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2011年8月31日 (水)

幸せの思い出

夏の終わりに、子供達の花火を見ながら考えたことだ。

貧しかった私の子供の頃には、こんな思い出は無かった。

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その代わりに、大晦日の夜には真新しい下着が枕元にあった。

未だ暗いうちに起きて、そのすべすべとした下着に袖を通して初詣に向かう。

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寒さに震えながらも、そのリンとした冷気と新鮮さに幸せを感じた。

勿論終戦直後の何も物のない時代の話だ。

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小学校の何年だったろうか、我が家にもTVが入った。

それまでは、ラジオで赤胴鈴之助や笛吹童子に噛り付いていたっけ。

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我が家に原動機付自転車が入ったのは何時の頃だったか?

要するに、私の前半生は次々と新しい物が増えていく時代だった。

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それはそれは、家族と共に幸せを感じるドラマが続いたのだ。

ところが今日の人々は暖衣飽食どころか寒さもひもじさも知らない。

全てが整っているのが当たり前で、そのことへの感謝などからっきし感じない。

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そうして、彼らは工夫とか努力の希薄な人生を送るような気がするのだ。

だって、誰もがそんな勉励をしなくても生きていけると考えるからだ。

次代を育てる両親からして、そんな境遇で育ってきている。

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そこに「働かない人にも子供手当を上げます」って政府が出来た。

「若い時の苦労は買ってもしろ」なんて全くの死語になった。

「ありがとう」の言葉も最近の日本人は使わなくなった。

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すべて当たり前だと思っているからだ。

しこうして、幸せを感じることの少ない不幸な世代が育つのだろう。

恐らく、この国の未来は危ういだろう。

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コメント

 山草人さんが、日本の将来を真剣に案じている態度を尊いものと考えています。そして、このブログでは「現在の子供達が将来に、我々が戦後に経験してきたような事態に遭遇したら対応できずに滅んでしまう。」と危惧しているように感じました。
 実は、私も20~30年前の子育てをしていた頃、同じことが心配でした。しかし、自分の母親が生きてきた歴史を考えて安心しました。オフクロは函館で何の不自由もない中流階級のお嬢様として育ったようです。親父も造船所のクレーン設計技術者だったので、終戦までは軍需産業の片割として優遇されたようです。だから、兄、姉の時代には「お手伝いさん」も居たと聞いています。そのお嬢様が戦後には貧しさに耐えながら工場労働者となり家事・養育もこなしたのです。これはオフクロだけに限ったことではありません。大正デモクラシーの文化とともに比較的安定した生活から、激変した戦後の窮乏に耐える一般国民の姿であったと類推しました。
 結論として、「人間は奢侈に走っても、環境が変化すれば地に足をつけることができる動物である。従って社会環境に則した生活を享受しても構わない。今時に、ターザンのような生活を強要しても始まらない。」というものです。ただし、子供たちに環境の変化に対応できるようワクチン接種は有効と考えます。つまり我々の子供時代の生活体験を参考に話すことです。そしてその苦しい時代に則した楽しみ方のあることを教えるのです。そうすれば、その困難に至った時に思い出すでしょう。
 山草人さんの比較論には、もう一つ問題があります。子供時代の子供体験と老人になった時の子供実態を比較しています。その前に為すことがあります。「子供時代の大人つまり両親等と今の自分を比較する」のが先でしょう。そうすれば自らの行動に大きなギャップを感じるはずです。だからといって、現在の社会環境を享受した実りある生活を変える必要はありません。その理由は上に記したつもりです。

 山草人さんは、自分たちの若者時代に比較して、現在の若者が劣っている、と理解しているようです。それって本当でしょうか? 朝日新聞2011年04月02日の、耕論「3・11再起」オピニオンで冨山和彦氏は、下記の説明をしています。
 「現場は立派です。うちの連中のやる気と献身に涙が出ました。震災からわずか5日後に、盛岡から激甚被災地の宮古に路線バスを復活させたんです。その第1号に、いかにも今どきの若者が、支援物資をたくさん抱えて乗り込んできた。満席です。草食系なんてとんでもない。」
 また、「絆」についても山草人さんは日本古来の文化と考えているようですが、「カガリ火」の140号の最後に内山節さんが東日本大震災において世界を驚かせた冷静さを分析しています。関東大震災では流言飛語でパニックを起こし大規模な略奪や暴動が発生した。あまつさえ「朝鮮人虐殺」という歴史的汚点を残した。だから、それ以後の貴重な意識変革があって、パニックを起こさない国民に成長したと考えるべきと言うのです。最後に若者達を次のように期待しています。「このような今日の意識変化が、共同体やコミュニティの時代をも生みだ出すことになった。現在の、とりわけ若者たちが共同体とかコミュニティという言葉に感じているのは、守り合う仲間たちの世界である。」    若者たちに未来を託そうではありませんか。
 山草人さんにはもう一度、このような視点から周囲を見直されるよう期待してやみません。年寄りの老婆心とご笑覧ください。

投稿: 米山 | 2011年9月 6日 (火) 09時24分

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