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2011年8月31日 (水)

幸せの思い出

夏の終わりに、子供達の花火を見ながら考えたことだ。

貧しかった私の子供の頃には、こんな思い出は無かった。

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その代わりに、大晦日の夜には真新しい下着が枕元にあった。

未だ暗いうちに起きて、そのすべすべとした下着に袖を通して初詣に向かう。

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寒さに震えながらも、そのリンとした冷気と新鮮さに幸せを感じた。

勿論終戦直後の何も物のない時代の話だ。

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小学校の何年だったろうか、我が家にもTVが入った。

それまでは、ラジオで赤胴鈴之助や笛吹童子に噛り付いていたっけ。

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我が家に原動機付自転車が入ったのは何時の頃だったか?

要するに、私の前半生は次々と新しい物が増えていく時代だった。

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それはそれは、家族と共に幸せを感じるドラマが続いたのだ。

ところが今日の人々は暖衣飽食どころか寒さもひもじさも知らない。

全てが整っているのが当たり前で、そのことへの感謝などからっきし感じない。

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そうして、彼らは工夫とか努力の希薄な人生を送るような気がするのだ。

だって、誰もがそんな勉励をしなくても生きていけると考えるからだ。

次代を育てる両親からして、そんな境遇で育ってきている。

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そこに「働かない人にも子供手当を上げます」って政府が出来た。

「若い時の苦労は買ってもしろ」なんて全くの死語になった。

「ありがとう」の言葉も最近の日本人は使わなくなった。

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すべて当たり前だと思っているからだ。

しこうして、幸せを感じることの少ない不幸な世代が育つのだろう。

恐らく、この国の未来は危ういだろう。

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2011年8月30日 (火)

心のこと

人間ってやつは、心の置きようによっていか様にもなる。

私は人間通でも何でもないけど、人ってのはすごい。

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この二か月、私の心はいささか弛緩していた。

先日、そんなことをつくづく考えさせられた。

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人は泣いたり笑ったり怒ったりしながら生きている。

でも悲しいから泣くとは限らない。

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苦しいから怒るとは限らない。

そりゃ~、その人の心の置きようなのだ。

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苦しくて鬱々とした環境下にあっても、「でも、私はだから幸せっ」って思えば、

その境涯は全く違ったものになる。

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その幸せは、自己暗示をかけながら自分で創っていく。

だから苦しければ苦しいほど、その表現型はあくまでも快活になる。

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そんな心の遍歴と接して、私は今その環境に甘えていると思った。

必死で生きようとしていないし、要するに流し走行に入っていた。

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心の筋肉が弛緩していたのだ。

彼女と話しながら「俺も、甘いなっ」て考えていた。

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以て成す(もてなす)って言葉がある。

語源は聖徳太子の「和を以て尊としと成す」らしいが、

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人間「懸命を以て、何事かを成す」心意気を失ってはならない。

私も足腰はともかく、心の筋肉を鍛えなければなるまい。

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2011年8月29日 (月)

土と共に

私たち人類は、土と水から生まれてきた。

そして今も、その自然の懐の中で生きている。

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だが都市に住む人々は、その土を忘れて暮らしている。

それどころか、土とは汚いものとして忌み嫌ってさえいるのが現実だ。

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だから悪夢のような管総理のようにTPPなどと出来もしないことを言ったりするのだ。

彼は農村の実態を何も知らなかったし、恐らく土の上で暮らしたことすらなかったのだろう。

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ともあれこの国の最大の不幸であった総理大臣が変わる。

そのことだけでも慶賀すべきだろう。

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さてこそ、今日のテーマは土である。

私は今、朝から晩まで土を踏みしめて暮らしている。

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様々な作物を育てるには土は必要不可欠だし、

土は最良の培地なのだ。

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ただ、雑草もこの雨と共に一斉に勢いを増している。

作物も雑草も自然の営みの中でし烈な戦いをしているのだが、

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私はその雑草の勢いに辟易としつつも、その自然を許容しつつ悪戦苦闘している。

そして午前中のランでは、ずっと土の上を走っているのだ。

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土の絨毯の上を走れるなど、今の日本ではかなりの贅沢と言える。

昨日の沼津アルプスだって、イノシシ注意の山中である。

涼しい風のそよぎ渡る土の上で汗を流すことが出来た。

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そうして自然物の一部である私達は、やがて誰もこの土の成分に帰っていくのだ。

そう、食い物を含めて私達は土なくして生きてはいけない。

この国土と土を危うくする政治屋が滅びるのは当然なのだ。

福島原発はきっかけはともかく人為が重なって起こした重大事故だ。

水素爆発の指摘を無視した技術者と経営者、

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緊急時に上空を飛んで措置を遅らせた素人政治家たちの人災なのだ。

この国の土を彼らが傷つけたのだ。

このことを、私達は決して忘れまい。

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2011年8月28日 (日)

源兵衛川から徳倉山へ

今日のマラニックは、心底楽しめた。

「沼津良いとこマラニック」の下見ツアーなのだが、

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これがまた新発見あり楽しい出会いありで真に楽しい一日になった。

投書は沼津駅スタートの予定だったけど、急きょ三島に移動してのスタートになった。

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それは源兵衛川を辿りたいという集まったみんなの意向だった。

三島駅にはJRの街中ウオーキングの最中であったが、

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9:30私達は楽寿園の小浜池から川を下ることにした。

今年の源兵衛川は水量が多くて、一部川中の飛び石が水没していた。

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だけどその中を、私達14人は心も軽やかに走り抜けたのだ。

2km程せせらぎを下って、今度は柿田川の湧源地に向かう。

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国道一号線の脇からこの川は始まっていて、狩野川に合流するまで1.4kmしかない。

富士山からの膨大な湧き水で始まっている柿田川の水は、

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三島市沼津市の上水道を賄ってなお有り余る流路を作っている。

その柿田川を下って、今度は沼津アルプスと呼ばれる香貫山(195m)に挑む。

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急な傾斜を登ったかと思うと、今度は横山、

更に急な斜面の続く徳倉山(258m)に登る。

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源兵衛川や柿田川の涼やかなランと違って、

吐く息も荒く山を上り下りしていく。

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山の頂上付近からは駿河湾が見渡せるのだが、その眺めを楽しむ暇もない。

