« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »

2011年7月31日 (日)

空の家

昨夜は浜松市北区渋川の「空の家」に泊めていただいた。

空の家は、西尾精密の西尾真之会長の作った別荘兼塾だ。

Cimg4423

西尾さんは山奥の廃屋を買い求めて、仲間と語らいつつ過ごす民家を作った。

集落を見下ろす高台に建つその茅葺の建物は、実に落ち着いたたたずまいである。

建物の周りには山菜園や山葵田なども作ってあって、

Cimg4430

西尾さんを訪ねてここに多くの人々がやってくる。

我々も西尾さんを囲んで「物づくり」についてお話を伺おうということだった。

西尾さんが冷温鍛造という技術で多くの特許を得ているし、

Cimg4426

不良品率ゼロの製造業を育ててきたからだ。

しかし西尾さんは、1時間余の講話の中で具体的なことは何一つ語らなかった。

その代わりに、言うならば自分の素朴な人生観を語った。

Cimg4425

生い立ちから企業人としての姿勢、社員とともに歩んだこれまで。

そして自分の人生は素晴らしく幸せだと結んだ。

更にこれからは「おかしくなったこの国と利己的な風潮を糺すことだ」とも言われた。

Cimg4427

終始笑顔でとつとつと言葉少なに語ったのだ。

だから私達は、そのわずかな言葉から多くを想像し考えることが出来た。

私はやはり自分の自画像のこと、そして地に足の付かないこの国のことを思っていた。

Cimg4428

人はやはり面白い。

事業に成功して贅沢の限りを尽くす人もいるが、西尾さんのような人もいる。

Cimg4429

彼の最大の贅沢は、様々な人々が次々と彼のもとに集まってくることだ。

ワイワイと語らう私達を彼は実に楽しげに眺めている。

Cimg4422

どうも、それが彼の人生の果実でもあるかのように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月30日 (土)

自画像

画家が自分で自分の顔を描くあの心理を考えている。

顔というのは不思議なもので、自ずと生活や信条がそこに現れてくる。

Cimg3834

或いは自分の経験の深まりが、人の本当の姿を見通すようになるのかもしれない。

ともあれ、画家の様に自分で自分の本当の姿を認識するのは難しい。Cimg4145

とかく人は自分の弱点を隠そうとするし、何かに依存して生きがちなものだ。

それで人は、肩書に拘ったり、車だったりセックスなどに逃げてしまったりもする。Cimg3840

それで自分と言う人間に真正面から向き合える人は少なかろう。

「50才を過ぎたら自分の顔に責任を持て」などと言われる。Cimg4189

さても私は、自分の顔に責任を持てるだろうか。

臆面もなく恥さらしをしているのかも知れない。

Cimg4243

しかし私は猫であってあくまでも虎ではない。

だから虎の顔を求められても困る訳で、猫に徹して生きようと思っている。

Cimg4263

ネズミだって捕るし、時にはフーッと鼻を膨らめて怒ったりもする。

それで自画像だが、三毛猫ではなくて虎猫の顔にしようと思っている。

Cimg4267

そういう自分が少し気に入っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月29日 (金)

民主主義のコスト

確か政権党のマニフェストには、議員定数の大幅削減があったはずだ。

しかし昨今の報道では、微調整程度をアナウンスしている。

Cimg4421

この国り政府は議院内閣制だから、幾分多くの議員がいてもあるいは許される。

しかし、そのことを考えても衆参両院の国会議員の数はあまりに多すぎる。

Cimg4335

大勢集まれば沢山の分派が出来て、それぞれ自己主張のための自己主張を始める

今日の政争の大部分は実はそれに尽きている。

Cimg4413

勿体ぶった理屈で幾ら粉飾しようとも実体はそれなのだ。

議員の数だけ理屈ができる道理なのだ。

Cimg4416

国会はともあれ、都道府県や市町の議員はもっと問題を含んでいる。

そもそも地方自治体の議員は何をやっているのだろうか。

Cimg4332

果たして歳費や政務調査費に見合う貢献をしているのだろうか。

恐らく覆面で自己申告したとしたら、出来ないことを自ら告白せざるを得なかろう。

Cimg4378

今日は、私住む町の市議会各会派代表との懇談があった。

話が議員定数に及ぶと、話は途端に警戒モードに入った。

「多くの人の意見を反映しなければならない。それには一定の数が必要だ」

Cimg4424

「少なければ良いというものではない」・・・まあ、そんな発言だ。

市議会程度の行政に、一体どのような多様な意見を反映させたのか具体的ではない。

実体は方便で、保身のために定数確保が都合がよいだけなのだ。

Cimg4355

議員になれば4年間の高額な所得が確保できる。

年間の実働はほんの僅かで、会派の談合に大部分を費やしている。

市政の政策研究をするというが、その程度はたかが知れている。

Cimg4314

一人一人の議員はそれなりの人なんだろうが、議員となるとその立場でしか行動できない。

私達は一票を投じることで、その人格にすべてを結果として委任してしまっている。

まっこと民主主義というものは厄介なものなのだ。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月28日 (木)

創造的熟年たれ

自分にそう言い聞かせることが必要になってきた。

一日中何もすることが無くて、ひねもすのたりのたりかなと言う訳ではない。

Cimg4414

手帳にはぎっしりとスケジュールが詰まっている。

今日も4つの会議等を忙しくこなした。

具体的には早朝のブドウの出荷調整に始まって、9時から警察署長との懇談、

Cimg4226

国保運営協議会、青パト講習会での挨拶、地域福祉推進会議と続いた。

現役当時よりもむしろ多忙なくらいだ。

しかし、決定的に欠如しているものがあって、それが私の主体性なのだ。

Cimg4415

言うならば市役所などに追い使われている忙しさに過ぎないのだ。

一つ一つそれはそれで大切なことには違いなかろうが、

そりゃ、私でなくったって良いような気がしてしまうのだ。

Cimg4262

自分で「現役当時」と書いたのだが、現役というのは経済面でのことだ。

ところが世間では、現役の反対語は隠居だ。

Cimg4109

確かに私は事業体には所属していないが、様々な場面で「現役」たろうとしている。

隠居であっては生きている意味がない。

ところが現役のつもりで隠居仕事をやっているのではないか。Cimg4350

実はこの一か月で最も私に欠けていたのが創造性ではないかと思い至ったのだ。

かくして今夜の独り言になった次第だ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年7月27日 (水)

