« 庄屋の一人息子と遅胡麻 | トップページ | さても人生! »

2011年8月13日 (土)

親子の帳尻

親父がこの世を去ってから、もう5年になる。

私は親父が戦地から復員して出来た子供だ。

Cimg4424

仮に中国大陸で戦死していれば、私の存在はなかった訳で、

父は私の命の大恩人であるはずだ。

親子の関係は微妙だが、父と息子はかなり難しい。

Cimg4470

息子は物心つくと親父と張り合うことで自立していく。

親父は農業者だったから、何時も身近にその存在があった。

酒も飲まず道楽をするでもなく良く働いていた。

Cimg4467

そして何時も貧しかったし、財産を残した訳でもない。

そんな親父を見て育ったのだが、やはり無形の資質を受け継いでいる。

近頃になって、そう思うようになってきた。

Cimg4274

「こんな時、親父ならどうしただろうか?」などとも考える。

生前、まともに話もしなかったのに、やはり親子なのだろう。

翻って、我が愚息達も又親父である私に近づきもしない。

Cimg4261

しかし父から子、子からその子へ何事かが伝わっていく。

それぞれ別の人生なんだし、もちろん拘束なんてできない。

最も近い存在でありながら、その有り様は遥として知れない。

Cimg4238

親は自分と同じ失敗をさせまいとするのだが、そんなことは頓着ない。

実に、父と子の間には大きな川が流れている。

親子の帳尻は、背中でしか合わせられないのだ。

|

« 庄屋の一人息子と遅胡麻 | トップページ | さても人生! »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 親子の帳尻:

« 庄屋の一人息子と遅胡麻 | トップページ | さても人生! »