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2011年6月30日 (木)

自分の為に

「他の誰の為でもない自分の為に生きてみたい」とは元モー娘ゴマキの言葉だ。

そう、あやかる訳でもないが、私も明日から腕時計を外そう。

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旗振りの後は、毎日決まって行くべき勤務所が無くなったからだ。

だから自分の為とは言わないが、自由な時間を謳歌してみよう。

私の学生時代は、巨人・大鵬・目玉焼きの経済成長黎明期だった。

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その後の経済拡大期には、猛烈サラリーマンで過ごした。

朝から晩まで頭の中は仕事だけしかなかった。

その頃は、みい~んなそんな風だったと思う。

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そして世の中は、一気に近代から現代に様変わりしていった。

やがてバブルが目一杯膨らみ、平成2年の春の崩壊となる。

まったく別の時代に突入したのだが、それからもう20年が経過した。

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この間私も人並みに、それなりに四苦八苦しながらも走ってきた。

時の経過を振り返ればそういうことになるのだが、

さてこそこれから悠々自適かと言うと、そうは問屋がおろしそうもない。

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二毛作目へとスタンスはやや変わるが、

気持ちは30代の青年時代とちっとも変っちゃいない。

あの伊能忠敬だって、隠居してから日本中を測量して歩いたのだ。

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新しい出発の為には数か月を費やすだろうか。

そしてその後は、精神寿命が尽きるまで突き進むまでだ。

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結果として、それこそが自分の為だと思っている。

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2011年6月29日 (水)

送別の辞

少しばかり躊躇しつつ、送別会でお話したことを書こうと思っている。

今日は、この様な送別の宴を催していただき、その上過分な送別の言葉まで頂きました。

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恐縮しつつ深く感謝申し上げます。

私は皆さんよりも少しだけ長いこと人生をやってまいりました。

その人生の過程で何が面白いかというと、

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やはり人との出会いが一番面白いのではないかと思っています。

この3年間も、素晴らしい皆さんとの出会いがありましたし、

まずはこのことに深く感謝申し上げたいと存じます。

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現在、少しばかり弘法大師空海のことを知りたいと思って本を読んでいるんですが、

その中の空海の言葉に「一生一別 再び見え難し」とありました。

空海は唐の都長安で2年間の留学生活を送ります。

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東寺の長安というのは唐の最盛期で世界最大の繁栄をしている時でした。

世界中から人が集まっていましたし、文化面でも百花繚乱と栄えている時です。

その長安で彼は密教をシステムごとすべてマスターして、

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日本に帰ってから真言密教を確立することになります。

その土台となるものは、

全て長安で出会った人々や長安という世界都市そのものから学んだものでした。

空海は長安で素晴らしい人々との交流を謳歌していたのですが、

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最澄が先に帰国して密教の部分(雑密)を広めはじめます。

それで空海も帰国を急ぐことになります。

そして長安を離れて、この片田舎の島国に帰るというその時、

千人余の人々が長安の郊外まで空海を見送りに出たといわれています。

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空海は本当は、世界都市長安を離れたくなかったのかもしれませんね。

その時の言葉が先程の「一生一別 再び見え難し」という言葉です。

出会いも別れも人生、その出会いは大変な意味を持っている。

そんな気持ちがこもっているようにも思います。

私は退職して帰っても、とても弘法大師のような足跡は残せません。

しかし、幾分なりとも地域社会のために微力を尽くしたいと思っております。

皆さん方お一人おひとりのご厚情に感謝申し上げ、

簡単ですがお別れの挨拶とさせていただきます。

とまあ、あらあらそんなお話をさせていただいた。

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2011年6月28日 (火)

めどもなし

メドハギと言う植物は、かつて将来の方向を決める占いに用いたらしい。

そのことから、おおよその見当を「めど」と言うようになった。

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それにしても厄介な人を総理にしたものだと思う。

2日に辞任を示唆してからそろそろ一か月になる。

震災復興にめどを付けるのがその居座りの理由らしいが、

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世上「最少復興内閣」と揶揄されているのを知らないらしい。

いやいや本人は、それでも間もなく沈む泥舟の乗客を募っている。

かつてこの国をリードしてきた国家公務員たちは、

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口を封じられ恫喝され、おまけに毎年下がってきた給料を更にカットされるに及んで、

殊更この内閣に辟易としているのではないか。

例外的にあの原発広報に登場したN審議官の様に政権に擦り寄る者もいたが、

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とどのつまり週刊誌をにぎわすような品性の男だった。

季節外れの花見のような大臣・政務官を任命してみたが、

さてこそ何を考えているのが・・・・?

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党内でも孤立するのは当たり前だが、依然として起死回生の伺う。

最後は原発廃止を旗印に解散に打って出るというのだが・・・。

さてこそ郵政選挙のどじょうは二匹とはいまい。

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所詮、中身のない思いつきとパフォーマンスでは、長くは続かないのだ。

かつてなく中身の無い総理大臣だったが、

その未曾有の混乱と混迷を引き込んだ首相の命脈も尽きようとしている。

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メドハギの花も8月には咲き始めるだろう。

この国のために慶賀しなければならない。

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2011年6月27日 (月)

ライフプラン

ライフプラン協会なるところから依頼があって、

退職後の、つまりセカンドライフについて詳しく報告せよという。

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それを事例としてサラリーマンの啓発資料(雑誌)にするんだとか。