橋渡し

「橋」について書こうとしている。

橋の連想は、言うまでもなく渡り難い隔てを結ぶことだ。

Dscf2180

かつて徳川幕府は、大井川への架橋を許さず不合理な渡しを強いた。

箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川であった。

もう一つの連想は、住井すゑの橋のない川だ。

Dscf2181

人の心の貧しさだろうか、差別という川ほど渡り難いものはない。

それはさておき、岩国の錦川に架かる奇妙な橋について考えている。

そもそもこんな橋を架ける必要があったのかどうか。

Dscf2182

吉川家は関ヶ原の後、防備専一の山城(岩国城)を作った。

それで城下町は錦川を挟んだ対岸に設ける他なかった。

当然橋が必要になるのだが、この川の平常の水位は極めて低い。

Dscf2183

歩いて渡れるほどの川なのだ。

確かに異常出水で何度か橋が流されているのだが、こんな橋が必要だったかどうか。

ともあれ浙江省の西湖に架かる橋をヒントに、この錦帯橋が生まれたのだ。

Dscf2184

そして他に類を見ない橋故に、江戸期の広重や北斎の絵心を喚起したし、

人々の好奇心をもくすぐり続けてきた。

戦略上何の意味もない橋が名物となり、今日に至っても観光客を集めている。

それはドイツのノイシュバンシュタイン城ではなくて、たかが橋なのだ。

Dscf2185

不思議な橋だから、「釘一本使ってない」とか「敵が来たらたちまち解体できる」

などという神話が生まれた。

まあ、そんな詮索はどうでも良いことで、

家臣たちと城とを気持ちよく結ぶ架け橋だったんだろう。

人というのは厄介なもので、嫉妬や驕り、いたずらな対抗心などがあって、

簡単には人と人の心に橋がかからない。

成熟化する社会の中で私達は、この錦帯橋のような遊び心の架け橋を求めているのではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月26日 (火)

宮島の文化度

宮島は、日本三景の中でも随一と言えるだろう。

人間が空想し得る色彩美を神の名のもとに表現している。

Dscf2164

起源は推古元年(593)に遡るらしいが、現在の姿にしたのは平清盛だ。

海の中に宮殿を設える大胆な発想は普通の人間では無理だろう。

Dscf2167

鮮やかな朱塗りと檜皮葺きの社殿が海の青さの中に浮かぶ。

その宮島は戦国期の壮絶な戦場として、

Dscf2171

はたまた毛利氏の時代には能や連歌の舞台として広く知られる。

殊に印象的なのは千畳閣である。

Dscf2172

豊臣秀吉が天下平定までの犠牲者を弔うために、

安国寺恵瓊を奉行として建設を進めていた。

Dscf2173

ところが秀吉の死とともに完成を見ないまま今日に至っている建物だ。

まさしく歴史の遺物なのだ。

Dscf2174

ところで厳島神社には何故か三人の姫命が祀られている。

その3人の姫が年に一度海を渡って本土に遊びに行くという。

Dscf2175

それが神社最大の祭りである管弦祭だ。

私が訪れたのはその祭りの前日で、社前には飾り船が並んでいた。

Dscf2176

姫達は夜半に静かに厳島に帰るようで、何のために本土に渡るのだろうか。

姫命にも年に一度の夜遊びが公認されていたのだろうか!

Dscf2178

などと詰まらぬことも思いつつ、海中に浮かぶ大鳥居を眺めていた。

はてさて、文化とはこうしたものなのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月25日 (月)

広島を走る

広島市街を走るとすれば、広島城から平和公園にかけて

元安川に沿って走る他なかろう。

Dscf2144

その元安川を遡って行くとあの原爆ドームが見えてくる。

物言わぬ悲劇の証人である。

Dscf2146

福島原発の事故も足元に及ばない濃縮度の高いウランの爆発の結果だ。

何の罪もない多数の市民が一瞬にして黒こげになった。

Dscf2147

普通の生活を一瞬にして断たれた無数の人々がいた。

川端には水を求めて焼けただれた無数の人が倒れていたという。

Dscf2148

再び過ちを繰り返さないと言うけれど、歴史はその過ちを繰り返している。

その誓いの言葉を刻んだ碑の真向こうに原爆ドームがある。

Dscf2151

そして、この平和公園には幾つもの石碑が建てられている。

そのそこここで早朝から祈りを捧げる人々がいる。

Dscf2152

私達人間は、戦争や争奪などと幾つもの馬鹿げた行為を繰り返してきた。

今現在だって、テロや陰謀、闘争など性懲りもなく続いている。

Dscf2155

愚かな人間どもだが、残念ながらそれが現実なのだ。

平和記念公園をグルグルと回りながら同じことを考え続けていた。

Dscf2159

ノーモア広島の誓いは、人間の限りない欲望との戦いなのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月24日 (日)

広島の歴史と城

広島を訪れたのはアジア大会直前以来になる。

でも、広島に残された城郭へは今回初めて訪れた。

Dscf2136

もともと広島とは、太田川が河口で6つに分流して流れ、

島状の陸地が広がっていたことに由来する。

その広い砂州を改修して城地としたのが毛利輝元だ。

Dscf2134

秀吉は輝元の築城に際して、朝鮮征伐の後方基地とするため、

黒田如水を派遣して援助したと伝わる。

戦国期の山城と違って、本格的な平城で大阪城がモデルという。

Dscf2131

幾つもの川に囲まれて鯉が多かったのかどうか、

黒っぽい壁が鯉の色と似ていたからかどうか鯉城と呼ばれていたらしい。

Dscf2137

広島カープ(鯉)はこの城の通称に由来する。

ともあれ関ヶ原後、この地を福島正則が支配するようになる。

Dscf2135

ところが1619年、城の無届改修が咎められて改易になってしまう。

その後に浅野氏が入るのだが、幕末には長州征伐の本拠になっている。

Dscf2140

更に下って戦中にはこの城地に広島大本営が置かれた。

結果として、そのために原爆投下の悲劇の地になってしまうのだ。

Dscf2141

広島の地の発展も城から始まり、歴史もこの城を巡って動いてきた。

城の堀端に、あの所得倍増計画の池田隼人の像が巨立していた。

Dscf2142

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月23日 (土)

