« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »

2011年9月30日 (金)

自然の中で

実をいうと私の毎日は、仕事にボランティア、それに園芸などとかなり忙しい。

それでも可能な限り時間を作って、山の尾根道を走ることにしている。

Dscf2358

私のホームコースの尾根道は、ウバメガシに覆われた緑のトンネルになっている。

この緑道を走っていると、気分爽快というか、正に自然と同化して、

Dscf2357

大自然の静脈の中にいるような気がしてくるからだ。

ところが先日の台風15号は、その静脈のあちこちを食い破ってしまった。

Dscf2356

当然ながら道は抉れ、100年来の樫の木も何本かが谷底に落ちてしまった。

それで走路に太陽が燦々と差し込むようになって、

蟻が戸惑うような、どうもそんな違和感を感じている。

Dscf2337

だがそれも、台風の爪痕とは言え自然の摂理の一部なのだ。

私達人間は、巣を崩されても何もできない蟻のように、

Dscf2314

その猛威を眺めている他ない。

3月11日の津波で人生観が変わった人も多いのではないか。

Dscf2313

どんなに高邁なことを言ったとしても、所詮はそれだけでしかないとね。

人間もその大自然の一部であることを忘れていると、

Dscf2305

時々牙をむいて、私達に気付かせるのかも知れない。

この山の傷が癒えるには、数10年の年月を要するだろう。

だが自然は更に繊細で、大きな傷を様々な手法で順次癒していくだろう。

Dscf2304

その新陳代謝を見つめながら、ずう~っと走って行こうと思っている。

私も自然の一部なのだから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月29日 (木)

ポスターコンクール

今日は、感心した話です。

自治会連合会で毎年小中学生を対象に啓発ポスターを募集している。

Cimg4793

今年も「防犯・環境美化」をテーマに応募してもらった。

「小学生が防犯なんて・・」と思うのが普通だろう。

Cimg4796_2

勿論、資源問題とか身を守ることなどの基礎知識は分かっているだろう。

でも実際にそれを絵として表現するのは中々難しい。

Cimg4797_2

しかし今年も717点の応募があった。

おそらく小学生は小学生なりの、中学生にもそれなりの思考経過があったのだろう。

Cimg4798_2

それで結果として、素晴らしい応募作品が集まった。

昨日、その表彰式が開催された。

Cimg4799_2

父兄も見守る中SCで開催した表彰式には大勢が集まった。

そして小学校低学年の部など、改めてその表現力に感心させられた。

Cimg4802_2

人間はそれなりに努力して、それを認めてもらうことで伸びていく。

この子達の人生にとっても、この表彰式が何がしかの契機になるかもしれない。

Cimg4803_2

そんなことを思いながら、子供たちの表情を眺めていた。

みい~んな、素晴らしく良い子達だ。

Cimg4805_2

そして、その作品にも生気がみなぎっている。

私にも、僅かながら褒められたことはあるのだが・・・・・、

Cimg4806

そんな大昔の朧な記憶をたどりながら。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年9月28日 (水)

秋の響き

子供達の祭り太鼓の練習の音が聞こえてくる。

昨日は、子供会の軒花売りが回ってきた。

Dscf2334

今年も祭りが近いのだと、何故か感じ入る。

今年は3月11日の東日本大震災や福島原発、台風災害など

ずっと災禍が続いてきた。

Dscf2330

それで年来の行事が自粛になったり、節電も含めてずっと萎縮してきた。

だけど私達の生活には、年々歳々その歳時は繰り返されてこそ意味を持つ。

東大寺2月堂のお水取りのように、まつりごとは止めてはならないのだ。

Dscf2309

彼岸にはヒガンバナが咲くように、春には桜が咲くように、

「今年もお祭りが出来て良かったね!」そう言える人生でありたい。

今は歌われないが、「村祭」と言う歌があった。

Dscf2307

♪村の鎮守の神様の今日は楽しい村祭り。チンドンヒャラ・・・今年も豊年満作で♪

祭りの原点は豊作を祝つうことだが、輸入の必要上その豊作を呪う政治が続いてきた。

TPPなどのその農業軽視のつけは、やがて国民の大きな負担となって返ってくるだろう。

Dscf2306

正月には初詣に獅子舞、端午の節句には・・、七夕の短冊、盆の念仏、

秋の祭りに運動会、木枯らしが吹けば大根干、

そうやって私達は年々歳々ずうっ~と時代を経てきた。

Dscf2310

この秋は、そんな思いがひとしお湧いてくる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月27日 (火)

運動会!