参考になるならと引き受けた訳だが、所詮人生はそれぞれの人のものである。

フーンと単なる読み物にはなるかもしれないが、果たして人を動かし得るかどうか。

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その報告を書きながら思ったのだが、

自分の人生は自分で作るしかないということだ。

仮にライフプランなるものがあったとしても、それは単なるプランに過ぎない。

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計画は計画であって、予定は未定の事象なのだ。

私も20代~30代の頃は、何時か自分を見出したいものだと思ってきた。

だけどそんなものは、どだい見つかる訳がない。

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有りもしない自分をいくら探したって無駄ということだ。

それよりも「こうありたい」と思うおぼろな自分を想像して、

それに近づいていく作業のほうが大切だと思う。

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つまり、自分は自分で創るってことだ。

その作っている自分だって、時とともにどんどん変わっていってしまう。

一歩前に出れば、そこにはもう別の景色が広がっている。

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だから最初のプランなぞ、瞬く間に消えてなくなる筈なのだ。

そうは思いながら、ここ十数年の事どもを思い出している。

色々とやってきたその結果として今ここにいるという感じだ。

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それはかつて全く想像すらしなかったような世界のようだし、

日一日と新しい世界に踏み入りつつあるのが現実だ。

それにこれからだって、波瀾万丈が次々と待っているような気がする。

人生ってのは、計画通りに行ったら面白くないからね。

だからとどのつまり、「生きる姿勢」が全てを決めるのだろう。

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2011年6月26日 (日)

貧乏根性

節電が焦眉の急となって、この話題が出ない日はない。

そのお陰か、原発が止まっても何とかなりそうだ。

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とすると、震災直後にこの国を一気に暗くしてしまったあの計画停電は何だったのか。

ともあれ我が家では、節電は昔から当たり前のことだ。

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「必要なものはケチるな。不必要なものは徹底してケチれ。」が私の口癖だ。

最近では、この口癖に孫どもが生意気に難癖をつける。

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そもそも必要なものが何なのか、その価値判断が分かれるからだ。

先日も「お前たち!、蛍の光窓の雪♪って歌うだろう。

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昔はな、蛍を集めてその光で勉強して、冬には窓辺の雪明りで本を読んだんだ。」

と言うと、「蛍って買うと高いんだよ。雪なんて降らないじゃん」とほざく。

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「いやゃ~、こりゃあたとえ話だ。節約しろってこと。」

と反論するも、ワイワイと攻めたてられて衆寡敵せず。

大体常日頃から、私の消灯巡回を面白く思ってないらしいのだ。

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節電ムードに便乗して我が正義を知らしめたかったのだが、

中々に思惑通りにはいかないものだ。

考えてみれば、電気が無くても暮らせる世代は我々団塊の世代がボーダーか。

とにかく節約は、子供の頃から培われた筋金入りの深層意識なのだから。

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2011年6月25日 (土)

高校調査書改ざん事件

この国に、こんなことがあってはいけないと思った。

普通の人間は、警察・検察の言うことだからと信用してしまう。

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この事件では、被告はずっと最高裁まで一貫して否認し続けていた。

否認の故に、345日間にも及ぶ拘置となった。

その間、連日ペン先を眉間に突き付けられて、検察官の書いた調書への署名を強要されたという。

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被告の全人格を否定した上での取り調べが続いたのだ。

被告は、朦朧としながらもそれでも頑張り通した。

しかし事件の筋書きはすべて出来上がっていた。

その筋書きは警察が書いたのだが、検察は調書を証言によって固める戦術をとった。

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実際に改ざんした教諭には、「校長に強要されたんだろ」と、

贈賄をしたとされた元市長には「金も渡さず、どうして改ざんしたんだ。」と言う訳だ。

元市長も45日間拘置されて(参考人だし違法)、とうとう「金を渡しました」と証言した。

その証言でこの事件は完結したのだ。

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進学の為の調査書が改ざんされたのは事実だから、

依頼者がいて改ざんした教諭がいたことは事実だ。

あるいは誰かに金が渡っていたかもしれない。

しかし冷静に考えると、校長に改ざんを強要できるほどの力があったかどうか?

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先日、元市長は「元校長には申し訳ないことをした。」

「私の弱さの故に嘘の供述をしてしまった。正しい証言をしたい。」と語ったのだ。

当然元市長は偽証罪になる訳で、覚悟の上での立派な決断だと思う。

そもそもこの事件は県教委への匿名の投書から始まった。

この高校では嘘の調査書で大学への進学をさせている。

管理者もそれを黙認しているという内容だった。

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その投書を受けて警察への告発となり、事件になっていった。

事件になる過程では、元市長に対する警察やマスコミへの悪意の投書もあった。

陰に贈賄があるのだという投書だった。

贈賄があるのなら収賄者が必要になる。

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結果として元校長はその収賄者に仕立て上げられてしまったのだ。

恐らく事実は別の所にあるのだろう。

しかし、元市長の様に「恐れながら、これが事実でした」と名乗り出るには、

自分のすべてを放棄しなければならないだろう。

彼らは、真実を墓場まで持っていこうと決意しているに違いない。

しかし、閻魔大王は彼らをはたしてどう裁くだろうか。

元校長は、この事件で彼の人生の大半を失ってしまった。

真面目に一途に生徒達のことを考えてきたからこそ疑われることにもなった。

しかし皆さん、これをこのままにしておいて良いでしょうか。

この国は、一体全体どうなってしまったんでしょうか。

元校長を支える会に参加して、今日という今日は堪忍袋の緒が切れました。

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2011年6月24日 (金)

旅のまにまに

人生という旅には、悲喜こもごもの涙がある。

近頃の旅は、新幹線や飛行機で瞬く間に目的地に着いてしまう。

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だけど人生の旅はそんな訳にはいかない。

タイムトンネルでもあれば別だが、一日一日を歩いて行く他ない。

その途上では沢山の人達との出会いがあるし、別れもある。

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ハラハラドキドキのドラマだってある。

そうやって歩いて来て、時々昔を振り返ってみる。

そうすると、幾つかの大きな分岐点があったことに気づく。

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やはりそれは進学・就職・結婚などの節目のイベントだが、

自分の内部では仕事上の転勤や昇進が大きな転機になっている。

そして折々に、素晴らしい方々との出会いがあった。

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自分自身の生き方の多くは、その出会いの中で学んだのではないか。

抱いた大志が旅の目的なら、日暮れて道遠しの感もある。

だが旅のまにまに多くの同僚や先輩との出会いがあって、

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その出会いこそがこの旅をドラマチックにしてくれたようだ。

そう !、そうした人と人の係わりこそが人生なのだろう。

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これまで馬齢を重ねてきて、そんなことにやっと得心している。

そして望むらくは、これからもより良い出会いのあることを!

