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2011年7月27日 (水)

橋渡し

「橋」について書こうとしている。

橋の連想は、言うまでもなく渡り難い隔てを結ぶことだ。

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かつて徳川幕府は、大井川への架橋を許さず不合理な渡しを強いた。

箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川であった。

もう一つの連想は、住井すゑの橋のない川だ。

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人の心の貧しさだろうか、差別という川ほど渡り難いものはない。

それはさておき、岩国の錦川に架かる奇妙な橋について考えている。

そもそもこんな橋を架ける必要があったのかどうか。

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吉川家は関ヶ原の後、防備専一の山城(岩国城)を作った。

それで城下町は錦川を挟んだ対岸に設ける他なかった。

当然橋が必要になるのだが、この川の平常の水位は極めて低い。

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歩いて渡れるほどの川なのだ。

確かに異常出水で何度か橋が流されているのだが、こんな橋が必要だったかどうか。

ともあれ浙江省の西湖に架かる橋をヒントに、この錦帯橋が生まれたのだ。

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そして他に類を見ない橋故に、江戸期の広重や北斎の絵心を喚起したし、

人々の好奇心をもくすぐり続けてきた。

戦略上何の意味もない橋が名物となり、今日に至っても観光客を集めている。

それはドイツのノイシュバンシュタイン城ではなくて、たかが橋なのだ。

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不思議な橋だから、「釘一本使ってない」とか「敵が来たらたちまち解体できる」

などという神話が生まれた。

まあ、そんな詮索はどうでも良いことで、

家臣たちと城とを気持ちよく結ぶ架け橋だったんだろう。

人というのは厄介なもので、嫉妬や驕り、いたずらな対抗心などがあって、

簡単には人と人の心に橋がかからない。

成熟化する社会の中で私達は、この錦帯橋のような遊び心の架け橋を求めているのではないか。

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