あの14才位のことを思い出そうとしている。

右も左もわきまえられなかった中学生の頃のことだ。

Cimg4776

やはり運動会は、非日常だったんだろうな。

ドキドキとした動悸とクラスメイトを応援する声が記憶に残っている。

Cimg4778

誰がいたとか先生は誰だったとかみい~んな忘れたけど、記憶の奥にそれがある。

校長が「今の子供は、ひ弱になりましたね」と言う。

Cimg4775

中学校の運動会に父兄は押しかけてくるし、そりゃ小学校と変わらない。

確かに、少子化は確実に時代を変えつつある。

Cimg4779

私が毎朝見送ってきた子供達も三年生になっている。

骨格だって少しだけ大人びているし、走力もそれなりのものだ。

Cimg4777

「だけどね、長距離なら俺の方が速いぞっ!」って、応援していた。

この子達、みい~んなが可愛いし、俺だってこんな時があったんだっておもう。

Cimg4780そりゃ~、白い雲の上の霞のような昔だけどね。

この子供達にとっては、この一日が一つのドラマなのだ。

Cimg4785

人間ってのはね、そうやって自分の人生を創っていくのさ !

スローガンの努力って、何なんだろう?

Cimg4782

おそらく努力って、一人の人間の生きる姿勢なんだろうな。

みい~んな一生懸命に生きている。

Cimg4788

何が違うって、そりゃ~心意気さ !

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月26日 (月)

長寿社会への再生

政治の真価は、その先見性にこそある。

しかるに現実の政治は後追いすらも為し得ていない。

Cimg4569

つまり政治家は、何も役割を果たさずに歳費のみを貪っていると言える。

端的なのは、長寿・高齢化社会の到来は早くから予測されていた。

でもその長寿社会への制度的変革は何一つできていない。

Cimg4526

既に昨年で、65歳以上の年金受給者は人口の23.1%に達している。

今年からは団塊の世代がそこに入り込むから、これも一気に増えていく。

年金も医療もどうなることやらと危ぶまれる所以だ。

Cimg4736

姥捨て山にでも捨てない限り、やがて90才程度まで誰でもが生きるだろう。

それにもかかわらず、そのための制度設計は皆無なのだ。

例えは個人差はあるとは言え、70才くらいまでは誰でも働ける。

Dscf2355

否、社会のために働きたいと思っている。

それを定年だからと、意欲もろとも切り捨てているのが日本の社会だ。

25年程前、英国を訪れて驚いたのは高齢者が何処でも活躍していたことだ。

Dscf2353

先ずバスの運転手が70歳くらいのお婆ちゃんで、

その婆ちゃんが高速道路を150k位の速度で飛ばすのだ。

元気で生き甲斐を持って働いていれば、医療や介護の費用だって減る。

Dscf2348

高度長寿社会の制度設計をこそ急ぐべきなのだ。

例えば、私だってまだまだ現役で働けると思うのだ。

だって連日のように100kmだの55kmを走っているんだよ。

元気な熟年者を遊ばせておくなよな、なあ素人政治家よ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年9月25日 (日)