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君に勧む 更に尽くせ一杯の酒(王維)

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2011年6月23日 (木)

くたぶれつら!

子供の頃、野良仕事を手伝って汗びっしょりで家に帰ると、

親父が「おまえ、くたびれつら」と労わりの声をかけてくれた。

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あの地方言葉も、今では私達の周りから消えてなくなってしまった。

言葉だけじゃなくて、食べ物も建物も風景すらも画一化して、

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全国どこへ行っても変わり映えがしなくなった。

国内旅行が振るわないのも、その画一化に一因があるのだろう。

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最後まで残っていたのが方言なのだが、

その方言も世代交代とともに風前の灯になりつつある。

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遠州では、走ることを飛ぶと言った。

そうして子供の頃には、「強いじゃん」とか「明日は休みだら」「行かまいか」

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「直いとけよ」「どんどん食べない」「ほんなことせすか~」などと、

普通に方言を使っていた。

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だけど今、孫達の話にゃそんな言葉は出てこんじゃん。

言葉も世につれ変わっていくのだが、

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その原動力が効率一辺倒の為せる業でもある。

関西弁のように意固地になって頑張っているのもあるが、

さてもみんな金太郎飴になって、良かったのか悪かったのか。

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そんなことすら話題にならなくなった。

俺たちゃ、方言の使える最後の世代になっちまったのだ。

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2011年6月22日 (水)

糧食を守れ

人間の本源として未来のためにする仕事は二つだと言われる。

その一つは、キチット後代となる子供を育てること。

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もう一つが、食べる物を作り出すことだ。

この国の悲劇は、その二つとも疎かにする思想から始まっている。

かつては貧乏人の子沢山と言われた様に、貧しくたってキチッと孝子を育てた。

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今は自分勝手な我儘と贅沢三昧に身を任せている。

子供手当は、人間としての責任放棄と贅沢の延長線上の卑しい政策だ。

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世界の食料価格が高騰を続けている。

生産が増えずに人口が増加するのだから当然のことだ。

ところがこの国では、自国での食料生産すら放棄しようとしている。

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既に大部分を外国に依存しているのに、

さらにTPPとかで関税をゼロにしてもっと米国から輸入しようというのだ。

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言うまでも無いが米国人も英国人も、そして仏人もデンマーク人も、

大豆の一粒だに輸入せず自分の国で作ったものを食べている。

ドイツやイタリアだって、足りないものを少し輸入しているだけだ。

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ところがこの国では、

TPPの宣伝のために「自給率の嘘」などと詭弁を弄することまでやって、

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食料生産を放棄させようとしている。

ひとえにグローバル企業の利益追求の為なのだ。

自分の食べたものを考えれば食料の海外依存はネコでもわかる。

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天麩羅そばなら、油にころも、エビに醤油を作る大豆、

それらはみい~んな輸入したものだ。

蕎麦やカボチャ(トンガ)だって半分以上輸入品だ。

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コメを除けば食料のほとんどが輸入だってことくらいすぐ分かるだろう。

利益至上主義は原発を許容する一方で、

自分達の子孫も食料すらも疎んじる軽薄虚子を生み出したのだ。

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2011年6月21日 (火)

浜離宮の異空間

東京に出る用事があって、ついでに汐留の浜離宮を訪れた。

浜離宮というのは海を埋め立てて造られた庭園で、江戸城の出城でもあった。

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すぐ前が東京湾だから、池には海水を引き込んでいる。

日本庭園の池の水が海水なのだ。

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江戸期には鴨場や塩焼きなど遊びの庭園だった。

塩水を煮詰めて塩を作って客に配ったり、池も釣り場として使われたりもしたらしい。

海水の池に舟を浮かべて、雅楽で勅使をもてなしたりしたこともある。

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さすがに江戸末期になると練兵場として馬場が復活し、

大砲も設置されたようだが、明治後は皇室の離宮になった。

公園になったのは戦後のことで、現在は都市の中の異空間になっている。

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池越しに巨大なビルが林立し、東京湾も次第に遠くなっている。

でも水門を覗くと海水が激しく流れていた。

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しこうして浜離宮の池には干満があって風情も変わるのだ。

ともあれ、ゆっくりと江戸時代に腰を据え外の現代を眺め回す。

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そいつが何故か気分がよい。

離宮の中は時間が止まっていて、将軍吉宗の馬を責める姿が浮かんできたりする。

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ヒノキ造りのお伝い橋を行くと中島にお茶屋がある。

ここは米国大統領との会見や公家たちの園遊会の場になったんだとか。

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そして離宮の堀の外は、相も変らぬ大東京の喧騒が渦巻いている。

今度行く機会があったら、中島のお茶屋で将軍の食した昼食なんぞ食べてみよう。

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2011年6月20日 (月)

知恵人

「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」と言われる。

確かに知識は人を豊かにする。

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だから無いよりあった方が良い。

だけどその知識に雁字搦めになって、何もできないんじゃ駄目だ。

それに知識を振り回すのも如何なものかと思う。

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そんなんじゃ、あの寅さんに、

「てめぇ、さしずめインテリだな!」って言われちまうだろう。

私もそうだが、とかく理屈っぱりにこのタイプが多い。

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この4月から福祉やら防犯、防災、学校運営、スポーツ振興、

