« 創造的熟年たれ | トップページ | 自画像 »

2011年7月29日 (金)

民主主義のコスト

確か政権党のマニフェストには、議員定数の大幅削減があったはずだ。

しかし昨今の報道では、微調整程度をアナウンスしている。

Cimg4421

この国り政府は議院内閣制だから、幾分多くの議員がいてもあるいは許される。

しかし、そのことを考えても衆参両院の国会議員の数はあまりに多すぎる。

Cimg4335

大勢集まれば沢山の分派が出来て、それぞれ自己主張のための自己主張を始める

今日の政争の大部分は実はそれに尽きている。

Cimg4413

勿体ぶった理屈で幾ら粉飾しようとも実体はそれなのだ。

議員の数だけ理屈ができる道理なのだ。

Cimg4416

国会はともあれ、都道府県や市町の議員はもっと問題を含んでいる。

そもそも地方自治体の議員は何をやっているのだろうか。

Cimg4332

果たして歳費や政務調査費に見合う貢献をしているのだろうか。

恐らく覆面で自己申告したとしたら、出来ないことを自ら告白せざるを得なかろう。

Cimg4378

今日は、私住む町の市議会各会派代表との懇談があった。

話が議員定数に及ぶと、話は途端に警戒モードに入った。

「多くの人の意見を反映しなければならない。それには一定の数が必要だ」

Cimg4424

「少なければ良いというものではない」・・・まあ、そんな発言だ。

市議会程度の行政に、一体どのような多様な意見を反映させたのか具体的ではない。

実体は方便で、保身のために定数確保が都合がよいだけなのだ。

Cimg4355

議員になれば4年間の高額な所得が確保できる。

年間の実働はほんの僅かで、会派の談合に大部分を費やしている。

市政の政策研究をするというが、その程度はたかが知れている。

Cimg4314

一人一人の議員はそれなりの人なんだろうが、議員となるとその立場でしか行動できない。

私達は一票を投じることで、その人格にすべてを結果として委任してしまっている。

まっこと民主主義というものは厄介なものなのだ。

 

|

« 創造的熟年たれ | トップページ | 自画像 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 民主主義のコスト:

« 創造的熟年たれ | トップページ | 自画像 »