天竜路を走る

今日は、天竜ウルトラマラニック55kmを走ってきた。

例年のこの大会では、ゴールの船明ダム近くから天竜下りの船に乗る。

Dscf2327

それが先日の沈没事故で休止となってしまった。

舟に乗れないんならと辞退する人が多くて、今年の参加者は9人となった。

Dscf2332

それでも和気あいあいと彼岸花を見たり、

阿多古川の瀬音を聞きながら、熊水車の里に向けて登っていく。

Dscf2333

ところがやはり山道である。

台風15号の爪痕が至る所に残っていて、迂回したりのマラニックになった。

Dscf2336

被害は、倒木が橋梁に詰まってダムになって水害を起こしたり、

崖崩れや倒木そのものが道をふさいでいたりする。

Dscf2338

その道も所々で半分崩落していたりする。

この清流も暴れ狂うと想定外の事態となる。Dscf2339_2

ともあれ昼近くには水車の里に着いて一息、

名物の蕎麦を食べていると、Dscf2340

この山里にホルンの音が響いき始めた。

それに、そのホルンの音がやまびことなって返ってくるのだ。Dscf2349

そんな一時を癒しに、再びしばらく山を登り、

頂上からは今度は30km程の下り路になる。Dscf2350

その下りを止まることなくひたすら足を進める。

16:07遂にゴールのあらたまの湯に着いた。Dscf2351

昨週に続く長距離ランで、少々疲れたが秋の日差しの中で快調な走りだった。

色々大変だったけど、たまには山も良いなぁ~。

それにしてもこの清流ですら、牙をむくと大きな災害を起こすのだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年9月24日 (土)

走路修復

私達のホームコースである小笠山の尾根道は、乳母目樫の緑道だ。

恐らく100年単位で作られた自然の造形だろう。

Dscf2322

そのランニングコースの景色が、

先日の台風15号でまさに一変してしまった。

Dscf2323

昨日までに私の畑を修復し終えて山に向かった。

山で目にしたのは、あの麗しの緑道が一変した姿だった。

Dscf2321

私達がこの20数年来走り続けてきた道が通れなくなっているのだ。

南東の強い風に煽られて、さしものウバメガシも根こそぎ倒されている。

Dscf2320

それで7人の男たちが、鎌や鋸で、

それでも間に合わなくなってチェーンソーを持ち出した。

Dscf2318

それでも8時過ぎから始まった作業を終えたのは13時頃になった。

全長6kmのコースは、今度の小笠山マラニックのコースにもなる。

Dscf2324

そんな気持ちもあって、作業は笹の穂まで刈り取る入念なものになった。

それにしても自然の摂理とは言え、この尾根の100年来の変化だろう。

Dscf2325

尾根道は倒木と共に削られて、さらに痩せ細ってしまった。

我々の変化とは違って、

Dscf2315

微動もしないと思われた悠久の山が変わっていく。

そう、この自然も私達の命も同じ土俵に乗っているのだ。

Dscf2312

そんなことを思わせる一日であった。

しかしまあ、仲間と共に走路修復に汗を流したことを、永劫忘れることは無かろう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年9月23日 (金)

人と人

人と人の交わりについて書こうと思っている。

人間やっていて、一番面白いのは人だし、煩わしいのも人だ。

Dscf2290

人間関係にも上司と部下、同僚、友人、同好の仲間、

はたまた相思相愛などと色々とあるだろう。

腹を立てたり笑ったり泣いたり、その原因はみんな人だ。

それで人は、どんな人とどんな係わりを持ってきたかで決まってしまう。

Dscf2291

生まれてこの方母親や父親、兄弟、同級生、友人、同僚と世界は広がっていくけど、

だんだんと交わりの相手を選ぶようになる。

大抵は自分と少し違った要素を持つ人と付き合うようになる。

Dscf2293

あんまり違い過ぎると逆に忌避するようになるのだが、この辺が中々難しい。

人間は、普通は縁を縁とするのだが、中には縁を縁にしない人もいる。

そして稀に縁もないのに縁をどんどん作っていく人もいる。

Dscf2295

結果は、縁を広げて自分の世界を築いた人の方が大成する。

縁を広げられる人は、何か熱いものを持っている人だからだ。

そう、その人の魅力は正にその生き様なのだ。

Dscf2299

その熱いものに人は引き寄せられるし、その熱いものに接して営養を得る。

所詮人は、何百年も生きる訳じゃないから、

せめて出会えた人は大切にして、その熱いものに共鳴してみよう。

Dscf2296_2

これからも、そうやって生きていけば良いと思っている。

やっぱり、人って面白いと思うのだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年9月22日 (木)