なでしこJに続け

今日から、全日本高等学校女子サッカー選手権大会が始まった。

例年のように今年も、震災地を含めて全国から32チームが集まった。

Cimg4405

何れも各地区予選を勝ち抜いた強豪チームだ。

昨日の開会式をちょっと覗いてみた。

Cimg4404

千人余の選手が一斉に「今日は、よろしくお願いします」と挨拶を返す。

その声が耳に付くほどの快さである。

Cimg4406

青春真っ只中の彼女たちには、

今目前のボールしか見えていないのかもしれない。

Cimg4407

そう、スポーツに体力差こそあれ男も女もないのだ。

今回のなでしこジャパンにも、

Cimg4408

3年前のこの大会に出場した選手が4人も含まれている。

この全日本は、なでしこに直結しているのだ。

Cimg4409

今年は世界一獲得でいやがおうにも盛り上がっている。

今日の16試合のうち、磐田東と広島文教の試合を見に出かけた。

Cimg4410

確かに試合は高校生だから、Jリーグを見慣れた目からは心もとない。

パスは繋がらないし意味不明のキックもある。

だけと゛気迫は素晴らしいのだ。

Cimg4411

青々としたと芝生に展開する高校生を見ながら、

何故か「人って、こうやって生きてるんだ」と思った。

そうさ、目標に向かって一生懸命走るんだ。

Cimg4412

負けたらさ、また改めて出直しゃ良いんだからさ !

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月22日 (金)

鉱夫達の人生

石見銀山を訪ねて思ったことは、ここに生きた何十万もの鉱夫達のことだ。

石見銀山は盛時には年間38tの産銀と、世界の三分の一もの生産をしていた。

Dscf2111

マルコポーロは「黄金の国ジパング」と書いたが、実はそれは銀だったろう。

16世紀から17世紀にかけて石見は世界有数の銀鉱山だった。

Dscf2112

そして石見の最盛期には20万人もの鉱山都市がそこにあった。

竹林や杉がうっそうと生い茂る足元を見れば、

Dscf2115

そこには何層もの石垣を積んだ屋敷跡が続いている。

人々が行き交っただろう道は、今は痕跡を残すのみだ。

Dscf2116

鉱石の豊穣たらんことを祈ったろう神社も礎石を残すだけだ。

この300ha余りの山中に、

Dscf2117

100有余年に渡って鉱山都市が栄えたことを誰が知るだろうか。

そしてそこには、悲喜こもごもの人々の生き様があったのだ。

世界遺産に登録されて初めて、人々は日本の銀について少々の関心を持った。

Dscf2118

そう、この島国では、銀は金とほぼ同等の価値を持って流通していた。

それがために幕末には、欧米商人は交換レートの差益で暴利を稼いだのだ。

Dscf2120

当然ながら国内は猛烈なインフレに陥ることになって、

このことが明治維新の一つのエネルギーになっていった。

Dscf2123

さてこそ純銀に近い鉱物が露頭していたと言われる石見銀山も、

明治の初めにはすべて掘りつくされてしまう。

Dscf2124_2

この銀鉱石の採掘にあたった鉱夫たちは、佐渡の様に囚人ではなかった。

採算性が良くて鉱夫の待遇も比較的良かったようで、

Dscf2125

近在の各地から人々が集まってきていたようだ。

工夫長や間歩の代官やら、その家族やらで賑わっていた往時を想像しつつ歩いた。

Dscf2128

彼らの人生と私達とさして違いもあるまいと思った。

実は間歩までは30分ほど歩かなければならない。

歩けない人は人力タクシーが送ってくれる。

Dscf2130

それにしても、今は採掘坑道跡が残るだけの石見銀山である。

この世界遺産は、頭の中でシルバーラッシュの往時を想像する遺産なのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月21日 (木)

松江城の構え

松江城は堀尾吉晴の開府以来この地のシンボルである。

如何にも実戦的で戦闘的な風貌をただよわせている。

Dscf2047

城下を巡る堀には「堀川めぐり」と称する川船が巡っている。

実は堀川吉晴は浜松城の城主だったのだから静岡とは濃厚な縁がある。

Dscf2048

関ヶ原に先立って上杉征伐に向かう途上の物語が良く知られる。

家康に従って従軍したのは息子の忠氏だった。

Dscf2049

忠氏は当時23才だった。

隣の掛川城主があの山内一豊だった。

Dscf2050

一豊は、帰趨を決める軍議に向かう朝、忠氏を誘ってあの天下分け目の会議に向かった。

一豊は、忠氏の東西どちらに味方するのか心中をしきりに探る。

Dscf2051

そして遂に忠氏は、一豊の老練な話術に乗せられて意中を話してしまうのだ。

その意中とは「東軍に味方し、家康に自分の城を譲る」と言うものだった。

Dscf2052

やがて軍議が始まって、福島正則に続いて発言したのが一豊だった。

「家康殿に命かけてお味方申す。我が城地を直ちに献上すべし!」と叫んだのだ。

Dscf2053

この一豊の発言で大勢は雪崩を打って家康側に決する。

関ヶ原戦の後、家康は一豊のこの発言を功として高知42万石を与えるのだ。

Dscf2054

当然ながら忠氏は臍を噛むことになった訳で、松江24万石に転封となる。

そして、4年後には27歳で急逝してしまうのだ。

Dscf2055

で、松江の街と城を築いたのは父親の吉晴だった。

恐らくこの城には、そんな人生の機微のような悲哀が含まれているのだろう。Dscf2056

心なしか頑なな印象を与える城なのだ。

明治になってほとんどの城郭が取り壊された中にあって、

Dscf2059

山陰で唯一残された天守だ。

旧藩士と土地の豪農の奔走で取り壊しを免れたという。

Dscf2062

堀の外側には武家屋敷が残り、明治の小泉八雲の住んだ屋敷も開放されている。

この城は、昨年で丁度築城400年になった。

Dscf2063

堀尾三代の生き様を伝える城と言えようか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月20日 (水)