徳倉山の山頂に着いて車座になって昼食を摂る。

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後は一気に御用邸公園まで駆け下るのだ。

戦前まで御用邸だった我入道のこの一等地は、今は公園になっている。

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まあ、東海地震の際には最も高い津波が襲うとされている地域でもある。

ともあれ私達はその海岸沿いに沼津港に向かう。

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狩野川の対岸からはたまたま便があって、我入の渡し船に乗ることになった。

狩野川を舟で渡るのは、江戸期以来の事なのだ。

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対岸では防潮水門びゅおに登る。

沼津港を津波から守るために作られたのだけれど、

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5mまでま津波にしか対処できない。

東日本の震災以降、いささか存在価値が薄くなった防潮水門だけど眺望は素晴らしい。

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水門からは沼津港を抜けて、狩野川を遡る。

明治24年以来営業しているという吉田銭湯に入るのだ。

銭湯を出れば、あとは例によって沼津駅近くでの反省会である。

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それはそれは変化に富んだマラニックで申し分なかった。

それに増して、私にとってはとっても嬉しい出会いがあった。

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人は様々な荷物を背負って生きている。

その荷物を軽く楽しくするのか否かは、実はその人の志なのだ。

そのことをしみじみと教えてくれた方はまだ若い女性なのだが、

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マラニックでなければこんな出会いは出来なかったろう。

このことについては、改めて整理して書こうと思っている。

ともあれ、こんなに充実した一日は久方ぶりだったな~。

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2011年8月27日 (土)

夜の秋

外ではマツムシやコウロギが秋を語りかけている。

納涼花火大会を終わってきて、今PCに向かっている。

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毎日の様な雷雲だしゲリラ豪雨も続く。

夏去りて秋来るにはまだ早いが、

だけど朝晩はかなり秋らしくなってきたようだ。

風物詩の花火も寄付集めが例年になく大変だったようだ。Cimg4596

でもそれなりに多くの老若男女が太田川の河川敷に織敷いていた。

花火は、それ自体が人生と同じ儚さを持っている。

かつ消えかつ結ぶ泡沫と同じようなものだ。

たからこそ、その一瞬の美を様々な感慨と共に愛でるのだろう。

そんなことを春には考えもしない。Cimg4604

増して青春真っ盛りの若者たちが考えるはずもない。

この一年のたった一日を、年々歳々の感慨と共に生きていく。

そうした風物詩を誰かが支えて維持している。Cimg4594

様々なものが「シワケ」と共に消えていく世知辛い時代だが、

規模はともかく、誰かが時代を創って維持していかなきゃならんのだ。Cimg4603

私達は、失われて初めて気づかされることも多い。

だけど、一度火を消すと再び燃すのは容易ではない。

この花火大会も幾度もの危機を乗り越えて今日を迎えている。Cimg4595

何が「無駄」かは、たかだか数人の仕分け人の裁量では無理なことだ。

政権交代以降、私達は幾つかの貴重なものを失ってきたような気がする。

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この国の成熟の過程なのだろうが、この2年余り私達は実に多くのことを学んだ。

はてさて、これをどう生かせるのかどうか。

秋は、夜から入ってくるのだ。

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2011年8月26日 (金)

一日千金

「上手に生きたね昨日も今日も、褒めてみたって無性に寂しい♪」

桂銀淑の歌の歌詞である。

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歳を経るとともに時計の針は回転を速める。

だからこそ、一日を大切にせよと言うことらしい。

とは言え、あくせくとやたら忙しく生き急いでみても始まらない。

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時を抱えて持て余すのでは何をか言わんやだろう。

増して政界のごとく老害や我執を振りまくのは見苦しい。

要するに、何をすることが千金に値するかと言うことだ。

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日々のルーチンの中にピカリと光る何ものかを入れることだ。

それは孫達との語らいでも、親しい友人との一時でも良い。

自身の納得の中にこそ千金はある。

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さてこそ、今日の一日に納得が得られただろうか?

「オィお前、今しかないぜ!」って、山の上から入道雲が語りかけている。

私は「オーさ、今しかないさッ」って応えたのだ。

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しこうして夏の一日は、今日も終え行く。

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2011年8月25日 (木)

私と葡萄

ブドウ栽培を始めてかれこれ20年になる。

遠州地域での葡萄栽培は、浜松市北部の都田ピオーネを除けば極めて珍しい。

よく「何故葡萄だったのか?」と聞かれる。

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私の住む磐田は温室メロンの産地で、我が家にも父の使っていたガラス温室があった。

その空きハウスの活用を考えていたのだが、

色々と試行錯誤の結果、雨避け効果の高い葡萄に行きついたのだ。

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だがブドウ栽培は難しい。

先ず品種が無限にあるから何をチョイスするかが難題になる。

私の場合、現在9品種を作っているが、これだって随分失敗してきた。

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品種選びの要点は、裂果性が少なくて色付きが良い品種だ。

多くの品種は、気温差の関係から最後の段階で成熟が止まってしまう。

それに裂果が出始めると腐敗と病気が一気に始まって、手が付けられなくなる。

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だからどんなに評判の良い品種でも、簡単に作る訳にはいかないのだ。

ともあれ葡萄には多彩な品種があって、性格も表現型もみんな違う。

例えば果実の大きいのや小さいの、丸いやつやら細長なもの、

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色だって黒から褐色、紅や緑と実に多彩だ。

その品種の個性と付き合うのが、苦労であり面白さでもある。

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ともあれ葡萄っ奴は、豊穣のシンボルだし現実に豊かさそのものだ。

房のボリュームもさることながら、少しばかり収穫してもその豊かさは減らない。

逆に本当に残り少なくなると、心の中まで空虚になるような気がするのだ。

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葡萄の本当の面白さは、収穫までの一年間の葡萄との会話だな。

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2011年8月24日 (水)

