« 歳月人を待たず | トップページ | 秋のキザハシ »

2011年8月19日 (金)

言葉にすること

私は元来内気で、人の前に出ると口も利けなくなるようなタイプだ。

そいつが少しばかりは喋る様になったのは、書くことを始めたお陰だ。

Cimg4505

漠然とした思いが書くことで見極められていく。

書くことは、自分の位置をまさぐって行く過程でもある。

Cimg4506

もとより人類の進歩は言葉でものを考えることから始まるのだが、

オギャーと生まれた一個の人間も、会話や読書などで練磨されていく。

Cimg4507

だから家族の日常会話如何で、その子の知的水準はかなり決まってしまう。

ともあれこのブログも、2000日になろうとしている。

Cimg4508

その時々の思いを言葉にしてきたのだが、はてさて進歩はあったのかどうか?

先日読者のOさんから「山草人さん、最近変わってきたね」と言われた。

書き方なのかテーマなのか、はたまた考え方なのか聞き漏らした。

Cimg4510

だが、毎日覗いている方には、私の心の起伏まで分かるらしいのだ。

さように言葉にして表現することは、心の内側を開陳することでもある。

若い頃はその心を覗き見られるのが怖くて、私的な文章を書くことは極力避けてきた。

そうして私が心の冒険を始めたのは、40歳を過ぎたあたりからだ。

Cimg4511_2

而して20数年、膨大な量の文章を書き残してきた。

稀に原稿料を頂くこともあるが、もちろん99.9%は自分の為に書いている。

ある新聞記者に「自己満足だな」とも言われた。

記事を売って商売している記者氏からすれば、馬鹿馬鹿しいことかもしれない。

だがどうだろうか、単なる記者は進歩しないぜ。

そこに思いがあるから、進歩につながると思うのだが…。

|

« 歳月人を待たず | トップページ | 秋のキザハシ »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 言葉にすること:

« 歳月人を待たず | トップページ | 秋のキザハシ »