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2011年6月 5日 (日)

待たぬ月日

仮に、待望の約束事や満を持した人事の発表を待っていたとする。

するといやこれが、ようとして時間が進まないと感じる。

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これが逆に、待つものが何も無いとなると月日はだらだらと流れ、

時を経てみると空疎な分だけ時の経過が速く感じられる。

そう、待たぬ月日は経ち易いのだ。

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人生は一回こっきりで後戻りはできない。

それに自分のこの瞬間は、刻一刻と零れ落ちて行ってしまう。

特別に生き急ぐ必要はなかろうが、やはりこの瞬間を無駄にしたくない。

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それには常に目標を持って正義を実行することだ。

世のため人のため、自分のできることを精一杯やる気概を持つことだろうか。

そもそも安逸は後退をもたらし、緊張感は進歩を生み出す。

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日々、人生を上達させる場に自分を置くことだ。

とまあ気負ってみるものの、現実にできることは少ない。

やはり人生に必要なものは、「勇気と想像力とスモールマネー」(チャツプリン)だ。

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いたずらに歳月を費やすまい。

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「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

 待つも期日が必要、だらだらと流れるは、時間の無駄を生みやすいし、達成出来なくなることも多いと思う。

 話は、違うが子供の頃父親達は、地元の神社史の発行を計画していた、本の内容は、地域の歴史も多く触れ、町内史と言っていいものだった。本の進行内容(もくじ)から、詠み人の年齢想定などを低く設定し広く地域に知らしめようと計画を練った。
 うる覚えでは、有るが我が家に集まる多くの人や父親の夢が語りを聞いた気がする。
 先日、棚を片づけて居たら計画書と原稿が、出て来た。興味深く兄に本の事を尋ねると、実は、発行されなかったらしい。確かに、目次と思うと原稿数が足らない。
 神社は、前方後円墳の上に建てられていることもあり、どこにでもある神社なのだが、歴史は、古い。目に留まったのは、宝永の大地震にも触れられていた事だった。
 本の計画内容から、大枠の目次進行は、壮大だったからか、計画書を見ただけでも読んで見たいと思えたが、計画書には、公定表がないかった。つまり期日がない。
 確かに皆を集める事は、上手だったが、集まると酒の席と成りがちで進みが遅かったのだろう。
 ある程度の達成感は、得たろうが、人生において、心残りをしたに違いない。

 飛び立った飛行機が着陸する様に、目的地、運航コース計画、着陸地への変更が有ったにせよ、燃料も限られる事だから、上手い着陸には、時間という、計画は、外すことは出来ない重要な課題だと思える。時が時だけに、クルーの死も有ったかも知れない。
 
 原稿は、捨てろと言った兄だが、読んで居るうちに、捨てられなくなったようだ。
 今からでも発行したらいいのにと思ったが、ニ年前に脳梗塞を患った兄にもそんな元気は、残されていない。
 発行されなきゃただの紙くずに近い、ゴミが増えただけだと思った。

 人生に置いては、燃料が読めないことも多い、心残りのない上手い着陸をしたいものです。

投稿: ひろ | 2011年6月 6日 (月) 03時29分

 ひろさんへ

 「子供の頃父親達は、地元の神社史の発行を計画していた」、そして「計画書と原稿」を保管していたというのは、地域にとってもご家族にとっても、都会人の私には羨ましい限りです。
 本の出版費にしても、当時は現在に比較して大変に高価であったでしょう。非難するにはあたりません。「計画書と原稿」さえあれば、大丈夫です。是非に、PCのメモ機能を利用して入力されるようご推奨致します。
 私の経験を記します。ご参考になれば幸いです。

 私と同期入社の友人が、定年の折に父親が著した本を貸してくれました。反戦ドキュメンタリー小説として著名な「踏みにじられた麦」でした。一読し、感激して購買を希望したのですが、絶版となっていました。そこで、友人の了解を得て、インターネットに公開するのを目的に、メモで入力しました。300ページを越えていましたが、驚くことはありませんでした。毎日1ページづつ入力すれば1年弱で済みます。私が好む亀のやり方です。このやり方しかできないともいえます。(笑)
 予定より早く終了したのですが、友人の親族から「大切な本をインターネットに垂れ流して穢すのに反対」との意見により、インターネットで公開できませんでした。しかし私がフロッピーにコピーして配布する許可は頂きました。既に100枚を配布しています。
 いずれ、著作権が切れる30年後には、私のコピーから誰かが自由にインターネットに公開できるので、実行して欲しいのです。 私にとって、夢ある気持ち良い入力作業でした。
 「踏みにじられた麦」のご希望者がおりましたら、メールで山草人さんに私の住所またはメールアドレスをお問い合わせください。喜んでフロッピーを郵送します。

 私の考えはこうです。
 「還暦の60歳を過ぎたら、明日生きていると考えるな! だからどのようにして、今自分が所有している価値を後世に託するかを考えるべきである」ということです。
 ひろさんにとっても、父親達の遺産・夢を入力することで、必ず良い体験になると信じています。

 このような作業には、PCのメモ機能が最適と思っています。メモ機能ですと、例えば一行を40字とすることで、原稿と文字数を比較するだけで誤入力を防げます。また、どのPCであっても、メモなら同じ形に表示・再生することができるからです。 

投稿: 米山 | 2011年6月 7日 (火) 09時38分

米山さま、良い事を実践されましたね。デジタル化なら出来そうですね。
『踏みにじられた麦』ですか?読んでみたいな~。
譲って頂けますか?
父親達の神社史は、タイトルや進行内容のまでは出来てましたが、神社自体が700年の歴史を持ちますから、それ以前の町内の文化や暮らしに触れようとして居ただけに、原稿が足りませんね。
残念です。
今朝は雨なので自転車通勤を止めて、途中、お墓で父親と話して来ますよ。
墓参のいい機会が出来ました。
米山さま、私は今年50歳となりますが、生きてる、育ってきた、親・地域・先輩達の感謝の思いは大切です。昔の人や戦時下の人は、そんな思いで、毎日を過ごされて来たに違い有りません。
いつ命が切れるかも知れませんからね…。色々考えた朝でした。ありがとうございました。
『今日出来る事は今日してしまおう…』今日の標語…
では…

投稿: ひろ | 2011年6月 8日 (水) 06時10分

 ひろさんへ

> 踏みにじられた麦』ですか?読んでみたいな~。
 大変に嬉しいお言葉に感謝! 感謝! です。

> 譲って頂けますか?
 私には著作権は無く、著作権者から許されているのは、「米山のみがコピーして無償譲渡する権利」だけです。
 従って、(有償で)お譲りすることはできません。タダで郵送させて頂きます。
 私は厚生年金を満額頂いている幸せ者の一人です。その中には、月6万円の税金が入っていると推定しています。(バラマキの享受者と認識しています。)   納税者の皆様に対し感謝と申し訳なさで一杯です。
 ですから納税者に対して、この程度の奉仕は当然ではないでしょうか。(ただし、天下りは除きます。) ひろさんの当然の権利として、ご安心ください。

 山草人さんから、ひろさんのメールアドレスを私に送って頂くよう、お願いしておきます。
 山草人さんは、私のコメント投稿等により私のメールアドレスをご存知です。
 なお、ひろさんがコメントに投稿する際に「メールアドレス」を記載していないと、山草人さんもひろさんのメールアドレスをご存じないかもしれません。その際にはひろさんの方で工夫してみてください。

 山草人さんへ
 お手数ですが、ひろさんのメールアドレスをご存知でしたら、私にメールしてください。

投稿: 米山 | 2011年6月 8日 (水) 09時52分

では、山草人さま、アドレスを米山さまへお知らせ下さい。
 反戦のドキュメンリーですよね?
私も反戦者です。
前回の戦争は、世界大恐慌の後の経済の中、アジア諸国へ進出する列強国日本に対する、アメリカやロシアや蒋介石等の陰謀により、戦争をさせられてしまったと認識しています。アメリカの人種差別的行動的行為よるのものです。
特にルーズベルトです。
 お金儲けをしたかったアメリカ(ルーズベルト)。
かつての領土を取り戻したかったロシアの中国における民主化運動。
革命を起こしたかった蒋介石と金ずるアメリカ。
これに真面目な日本は巻きこまれて行った。戦争状態に持ち込んだのは、アメリカや蒋介石だったと認識しています。
 負けると分かって居た戦いに出なければ成らなかった当時の人たち達の祖国愛とは、どんなものだったのか?
 どれほど日本は、飢えて居たのだろうか?
 当時の若者達は、大切な命と引き換えに何を伝えたかったのか?
 戦争という過去の事実をもっともっと正しく研究認識して欲しいと反戦の立場から思えることです。