○×懇談会などと様々な会議に出席するようになった。

そんな席上やや人が悪いとは思いながら、発言者の心底を観察するようになった。

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つまり単なる知識人なのか、それとも知恵人なのか否かという視点で観察する。

この世の中には、便所のナメクジと同じで、

評論ばっかりで何もやる気のない人が多すぎる。

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俺ならこうやるって姿勢の発言は説得力がある。

望むらくは、踊る会議は国会だけで十分だろう。

「智に働けば角が立つ、情に棹させば流される。」のだが、

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ひたすら実行を伴った知恵人でありたいと思うのだ。

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2011年6月19日 (日)

人生の駅

道の駅ってのがあるように、人生には幾つもの駅がある。

例えば今日もその一つの駅に立ち寄った。

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そして居合わせた皆さんと、楽しい一時を過ごすことができた。

人は目的地があると、迷うことなくそこに向かって行くことができる。

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そこに向かってひたすら歩みを進めていく。

仮に目的地が遠方だとしても、振り返ってみれば来し方も遥か彼方なのだ。

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やがて目的地に着けば、そこには駅がある。

その駅で誰と出会うことができるか、それは人それぞれなのだ。

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私の住む磐田市を走り始めたのは、午前7時少し前だ。

目的地は浜松市西部の舘山寺だ。

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おおよそ40kmはあるだろう。

一号線を西進してやがて舘山寺街道に入る。

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昔は電車に乗りバスに揺られて、舘山寺は遥か遠方だと思っていいた。

しかし今日、走ってみればたいしたことはない。

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目的地の別荘まで4時間少々でしかなかった。

それでこの別荘の駅には、大勢の知己が集まっていた。

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当然のことながら、楽しい語らいが3時間も続いた。

乗客は、千葉県や東京、豊橋などからも含めて、

思いおもいの距離を選んで走ってきた人たちだ。

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日曜の一時をこの駅で過ごしたことに、大いに満足せねばならない。

時が経過して別れの時が来る。

みんなそれぞれの帰宅の旅に出る。

「また何時か、どこかの駅で会いましょう」と声かけあって。

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2011年6月18日 (土)

人生のお番茶

子供の頃、親たちの働いている田にお茶を届けたりした。

三時ころに野良で一服することを「お番茶」と言ったろうか。

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番茶に蒸かし芋くらいしか無かったが、畦道に座っての一時がとても楽しかった。

キツイ労働と一時の安らぎは、さながら日本版ミレーの絵のように思う。

ティータイムという言葉は、英国の産業革命の時代に生まれた。

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農作業とは違うがキツイ工場労働の休息の一時のことだ。

東洋から輸入した紅茶と砂糖が、彼らをあるコール中毒から救ったとされる。

貴族のティータイムとは違って、そんなにお洒落でも何でもなかったろう。

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ところで定年退職後の一時、そんな人生のお番茶があっても良かろうと思った。

それで今、そんなステージを設えている。

ぶどう棚の下にイスとテーブルを置いて、

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椅子には長時間座っても良いように厚手の座布団を用意した。

テーブルにはポットを置いて、極上の緑茶と紅茶を準備する。

そうして木漏れ日の下でゆったりと本を読んで過ごすのだ。

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うぅ~ん、パソコンも準備しようか?

ともかく、ひたすらぼんやりと本を読む。

目が疲れたら、ブドウの虫取りでもしようか。

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これこそ至福の一時ではなかろうか。

しかしまあ、これは要するに人生の一時のお番茶なのだ。

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2011年6月17日 (金)

時は流れて

終戦から間もなく、父が復員してきて私が生まれた。

だから私の少年期は、この国の戦後復興期と重なる。

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着るものも食べるものも無かったあの時代から、真逆の今日までを見てきた。

小学三年生の孫を見ていると、

この子の頃に家事一切を負かされていたのかと不思議にすら思う。

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ヘッツイで稲わらを丸めてご飯を炊き、みそ汁を作って親の帰りを待った。

妹二人の面倒も長男の私が見ていた。

ある時小学校の授業で、昨日の出来事を話すことになった。

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それでそのことを話すと、教師は嘘を言うなと私をきつく叱った。

教師も信じられなかったのだろうが、それを任せていた親もすごいと思う。

・・・と言うよりも、両親も生きるのに必死だったのだ。

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おそらく日本中の農村は貧しくて、押しなべてそんな具合だったのだ。

時は流れて飽食の今日、そんな話は子も孫も知らぬ顔の半兵衛だ。

あの時の学校の先生同様、そんなことは想像だに出来ないだろう。

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それに何よりも業腹なのは、

苦節幾十年の私をペットの犬より粗略に扱う細君だろう。

飽食の挙句、緊張感も薄れ愛情は希薄化するのが道理か。

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そりゃ~人生は曲がりくねった道だから、それも人それぞれだよな。

いずれにしても、時は流れたのである。

而して今日は、尻のつっかい棒にもならない話になっちゃったな。

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2011年6月16日 (木)

一生一別

人生最大の不思議は出会いだという。

オギャーと生まれてこのかた家族との出会いに始まって、

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人や本やTVなど、多くのドラマと出会いながら人生の旅をする。

そしてその出会いの度に、自分の人生が少しずつ変化していく。

人には「あの人と出会わなかったら…」ってことが必ずある。

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そういう意味で、出会いは不思議なドラマなのだ。

第二の職場を今月で辞することになった。

それで送別の会を開いていただき、この「一生一別」の言葉を思い出した。

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「一生一別 再び見え難し…」は、空海の書き残した言葉だ。

空海は留学僧として唐に渡る。

そして長安の西明寺で恵果から真言密教の秘儀を全て譲り受けて帰国の途につく。

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その折、長安城の郊外まで数千の人々が見送ったという。

空海は、再び見えることの無い人々との別れを「一生一別」と印象したのだ。

もちろん空海は、長安で得られた密教世界をこの国で花開かせる。

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そして京都の東寺を始め高野山の堂塔は、長安の世界を再現したものと言われている。