旅ラン

旅に出てその地を走るのは何時ものことだ。

今回も宍道湖と広島を走ったのだが、走るには宍道湖がよい。

Dscf2069

島根に着いた翌朝、宍道湖の東端から西に向かって走り始めた。

薄明るくなり始めた頃なのに既に年配のランナーが走っている。

Dscf2070

湖岸のランニング道路は4kmで終わってしまうのだが、

私は電車道に沿って湖岸を出雲の方向に向かう。

Dscf2071

途中に舟屋があった。

シジミ船の収納と選別作業の為の小屋が水上に作られている。

Dscf2072

舟屋から連想するのは、東南アジアの水上生活者だ。

この島根にも東南アジアのそんな文化の残照があるのだろうか。

Dscf2073

てなことを思いながら、幾つもの川を越えてイングリッシュガーデンで折り返した。

丁度6時頃で湖面には、一斉にヤマトシジミを採る船が出始めていた。

Dscf2074

シジミ船は一つ所をグルグル回りながら漁をしている。

あのNHK朝の連ドラ「だんだん」の場面だ。

Dscf2078_2 

日本一夕日が美しいらしいが、朝の空気も一種独特のものがある。

それは、このシジミ船と日本海側独特の清涼感だろうか。

Dscf2079

ともあれ十二分に宍道湖の空気を吸うことが出来たのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月19日 (火)

千家と出雲大社

一昨日、千家の当主は84代目だと書いた。

一代が20年だとしても、それはもう1600年余になるDscf2095

その古代の頃の出来事を夢想しようとしている。

出雲には鉄器文明を背景にした強大な豊葦原のナカツクニがあった。

Dscf2096

その何代目かの帝王が大国主命(オオクニヌシノミコト)だった。

その帝国に高天原から兵団が押しかけてきて、降伏を迫った末講和が成立する。

Dscf2097

講和条約に基づいて次々と進駐軍が来るのだが、その度に大国主命に籠絡されてしまう。

つまり高天原の大和朝廷は何時まで経っても出雲を実効支配できないのだ。

Dscf2099

ついに大国主命を殺して出雲大社を建立し祭った。

大国主はかくして神となったのたが、

Dscf2102

この時高天原政権は進駐軍司令官天穂日命に永遠に宮司を命じた。

つまり出雲の国造(クニノミヤッコ)として占領政策を遂行させたのだ。

Dscf2103

それが今日の宮司家である千家なのだ。

まさに天皇家と並んで日本最古の家系なのである。

Dscf2104

今出雲大社は改修工事の最中なのだが、

平成8年だったか昔の大社の巨大な柱が発掘された。

Dscf2105

それで時代を遡れば、地上48mもの高さに社殿が築かれていたと言う。

つまりそれ程に大和朝廷は出雲の力を恐れていたと言えるのだ。

Dscf2109

11月の神在月には全国から神々がここに集まって、

地方の治安(アイヌ民族の反乱は無いか)などと、封地の安寧を協議するのだろう。

Dscf2107

かくして全国各地のどの家の氏神様も出雲の方角に安置されている。

出雲は私達日本民族の重要なルーツなのだろう。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年7月18日 (月)

美術を考えてみる

私は名画の何たるかも理解し得ないガサツ者だ。

名画で悪い気はしないが、感動というのはどこから生まれるものなのか?

Dscf2040

安来市の足立美術館を初めて訪れた。

別名大観美術館などと呼ばれるようだが、横山大観の色彩はそれほどない。

Dscf2034

それよりも「庭園もまた一服の絵画」とした創立者足立全康に感心した。

小堀遠州など庭に美を求めた人々は数多い。

Dscf2036

しかし、庭を始めから絵にすべく作庭していった人は少なかろう。

足立全康は明治32年生まれの苦労人である。

Dscf2037

赤貧の木炭運びから身を起こして炭団売りを契機に繊維や不動産で財を成す。

その商売で得た金をすべからく横山大観を始めとした近代絵画に投ずるのだ。

Dscf2038

「美しいものに感動する心」を人に伝えたいという思いが美術館になった。

しかも収蔵画はともかくとして、四季折々変化する「生の掛軸」を作り上げた。

Dscf2039

遠景の滝なども含めて、約17haもの日本庭園は一部の隙もないものだ。

果たして訪れる人は数々の名画よりも、この庭園にこそ感動するのではないか。

Dscf2041

美とは、技術の粋への感心から始まるのだろうか。

ただしかし、庭には生き様に対する訴求力は薄くなる。

Dscf2042

その分、大観の求道精神やら心意気、平山郁夫の宗教心が補ってくれる。

足立美術館は、美術を観光にし得た数少ない所だろう。

Dscf2043

私のような無骨者でも感心するんだからね。

安来は美術と鋼を売り物にしている。

Dscf2044

太古の昔から砂鉄を産し、この国の権力を生み出す源になった。

安来って、泥鰌すくいだけじゃ無かったんだね!

Dscf2045

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月17日 (日)

熱暑を走る

今日は、浜名湖半周サマーランの日である。

予定なら午前9時にJR弁天島駅をスタートすることになっていた。

Cimg4377

ところが例によって、今回も自治会関係の会合が出来てしまった。

その防災関係の2つの会合に出席して、

Cimg4379

その足でランパンに着替えてリュックを背負った。

11:30磐田駅をスタートして弁天島のゴール地点に向かったのだ。

Cimg4380

気温は既に36度位だろうか。

国道150号線に出てひたすら西に向かって走る。

Cimg4381

思うに今回は距離の目測を少し間違えたようだ。

3時半にはゴールの予定だったのに4時半にやっとゴールできた。

Cimg4383

約40kmを5時間で走ったのだから、疲れて当たり前だろう。

既に皆さんは風呂に入って宴会寸前だった。

Cimg4384

私もやっとその仲間に入れてもらったのだが、一人で走るのは結構大変だ。

仲間と走っていれば10km位アッと言う間に走りすぎるのだが、

Cimg4385

一人じゃそれが長いのだ。

ともあれ宴会は何時もの様に盛り上がって、絶好の納涼会となった。

Cimg4390

しかしまあモサも居て、宝塚市の深澤さんは名古屋から走ってきて、

その足で浜名湖を半周していた。

Cimg4396

前日の17時から走りっぱなしということになる。

どうもここに集まる人たちは、どこか狂っているのかも知れないな。

Cimg4393

とは言え私にとっては、8月初めの富士山頂往復118kmマラニックのよい練習になった。

今年も富士山を下山した後の田子の浦までは暑いだろうな~。

Cimg4397

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年7月16日 (土)

国造

暑い日が続いているのに、ぶらりと旅に出た。

行き先は、国引きの国島根である。

Dscf2035

島根には韓関連の伝承が幾つも残っている。

そもそもこの日本人の血の何割かが海の向こうに由来している。

織物や稲作、またまた製鉄などの技術の多くが大陸から伝わった。

Dscf2093

それを担ったの人々の上陸地がこの地なのだろう。

11月にはこの出雲に全国から神様が集まって会議を開く。

全国的に神無月になるのだが、この島根だけは神有月だ。

Dscf2102

全国の神々は、そも何の為にこの地に集まるのだろうか?

