« 躾 | トップページ | 安政の大地震 »

2011年5月28日 (土)

ゴミを思う

私の住む街に、この4月からゴミ対策課ができた。

単なる名称変更の面もあるが、名のごとくゴミと戦う行政組織だ。

Cimg3971

とにかく私たちは、毎日のように大量のごみを出し続けている。

その始末は、財政難の折自治体の大きな負担でもある。

分別の徹底やら焼却場の整備、焼却灰の終末処理などだ。

Cimg3972

先日、98億円を投じた新しいクリーンセンターが完成した。

一日当たり100t~150tのゴミを処理するその施設を、

自治会の役員としてまずは見てみることになった。

Cimg3973

排ガスの浄化や焼却灰のスラグ化、回収金属の再利用、

更には排熱を利用した発電や温湯供給と文句の付けようもない施設だ。

さすがは100億円と3年を費やして建設しただけのことはある。

Cimg3974

しかし、私の子供の頃には家からゴミなど出したことがなかった。

生ごみは堆肥にしたし、不燃ごみなど殆どなかったからだ。

それが経済活動の活発化とともに、全てがゴミになる仕組みの社会になった。

Cimg3975

殆どの商品はプラスチックに包まれ、

石油化学製品はダイオキシンなどの有害物質を放出し続けてきた。

クリーンセンターの排熱で発電するとはいえ、そもそも灯油を使ってゴミを燃している。

Cimg3980

炭酸ガスは当然出るし、ゴミ処理に資源を浪費する形に変わりない。

そうした一連の行政が不可欠になり、ゴミ対策課を設けるコストも必要になった。

知恵深き人間のやることだけど、自分で墓穴を掘っているのは間違いない。

Cimg3977_2

目指すべきはリサイクル・リユース社会だけど、そりゃまだまだ遠い。

|

« 躾 | トップページ | 安政の大地震 »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

 大きな施設が出来たのですね。
確かに私も子供の頃は、生ゴミは溜めて畑に播いた。ブリキの玩具は、鉄屑やのおばちゃんが持って行ってくれた。
 新聞も段ボールも雑誌も売りに行った。
我が町では、小中学校や保育園で回収して自治体からお金を貰うものだから回収業者は、廃業していまい。業者に持ち込んでも金に成らない。
 つい燃えるゴミに出したりしていまう。
自販機なんて無かったしペットボトルも無かった。
 ポリ袋は、もともと燃やしていた廃油から作り出されているから石油枯渇には、直接影響しては、居ないがペットは、どうだろう。無くてもいいのでは・・。
 ペットのリサイクルなんて殆ど日本ではされてはいないくみな中国行きだ、中国が引き取ってくれなくなったらどうなるだろう。
 産業用のペット商品は、リサイクルシステムすらないから、産業廃棄物、多分埋め立て処理だろう。

 今、実家に姪がニューシーランドから来ているが、北島の家の近くには、自販機は殆どないらしい。有ったらそれは壊れているそうだ。便利だけど、自販機の商品は、高い。同じものが、スパーでは、八掛けで買えるし、私は、自販機に入れているお兄さんから八掛けで買う事がある。
 勿論値切るのだが・・。
 世の中は、便利に成った分、ゴミは確実に増えてますね。
 東北のガレキも分別業者は、大儲け出来るだろうに、緊急とは言え埋めてしまっては勿体ない。
 重機もってお手伝いに行けたらいいな~。 
 以前太陽電池パネルを処分する仕事をした事があるが、リサイクル出来るものは、一部のアルミで全ては建築廃材として埋め立て処理だった。
 紙とは違い処理には持ち出しがいる。
 10年少ししたら廃材としてお金が掛かる。
 リサイクル・自然リサイクル・リユース等自然に優しい生き方も求められますね。
 身の回りから考えよう・・・。

投稿: ひろ | 2011年5月28日 (土) 22時02分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ゴミを思う:

« 躾 | トップページ | 安政の大地震 »