今春からは熟年真っただ中を謳歌せん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月 7日 (土)

里山の春

この4日が緑の日で、昨日は既に立夏となった。

私が走っている小笠山も少しずつ春が移っていく。

Cimg3802

ミヤマツツジが艶やかさを際立たせていたかと思うと、

やがて山桜が咲き吹雪きのように散った。

暫くすると若葉青葉が吸い込まれるような陰影を作り出して、

Cimg3492

正に山ほほえむ風情が生まれていく。

草の間を良く見れば、ワラビが顔をのぞかせている。

それを摘んで帰って、春の香りをタップリと頂くのだ。

Cimg3777

このワラビを食べるとき、心身ともに春を得た気分になる。

10日ほど前、一本のウワミズサクラの木を見つけた。

試験管を洗うあのブラシそっくりの形の白い花を咲かせる。

Cimg3723

一見桜と同じ仲間とは思われないが、小さな花はやはり桜だ。

それか3日もすると、かき消すように散ってしまった。

やがて小さな赤い実を沢山付けるだろうから、ちゃんと観察してやろう。

Cimg3775

里山の自然は、少しずつ移ろっていく。

走っている私がハッと気付くのは、花が開き実がなった時くらいでしかない。

そう言えば、古い葉を落として若葉へと盛んに交代が始まっている。

Cimg3805

同じようで決して同じでないその山のそま道を、

私は自然の一部になって走っている。

そう、人間もこの山の自然と同じなのだろう。

時は移ろい、やがて笹ゆりの咲く時期が近づいている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月 6日 (金)

ブロガーの独り言

こうしてブログを書けるってことは、実はとても幸せなことだと思う。

だって、時間的・精神的に余裕の持てない人だって多いだろうし、

Cimg3491_2

そもそも書くことがアレルギーの人だっているだろう。

それに読んでくれる人がいるから書き続けられる。

その読んでくれる人は、あの夜空の星だ。

Cimg3495_2

無数の星の中から、誰かが見ててくれるって感じかな。

ブログを書き続けるには、その為の動きが必要になる。

例えば私はいつもデジカメを持って歩いている。

Cimg3496_2

そしてそのデジカメに、動かされているような時すらある。

ブログネタは無尽蔵にあるはずだが、その端緒は感度を高めないと見えてこない。

だから、ブログのために色々と勉強することにもなる。

Cimg3490_2

そういう意味では、ブログに感謝して余りある。

ブロガーは往々にして読書人の筈だ。

読書人とは読書する人ではなくて、読み書きの出来る人のことだ。

Cimg3530_2

そうして読書人は夜空に向かって口笛を吹く。

その我が侭な口笛のようなものがブログだ。

自らの心情を、ブログの宇宙に向かって放出する快感を誰ぞしる。

Cimg3551

「日は短く星は昴 以って仲冬を正す」(暁天)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月 5日 (木)

よそいき

この言葉が死語になったのはいつ頃だろうか?

かつて世の中は貧しかったし、一歩玄関を出たら十人の敵がいると言われた。

Cimg3787

大げさに言うと、外出には戦場に向かうかのような一種の緊張があった。

そんなヨソに出かけるのだから、当然服装も威儀を正した。

粗末な衣服ではあっても「よそいき」を羽織って出かけた。

Cimg3784

馬鹿にされたくないとか、腐っても武士だいッて気持ちかな。

随分昔の話のようだが、私はそんなにジジイでもないし、つい最近までのことだ。

ともかく子供の頃のそんな習慣が、私の劣等感や羞恥心と相まって、

Cimg3761

30歳頃まで自分の服装に引け目を感じることが多かったと思う。

「こんな格好じゃ外聞が悪かろう。」と言うわけだ。

それに他の人達と色調が少し違ってもとにかく落ち着かなかった。

Cimg3758

物が溢れるような時代になって、誰もが個性を表現するようになった。

服装で貧富を見分けるような時代では無くなったと言うことだ。

いきおいその服装にもよそいきなんて感覚はなくなって、

Cimg3759

穴の開いたジーパンや頭陀袋の様な服が街を闊歩している。

世の中全体がカジュアルになっちまった訳だ。

Cimg3550

ともあれ過大な自己表現はともかく、内と外のケジメは必要だよな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月 4日 (水)

人間の価値

これまで無為徒食してきたのだから、エラソーなことは言えない。

だけど、同じ一生でも人によって随分差があるよなって思う。

Cimg3800

そもそも人間は評価しあって生きている。

それは夫婦でも友人関係でも同じことだ。

Cimg3797

ただその評価の仕方が、先輩・上司・部下・夫婦などと尺度が変わる。

例えば上司や部下なら、仕事が出来るか否かとか、付き合いが良いとかだな。

Cimg3798

ところが人間そのものの評価となると難しい。

温厚だとか怒りっぽいってのは分かり易いが、それも何時か慣れてしまう。

Cimg3799

やはり長く付き合える人には、知性と徳が感じられる。

尋ねられれば、必ずその人なりの見識が帰ってくる。

Cimg3801

そしていつも、なるほどって思えるような身の処し方だな。

そういう人は、恐らく人知れずそれなりの哲学を持っている。

Cimg3796

生まれつき魅力溢れるような天性のキャラクターなんて無いのだ。

魅力を養うには、やはり本を読み文章を書くことだと思う。

Cimg3793

読書は感性を育てるし、想像力だって豊かにしてくれる。

それと人の価値は、行動する意志の存在だ。

そしてその意志は、口元に顕れる。

Cimg3793_2

人は自分の力を出そうとする時唇をキッと結ぶ。

言うなら、口元は知性の表象にもなるのだ。

そうして、自らは花実双美でありたいと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月 3日 (火)