投稿: ひろ | 2011年6月 9日 (木) 00時39分

 ひろさんへ

 山草人さんからメールでひろさんのアドレスを頂きました。
 山草人さん、ありがとうございました。

 「踏みにじられた麦」は、不屈を貫いた博愛的反戦教師の体験的記録です。
 事件は、著者が群馬師範学校卒業時の義務とされた「短期徴兵訓練中」に起きました。 訓練中に上官が誤って、麦畑を踏み荒らしてしまったのでしょう。収穫を台無しにされた老父と娘が涙を流して「畜生!」と叫んだ光景を詩に託して新聞に投稿したのでした。軍は彼に「新聞に謝罪文を書け。」と強要しましたが、拒絶しました。結果として、重営倉に拘留されたのです。問題となった詩のタイトルが「踏みにじられた麦」です。
 軍に「赤化兵卒」の烙印を押されて、教師の道は絶たれました。その後東京に職を求めましたが、軍の嫌がらせを受けます。大恐慌の最中に流れ流れて、新天地の台湾で教職を得ながらも中国従軍を強制されました。戦後にようやく軍の嫌がらせから解放され、晴れて故郷の地で理想とする教員生活を送りました。
 彼が本を書いた目的は、「教え子を戦場に送るな!」を世に説得するため、軍の非人道面を世に知らしめること、と推察しています。

 ひろさんは、愛国主義的反戦者のようですね。
 私は著者を国際的(グローバル)反戦者と理解しています。私はこの系列に属するのではないでしょうか。
 大いに議論しましょう。(笑)

投稿: 米山 | 2011年6月 9日 (木) 13時18分

 ひろさんへ

 6月15日付「衆愚の後始末」でのひろさんのコメントですが、郵送した「踏みにじられた麦」とは真っ向対立しますね。「踏みにじられた麦」は、戦前から「劇・音楽を中心にした集団的情操教育による人格育成」を目指していたところに特徴」があります。即ち、戦後パニックに迎合し転向したヤワな教育者では無いということです。ガッチリした根っこがあります。
 ですから、ひろさんの「踏みにじられた麦」読後感が出るまで、私はひろさんの教育問題提起へのコメントは保留にしたく、存じます。
 それから、下記のホームページもご覧ください。今の教育現場です。感動的です。
 http://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/8549/

 本論に入ります。夢あるひろさんの8日付コメントについて「私的プロジェクト推進のご助言」を試みることにします。
1.身の丈に合った目標とする。
 親父達の目標に振り回されることはありません。親父達は失敗したのです。今は、「ゼロからの出発」です。一歩進めるだけでも前進です。そして、後につながります。普通に考えれば「原稿の不足が志を放棄する理由にはならない」と判断しています。

2.周辺に声かけ・調査する。
 神社に相談しましたか? 別の組織が既に完成していた、ということもあります。
 役所・図書館や小中学校にある郷土史を調査しましたか?
 私も、別件で紹介され横浜市を訪問したら、1年前に完成したのだが、その前なら欲しかった資料だったと市史編纂者に惜しまれたことがあります。
 身内だけが悩み動いているのでないことを認識するのが重要と考えます。

3.皆と相談する。
 関係者と思ったら、勘を頼りに恥を覚悟してドンドン相談してみることです。
 予想外のところから助言・助力を得られるものです。また、事前にプロジェクトを話しておかないと後から、「水臭い。相談もせずに。」と不平に会うものです。その防止にもなります。
 これは、私がサラリーマン時代に「外から見れば夢のような私的プロジェクト遂行の方法論・広報活動」でもありました。恥をかく覚悟があれば簡単でした。(別の言葉で「開き直る」と表現しています。) 良き協力者・助言者も必ず現われました。

4.一人でもヤルと覚悟する。
 他人を頼りにして決行しても、助力を得られないと不平・不満がでます。私的プロジェクトでは己の不平・不満が最大の難所です。一人でもヤルと覚悟しておけば、気楽なものです。助力が得られればラッキーなだけです。
 「踏みにじられた麦」では私も、残り半分は親族に入力して欲しいと希望したのですが、名乗り出る方はおりませんでした。従って、覚悟通りに一人で入力したのです。そして、私に達成感と充実感だけが残りました。
 なお、本件ですが、「ひろさんが半分迄入力して、助力を得られないようでしたら、残りを郵送すれば私がそれを入力」しましょう。前提条件は「時間的な余裕を頂けること(400字/日程度)と、入力ミスの責任を問わないこと、私が生きていること」です。ただそれだけです。難しいことはありません。勿論、無料です。年金を頂いているので、それで私と家族は生きていけるからです。

投稿: 米山 | 2011年6月18日 (土) 08時07分

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