勿論、あのグループの嵐でなくって、昨日の台風のことだ。

今朝は台風一過、赤トンボが飛び交っている。

Cimg4773

でも私の菜園は大被害で、ゴーヤの棚もオクラも全滅だ。

スクスク育っていた白菜も大根もほぼ駄目だろう。

ボンカンの樹も三本とも倒れてしまった。

Dscf2287

それで今日一日は、その災害復旧に費やした。

ブドウハウスの割れたガラスを拾い集めて、植木の鉢を更新し、

全壊した地の神様の屋代を新しくしたのだ。

Dscf2288

それも信仰心の薄い私らしくもなく、お祈祷までしてもらってきた。

オクラをこいだ後には大根と人参を播いた。

明日は苗を調達して白菜を植えようと思っている。

Dscf2289

近所は軒並み瓦が飛んだりトタンがめくれたり、市営プールの屋根まで剥がれている。

にもかかわらず、我が家はほとんど無傷だ。

ともあれ、これしきでオタオタしてたんじゃ震災地に申し訳ないよね。

Dscf2292

人間も大自然の前には、蟻んどと同じだわもし。

と言う訳で、今日はせっせと私の巣の修理でした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年9月21日 (水)

私の玉手箱

丹後半島は浦嶋児(浦島太郎)の所縁の地だ。

浦島神社には玉手箱が祭られているし、墳墓も残っている。

Dscf2278

もともと浦島の物語は、丹後風土記をもとに作られた。

だけど、この物語は少し変だね。

苛められている亀を助けた浦島は、亀の誘いのままに竜宮城に行く。

Dscf2279

そこではタイやヒラメの舞い踊り、あら面白やで光陰矢のごとし、

土産の玉手箱を開ければたちまち現実にタイムスリップ。

善行が、考えようによっては仇になる物語だ。

Dscf2280

江戸期の物語作者は、一体全体何を伝えたかったのか?

私は、秘密は玉手箱の中身にあると思っている。

玉手箱は乙姫様から貰うものじゃなくて自分で貯めるものなのだ。

Dscf2281

汗もかかずに手に入れたものは泡沫のように消えていく。

せっせと働いて、知識も愛もセンスも磨いて玉手箱に収める。

そいつを世のため人のため皆に振る舞うのが人生なのさ。

Dscf2273

実は本当の浦嶋児の人生は、波瀾万丈な著名人だったと思う。

丹後の豪族浦氏のもとに大和朝廷から遣唐使になってくれとの要請が来る。

彼は亀の背を割る亀甲占いをして、その結果唐への船に乗る。

Dscf2272

辿り着いた唐の都は世にも珍しい国際都市で、国賓として大いに持て成しが続く。

やっとのことで帰りの船便が出来たのは、何十年か後であったはずだ。

当然年老いたはずだし、故郷に帰っても景色は随分変わっていたろう。

Dscf2267

ただしかし、浦が持ち帰った玉手箱には「稲作全書」が入っていたはずだ。

彼は唐から稲作改良技術を持ち帰って、全国を歩いてその普及に努める。

浦島神社が全国に散らばっているのは、その普及指導の所以ではないか。

はてさて、ずう~っと人生やってきた皆さん、あなたの玉手箱の中に何が入っています?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月20日 (火)

