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2011年5月23日 (月)

をのこやも

幕末には、押さえつけられていた人々の能力が爆発した。

横井小南も「男児の境涯 寄せて芙蓉の第一峰にあり」などと言っていた。

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時代の風というやつは、時に混乱と飛躍を生み出す。

結果として、悲喜劇も含め多くのドラマを生むのだろう。

逆に太平の江戸時代の多くは、制約の多い抑圧された時代だった。

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時代はそうした反転を繰り返しているようだ。

どちらが生き易いかは、これは人それぞれだ。

私のような地味な男は、やはり太平の世でこそ生きられる。

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江戸時代に生まれていれば、小作地を這いずり回っていたろう。

その田畑がさも自分の世界であるかのように生きただろう。

江戸の世はさておき、このグローバル化したネット社会の今日である。

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何処でどのようにでも気ままに暮らせそうである。

余りに制約が少なくて、かえって人間が小さくなっているのかもしれない。

だから問題は、その自由な時代をどう生きるかだ。

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決して永くもない人生を気ままに送るもよし、

はたまた幾ばくかの荷物を背負って殉ずるも人生である。

ここはやはり、「ため」にこだわって生きたい。

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何をするにしろ自ずとその目的がある。

その目的に向かうなら、結果などどうでも良いような気がする。

をのこならコレと決めた道を歩いて、それで納得すべきなのだ。

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「をのこやも 空しかるべき よろづ世に・・」(憶良)では悔しかろう。

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