出雲大社には、その秘密が隠されているのに違いない。

だから出かけたという訳でもないが、出雲から石見へと向かった。

Dscf2106

中海から宍道湖へ、そして瀬戸内海に抜ける3日間の旅程である。

もとより駆け足の旅行のこととて、

この国のさざれ石に苔むす悠久の歴史を思う暇もなかった。

Dscf2108

だが出雲大社の傍らに千家の屋敷があった。

お宅は築500年程らしいが、

当代の千家尊裕氏は何と84代の国造(クニノミヤッコ)なのだ。

Dscf2110

このことも含めておいおい書いていこう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月15日 (金)

悠然たれ

やっと我が家のTVをデジタルに変えた。

もともと私はあんまりTVを見ないから、どうでも良かったのだが孫たちがうるさい。

Cimg3839

止む無く大勢に従うことにしたのだ。

そもそもデジタルとは一体何なのかが分からない。

自分の人生がパソコンの検索の様に転換できる訳でもないし、

Cimg3912

人生は過去からの積み上げであり継続でしかない。

そう、人の生き様はアナログでしかないのだ。

デジタルで文章が上手くなったりする訳でもない。

Cimg4067

もちろん若返る訳でもない。

そんな如何程のメリットも感じないシステム転換に抵抗を感じたのは私だけか。

確かに、時代から見れば一個の人生など極めて短いものだ。

Cimg4107

短いからこそタイム・イズ・マネーと駆けずり回って、

あくせく生きてきたのがこれまでだろう。

だけど、そんな忙しゴッコなど止めりゃ人生はもっと長くなる。

Cimg4138

気の合った仲間が和気あいあいと過ごせるだろう。

仮に不良老人と呼ばれようが、この世の中を悠然と見てやれ。

それで、バカなものはバカと言ってやれ。

Cimg4225

もう、この世の中の理不尽にまかれる必要はないのだ。

一体どいつが決めたんだ。

Cimg4255

デジタルのどこが良いのか説明してほしい。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年7月14日 (木)

私と趣味

私は今、ほとんど趣味で暮らしている。

朝から晩まで、幾ばくかの仕事も含めてすべてが趣味の範疇に入る。

Cimg4372

その趣味とは如何なるものか。

大抵の人が趣味として、音楽や読書を上げる。

だけど私には、クラッシックやオペラの良さなんててんで分からない。

Cimg4373

ただ分かるとすれば、テクニックの良し悪し程度だろうか。

読書にしても、私が本気で読んできたのは司馬遼太郎の著作だけだ。

司馬遼意外に入れ込みたくても、そんな作家が見当たらない。

Cimg4374

それで止む無く野山を走り回っているという次第である。

そう、そのはしることに最も多くの時間を使っている。

次いでブドウを始めとした作物の栽培だ。

Cimg4375

「なんでブドウを選んだの?」と時に聞かれる。

それ着色々な偶然が重なっているが、ブドウが面白かったからだ。

ブドウには品種を含めて様々な個性がある。

Cimg4339

その個性と付き合うのが難しさであり面白さでもある。

そして今、最も面白いのは自治会連合会を通じて、

Cimg4316

これまでとはまた違った人たちとの出会いがあることだ。

人はやっぱり人を求めているんだよね。

Cimg4315

そんな意味で、やっぱり私は趣味に生きているんだな!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月13日 (水)

諸行無常の響き

直近のこの三年間のことを考えている。

経済も政治も災害も、世に稀な異変が続いて三年間だった。

Cimg4356

改めてそう思うのだ。

言うまでもなく三年前のリーマンショックは、世界の経済を凍らせてしまった。

各国ともその余波から未だに抜け出せないでいる。

Cimg4353

2年前の政権交代では、期待とは裏腹に政治への深刻な失望をもたらした。

そしてこの3月の東日本大震災である。

そのいずれもが多くの悲劇や対立を巻き起こして今日に至っている。

Cimg4341

これを諸行無常と言わずして何と言おうか。

だがこの悲劇は、かなり密接にリンクしていることに気づく。

金融至上経済の破綻と爬行の行き詰まりが政変をもたらし、

Cimg4333

ばらまき政策はたちまちにして破綻したのだが、その破綻を震災が隠してしまった。

程度の低い管内閣が生き延びている所以である。

人々の不幸を餌にする内閣は歴史上何人かいるのだが、

Cimg4317

当然ながら、そのいずれもが悲劇の末路をたどっている。

この国の最少不幸どころかそのどん底に引き込んだのが管内閣だろう。

最後は歴史が判断するとしても、とりあえず面前の不幸にも対処できないのだから辞めてほしい。

Cimg4263

とは言え、国民の不幸が広がれば広がるだけ栄えるのがこの政権かも知れない。

経済も政治も復興も立ちすくんでいる。

これが無常でなくて何なのだろうか。

しかも、この政権は私を含め自分達が選択した結果なのだ。

民主主義というのは、まったくコストの高いシステムだ。

| | コメント (15) | トラックバック (0)

2011年7月12日 (火)