丹後の夕日

右足の屈伸がままならないが、大分体力は回復している。

だが、精神的にはいまだアドレナリンが出続けていて、少し興奮状態にある。

Dscf2250 

それで今夜も、丹後の思い出を書こうと思っている。

丹後の久美浜に夕日が浦という景勝地がある。

Dscf2247

小天橋から少し走って網野に入る、

スタートから30km地点の少し苦しくなり始めるあたりだ。

Dscf2251

勿論早朝のことで夕日なんて見られないけど、

何時か誰かと二人で夕日を・・・と思ったりする所だ。

Dscf2252

この浦から七竜峠を越えると、体調を含めてその日の清算が見えてくる。

走ると言うことは、二本の足を交互に動かす単純な動作だけど、

その単調な動作が、体も心も何処までも運んで行ってくれる。

私は走るということがもともと得意だった訳じゃない。Dscf2254

40才を過ぎてから一念発起して始めたことだ。

それがもう20年以上になる。

そうして得意でなかった筈のランニングが何時の間にか趣味の範疇に入っている。

はるばる100kmもの距離を「楽しんで」走ることが出来るのだ。Dscf2261

私は、この走り続けることによって自分の惰弱な心を鍛えてきた。

挫けそうになった時、あの棒のようになった足の痛みを思い出す。

そうして、足を引きずってゴールに達した時の感激を呼び起こしてきた。Dscf2263

思えば色々あった。

完走した直後に風呂に入って震えていて、それが肺炎だったこと。

野辺山の70km地点で「歳を考えて」リタイアを決断した時のこと。Dscf2268

スタートラインにも立つことなく、家に引き返したあの時のこと。

100kmレースは、今となっては私の人生と共にある。

丹後の90kmあたりの西日は差すような日差しだった。Dscf2270

疲れた体に、これでもかとそそいでくる。

その西日に向かって敢然と走る自分が好きだ。

「今を生きている」そう思いながら走っている。

人生大抵の事は何とかなる。Dscf2273

でもこのレースは、お前がその気にならなきゃ何ともならんのだ。

やがてレースは終焉を迎える。

定宿の茂座衛門の亭主が今年も迎えに出ている。

彼は自分は走らないくせに、我々が走るときには興奮状態なる。

今年は奥さんにトラブルがあって、宿は変わったのだが応援は例年通りだ。

人というのは、心意気に感じるものなのだ。

思想信条は違っても、単なる口舌の人とは訳が違う。

山陰のジオパークに沈む夕日と共に、今年は歓呼の声に迎えられた。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年9月19日 (月)

完全燃焼の丹後

丹後は、古代の大陸からの玄関口として、奈良や京都を涵養した地だろう。

間人は聖徳太子母子が蘇我と物部の騒乱を避けた地だし、Dscf2249

浦嶋児(浦島太郎)の在所だ。

それに海に浮かぶ伊根の舟屋群は日本唯一の奇観だろう。Dscf2253

天橋立を始めとして、網野の銚子山古墳(日本海側最大の前方後円墳)や、

小野小町、与謝蕪村、細川ガラシャ、静御前のゆかりの地でもある。Dscf2256

もちろんその自然風光だって三陸海岸ジオパークになっている。

その歴史と景勝の地を自分の足で味わいながら巡るのだ。Dscf2257

ともあれ、この丹後半島の一角を100km走るのが今回の大会だ。

朝未だ暗い4時30分、約1500人のランナーがアミティー丹後をスタートする。Dscf2258

台風14号の影響で湿度は高く、生暖かい風が吹いている。

それでも海岸沿いの七竜峠から久美浜湾にかけて1km/6,5分ペースの快調な走りである。Dscf2259

ただ猛烈な汗で2.5km毎のエイドではコップ二杯の水を必ず飲んだ。

それでも喉が渇くが、これまでの練習の成果を確認しつつ楽しみながら走った。Dscf2260

折角100kmも走るんだから、沿道のことごとくを楽しもうと言う勢いなのだ。

それで51k地点の丹後味わいの郷には、11時10分前には着いてしまった。Dscf2262

例年よりもゆうに1時間は早いのだ。

「こりゃ、12時間代でゴールできるぞ」とこの時は確信した。Dscf2265

だが今回は台風2号の災害でコースが大幅に変更になっていた。

碇高原が通れないために、迂回路として三つの峠を越さなければならない。Dscf2266

標高200m前後の峠なのだが、それを登ったり下ったり、精神的にも大変なダメージだ。

今回はその峠を見上げてうんざりしてリタイアしたランナーも多かった。

Dscf2274

「門限に 越すに越されぬ 三連峠  なつかしきかな 碇高原」

しかし私は、1時間の貯金が利いた。Dscf2275

何度も何度も頭から水をかぶって暑さを凌ぎつつ、

とうとう三つの峠をクリアーしてしまった。

Dscf2276

ともかくもその貯金を使いながら、この過酷な難コースを完走することが出来たのだ。

13時間40分のゴールタイムで、14時間の制限時間まで20分しか残っていなかった。

Dscf2277

しかしまあ1年半ぶりの完走であり、今回の達成感には一際感慨があった。

後半は時間に追われたけど、この一日を思い残すことなく楽しめたのだ。

Dscf2278

走った後は、もう美酒が待つのみである。

と言う訳で、悔いのない素晴らしい人生の一日であった。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2011年9月18日 (日)