盂蘭盆会

今日の空は、入道雲が隆々と夏のエネルギーに溢れていた。

エネルギーを感じさせる雲は、この入道雲だけだ。Cimg4570

しかし今日は盂蘭盆で、最後の送り火を焚くともう夏も終わりである。

そして夜は、虫の声に満ち満ちている。

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まさに私達は、そういう歳時記と共に暮らしている。

人は同じように季節を通り過ぎていくのだけれど、違ったかおりを醸すようになる。

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ちょうど鮎が川苔を食べて成長し、独特の香りを漂わせるのと似ている。

人それぞれの生き方をしてきて、還暦を過ぎる頃には十分苔むしている。

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その苔の匂いがあって当然なのだ。

否、もとより加齢臭なんて話ではない。

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服装とか社会的地位とかってんじゃなくて、「あぁ~、良い人だな!」とか、

「こいつぁ~、だめだっ!」って言う、そういう人のにおいだ。

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「鼻持ちならない」って言葉があるけど、虚勢や慢心のそんな人もいる。

そうかと思えば、謙虚で中身があって感性豊かな惚れ惚れする人もいる。

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その人の生き方から滲み出す匂いってものがあるのだ。

はてさて、自分で自分のにおいは分からない。

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「弱いつもりで強いのが自我」なのだ。

あなたは、自分の香りが分かりますか?

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2011年8月23日 (火)

処暑の一日

太平洋高気圧の元気がなくなって、このところ随分と過ごしやすい。

今日は処暑で、このテンポで秋に突入するのかもしれない。

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昨夜の雷雨も明け方には収まって、

何時もの様にオクラとブドウの収穫を終えて山に出かける。

山の尾根道はさっきまでの雨で落ち葉が流されて、

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舗装道路の様に赤裸々な土道が続いている。

木々は久しぶりの雨に随分と活気づいて見える。

午後は、厚木市の皆さんとの懇談である。

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と言っても、厚木からはバス3台で200名余の自治会長さんが訪れて、

当方は私達三役の5人で受け答えすることになったのだ。

テーマは、自治会活動を実のある活動にする方途だったろうか。

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何処も悩みは同じで、原因は互助や共同に対する住民意識の希薄さに由来している。

自分中心の「民主」主義が自治の発展を拒んでいる。

役員になって、初めてその現実に気づくのだ。

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これを変えていくには、相当の年月が必要だろうし、

或いはこの国のシステムそのものにまで係るのかもしれない。

例えば今日までの政治家は、自治会を利用することはあっても育てようとはしてこなかった。

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自治会は市役所の下請け機関ではない。

歳費を支給されている市議会議員が何をやっているのか知らないが、

ボランティアの自治会が彼らよりもよほど動き回っているのはどうしたことか。

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市議会議員も国会議員も数を半減させて、グレードを上げるべきなのだ。

それが分かっていても、その決定権を持っているのは彼ら自身だ。

私達が声を上げなければ何も変えないだろう。

ともあれ、今日は懇談にしては人数が多すぎた。

折角だから、もっと厚木の皆さんの生の声を聴きたかったのだが・・・。

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2011年8月22日 (月)

明日ありと・・

山を走っていて、仲良く寄り添う真っ白なキノコを見つけた。

でもその二本が微妙に寄り過ぎていて、こりゃ~喧嘩するぞって思った。

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次の瞬間、二本のキノコの行く末をフォーカスしようと考えた。

だが次の日も次の日も、カメラを持たずに山に入ってしまう。

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昨夜の大雨で今日が限界だと思いつつ、今日もカメラを忘れていた。

途中で気が付いてカメラを持ちに帰って、現場に着いてみると、

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既に二本のキノコは肩を突き合わせ始めていた。

とうとうあの仲の良いスックとした映像を撮れず仕舞いになったのだ。

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思い立ったが吉日の筈なのだが、人間は横着にできていて中々思うに任せない。

そう言えば、私の日々の行動がそうなり始めている。

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「明日できることは、今日やるな!」どうもそんな気分が横溢している。

正直「どうせサンデー毎日だから、何時でもできるさ!」と考えてしまうのだ。

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そんなに暇な訳ではないが、職場を持っていた頃に比べれば格段に自由な時間は多い。

問題は、その自由な時間の充実のさせ方なのだ。

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どうも気儘に堕すると言うか、ともすれば規律を失いかけている。

そして、仲良しの青春のキノコを撮れなかったことを悔いている。

恋の出来る時には思いっきり恋に溺れて、

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仕事の場が有ればその仕事に没頭する。

遊ぶのも生きるのも精一杯でなくてはなるまい。

定年後にもそいつを維持するのは容易ではない。

「明日ありと思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かめものかわ」(親鸞)

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2011年8月21日 (日)

邂逅の彼方

私の卒業した高等学校は大正11年の開学である。

以来25,000人余の卒業生を出している。

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それで来年が創立90周年を迎えようとしている。

今日その同窓会総会があったのだが、例年の様にメダルの授与があった。

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高校は大抵18歳で卒業する。

卒業から70年の方(米寿)に金メダルが、

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60年には銀メダル。そして50年には銅メダルが授与される。

私の場合、銅メダルにも未だ距離があるのだが、

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矍鑠とした88才の代表が十数人も壇上に立った。

思えば、恥じらいと自己嫌悪と将来への不安と共に過ごした3年だ。

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その三年間の縁を、或いは同窓と言うだけの縁を絆に多くの人が集まっている。

同窓というのは、か細いけれども縁は縁だ。

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何十年かぶりに会っても語るべき言葉すらないかも知れない。

しかし、青春の一時を共に共有した人々なのだ。

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その縁を再びより新鮮な縁にするかどうかは別として、

しばし、その邂逅の夢の中を彷徨っていた。

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人はこの世に生を受け、蝶の羽化の様に精一杯羽ばたいていく。

鱗粉を散らすことなくこの世を謳歌して、

やがて何時しか静かな邂逅の時を迎える。

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88才には気が遠くなるほどの間があるが、

彼らの顔にはそんな人生の諸々が刻まれていた。

私が金メダルの席に立つことが出来たとしても、

その時どんな晴やかな顔が出来るだろうか。

その時を励みに、一歩一歩進む他はあるまいと改めて思った。

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2011年8月20日 (土)