還暦からの人生

私の親しい人が近く還暦を迎える。

それで還暦を通過した団塊の世代のことも併せ、今夜はそのことを書くことにした。

Cimg4354

子、丑、寅・・の十二支には、それぞれ甲(きのえ)、乙(きのと)、

丙(ひのえ)、丁(ひのと)、戊(つちのえ)が振られる。

そしてその組み合わせが一巡する60年で、

Cimg4352

自分の生まれた年の組み合わせに戻る。

だから還暦な訳で、歴の上で新しい1歳が始まることになる。

それに大抵の人は、退職など名実ともに新しい人生を始めることにもなる。

Cimg4351

赤いちゃんちゃんこは、その転換(赤ちゃんになる)のお祝いということなのだ。

さてそこで問題なのは、生まれ変わった後の人生だ。

つまり、ここで腑抜けのようにガックリと歳を取るか、

Cimg4349

それとも心機一転新たな挑戦に臨むかである。

それに何に取り組むかも大切で、

そいつを間違えると、小人閑居して不全を為すと成りかねない。

Cimg4331_3

まあ望むらくは、天上天下唯我独尊で、

唯の一人だとしても衆寡敵せず我行かんと生きてみたいものだ。

私もこの還暦の分岐点に向けて随分準備してきたのだが、

Cimg4327

それでも一歩前進二歩後退というところだろうか?

人の評価は、お棺に蓋が閉まって初めて決まるともいわれる。

つまりは、グダグダ考えても仕方ないということだ。

Cimg4325

と言うことで、自由な日々を自由に生きようと努めている。

平均寿命でも女84歳、男77歳とまだまだ先は長い。

とんでもない飛躍は無理としても、

匍匐前進だって良いから前向きに生きてやろうと思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月11日 (月)

私の朝は、オクラの収穫とともに始まる。

300本ほど植えたオクラは毎朝収穫しないと大きくなり過ぎてしまうからだ。

Cimg4371

朝食時にはペットボトルを二本準備してから街頭に立つ。

子供達を見送ったその足で小笠山に向かうのだ。

Cimg4370

標高264mの小笠山には幾つかの根道があって、

そのソマ道の12kmが私のホームコースである。

Cimg4369

斜面を登ったり下ったり、平坦なところはごく限られる。

結構ハードなコースだけど、馴れればどおってことはない。

Cimg4368

何よりも、その尾根を吹き抜ける風に味わいがある。

一本のペットボトルは6km走ってから飲み始める。

Cimg4367

たちまちにして汗が噴き出て、その汗を涼風がやさしく撫でてくれる。

そよ風は青葉を渡ってきていて、心なしか冷房のようなのだ。

Cimg4366

大きく腕を広げてその微風を胸一杯に吸い込むと、

「ああ、生きてる」って思うんだ。

Cimg4365

私の午前中は、毎日そんな自然とともに過ぎていく。

震災地の皆さんには申し訳ないのだが、とりあえず私の日常は穏やかだ。

山道を走りながらあれこれを思っている。

Cimg4364

谷間を渡る風が、そんな私をフッと自然の中に呼び戻すのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月10日 (日)

自分の意思

昔、魔法の杖があったらなと考えたことがある。

その杖を一振りすると何でもできちゃうんだ。

Cimg4337

今ならさしづめ、福島原発の冷温停止だって直ちにできちゃう。

セシウムもたちまちにして消して見せることが出来るだろう。

Cimg4336

だけどそんな魔法の杖も神通力もこの世に有る筈もない。

「魔法」を夢想したのは、自分の意思が分からなかった頃のことだ。

Cimg4333

どうやつて自分を創りだしたら良いかも分からなくって、

とにかく自信がなくて、失敗が怖くてクヨクヨと俯いていた。

この世にスーパーマンなんていないのだから、

Cimg4322

落ち込んだり悩んだりクヨクヨするのが本当の自分だってこと、

そのことがなかなか分からなかったのだ。

今私は楽しんでマラソンを走っている。

Cimg4360

仮にこれが強制されていやいや走るとすれば、それは悲劇だな。

自分の意思で走るからこそ、楽しくて楽しくて仕方なくなる。

私はブドウを栽培している。

Cimg4361

ブドウは全てが手作業だから相当にハードな労働も続く。

しかしその困難を乗り越えて立派なブドウを稔らせるのが楽しくてたまらない。

そうして誰かが「美味しい!」って褒めてくれたら、

Cimg4362

そうして誰かが「完走おめでとう!」って拍手してくれたら、

もうそれだけで「また頑張ろう!」って気になるのだ。

人生って不思議だな。

どこかの誰かに、ほんの少し認めてもらえさえすればもうそれで充分なんだから。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年7月 9日 (土)

現代隠居考

ご隠居というと、江戸期の武士の隠居を連想する。

50才そこそこで息子に家督を譲って、庭木でもいじって暮らすイメージだ。

Cimg4297

世代交代としてはかなりリーズナブルだが、

はてその隠居は如何なものだったのかと思う。

Cimg4338

今日の様にメディアやインターネットなどの多様な娯楽がある訳でもない。

まして交通インフラなどは無いに等しかったのだから、一体何をして暮らしたのだろう。

Cimg4346

夕暮れを涼みながら自分と重ねながら、そんなことを考えていた。

とは言え私の場合は楽隠居とは程遠いのだが、

Cimg4347

そろそろとセカンドステージのあり様を考えるべきだと思うからだ。

それで幾ら考えても、私は隠居できそうもないのだ。

Cimg4348

生涯現役でマラソンを走るし、物事もしっかりと見つめ続けたいと思う。

もちろんボケない限り書き続けるだろう。

Cimg4357

つまり江戸期の隠居がイメージできないのだ。

人は死ぬまで生きる訳で、生きているからには何がしかの甲斐を持たざるを得ない。

Cimg4291

生を達観した生き方なぞ、私には無縁なのだ。

何時まで経っても枯れないのだが、これで良いのだろうかしら?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月 8日 (金)