ランニング賛歌

今年は色々な会合で幾分忙しくはなるが、

夏からは仕事の関係でむしろ自由な時間が増える。

Cimg3736

それで思いっきり走行時間を増やしたいと思っている。

一週間のうち火・木・土・日の午前中は、全てランニングに当てる。

Cimg3467

ランニングは、単純な動作の繰り返しだけれど、その分思考が刺激される。

走りながらあれこれと考えたり思いついたりするのだ。

Cimg3477

それに自分の体の重さとか、肉体の存在をそのまま感じることが出来る。

もちろん雨や風、若葉青葉の輝き具合も五感で感受できるのだ。

Cimg3489

ランニングは実に正直なものだ。

大会に臨むと、それまでの走行距離が素直に結果として表れる。

Cimg3737

もちろん付け焼き刃は駄目だ。

コツコツと日々研鑽して無理をしないのが、私の性分に合っている。

Cimg3742

最近ではマラニックの楽しさを堪能できるようになった。

競技ではなくて、風を友として長い距離を走る。

Cimg3751

途中では史跡やら景色やら、ご馳走すらを楽しみながら走るのだ。

極め付けは、心が次第に外に向かって開かれていくことだ。

Cimg3525

それで一日走り終わった後の仲間との乾杯が堪えられない、

人間は体を動かすべきだし、それにはやっぱりランニングがエエ!

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年5月 2日 (月)

ふるさと

仏教に「身土不二」という言葉がある。

人間もその土地に生まれやがて土に帰る自然物だから、

Cimg3464

その生まれ故郷の水や土・食物と不可分の命だと教える。

だけど故郷は、日々の生活の場だから余りに日常的過ぎて、

Cimg3513

普段は自分の生まれ育った所への愛着を意識することはない。

昨秋、バイカル湖の畔の日本人墓地を訪れた。

Cimg3521

読経が終わると間もなく、誰からともなく故郷の歌を口ずさみだした。

そして、シベリアに抑留されてこの地に散った若者の心情を・・

Cimg3598

そう思った途端に前が見えなくなった。

山は青き、水は清き故郷・・何時の日にか帰らん・・・

溢れ出る涙を誰もぬぐうことなく歌っていた。

Cimg3610

眼下には、あの冷水のバイカル湖が果てしなく続いていた。

今回の原発禍で多くの人々が故郷を追われることになった。

地震津波の災禍のあげくに故郷を追放されるのだ。

Cimg3616

先祖の霊も財産もすべて放棄して去らねばならない悲劇。

一体誰のせいかと呪ってみても口惜しいばかりだろう。

震災直後の措置の遅れ追求も、今となっては結果論に過ぎなくなっている。

Cimg3636

とは言え、故郷を追われる人々の心情は察するに余りある。

果たして何時の日にか、再び帰ることが出来るのだろうか?

故郷は遠くにありて思うものなどと、

「思い出ずる故郷」にしてしまっては、断じてなるまい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月 1日 (日)

男の耳順

子供の頃、スポーツ音痴で内気な自分が嫌でたまんなかった。

自分に何ができて、はたまた何をやりたいのかすら分からなかった。

Cimg3813

「果たして人並みに生きていけるだろうか」そんな不安と同居していた。

そんな気持ちが変わりだしたのは、就職して仕事に夢中になってからだ。

Cimg3789

仕事は次第に面白くなったし、要するに自分の活路が見えたのだ。

しかしそれも40代になって、仕事に終始する人生に不満が芽生え出す。

Cimg3812

つまり「もっと幅広く生きれないか」って思い始めたのだ。

それで「走る、作る、書く、会う」ことを始めた。

まあ言うならば、そこで私の人生は大きく転換したと思っている。

Cimg3808

ところで問題はこれからだ。

望むらくは「成熟」したいのだが、それには成熟の中身が必要だ。

Cimg3788

男は女性よりも平均寿命が短い分、

歳相応の魅力を備えるべきだと思うのだ。

Cimg3809

肉体の老化は如何ともしがたいから、無駄な抵抗をしても仕方がない。

だが男の加齢は、必ずしも容色の衰えには繋がらない。

Cimg3806

気迫と心がけ次第で、ある種の成熟の色気を醸し出せるようだ。

是非そうありたいと思うのだが、

不肖小生はいまだに迷い続けて天命も知らずにいる。

Cimg3790

いわんや耳順などと言われても馬耳東風である。

ともあれ、程よい歳のとり方を心がけたいと思う昨今なのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »