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2011年6月23日 (木)

くたぶれつら!

子供の頃、野良仕事を手伝って汗びっしょりで家に帰ると、

親父が「おまえ、くたびれつら」と労わりの声をかけてくれた。

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あの地方言葉も、今では私達の周りから消えてなくなってしまった。

言葉だけじゃなくて、食べ物も建物も風景すらも画一化して、

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全国どこへ行っても変わり映えがしなくなった。

国内旅行が振るわないのも、その画一化に一因があるのだろう。

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最後まで残っていたのが方言なのだが、

その方言も世代交代とともに風前の灯になりつつある。

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遠州では、走ることを飛ぶと言った。

そうして子供の頃には、「強いじゃん」とか「明日は休みだら」「行かまいか」

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「直いとけよ」「どんどん食べない」「ほんなことせすか~」などと、

普通に方言を使っていた。

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だけど今、孫達の話にゃそんな言葉は出てこんじゃん。

言葉も世につれ変わっていくのだが、

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その原動力が効率一辺倒の為せる業でもある。

関西弁のように意固地になって頑張っているのもあるが、

さてもみんな金太郎飴になって、良かったのか悪かったのか。

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そんなことすら話題にならなくなった。

俺たちゃ、方言の使える最後の世代になっちまったのだ。

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コメント

大学の先輩で、お父様が転勤族の人がいましたが、その先輩が「方言は通行手形だ」と言っていたのを思い出しました。言葉を覚えることが、その土地で受け入れてもらうことの第一歩だったそうです。

言葉と文化は密接に関係しているので、それが失われるのは憂慮すべきことかもしれませんね。私の世代は、方言の聞き取りはできるけれど、使っていない人が多いのかもしれません。「うちら親世代の衆らが遠州弁を使わにゃおえんだよ」ですね。

投稿: 大杉 | 2011年6月23日 (木) 22時34分

 「くたぶれつら!」といいうのは「疲れたろう! (仕事が)辛かったろう! (ご苦労様!)」が詰まった、「労働に対するいたわり・感謝」が混じった言葉と考えて宜しいでしょうか?

 方言といえば、「銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに」という、天才少女知里幸恵の訳で有名な「アイヌ神謡」を思い出します。19歳という短い生涯は、金田一京助という師に恵まれて、一瞬に大輪の花を咲かせたといえるでしょう。
 最近、バラエティTVにご子息の金田一春彦が出演した姿が目に浮かびます。彼は言語学者なので、「最近の日本語の乱れを批判する」とばかり思い込んでいました。ところが、「全然、若者の新語に寛容的」なのです。おそらく春彦は京助の長男で、同じ言語学者ですから、京助の思想的・哲学的思考を受け継いでいると思います。

 それで考えました。
 「方言は古いから大切にすべきなのではなく、伝統文化と重なって価値が出てくる。」のではないでしょうか。逆に言えば「各地方独特の伝統文化を端的に表現している方言が大切」ということではないでしょうか。
 ですから、アイヌ語という原語を使わなくても、アイヌが自然と共生するという伝統・文化を翻訳した「銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに」が、我々和人にとって心打たれる大切な遺産・資産になっているように思います。

 つまり、「古いから良い。」という主張ではなく、どのような文化を継承し、将来の糧としていくかを明示して、始めて方言に価値が出るように思います。

 それにしても、「明日は休みだら」といった他の方言に比較して「くたぶれつら!」は素晴らしい表現ですね! 他の方言は忘れても、これは残して欲しいものです。
 ご紹介をありがとうございました。

投稿: 米山 | 2011年6月26日 (日) 08時26分

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