自分づくり

よく歌の文句に「私らしく~・・」ってのがある。

だけど始めっから「自分」なんてのが有る訳がない。

Cimg4359

自分ってのは少しずつ作っていくものなのだ。

私はまだまだ未熟だけれど、そいつを始めたのは40の頃だ。

鳥にツイツイビーと鳴く四十雀ってのがある。

Cimg4345

あれだよ。四十雀の地鳴きを始めたのが自分づくりの始めさ。

それは自分の考えを纏めて書くことだった。

「農の風景」と言う同人誌に寄稿を始めたことから私は変わり始めた。

Cimg4358

恐る恐る書いたのだけれど、その反響が結構良かったのだ。

とどのつまりは本を出版して知事に褒めてもらうまでになったんだけど、

そりゃね、結構自分の書いたものを人目にさらすってのは度胸がいるんだね。

Cimg4344

まして公務員やってたから、目立たず遅れずみたいな大過無くの世界でしょ。

その「農の風景」は109号だから、もう19年続いている。

その歴代4人の編集長が久方ぶりに集まった。

Cimg4343

人はそれぞれ色々な価値観を持って生きているんだけど、

この4人の人生観の共通点はひたすら前向きなことだ。

ただ、決して小利口なことが出来ないのが難点だけど、正直に生きてきた4人だ。

Cimg4340

私は書くことによって自分を作ってきたのだろう。

おろるおそる書き始めたやつが、今ここにいる。

そして思うことは、人生って面白いってことだ。  

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年7月 7日 (木)

歴史の教訓

今日のこの国の窮状をつらつら思っている。

この国の政治は超三流以下でしかないが、国の財政赤字は世界最大だ。

Cimg4306

かつて一流と言われた官僚達も閉塞させられたままだ。

それに、もう既にかつての製造大国の面影はなくなりつつある。

それは隣の国に、格段に安い賃金で器用に働く人々が無尽蔵にいたからだ。

かつてこの国では、「消費者の喜ぶ低価格の製品を輸出して何が悪い」

Cimg4307

「だいたいアメリカの労働者はまじめに働かないからだ」と嘯いていた。

新興工業国の攻勢が経営システムを崩壊させる痛みを知らなかったのだ。

今その同じドラマを中国や東南アジアとの間で繰り返している。

Cimg4285

彼ら新興国の発展への動きを止めることなど出来はしない。

そして幾ら働いたって、10分の一以下の賃金の優秀な労働者とどれ程競争できるはずもない。

せいぜい海外に工場を作って、そこに働きに行くぐらいが対応策だ。

これに比べると米国は若い国だった。

Cimg4308

資源も豊富で企業もグローバル化して人材も豊富だ。

それに国大な国土からは世界中に供給できるほどの農産物が生産できる。

Cimg4304

少なくとも日本の思い付き政治と違って、極めて戦略的な政治が続いてきた。

国益の為ならば血を流すことなど意図簡単にやってのける。

Cimg4309

翻ってこの国の政治家は、窮状にあっても国益など考えたこともないのだろう。

明治維新を牽引した人々は、旧態では国が亡びると考えた人々だ。

Cimg4302

歴史が繰り返すものならば、そろそろ新たな動きが始まっても良かろう。

英国の甦生は北海油田と賃金引下げだったのだが…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月 6日 (水)

ネジバナ

山に入るとたくさんのネジバナが咲いている。

気が付かないと踏みつけてしまっているのだが、

Cimg4313

どういう訳か花を螺旋状に咲かせている。

グルグルっと回っている薄紅色の花が可憐だ。

だが良く見ると巻き方が不器用で螺旋になっていないのもある。

Cimg4095

人も色々花もいろいろなのだ。

私のペンネームは山草人なのだが、実はその山草のイメージがネジバナだ。

踏みつけられても健気に花を螺旋状に立てていく。

Cimg4312

そんな山草の性強さと野生にあやかりたい。

山の草の様に性強く生きたいと思ったのが山草人と称すきっかけだった。

ネジバナは小さくて目立たない。

Cimg4094

でも少しばかり花の咲き方を工夫することで目立っている。

そのことがネジバナにとって何ほどのメリットかは分からない。

Cimg4311

人も組織も大抵は安逸を求めてしまうのだが、少しだけそれに抵抗している。

そんなネジバナに何故か心惹かれる。

そこには、ほんの少しだけ工夫があるでしょ。

Cimg4284

ミヤマツツジもササユリも終わって、目立つ花もない季節だ。

そんな夏の日差しの中で雑草に埋もれながら静かに咲いている。

彼らは驕ることなど無いし、雑草の中で名も知られずに生涯を終わる。

そんなネジバナに、山を走りながら何時も沢山の元気をもらっているのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月 5日 (火)

津波を考える

私の住む町は約15kmが遠州灘に面している。

天竜川の河口から太田川の東側まで、標高1m~4mの地帯が続く。

Dscf2009

ある自治会では、立体駐車場型の避難地を作ることを検討している。

500人程度の収容で4,000万円ほど費用が必要になる。

Dscf2011

財産区の土地を売って調達しようと検討を始めている。

それで今日はその海岸線を走って、自分の目で検証してみようと思い立った。

Dscf2014

松林の遊歩道を西に向かって天竜川に向かう。

1時間ほど走ると風力発電施設のある天竜川河口に出る。

Dscf2017

そこから東に向かって海岸の防潮堤を走った。

天竜川に近い竜洋の海岸はひどく抉られていて、砂浜がほとんど無くなっている。

Dscf2018

だがここは防潮堤に頑丈な波返しが出来ていて、まずは大丈夫か。

それに標高は天竜川から離れるに従って次第に低くなっていく。

Dscf2019

やがて旧福田町に入るころから波返しが無くなって、

水面から8mの砂山が防潮堤になる。

Dscf2020

海岸も昔とは違って随分岸に迫っている。

第三次被害想定では4mの津波が考えられているのだが、

Dscf2021

津波の駆け上がりを考えるとこれで安全なのかどうか?