長安での2年余の間の出会いが弘法大師空海の基礎となったのだし、

殊に恵果との意気投合は歴史的出来事にすらなった。

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出会いこそが人生なのだ。

もちろん私にとっても、お一人おひとりとの出会いが掛け替えのないものだ。

「一鳥声あり 人心あり」(空海)

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2011年6月15日 (水)

衆愚の後始末

政治にはおよそ多くを期待できないが、

それを選択してきた我々選挙民こそ猛省が必要だと思う。

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先ずは、自分の損得を価値判断にしてしまったこと。

子供手当やら高速無料化を始めとした選挙民向けの飴玉への誘惑に乗ったこと。

政治の甘い話にはろくな事が無い。

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それに全ての官僚を悪者と決めつけてしまったこと。

マスコミの「面白おかしく悪者捜し」に踊らされたとはいえ、

世の中の矛盾を手頃な誰かにその責任を擦り付けただけではなかったか。

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官僚を魔女としてパッシングすることで、

物の本質から目をそむけてしまった。

私たち自身の責任放棄を、体よく官僚の責任にすることで安心を得ていたのだ。

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それが、あの事業仕訳けの正体でもあった。

そりゃ、マスコミが取り上げたように一部の不祥事やら悪徳官僚もいただろう。

しかし、99.9%は善良な市民のための公僕なのである。

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彼らの意欲を削ぐことは、決して国民の為でもなんでもない。

とかく日本人は一方に偏し易いが、

何もかも役所任せのくせに、こと自分の利益に係る不都合にだけ役所を突き上げる。

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そんなのは市民参加でも何でもないのだ。

私達は高い代償を払って、無定見な政治主導の危うさを知った。

それに官僚パッシングでは解決出来ないことも学んだ。

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心してこれを忘れてはいけないと思う。

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2011年6月14日 (火)

理不尽な謎

人生の先々というものは、見通せそうで見通せるものではない。

又、全てが思惑通りなら面白味は半減するし、やがては驕りに陥ってしまう。

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糾える縄のごとく物事の表裏は一体でもある。

それに人生は、それ自体はなはだ空虚だし掴みどころもない。

それはどんな宗教家であれ哲学者とて同じことだ。

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しかし、私達の毎日はそ自体がリアルそのものである。

現実だからこそ、私だってこれまで幾つかの地味な冒険をして、

そして、幸運にも大きな怪我もせずに何とかやってきた。

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青年期には、人生とは何なのかやがて分かるだろうと思っていた。

だけどその答えは、理不尽にも一向に見えてこない。

それでも、私達は敢然と明日に向かって歩み続ける他ないのだ。

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まつたくもって、神は理不尽な投げかけをしたものだと思う。

仮にあの世で閻魔大王から、「もう一度やり直す気があるかい?」って聞かれたら、

さあて、何と答えようかしら?

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まあ、それはおいおいじっくりと考えるとして、

「十二分に生きたよ。もう良いなあ~」と答えたいものだと思っている。

人生は、酸いも甘いも辛いも噛み分けて、それでも永遠の謎のたびなのだ。

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そして、どんなステージが現れるか楽しみな旅でもある。

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2011年6月13日 (月)

忘却力

私は、人並み以上にくよくよ悩んだりする方だと思う。

こうすりゃ良かったとか、ああ言ったのは誤解されたんじゃないかとか、

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とにかくグルグルと同じ悔悟が頭を回っていたりする。

それが一週間もすると、綺麗さっぱり悩んでいたことすら忘れてしまう。

それは何か契機がある訳でもなく、やはり時間の経過なのだ。

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何時の頃からか、その忘却の時間を自分で利用するようになった。

思い詰めて困った時、一定の間を置くようになったのだ。

それで、私自身どれ程救われてきたことかと思う。

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それはそれで、自分の忘却力に感謝してきたのだ。

しかし最近では、忘却の勢い余って肝心なことも忘れるようになった。

あれっ・・・どこに書いたっけ?

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などと、あちこちひっくり返しつつ思い出そうとしても出てこない。

要するに、めっきりそんなケースが増えつつあるのだ。

そんな筈はなかろうと疑いだすと、自分への信頼すら揺らぎそうである。

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人間の記憶もコンピューターと同じ様なものだろうから、

インプットの仕方が疎漏になったのか、やたら消去してしまうのか、

それともICそのものがウイルスに侵略されているのかしらん?

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そもそも人間の脳は40歳位から萎縮が始まるらしい。

とすると、もう相当形も変わってしまったのかもしれない。

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まあ仮にそうであっても、忘れるのも機能の一つだと思いたい。

必要なことは手帳にこまめに書いておきゃ良かろう。

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そうして私のチップの方は出来るだけ空にしておこう。

色即是空 空即是色、ケセラセラとね。

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2011年6月12日 (日)

気息奄々

今日は、千葉山マラニックである。

ところが、某地区の集会への出席を余儀なくされてしまった。

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ウ~ンと悶絶しかけたが、立場を優先するほかない。

先ずは会合の冒頭あいさつを済ませて、島田に駆けつけることにした。

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それにしても2時間余遅れのスタートになる。

それに一人で走っていると、存外距離がある。

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丁仏参道は昨日の雨でかなりのエロージョンである。

でもその道を忠実にたどって千葉山に向かう。

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千葉山では一年ぶりに十本杉に対面する。

この巨大な杉も人のいない所を写してもその大きさがわからない。

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折よく年配のご夫婦とあって、被写体になっていただいた。

それにしても、この杉の巨大さはどうしたことだろう。

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人の人生にも色々あるけれど、この杉だって様々な試練を生き抜いてきたに相違ない。

だからこそ、長命なこの杉に畏敬の念を感じるのだろう。

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出来ればね、正々堂々と生きてこの杉のごとく胸を張っていたいね。

そんなことも少し思いながら、どうだん原に足を向けた。

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しかし静かな山道を一人で走るのは、さすがに心寂しい。

計算からすれば柏原から折り返してくる仲間と出会うはずなのだが、

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何処まで行っても猫の子一匹出会わないのだ。

「もう、行っちゃったのかな~」と思いながら戻りかけた瞬間、

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足音が聞こえてきたのだ。

その後からは、続々と仲間が続いて走ってくる。

嬉しかったね。

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そこから矢倉山に登るかなりきついコースを走った。

しかし、大勢で走るのは全く気分が違う。

会話もあるし、遅れまいとついていく気力も違う。

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人間なんてね、そんなもんなんだよね。

仲間がいれば一人じゃ出来ないことも簡単にできるんだ。

ゴールの伊太和里の湯にゆったり浸かって、

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島田の駅近くで例によって完走パーティーである。

みんなそれぞれ異なった生活環境なんだろうけど、和気あいあい談笑が続く。

みんな飾りっ気もなくて素朴で素晴らしい人達ばかりだ。

嬉しいね。

今日は少し無理をしたけど、心身ともに充実の一日になったな。

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2011年6月11日 (土)

機能年齢

何年かぶりで同級生に会ったりすると、その大変な老けぶりに驚くことがある。

それで俺もさぞやかしと、しばし鏡を覗きこんだりする。

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「そりゃそれなりに老けてはきたが、それ程じゃなかろう」と呟きつつ。

ともあれ、人の歳の取り方には随分と個人差がある。

人生50年の昔はともかく、かつての55才定年の頃でも退職者はかなり老けていた。

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しかし営養も情報もタップリで定年も65歳になろうとする今日、

還暦そこそこで老け込んでしまっては困るのである。

今日の肉体的年齢は、実年齢の七割、百歩譲っても八割くらいだと思う。

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とすれば、私も未だ50代の入口あたりにいることになる。

定年まで未だかなり間がある年代でしかない。

100kmマラソンを年三回走り、フルマラソンも4時間半を切っている。

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そもそも機能年齢には、精神年齢同様にその個体差が15年位はあるのだろう。

70才でエベレストに登頂した三浦雄一郎は別格としても、

目標に向かって歩き続ける精神的な若さこそが、機能年齢を若く維持する。

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「もう」ではなくて「まだ」なのだ。

自分を過小評価することはあるまいて !

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2011年6月10日 (金)

分不相応

サラリーマンの処世は、

自らの気息を消して周囲の風景に同化することから始まる。

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知らない事ばかりの若輩は、そうやって気配を伺いつつ自分の活路を探る。

間違っても、打たれる杭になぞなってはなるまい。

しかし還暦とともに、そのサラリーマンの食禄を離れたのである。

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だからして、その昔とった杵柄を綺麗サッパリ捨て去ることにした。

年齢も肩書きも、況や過去の経歴ももはや意識しない。

そうして、今を生きることにすべての価値を見出そうと決めたのだ。

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当然ながら古い地域社会では抵抗もある。

「若造が何を言う」とか「生意気に・・」などと言うやっかみである。

一昔前ならそれも気になったろうが、今日となれば馬耳東風である。

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この癖杭が打てるものなら、どうぞ打って見てよとの思いである。

と言って、特に人間が上等になった訳でもない。

只々、鈍感力のなせる業である。

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古の教えでは、分をわきまえて身の程を知るのが美徳とされてきた。

実に謙虚で一見美しいようだが、こりゃ進歩のない滅びの教えだ。

戦前の朝鮮半島の悲劇は、この儒教の影響が濃厚にあった。

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ともあれ、そんな生き方はこれまで散々やってきた。

助さん、角さん、もう良かろう!

いい歳になったのだからこそ敢えて恥をかき、

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身の程知らずの分不相応で生きてやれと思う昨今である。

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2011年6月 9日 (木)

めだか?

私もその一匹なのだが、別に群れて泳ぐことを目指している訳ではない。

いやなに「面白人立めだかの学校」のことである。

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その名の通り、チョット(大分かな?)変わった人々の集まりである。

三ヵ月に一度の集まりだけど、もう20年も続いている。

それで会合の度に、その変わった部分を変わり万古に披露することになっている。

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誰が生徒か先生か♪と言う訳だ。

今回の会合は、3月11日を受けて地震防災がテーマだった。

それで防災の元専門家が地震のメカニズムから講義してくれた。

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東日本で起こった地震と東海地震の違いなどとても参考になった。

生徒たちもそれぞれ予習してきていて、

講義の後の給食の時間も、それぞれ原発や津波の話題に終始した。

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毎回50人程度の人が集まるのだが、

知識を求める人、サロンとして参加する人、自分の活動をPRしたい人、

おそらくその求めるところは少しずつ違っているかもしれない。

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しかしまあ20年も続いているんだから、そりゃあそれなりのもんだ。

メダカに加わって知り合いができ、やがてそれが発展していく。

友人の幅が広がり、更には仲間ができていく。

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結果的には幾つかの群れができる。

それは集合したり分散したりするあの熱帯魚の群れと同じだ。

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やっぱり人は、一人じゃ生きられないからね。

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2011年6月 8日 (水)

懐かしの中学

50年ぶりに、かつて卒業した中学校を訪れ授業参観した。

私達団塊の世代は、世にも稀な寿司詰め教室で学んでいた。

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あの頃55人のクラスだったのだから、今日の30人は驚くほど少ない。

子供達の就学風景を見ながら、往時の自分の姿を探していた。

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半世紀前のことなのに、あの頃の出来事のあれこれが昨日のように浮かんできた。

中学校というのは、私の奥深くに意外なほど大きな印象で残っていたのだ。

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未成熟な頃の時間の経過は、かなり濃厚な時間であったのだ。

参観で驚いたのは、生徒と教師の位置関係の身近さだった。

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私の当時は、教師とはかなり遠い存在だったように思う。

それでも参観後の懇談で、若い母親が「教師と生徒の親密さが足りない」と苦言していた。

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親と子供の友達関係?を学校に持ち込めというのだろうか。

中学生は、肉体的にも精神的にも大きく変化する時期だ。

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自分の将来も五里霧中で、脱落の始まるのもこの頃だろうか。

確かに難しい年頃だが、当然ながら一定の位置関係が必要だ。

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甘やかすことで人が育つ訳ではない。

それに教師も人間で、TVのキンパチ先生ほどの全人格的個性は稀だろう。

中学校の教師に親しさを要求するのは無理がある。

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教師は教える教科を通じてその熱意を伝えるべきで、友達関係は要らないと思う。

ともあれ今回の中学校訪問は、

思わぬ精神の回青と時代の変化を垣間見る機会になった。

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タイムスリップの一時を過ごしたのだが、

人間の実体と言うのは幾つになってもあんまり変わらないことを痛感した。

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2011年6月 7日 (火)

防災力を育てろ

先日の津波避難訓練を受けて、地域防災懇談会を開催した。

自治会長や防災会長の皆さんと防災意識を共有するのが狙いだった。

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各地区から様々な問題点が出され、集まった120名余の真剣な懇談になった。

私の地域は、標高2m~2.5mの低湿なところだから関心の高いのは当然だ。

だが勢い、避難場所の整備など市長への要求にトーンが偏ってしまった。

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市長にすれば、財政難の折当然ながら勢いのよいことは言えない。

それで、防災への認識は深まったが不満も残ってしまった。

防災は自助・共助・公助などといわれる。

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しかし公共財の整備を除けば「公助」のウエイトは低い。

いざと言う刹那には自分と近所の力しかないだろう。

あんまり自治体をあてにしなさんなと言うことだ。

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ところが現実の自主防災会は、役員も一年交代で名ばかりの組織になっている。

これまでの防災訓練だって、バケツリレーと消火器の使い方くらいだ。

形骸化してしまって、それ自体が防災訓練になっていない。

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防災力を高めるなら、家屋の耐震補強や家具固定、避難路の確認、

住民同士の懇談などでの日頃からの意思疎通が大切なはずだ。

自衛隊の到着を待っていたら、大抵の被災者は死んでしまう。

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しかしながら、地域社会は理想通りには動いてくれない。

それでも、少しずつ災害への耐久力を醸す努力を続けるほかない。

それにしても、30年以内にM8以上の地震が87%の確率とはね!

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2011年6月 6日 (月)

蚊の鳴くような

梅雨に入って、蚊の飛び回る季節になった。

とは言え今年は、例年より早くから蚊が発生していた。

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一か月程も前だろうか、蚊の羽音で目覚めてその季節外れに驚いた。

それで私を襲った蚊は雌だった。

いやなに、あのブゥーンと言う耳障りな羽音はすべてメスの蚊だ。

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産卵のためにプスリとやって血を吸う。

獲物を狙うなら音を消して近づきそうなものだが、

彼女らは正々堂々? グラマンのごとき音とともに襲来する。

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実はあの音は、オスの蚊を引き付けるために出しているらしい。

オスの蚊は、あの音でメスの存在を知るのだという。

それに羽音の周波数は小さな蚊ほど高くて、その波長で同じ種を識別している。

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あのグラマンは、彼女らにとって適当なオスを選ぶシグナルなのだ。

ところで蚊の鳴くようなとは、蚊の羽音のごとくかすかな声のことである。

近頃ではそんな人も少なくなって、

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やたら大声で自己主張する人士が多くなった。

それに物静かで楚々とした女性もめっきり少なくなった。

代って男言葉を使うウーマンが街を闊歩している。

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女はますます強くなって、単刀直入にブスリとやる。

一方男は、野性味が薄れ益々草食化していくようだ。

蚊の求愛の羽音と山の神の罵声は御免こうむるが、優しい女性はいいなあ~。

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あぁ~、大和なでしこのごとき謙虚な女性は絶滅の危機に瀕している。

厄介な蚊と同様に山の神の脅威を除く線香は無いかしら。

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2011年6月 5日 (日)

待たぬ月日

仮に、待望の約束事や満を持した人事の発表を待っていたとする。

するといやこれが、ようとして時間が進まないと感じる。

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これが逆に、待つものが何も無いとなると月日はだらだらと流れ、

時を経てみると空疎な分だけ時の経過が速く感じられる。

そう、待たぬ月日は経ち易いのだ。

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人生は一回こっきりで後戻りはできない。

それに自分のこの瞬間は、刻一刻と零れ落ちて行ってしまう。

特別に生き急ぐ必要はなかろうが、やはりこの瞬間を無駄にしたくない。

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それには常に目標を持って正義を実行することだ。

世のため人のため、自分のできることを精一杯やる気概を持つことだろうか。

そもそも安逸は後退をもたらし、緊張感は進歩を生み出す。

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日々、人生を上達させる場に自分を置くことだ。

とまあ気負ってみるものの、現実にできることは少ない。

やはり人生に必要なものは、「勇気と想像力とスモールマネー」(チャツプリン)だ。

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いたずらに歳月を費やすまい。

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2011年6月 4日 (土)

ばら撒きと増税と

仄聞するところ、近々消費税が10%に、そしてやがて20%になりそうだ。

もとより国の財政は借金の塊だが、

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現政権は「予算の組み替えで10数兆円を確保できる」としていた。