自分と向き合う

今日は、早朝から丹後100kmマラソンを走っている。

この日の為にこの70日間、来る日も来る日も山道を走り続けてきた。

雨の日も、30度を超えるあの熱暑の日も休まず走ってきた。

思えばこの一年半、私は三度ウルトラマラソンを途中でリタイアしている。

Cimg4545

昨年の丹後では、70kの碇高原で門限に200m間に合わずに打ち切られてしまった。

それぞれのレースで挫折の理由はあるにしても、結局は走り込み不足だ。

Cimg4640

人はみんな色んな制約の中で生きている。

その中でどう工夫して目的を達成するかなのだが、それが思うに任せなかったのだ。

その点今年は、言い訳の出来ない条件下にある。

Cimg4546

この2か月半の努力がどれ程の成果になるのか、むしろそれが楽しみでもある。

ウルトラマラソンは40代の後半から走っていて、ずっと完走してきた。

それが2年前のレースから途中で挫折する憂き目にあっている。

Cimg4636

「歳だよ!」の声も聞かん振りをしているが、

歳と共に体力の低下は当然のことで、ただそれを食い止める努力が足りなかっただけなのだ。

丹後は聖徳太子の母親の生まれた所(間人)でもあり、幾分大陸の匂いを感じさせる。

Cimg4550

その丹後半島を縦横に走るのだ。

今日一日は、じっくりと自分と向き合う一日になる。

これからの生き様などについて、道々考えるか?

Cimg4654

いずれにしても、結果は明日の夜に書くことにしよう。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年9月17日 (土)

選択の妙

人間、何を背負って生きるかによって顔形が違ってくる。

例えば楽なことばかりを志向していると、顔までそういう顔になる。

Cimg4726

言うならばフニャツとした顔だ。

さらに腹のでっぷりとしたランナーはいない。

Dscf2199

人間は普通成長していくもので、歳と共に知性や筋肉が身に付くのならわかるが、

腹にたっぷりと脂肪を蓄えてどうするのかと思う。

Dscf2211

だけど近頃では楽して暮らそう派が多くて、フニャツとした顔の小太りさんが増えている。

もちろん例外はあるだろうが、総じて自己管理能力に欠陥があるようだ。

Cimg4641

実は今夜は丹後に来ている。

明朝4時半に網野をスタートする100kmウルトラマラソンのためだ。

明日の為に、この二か月間で700kmは走り込んだだろうか。

Cimg4646

よく「ランナーって、走るの止められないんだよね?」と聞かれる。

実はそれはまさに選択の問題で、ランナーは続けるための工夫に腐心している。

苦しいことは「止めよう」と思った瞬間に続けられなくなってしまうからだ。

丹後は浦島子(浦島太郎)の故郷だ。

Cimg4650

竜宮場で遊び呆けていると、やがて歳を取って玉手箱を開けてみたら、

白い煙がモックモクってね。

それは楽して暮らして、自分を磨いてこなかった罰なんでしょうね。

という訳で、明日は磨きの仕上げをしてきますよ !

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月16日 (金)

Why not live a little?

life is empty  but life is  real

人生を空しく過ごすんじゃ、誠に持ってつまらんだろう。

Cimg4763

日々、そう思って過ごしている。

今日のドラマは何なのか!