海岸を25kmあまり走って考えたこと、それは

Dscf2022

「確かに立派な防潮堤は出来ているが、海には水が無限にある。

この水は力さえあればどんな堤防でも乗り越えるだろう」と言うことだ。

Dscf2023

途中には砂に埋まった波返しもあったし、自然の前には人間の力は弱い。

私達はこれまで津波があっても防潮堤を越えるなど考えもしなかった。

Dscf2024

たから防潮堤の間際まで住宅地を広げてしまったのだ。

東日本の津波は、その常識を簡単に覆してしまった。

Dscf2025

自然の脅威は、何時牙をむいて私達を襲うのか分からないということになった。

近くには適当な高台とてない低地の続くこの地域でできる備えは何か。

Dscf2028

防潮堤の補強をとの声が多いが、それには途方もない時間がかかる。

さてこそ、現代版命山を作る方が賢明かもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月 4日 (月)

びゅうお

沼津港の湾入部に巨大な水門がある。

それが大型展望水門びゅおだ。

Cimg4237

平成16年に港周辺部の9,000人を津波から守るために作られた。

地上30m には展望回廊が設けられていて、360度の展望が楽しめる。

Cimg4232

作られた当時と言ってもつい最近だが、大きな安心を地域に広げた。

巨費を投じて造られた水門は幅40m、重量406tと日本最大級だ。

Cimg4231

しかし、東日本大震災以降一気にその信頼度は薄らいでしまった。

と言うのも水門の高さが9.3mで水深が4.3mだから、

Cimg4235

津波は5mまでなら防ぐことができる。

この地域の第三次被害想定では津波は4mとされていた。

確かに津波がその程度で収まってくれるならそれで良かろう。

Cimg4230

でもここは駿河湾の最深部近くなのだ。

果たして4mで収まるだろうかと、今では多くの人が考え始めている。

Cimg4236

50億円もの巨費を投じてもこの程度の防災なのである。

この島国の防潮堤を完璧なものにすることなど、気の遠くなるような話になってしまう。

Cimg4234

地震の揺れを防げないのと同様に、

津波の侵入は防げないと考えるべきなのかもしれない。

Cimg4233

ひゅうおの望楼から眺めおろせば、陸地は海よりもはるかに脆弱だ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年7月 3日 (日)

源兵衛川の奇跡

水の都と言われた三島市の街中を流れる川、それが源兵衛川だ。

三島市は富士山の湧水が湧き出すところで、そのいたる所から川が始まっていた。

Cimg4248

源兵衛川は宮様の別邸だった楽寿園の小浜池を起点として南に下っている。

その小浜池と源兵衛川が荒れ果てたのは昭和50年頃からだろうか。

Cimg4249

上手の工業用水のくみ上げで池も川も干上がってしまった。

と同時に浄化能力をなくして清流はドブ川になった。

Cimg4250

そのドブ川の再生に取り組んだのが三島ゆうすい会だ。

企業との幾度とない交渉の末に、一次冷却水を川に戻すことに合意した。

Cimg4257

それから、川の復活活動に拍車がかかる。

Cimg4241

荒れ果てた川は人々の手で清掃され、農業用水路として親水機能を持たせた。

この間、20年余が経過しているが、今では驚くような水辺環境が生まれている。

Cimg4251

渡辺豊博、この企画の一貫した仕掛け人である。

彼は片手にビール、片手にスコップを持って何時も笑っていた。

Cimg4258

そして人々は、彼の情熱と汗に何時の間にか引き込まれていった。

そうして水の都三島が奇跡の様に蘇ったのである。

Cimg4260

今ではNPO法人グランドワーク三島のこの活動を見学に、

Cimg4252

世界中から視察団が訪れるようになった。

一人の人間が人々の心を揺り動かし行動へと駆り立て、

Cimg4253

この30年で明らかに地域の景観も人々の心さえも変えてきた。

これがロマンでなくてなんであろう。

Cimg4254

清流の下には復活した水中花、三島バイカモが咲き誇っていた。

私達はその疎水を歩きながら、人とは何か、地域とは何かと考えていた。

Cimg4256

屁理屈や我儘ではなくて、絶えることの無い情熱と行動なのだ。

それは今日の政治のような、単なる思いつきではない。

Cimg4266

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年7月 2日 (土)

観光産業の危機

観光というものは、人々の余裕の表徴なのである。

その心身が東日本大震災で大きなダメージを受けた。

Cimg4269

津波と共に人々の活動にも大きなマイナスのベクトルを作り出した。

ところが政治は掛け声とは裏腹に、何もできてはいない。

Cimg4270

マイナスの風の倍もあるようなプラスを作り出すべきなのだが、

それが期待倒れのままであって、これではV字回復は覚束ないだろう。

Cimg4271

その影響を典型的に受けているのが観光産業だ。

金曜日に伊豆半島を南下したがて、その間とうとう一台の観光バスともすれ違わなかった。

Cimg4272

かつて大勢の観光客で溢れていた浄蓮の滝も売店は店を閉めていた。

稲取温泉随一の銀水荘でさえ客はまばらであった。

Cimg4279

聞けば回復したこの6月でさえ対前年▽29%の入れ込客だという。

稲取の年間宿泊者数も平成2年の82万人から、

Cimg4287

平成22年には40万人にまで減っていた。

それが今度の震災でさらに激減していることになる。

Cimg4290

旅館を始めとした観光施設は、どこまで耐えられるのか限界点に来ている。

観光は非日常を提供することで夢を売ってきた。

その観光地が夢を売るどころか息絶え絶えの状況に陥っている。

震災地にも、そしてこのことにも政治は無策だ。

Cimg4289

日本の国は、高い税金を払いながらもその恩恵に浴することができない。

この政治の貧困を国民はジッと耐えている。

震災と同様に政治の人災もしょうがないと諦めているのだろうか。

この国の国民は、さすがに我慢強い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月 1日 (金)

未来を楽しむ

震災からの復興には、あの地域の未来を語ることが不可欠だ。

瓦礫を始末して単に市街地を復旧させるだけで終わってはなるまい。

Cimg4092

地震国のこの国にとって、未来の耐震日本を創る意味は大きい。

沈没寸前の内閣に期待すべくもないが、これは政治の使命だと思う。

翻って人間の一生を考えたい。

Cimg4101

ずうっと企業戦士として波乱の中を遮二無二働いてきて定年を迎える。

中には燃え尽き症候群とやらで、そこで終わってしまう人もいる。

しかし今は人生80年時代であって、残された時間はまだまだ長い。

Cimg4099

かつては企業の業績を如何に伸ばすかが課題だった。

だがこれからは、自分の足跡が少しだけ残ればよい。

しかも世のため人のため、夢に向かって歩いてその跡が残るなら言うことはない。

Cimg4098

これは自分の心組み次第でかなうことだ。

さすれば大いに未来の夢を楽しみたい。

過去を懐かしむのではなく未来を志向するのだ。

Cimg4097

夢想する時間も十二分にあるのだから。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »