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2011年5月25日 (水)

友ありて

神経質で気弱な私には真?の友人というものが無い。

もちろん、日頃お付き合いしている方々は数多いのだが、

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それぞれ親しくして頂いているに過ぎない。

そもそも人には、誰かに理解されたいという強い願望がある。

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戦国の世なら、自分の理解者の為には命も捨てたのだ。

さりながら多くの場合、人の結びつきは利害得失に関係しがちだ。

その得失を無意識に計ってしまっているとも言える。

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殊にこの社会は競争で成り立っていて、お互いの利害は相克する場合の方が多い。

特に取引関係や職場の人間関係ではそれが現実だ。

ところが、幼稚園で子供達は「友達100人作るんだ♪」なんて歌っている。

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メル友の数を競うこどもたちの姿があちこちにある。

ハブにするイジメだってその延長線上の仕置きだ。

大体人間は、一人で生まれて一人で死んでいく。

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そりゃ~、孤独なものなのだ。

しかるに教育は、友あり遠方より来るなどと、極限の理想を教える。

私なんか、友達ができないのは何が欠陥かしらと悩んだりしたもんだ。

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だけど今じゃ、親友なんて出来ないのが普通だと思っている。

逆に、沢山の肝胆相照らす友人がいるとしたら、人間として気味が悪かろう。

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友人だって他人様には違いないのだから、そんな筈はないのだ。

メダカが群れて傷を舐めあって何とする。

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人はみんな少しずつ違っていて、そいつをお互いに認め合って生きている。

そして、一人ひとりは孤高を守って生きるべきなのだ。

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さらに切磋琢磨し励ましあうのが本当の友なのだ。

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コメント

親友と思える友人は、私にも少ないですよ。でも友達に助けられてる事って多いですね。幼い頃から意見を戦い合わせた仲だった友がいる。意見の違う事も尊重しあって居た。
親友を、真友だと称した。和して同しない。互いが別の生き方で、でも会うと楽しく呑めた。意見が言い合えた。
数年前に年賀状が戻って来るように成った。探し歩いたら、病気で死んでた。真友だと思ってたのに連絡もなく…。
自分が信じる義理だと思った時、自らの利を捨てて誰かを助ける事が出来たら真友は生まれるのかもしれないと思う。 人の為に生きる事を喜びと出来たらいいな~。
利益より自分の命より大切な義を通すなんて生き方…
でもそんな事無理しなくても出来る事、人の為に祈る事や、1日一善…
ちょっとだけ近い人、友の為に…
友達の笑顔に助けるられてるから…
笑顔だけ貰えたら親友…何より有り難い。

投稿: ひろ | 2011年5月25日 (水) 23時23分

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