その財源で子供手当や高校授業料無料化、農家戸別保証、高速無料化など、

夢のバラ撒きができると公約して政権の座に就いた。

早速「事業仕分け」だの「特別会計見直し」だのと空騒ぎを始めた。

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しかし財源なんて、始めっから有る筈もなかった。

それで箱物不要とか言ってムリヤリ必要な事業まで潰したけど、

それ自体が無駄の製造で、やはり効果はなかった。

埋蔵金の山のはずだった特別会計に至っては、まったくの空振りに終わった。

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挙句の果てに自分で作った予算の仕分けもやろうとしたが、今度は総スカンを食った。

要するにお祭りの経費は浪費したけど、なんにも無かったっということだ。

しかし約束しちゃったから、国債で穴埋めして申し訳にバラマキ4Kを始めた。

しかししかし、とてもじゃないが金が続く訳がない。

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借金してそれをばら撒く訳だから、破綻は直にやってくる。

国債の信用度も格下げで怪しくなり始めている。

そこに今回の震災が起こった訳だ。

それで政府は、震災復興の名目で大増税をすることにした。

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だけどこれ、復興対策はもとより原発の始末や膨張する社会保障費だけでも、

膨大な財源が必要になる。

誰が考えても、真っ先にバラマキは止めるべきだ。

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やがてこのバラマキは、増税の現実とともに怨嗟の声を巻き起こすだろう。

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2011年6月 3日 (金)

転禍為福

「災いを転じて福と為す」は、春秋戦国時代の合従連衡策に由来する。

政略でもって敵国の脅威をかわすことだった。

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もとより災いそのものを福にするのは難しい。

例えば今回の原発禍を福に転ずるなんてことはどだい無理なことだ。

まさに覆水盆に帰らずでしかない。

せめて、これ以上災禍を広げないでほしいと祈るばかりだ。

ところで震災復興を言い訳に居座りを決め込んだ管総理だ。

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イラ管に象徴されるように、およそ指導者としての資質に欠けている。

馬鹿げたTPP開国騒動や諫早開門、自然エネルギー20%、浜岡原発停止などの混乱は、

すべからく彼の思い付きから引き起こされた。

官房長官はそれを「政治主導」と擁護するが、政治は一人でやるものではない。

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そもそも政治に責任など微塵も感じられないではないか。

まして日本の総理大臣は独裁君主でもなかろう。

もっと言うなら、復興は思いつきでは出来ないということだ。

軽薄な政治ではなくて、国の機関を総動員する取り組みが必要なのだ。

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この国には世界にかんたる官僚組織があるではないか。

何故この組織をフル回転させないのか。

公務員の給料を減らしている場合かどうか?

組織が動かない原因は、おそらくイラ管総理の錯誤にあるのだろう。

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やはりこれ以上の大過を回避するには、ともかく一刻も早く辞めていただく方がよい。

福と為す災いは小禍でなくてはなるまい。

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2011年6月 2日 (木)

大泥棒

今日は、ちょっと変わった話になる。

私の住む町の見付という所に盗賊の親分の墓がある。

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国道一号線沿いのその墓石には南無妙法蓮華経と刻まれているだけだ。

しかしこの墓石は、あの白波五人男で有名になった大泥棒日本左衛門のものだ。

彼はこの見付宿はずれの鈴ヶ森の刑場で斬首された。

日本左衛門は、遠州一円を荒らしまわった盗賊である。

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多い時には子分が200人もいたというから、なかなか才覚の利く男だったのだろう。

それに彼の盗みの手口は、

天領や旗本領、藩領の入り組んだ治安の弱い所を狙うものだった。

所轄の境目は自ずと防犯力が弱くて、それでなかなか捕まらなかったらしい。

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しかし遂に幕府直轄の江戸火付盗賊改めが乗り出すことになる。

結局、全国に手配書が回って逃げられなくなり、

京都の番所に自首せざるを得なくなった。

その自首の折「問われて名乗るもおこがましいが…」と大見栄を切ったことになっている。

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時は八代将軍吉宗の時代で、庶民は倹約と重税に辟易としていた頃だ。

なかなか捕まらない泥棒と大捕り物は、やがて貧乏な庶民のヒーローになる。

ともあれ日本左衛門は捕まって、この見付で29才の生涯を終える。

ところが晒された首がその晩に盗まれてしまう。

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愛人の三好ゆきが盗み出して、島田宿近くの宅円庵に葬ったのだそうだ。

それで島田市にも彼の墓がある。

「盗みはすれども、非道はせず」などと嘯いていたようだが、

この色男、大泥棒のくせに墓が2つとはまったくもって羨ましい限りだ?

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2011年6月 1日 (水)

天人合一

中医営養学のさわりを伺う機会があった。

遠来人の会の例会でのことである。

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中医営養学は中国伝統の薬膳につながるのだが、

私はその前提としての天人合一思想と健康に関心を持った。

先ずは、営養とは食べることから排泄まで体を営むことなのだそうだ。

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もちろん西洋医学で言う栄養とは観点がまるっきり違っている。

それは人間も自然界の一部であって、

その自然の摂理に沿って生きる天人合一思想に由来する。

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そもそも自然の一部である人間の病気は、

内臓もしくは精神のバランスを失うことから引き起こされる。

つまり病気の原因は、自分の体の内部にあるとする。

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だから暴飲暴食や気候の変化への対応、精神の屈折など、

バランスを崩すに至った原因は自分の中に見出せると説く。

そして、弩・喜・思・憂・悲・恐・驚の七情を程よく保てと教える。

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程ほどの怒りも悲しみも驚きも、常に持ち合わせることが大切なのだそうだ。

精神の闊達な働きを維持しろと言うあたり、かなりの説得力を持つ。

思えば恐怖も悲しみも知っているからこそ、暴走が抑止されるのだろう。

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私たちは余りに自己中心のままに物事に向かいがちだ。

やがて何時かは自然に帰るのだし、

平素から天人合一を心がけてみるのもよかろう。

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