秋のキザハシ

何処で鳴くのか四囲から虫の声が聞こえている。

酷暑がにわかに休止して、一気に秋を感じさせている。

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小笠山ではヒグラシの切ない声が響き渡っている。

ツクツクボウシが秋のシグナルなら、ヒグラシは夏の哀歌だ。

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そのカナカナの声が降り注ぐ中を走りながら、夏を懐かしんでいる。

夏は紫外線も強いが生産力も旺盛で、木々や作物を力強く育てる。

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人の一生における夏も疲れを感ずることなく過ぎていく。

最もエネルギーにあふれ気力のみなぎるのが夏だろう。

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やがてその暑さが衰えると、たわわな稔りの秋が訪れる。

柿や栗、ブドウはもちろんのこと、成熟という成果を味わうことが出来る。

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秋には日々思うことも違ってくるし、その様はヒグラシの声に似てくる。

山は静かで、そしてヒグラシの声で満ち満ちている。

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私の人生も季節で言えば今頃かなと思う。

多くの人々と会い、激しく仕事をし、様々なドラマの演者の一人でもあった。

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今はその激流から離れてよどみの流れに身を任せている。

山の落ち葉は、折り重なって走路の絨毯になっている。

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その山道を静かに走りながら考えている。

やがて来る稔りの秋には、真っ先に何を収穫しようかと。

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2011年8月19日 (金)

言葉にすること

私は元来内気で、人の前に出ると口も利けなくなるようなタイプだ。

そいつが少しばかりは喋る様になったのは、書くことを始めたお陰だ。

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漠然とした思いが書くことで見極められていく。

書くことは、自分の位置をまさぐって行く過程でもある。

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もとより人類の進歩は言葉でものを考えることから始まるのだが、

オギャーと生まれた一個の人間も、会話や読書などで練磨されていく。

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だから家族の日常会話如何で、その子の知的水準はかなり決まってしまう。

ともあれこのブログも、2000日になろうとしている。

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その時々の思いを言葉にしてきたのだが、はてさて進歩はあったのかどうか?

先日読者のOさんから「山草人さん、最近変わってきたね」と言われた。

書き方なのかテーマなのか、はたまた考え方なのか聞き漏らした。

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だが、毎日覗いている方には、私の心の起伏まで分かるらしいのだ。

さように言葉にして表現することは、心の内側を開陳することでもある。

若い頃はその心を覗き見られるのが怖くて、私的な文章を書くことは極力避けてきた。

そうして私が心の冒険を始めたのは、40歳を過ぎたあたりからだ。

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而して20数年、膨大な量の文章を書き残してきた。

稀に原稿料を頂くこともあるが、もちろん99.9%は自分の為に書いている。

ある新聞記者に「自己満足だな」とも言われた。

記事を売って商売している記者氏からすれば、馬鹿馬鹿しいことかもしれない。

だがどうだろうか、単なる記者は進歩しないぜ。

そこに思いがあるから、進歩につながると思うのだが…。

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2011年8月18日 (木)

歳月人を待たず

明治が終わってから今年で99年になる。

大正・昭和・平成とたかだか一世紀なのだが、我が家も私で3代目になるのかな。

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その先祖の家族も、みんなそれぞれ時代の変化の中に消えていった。

出征や戦死もあったけど、その記憶すら彼方に消えていく。

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「裏を見せ 表を見せて 散るモミジ」(良寛)なのだ。

孫達の騒がしい毎日を横目に、時折その歳月に目が行く。

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恐らく祖父も曾祖父も、同じ様なことを考えたのではないかと。

時代はどんどん移り変わっても、そこに生きた人間は大同小異だろうと。

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私は「人生の今」を生きているが、その今は遥かなる歳月のはてにある。

そして、滔々と流れる時の中に私は浮かんでいる。

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何もせずにジッとしているのも、あくせくと動き回るのも人生だ。

父もそしてその父も、時代の制約の中で精一杯の生き方をしたのではないか。

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翻って、まだ私がやらなきゃならないことが山ほど有るはずだ。

何を為し遂せるかは別にして、とにかく挑戦せずばなるまい。

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「年たけて また越ゆべしと 思いきや いのちたけたり 平成の峠道」(西行もどき)

今夜はちょつと感傷的に過ぎたかな?

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2011年8月17日 (水)

晴走雨耕

晴耕雨読は定年後の理想的な生活なんだそうだ。

私の一日は、午前中が山を走ることで、

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午後の時間は大抵畑とかかわっている。

そういう意味ではかなり理想的な姿なんだろうか。

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ブドウ生産はもう十五年になるし、その時期によって色々なものを育てている。

夏は極めて生産力の旺盛な時期で、水さえやればかなりの成果が上がる。

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昨年からゴーヤのトンネルを作っている。

トンネルにはぶらぶらとゴーヤが風に吹かれていて、

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我が家独特の夏の風景を作っている。

数百本のオクラは、マキシムの生産時期に入った。

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その成長の速さったら、まさにもう驚くほどなのだ。

葡萄にオクラ、それにゴーヤが終わると今年の夏も秋へと移行する。

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すると今度はホウレンソウに白菜、人参に大根、ブロッコリーなどの育苗に忙しくなる。

今年は精力増強にニンニクの生産を増やそうかな。

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人間は、何事か生産的なことと離れては生活できない。

些細な畑仕事でも、その仕事をすることと生きることは直結しているのだ。

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2011年8月16日 (火)

ちゃんと歳とれるか?

