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2011年6月29日 (水)

送別の辞

少しばかり躊躇しつつ、送別会でお話したことを書こうと思っている。

今日は、この様な送別の宴を催していただき、その上過分な送別の言葉まで頂きました。

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恐縮しつつ深く感謝申し上げます。

私は皆さんよりも少しだけ長いこと人生をやってまいりました。

その人生の過程で何が面白いかというと、

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やはり人との出会いが一番面白いのではないかと思っています。

この3年間も、素晴らしい皆さんとの出会いがありましたし、

まずはこのことに深く感謝申し上げたいと存じます。

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現在、少しばかり弘法大師空海のことを知りたいと思って本を読んでいるんですが、

その中の空海の言葉に「一生一別 再び見え難し」とありました。

空海は唐の都長安で2年間の留学生活を送ります。

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東寺の長安というのは唐の最盛期で世界最大の繁栄をしている時でした。

世界中から人が集まっていましたし、文化面でも百花繚乱と栄えている時です。

その長安で彼は密教をシステムごとすべてマスターして、

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日本に帰ってから真言密教を確立することになります。

その土台となるものは、

全て長安で出会った人々や長安という世界都市そのものから学んだものでした。

空海は長安で素晴らしい人々との交流を謳歌していたのですが、

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最澄が先に帰国して密教の部分(雑密)を広めはじめます。

それで空海も帰国を急ぐことになります。

そして長安を離れて、この片田舎の島国に帰るというその時、

千人余の人々が長安の郊外まで空海を見送りに出たといわれています。

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空海は本当は、世界都市長安を離れたくなかったのかもしれませんね。

その時の言葉が先程の「一生一別 再び見え難し」という言葉です。

出会いも別れも人生、その出会いは大変な意味を持っている。

そんな気持ちがこもっているようにも思います。

私は退職して帰っても、とても弘法大師のような足跡は残せません。

しかし、幾分なりとも地域社会のために微力を尽くしたいと思っております。

皆さん方お一人おひとりのご厚情に感謝申し上げ、

簡単ですがお別れの挨拶とさせていただきます。

とまあ、あらあらそんなお話をさせていただいた。

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コメント

これで貴兄の宮仕えは終わりましたね。
今まで、何かと自制することが多かったと思いますが、これからは「我が儘」に生きてください。
小生は、サラリーマンを終えた翌年の年賀状に「今年限りで年賀状は失礼させていただく」旨を書きました。
今後も付き合いたいと思う人とは違う形で連絡をとれば良いと考えたからです。
職場を変わるたびに年賀状が増え、最終は350通を超えていました。
惰性のようなものを一度リセットしたいと考えたからです。
これは小生の「我が儘」の一端をご披露しただけで奨励しているわけではありません。
山草人さま
長い間、お疲れ様でした。

投稿: 同世代の暇人 | 2011年6月30日 (木) 00時13分

大変お疲れ様でした。
そして、お世話になりました。
御挨拶もできませんでしたが、山草人さまの生き方見習うべきことがたくさんでした。
これからもブログ楽しみに拝見させていただきますね。

投稿: RIKU | 2011年7月 6日 (水) 23時32分

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