「ちゃんと歳をとれているのだろうか」そう自問自答している。

どんなに生き急いでも、或いはノンビリ暮らしていても、

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地球の回転は留めようもなく宇宙の法則通りに動いていく。

歳をとるということは、若さと引き換えに何かを得ることだと昨日書いた。

ならば一日経ったら、その一日で私は何を失い何を得ただろうか。

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小笠山の中を走りながら、またしても詰まらぬ禅問答に入ってしまった。

昔高校生の時、エネルギー不変の法則ってやつを学んだ。

授業の後教師に「今、この椅子を持ち上げて、それで静かに床に下す。」

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「この椅子の位置のエネルギーはどこに行ったんですか?」と聞いた。

教師は「・・・・・」と絶句したまま私を見つめていた。

そんなことを思い出すほど、その「ちゃんと・・」は難しいのだ。

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しかし、足掛かりはある。

そりゃ~、未完の自分を完成させていくことだ。

足らざるを補い探していた自分を創っていくことだ。

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今走っていることだって、「何を無駄なことを・・」と人は思うかもしれない。

だけど私は、幾つかの目的を持って走っている。

それは丹後100kmの完走や体力維持だったりする。

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時にビールを旨く飲む為だったりもするが、いずれにしても無駄なことはやっていない。

心の襞に様々な出来事や過程を織り込みながら、人は生きていく。

その結果が、今の自分になっていくのだ。

だから、ちゃんと歳をとるという覚悟こそ必要なのだと思う。

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2011年8月15日 (月)

蝉しぐれの盆

旧盆の頃は、蝉しぐれの時期と重なる。

生の終わりを急き立てるかのように蝉の鳴き声が降ってくる頃だ。

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盆は、先祖の供養の行事だが、遠州地方には独特の大念仏がある。

20人ほどの若者が太湖を打ち鳴らしながら踊り続ける。

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単調な歌と踊りが続くのだが、それを聞くうちに供養とは何か分かるような気がしてくる。

念仏は「高き山 高きススキを刈り分けて 親のお墓へ花立に行く

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花立てもどる姿を見てやれば 袖は涙に裾はつゆつゆ・・・」と唱和している。

今日、旧豊岡村で行われた大念仏を鑑賞しながら、

「悠久と経年」と言うことを考えていた。

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人はどんどん馬齢を食んでいく。

見方によれば加齢は若さを失うことであり、或いはかつての能力すらも失っていく。

だが年齢を重ねるということは、経験と知恵、更には人脈が増えていく過程なのだ。

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つまり失うものと引き換えに、実は多くの財産を蓄えることでもある。

仮に恍惚の人となったとしても、そのことはどこかに残されるものなのだ。

遠州大念仏は400年前から少しも変わらずに続いている。

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若きが老いを受け継ぎ、そうして今も70組がその流れを引き継いでいる。

たかが念仏だが、これは一個の人間が生涯を全うする総和なのだろう。

一個の個体は、生まれて成人して老いて滅びていく。

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しかし形にならなくても確実に生きた証の片鱗を残していくのも事実だ。

遠州の念仏は、「人が生きるってことは・・・そうだぜっ」て語りかけてくるようだった。

流れゆくものの中に、微動だにしない何かがあるのだ。

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2011年8月14日 (日)

さても人生!

人は、生きるか死ぬかの刹那には人生なんて考えない。

満ち足りてホッと一息ついている時に、そんな所に迷いが入り込む。

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先日ある人から「何の不足もないけれど、時々空しさに襲われる」

「日時は流れていくけど、楽しい時ってどんな時? 」と聞かれた。

はて時の流れに身を任せている私のことだ。

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どんな時を楽しんでいるのかしばし戸惑ってしまった。

それで「そりゃ、日常の今を楽しむことだなっ」て思った。

それで「私が生きてるって感じるのは、朝日の登る中でオクラを収穫すること」

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「それからブドウの収穫かなっ!」て答えた。

人生が面白いか否かは、目的に向かって歩いているかどうかで決まる。

目的の不鮮明な人は、何をやっても面白くはならない。

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ところが些細な「オクラを育てる」ことだって目的になる。

苗を育て畑を調整し、畝立をして花が咲き、やがて収穫を迎える。

たかがオクラである。

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そのオクラですら、毎朝私にメッセージを伝えてくれるのだ。

葡萄は、なかなかうまく育たない。

苦労に苦労を重ねて、もうどうでも良いと思うことだってある。

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それでも収穫期を迎えれば、それまでのあれこれは忘れて素直に喜べる。

人生はね、何を目指すのか次第だろうな。

その何は、なにも大業に構える必要なんてない。

失敗したって落ち込むことはない、またやり直しゃいいんだから。

ただ、自分に正直に向かい合っているかどうかだと思う。

皆さん、今あなたの心に何を育てていますか?

さても、人生は面白いのだ。

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2011年8月13日 (土)

親子の帳尻

親父がこの世を去ってから、もう5年になる。

私は親父が戦地から復員して出来た子供だ。

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仮に中国大陸で戦死していれば、私の存在はなかった訳で、

父は私の命の大恩人であるはずだ。

親子の関係は微妙だが、父と息子はかなり難しい。

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息子は物心つくと親父と張り合うことで自立していく。

親父は農業者だったから、何時も身近にその存在があった。

酒も飲まず道楽をするでもなく良く働いていた。

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そして何時も貧しかったし、財産を残した訳でもない。

そんな親父を見て育ったのだが、やはり無形の資質を受け継いでいる。

近頃になって、そう思うようになってきた。

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「こんな時、親父ならどうしただろうか?」などとも考える。

生前、まともに話もしなかったのに、やはり親子なのだろう。

翻って、我が愚息達も又親父である私に近づきもしない。

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しかし父から子、子からその子へ何事かが伝わっていく。

それぞれ別の人生なんだし、もちろん拘束なんてできない。

最も近い存在でありながら、その有り様は遥として知れない。

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親は自分と同じ失敗をさせまいとするのだが、そんなことは頓着ない。

実に、父と子の間には大きな川が流れている。

親子の帳尻は、背中でしか合わせられないのだ。

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2011年8月12日 (金)

庄屋の一人息子と遅胡麻

昔の人は、良く道理を言い当てていた。

とは言え、こんな言葉の意味を今時誰も知るまい。

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何事にも恵まれた庄屋の一人息子は甘やかされて育つ。

結果として大抵は人並みの人間にならない。

一方植物の胡麻は長日性の植物である。

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播き時を遅れると花芽を付ける頃に立秋を迎えてしまって、

葉ばかりながら実を着けることがない。

要するに物の役に立たない事を並立させたのだ。

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豊かな時代の少子化は、この道理で行くと遅胡麻になる。

おまけに子供手当などと調子付いていると、年金世代もうかうかできない。

屋敷ごと身代を潰されてしまいかねないからだ。

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ゆめゆめ年金に依存してはなるまいが、

そうせずに生きる術があるのかどうか?

話は変わるが、私はオクラを数百本育てている。

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今年の春の天候かどうか、苗の成長がすこぶる悪かった。

それで何度も播き直しをして、最後の方では随分遅くなってしまった。

晴天に恵まれて図体は随分大きくなった。

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しかしながら、一向に花を咲かせない。

側枝から出てくるのは脇芽ばかり。

オクラも遅胡麻と同じだったのだ。

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はてさて、少子化世代に花が咲くのかどうか?

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2011年8月11日 (木)

人生の今

山の中を一人走っていると、そのことを感じている。

遠い宇宙のかなたから、この地球の上の蟻んこの様な私が見える。

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未来でも過去でもなくて、今ここにいる私が見える。

思えばずう~っと、明日のことを考えて前のめりに走ってきた。

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「後何日」と言う声に期待や恐れを抱きながら、ひたすら駆けてきた。

子供を育てるとか家を守るとか、仕事の責任とか、そんな義務感に追われ続けた。

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今、そんな諸々がスッと掻き消えて、まったく自由な私がここにいる。

やはり同じように前のめりに走ってはいるのだけど、

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今は未来や過去の為に走っていないのだ。

山の緑道はウバメガシのトンネルになっている。

ウバメガシの成長はとてもゆっくりで、だからこそ備長炭の原料になる。

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杉やヒノキの様に見栄えは良くないのだけれど、

私はこのウバメガシにこよなく愛着を寄せている。

それは乾燥した尾根で必死に生きているからだ。

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大木にはなれないけれど、身の内に確かな蓄積をしている樹だからだ。

彼らも今を必死に生きている。

そして私は、今を生きている。

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落ち葉の上に真っ白なキノコが傘を広げている。

微塵の隙もない端正な姿をしている。

そしてその端正な姿は、今のこの瞬間しか保てないのだ。

そう、人生の今を楽しもうではないか。

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2011年8月10日 (水)

懸命に泣こう!

人も本来、懸命に泣くべきだと思う。

今日はアブラゼミに加えてツクヅホウシまで鳴き始めた。

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これまでを生きて来て、懸命に異性を求めて鳴いている。

子供だって、泣く時は一生懸命だ。

何故って、目的を達成するために泣くのだから半端な泣き方じゃだめだ。

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言葉を知らない幼児なら、泣き声が意思表示のすべてだ。

母親はその泣き声で空腹なのか、はたまたおしっこなのかを判断する。

その幼児性を引きずって泣き叫ぶのが子供だ。

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今の子供は火の付いたように泣いて要求を通そうとする。

しかし私の子供の頃は、泣いても何も実現しなかった。

要するに、靴も洋服も食べるものすら満足に無かったのだから。

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学校から帰ると無性に腹が減ってお櫃のコメを手づかみで食べた。

運が良けりゃ蒸かしたサツマイモとヤギの乳を口にできた。

ともあれ、韓国や中国では悲しい時には思いっきり泣くようだ。

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親しい人との別離に号泣する方が自然だよね。

日本人は、嬉しい時、悲しい時、悔しい時ジッと我慢してしまう。

だけど泣くべきなんだ。笑うべきなんだ。

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経済産業大臣だって思いっきり泣けばよかった。

泣けなければ、思いの丈をツクツクホウシの様に語るべきだった。

思わせ振りは止めよう。

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震災の復興が進まないことに、私達は大きく怒るべきなのだ。

政治の無策に大きな声を出すべきなのだ。

私の子供の頃の様に何もないんじゃない。

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今日の困窮は、すべからく人災なのだから怒って大きな声で泣こうじゃないか。

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2011年8月 9日 (火)

間違いの民主主義

民主主義って素晴らしいと思ってきた。

だけど最近、ちょつと違うんじゃないかと思っている。

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民主主義がこの国のテーゼになるのは、戦後のGHQの統治下でのことだ。

当時、民主主義革命なるものが一世を風靡した。

そして、戦勝国米国から与えられた最大の福音がこの民主主義だった。

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アメリカは民主主義だから素晴らしいと思ってきた。

しかしどうも米国のデモクラシーと日本の民主主義は違う。

デモクラシーとは、ギリシャ語のデーモス(民)クラティア(力)に由来するらしい。

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それなら「民力」とでも訳すべきだった。

翻訳者が誰なのか不明だが、それを民主主義と訳してしまった。

それで日本人はこの民主主義を「自分中心主義」と理解したようだ。

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そして高度経済成長と相俟って、その勝手主義がまかり通ってきてしまった。

米国のデモクラシーは、個人の自立と互助だ。

一人一人が確固として立って、困った人が居れば当然手を差し伸べる。

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福祉活動は、米国市民の義務なのだ。

翻って、この日本の国はどうだろうか。

福祉ってのは行政の仕事だと決め付けてこなかったろうか。

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低成長に超高齢化社会で、税金による福祉は無理がある。

増税ではなくて、一人一人の行動で福祉を賄うべきなのだ。

民主主義を排して、自立互助主義を標榜すべきだな。

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政党も民主党なんかじゃなくて、自立互助党がよかろう。

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2011年8月 8日 (月)

おトクな人生?

私達団塊の世代は、戦中のどん底を経験した訳じゃない。

だけど子供の頃には何もなくって、子供だって貴重な労働力だった。

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遊びだって地面に線を引いて陣取りとか馬飛び、鬼ごっこがせいぜいだった。

学校は物凄いすしづめだったけど、沢山の同級生に恵まれた。

それに就職する頃には高度経済成長の足音が聞こえてきて、

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人で不足の時代に入りつつあった。

私の初任給が33,150円だったけど、確か3~4年で倍になった。

給料だけでなくて、新幹線も東名高速もビルも出来ていった。

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ポンコツだけど車を買って、万博やら伊豆一周なとどと遠出もしたっけ。

中堅になるころには「ジャパン・アズ・ナンバーワン」のこの国があった。

やがて土地バブルの成金が大手を振って歩くようになる。

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そして平成2年、あっけなくバブルははじけ飛んだ。

先ず住専が軒並み倒れ、銀行の破綻へと波及していった。

その過程は米国のリーマン・ブラザーズ破綻以降の流れと瓜二つだ。

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その後は鳴かず飛ばずの失われた20年へと経過してきた。

今は、そんな具合に過去を眺めることが出来る。

戦後の何もない頃から現在までの変化を自分の体で体験してきたのだ。

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それって、かなりおトクな人生じゃなかろうか!

それから、これが肝心なんだけど。

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心の余裕も自由なタップリの時間もほんの少しの金もある。

目の前に、何にでも挑戦できる更におトクな未来が広がっている訳だ。

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こりゃ、ジッとしてらんないね。

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2011年8月 7日 (日)

高山病に勝てない

富士山頂往復マラニックの報告をしなければなるまい。

今回のレースは、過去一か月の走り込みなど万端の準備で臨んだ。

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しかし結果は、富士山往復マラニックになってしまった。

昨晩の18時、田子の浦港の突端にある灯台に62名の走力自慢が集まった。

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大阪や東京、和歌山、富山、奈良、福島などからも来ている。

スタートから20km程走ると真っ暗な樹林の中に入っていく。

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その樹林を稲妻が照らし出して豪雨となった。

富士山スカイラインの路面を雨水が音を立てて流れ下っていく。

斜面を流れる水の速さはすごい。

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その雨の中をくしょぬれで重くなったリュクを背負って4合目まで走った。

五合目には目標より少し遅れたが2:51に到着することが出来た。

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十分に完走に手が届く時間だ。

防寒対策で着替えていると、突如激しい吐き気に襲われ始める。

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とても水すら飲めない状態になってしまつた。

止むを得ずレストハウスの扉の陰で休んで様子を見ることにした。

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しかし午前3時の2400m地点である。

さすがに寒さで手も足も震えが止まらない。

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コンクリートの上に丸まって寒さをしのぎ、とうとう7時までここで過ごすことになった。

明るくなると下界は一面の雲海である。

しばらくその下界を眺めていた。Dscf2209

やがて吐き気も和らいで、上に行けなかった代わりに田子の浦まで走ることにした。

五合目を7時に走り始めて、料金所跡には順調に8:45に到着した。

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するとそこには、移動エイドの皆さんが出てくれていて、

懐かしい仲間から「随分早い」とはやし立てられる。

さらに下って浅間神社には12:50に到達したのだが、

それにしても昨夜はこんなに急な上り坂を延延とよくぞ走ったものだと改めて思う。

昨夜は急な上り坂を50kmも駆け上がったのだ。Dscf2212

その下り坂だから爽快に足を運べそうなものだが、そうは問屋が卸さない。

登るよりも下りの方が時間がかかってしまうのだ。

着地のたびに足へのダメージが加わっていく。

とうとう最後は歩く他なかった。

それが「本当に昨夜走った道か」と思うほど遠いのだ。

という訳で15:47にヘロヘロになって灯台にゴールした。Dscf2213

ともあれ山頂には行けなかったが、熱暑の中を100km余走ることが出来たのだ。

とにかく体がガタガタになっているようだ。

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2011年8月 6日 (土)

運動の真価

今夜は今頃、富士宮の浅間神社あたりを走っている。

田子の浦の灯台を18時にスタートして、ひたすら山頂を目指す。

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目標としては五合目に2:30迄に着いて、山頂の剣ヶ峰に遅くとも8:30には到達したい。

それから山を一気に下って田子の浦の海岸に18時までに到達するには、これが限度だ。

標高と気温差のこれ程大きなトレイルは世界中探してもあるまい。

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毎回完走率は20%程度でしかない。

それほど苛酷だし、高山病にも苦しめられる。

私の挑戦は今回で5回目になるが、未だに完走できていないのだ。

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今回の挑戦が最後かと思って、この一か月間周到な準備を重ねてきている。

ところで今日の本題である。

「健全な精神は健康な肉体に宿る」ってことだ。

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この齢になって、人間の体って不思議だと改めて思う。

私は若い頃からブキッチョで運動はからっきしダメだった。

球技でも格闘技でも得意は無くて、体育の時間がうっとうしかった。

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それが40歳を過ぎてからマラソンを始め、泳ぎをマスターした。

体を動かすってこんなに素敵なことかって、初めて分かったのである。

この体の変化と精神が実は連動していた。

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体を動かすことの理屈がわかったというか、スポーツはコツだと言うことも悟った。

すべからく前向きで積極的になったし、臆することも少なくなった。

体が意識を変え、意識が体を変えてくれたのだ。

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今からでも遅くはない「スポーツッ子」になろう。

ともあれ、今年こそは完走したいと思っている。

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2011年8月 5日 (金)

子供目線

今日、保育園の子供たちが20人ばかりやってきた。

実は園児の体験農園を引き受けていて、我が家で芋と落花生を育てている。

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その草取りに来たのだ。

とは言え、一通りの草取りはしてあるのでスギナが生えている程度だ。

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でも園児たちはそのスギナを一本残らず取って綺麗にした。

先生の言うことをよく聞いて、子供とは言え人海戦術は素晴らしい。

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「良く出来ましたッ」と言うつもりで、ブドウを四種類食べてもらうことにした。

これがすごい食欲で、アッと言う間に完食である。

それで「僕、未だ一つしか食べてない」などとノタマウのだ。

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どの葡萄が一番おいしかったと聞くと、「青いのッ!」と答える。

水峰と言う品種で食感はあっさりなのだが子供には合うらしい。

ともあれ昼前の一時を子供たちを眺めて過ごした。

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早速喧嘩を始める子、ぼんやりな子、すばしっこい子、こましゃくれた子、

子供の世界も人それぞれなのだ。

この子たちが、これからどんな道筋をたどっていくのかなどと…

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苛められっ子だった自分の子供の頃を思い浮かべていた。

そう、苛められたって良いさ。

その悔しさをちゃあ~んとバネにするならね。

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朝の立哨で、小学一年の女の子が毎朝「グーテン・モルゲン」と挨拶する。

その子の目を見ながら、

「この子の将来はどんなだろう。」と楽しみにしているオジサンなのだ。

だけど子供の目には、オリャ~爺さんなんだろうな~!

  

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2011年8月 4日 (木)

この町に犯罪は要らない

この日本では、空気と水と治安はただだと思われてきた。

それが福島原発で水も空気も食い物さえ危うくなった。

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それでも治安だけは、かなり高い水準が維持されている。

勿論その大部分は警察・検察の負うところだ。

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しかし私の住むような地方都市では、地域住民が防犯の一翼を担っている。

それで今日、防犯パトロール推進大会が開催された。

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80台余の青パトが参集して一斉にパトロールに出かける行事だ。

実は私の街には約300台の青パトが登録され、千人余の実施者証保有者がいる。

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自治会によっては地域の公会堂にパトロール要員が常駐している。

そしてその防犯活動が地域のコミュニティーとなり、熟年層の域外にもなっているのだ。

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お陰で犯罪の発生件数は年々少なくなってきている。

防犯・防災・互助は江戸の昔から地域の役割だった。

それらをみんな役所に押し付けて勝手放題振る舞うようになったのが戦後のことだ。

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民主主義と利己主義を混同してしまったのだ。

今でも都市に住む人たちにとって防犯・防災は無縁だろう。

私たち地方住民は、TPPなどの攻撃に苦しめられながらも、

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地域の自立に向けて必死で頑張っている。

もう勝手放題やりたい放題の時代は終わったのだ。

管さんのかつての市民運動も勝手放題じゃなかったろうか!

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2011年8月 3日 (水)

ここじゃない所へ

毎日、それなりに忙しい予定があって充実している。

むしろ煩わしいことの方が多いこの頃だ。

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退職して自由を得て、これから羽ばたこうと考えたからなのかどうか?

どこかこれまで行ったことの無い、未知の体験をしてみたい衝動に駆られる。

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いや、今の生活に特段の不満がある訳じゃない。

毎朝朝顔が咲いて、夏の日々が訪れる。

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葡萄やオクラを収穫し、ゴーヤのトンネルには沢山の幼果がぶら下がっている。

庭では孫たちが水遊びに興じ、アブラゼミが忙しく泣いている。

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今年の夏も世間はともかく、私的にはすこぶる平和に過ぎていく。

アイルランドのタラと言う山には何があるんだろう。

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だって、あの「風と共に去りぬ」で最後に「タラに帰ろう」って言うでしょ。

精一杯熱く生きてきて、それでも別の未来が有るんじゃないかって思ってしまう。

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それであちこち首を出したりしているのだが、これまでと違う何かが欲しい。

もとより人間の欲には限りがないのだが、未知と遭遇してそれが分かった時。

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その「ああそうか~!」と言う快感ほど美味なものはない。

人間はその未知の瞬間を求めて進化してきたんだろうと思う。

ともあれ強欲な今の私は、その未知を探しあぐねている。

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私の邪な心を満足させてくれるものは何なのか。

げに、人間って厄介なものだと思うのだ。

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2011年8月 2日 (火)

面白く走る

団塊の世代の失敗は、真の友を得てこなかったことだろう。

生まれた時から苛烈な競争の中に放り込まれて育った。

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私などは幼稚園にも定員オーバーで入れてもらえなかった。

学校もすし詰め状態で中学を押し出された。

高校も大学も狭き門の受験地獄で、

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同級生を出し抜くほか願いをかなえる道はなかった。

だから恐らく、競争への強迫観念と共に生きてきたのだと思う。

幸いにも経済の拡張期に遭遇して、皆それぞれに幾ばくかの豊かさを手にした。

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その団塊の世代が定年を迎えて、やっと他人様と競い合うこと止めた。

いや、三つ子の魂は変わらないが比較することのバカバカしさを悟ったのだ。

雨にも風にも負けながら、それでも健気にしぶとく生きてきた。

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それて振り返ってみれば、自分の生活はもちろん上流じゃない。

そして中流ですら危うくなりかけていて、自分流で生きる他なくなっている。

ただ人生は人は様々、人それぞれで勝ち負けはない。

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されど、自ずとその深浅の違いだけは確実にあるようだ。

その深さとは、人生を楽しむことが出来るか否かだ。

チャツプリンは、必要なのは勇気と想像力とほんの少しのお金だけだと言った。

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利己と衆愚の世の中だし、

政府はそれを煽って無責任極まりない体たらくだ。

所詮面白きことも無き世だろう。

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そんな世を同じ走るなら、せめて楽しくワイワイと走ってやろうじゃないか。

そう思う昨今なのだ。

  

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2011年8月 1日 (月)

自衛消防

私には、消防団の経験はない。

言うまでもなく消防団は、地域の青年たちによって組織された消防隊だ。

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消防署の疎な農村地帯は彼らによって防火水防が担われてきた。

私の青年時代には自営業(織布)や農業に従事する人が多くて、

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サラリーマンで不在が多い私には勧誘が無かったのだ。

それが今、消防団員を集めるのにどこでも苦労している。

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各世帯が拠出する消防協力金が問題視されたりして、

市民の消防団に対する理解はかなり希薄になっているのも事実だ。

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しかし、地域コミュニティーの基礎を作ってきたのは消防団なのだ。

昨日、天竜川河川敷で市の水防訓練があった。

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消防団員を始めとして千人近くが動員されて、様々な水防の技が披露された。

堤防からの逸水対策や救助訓練、避難誘導、電話や電気の復旧工事などだ。

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毎年の行事化しているのだが、今年は新潟・福島豪雨もあって緊張の訓練になった。

そう、この地域はみんなの力で守られている。

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消防団員は、給料をもらってやっている訳ではないのだ。

そのことを利己的市民は分かっていない。

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