Cimg4740_2

それで、私は何処で少しばかり緊張できるのか。

そんな予測的面白さを作りつつ、布石を打っている。

Cimg4759

勿論相手があることだから、布石がその意図に沿って活きるとは限らない。

でも、七割方は意図する方向に動いていく。

Cimg4743

「人生を楽しむ」なんて言うと、遊んで楽しむことが連想される。

だけど、酒池肉林(経験は無いが)が楽しいなんてことはないだろう。

Cimg4758

一日一日現実と向き合って、単なる評論じゃなくて行動していけば、

次々と自分の前に新しいドラマが生まれてくる。

Cimg4742

その人生のドラマこそ、楽しむに足る現実なのだ。

「何か良いことない? 」なんて人に、或いは他人の揚げ足を取っている者にliveは無い。Cimg4755

そして人間は、幾つになったって謙虚でなきゃならない。

今日は学校法人の理事会、昨日は連合会三役会、その後は地区長勉強会だった。Cimg4741

苦あれば楽あり。

人は思う通りには動いてはくれない。

Cimg4686

だけどこの程度の苦労は大いに買って出ようではないか。

明日は丹後100kmに出かける。

Cimg4666

どうやら雨の中の100kmマラソンになりそうだ。

それはそれで、「人生ちょっとは楽しんでみなくっちゃね」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月15日 (木)

改めて公民館

今、私達は公民館にどのようなイメージを持っているだろうか?

あの公民館法に言う公民館である。

Cimg4767

戦後の民主主義を育てる原点として出発したのが公民館だ。

自治やコミュニティーの拠点としての役割が期待されてうまれた。

Cimg4771

そして確かに、全国各地に公民館という箱は出来た。

ところが○×講座などの文化活動はともかくとして、本来の自治活動を育てた公民館は少ない。

Cimg4769

つまり、仏作って魂入れずになってしまった。

それは美術館同様の自治体の機関になってしまっていたりする。

そもそも公民館が出来た頃は、この国の人々は自治なんてことが分かっていなかった。

Cimg4772

今私の街では、公民館が地区活動の本拠になりつつある。

公民館長も地区長と一体となって奔走している。

文化活動はもちろん、体育活動や福祉活動、自然保護や交通安全までかかわっている。

Cimg4768

防犯・防災は勿論のことで、地区活動の指示はすべからくここから発信される。

そんな基礎的なことを、平成の大合併で一緒になって初めて知らされた。

私の住む旧町では、公民館は単なる町役場の機関に過ぎなかったからだ。

Cimg4770

さてそれで、その古い殻を脱ぎ捨てて脱皮をしなければならないのたが、

さてこそそれが中々の大仕事なのだ。

住民の意識は当然ながら昔のままだし、それを変えるのは容易ではないからだ。

ともかく「町民文化祭」を自らの手で継続させることから始めたい。

そんな思いで役員の勉強会を繰り返している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月14日 (水)

竹節

バンブーについて書こうと思っている。

かつて竹は生活に不可欠な資材だった。

Cimg4766_2

笊も籠も竹で出来ていたし、稲作農家にとってははざ架け資材などどうしても必要だった。

勿論、筍は貴重な食料だったし筍の皮だって包装資材に使った。

それがすべからく石油化学製品に置き換わって、竹が無用の長物になった。

Cimg4765

竹の生命力は極めて強い。

それで他の樹木を駆逐していくし、根が浅いから地すべりも起こし易い。

我が家の裏も竹林になっていたのだが、20年程前に悪戦苦闘の末庭の一角に押し込めた。

Cimg4659

それでも地下茎がどんどん伸びてくるし、油断すると竹藪になってしまう。

なかなか厄介な植物だが、私は竹の生一本さが好きだ。

植物も人も一芸に秀でるところがあって、竹には竹の、

Cimg4764

檜には檜の、杉には杉の味わいがある。

そして竹の成長力の源はその節にある。

節をつけることによって一年で一気にあの高さまで成長するのだ。

Cimg4660

私達も一年一年、はたまた小学校・中学校と節目をつけて成長する。

その節目がつかなくなると、やがてどこかでバリバリと折れてしまうのだ。

近頃じゃ嫌われものの竹だけど、

Cimg4653

世のため人のため、何時かどこかで役立つだろうと思いつつ、

一節一節刻んでいくつもりだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年9月13日 (火)

吐月峰

駿府城から西に安倍川を渡った所が宇津谷峠だ。

その峠の懐に吐月峰とか大鈩などと呼ばれる地がある。

Cimg4751

命名の妙と言おうか何か不可思議な連想を呼び起こす呼称ではないか。

それでかねてから、月を吐く峰とは一体どういうことなのかと思っていた。

今日は少し時間があって、その吐月峰を覗いてきた。

Cimg4752

駿河区丸子の泉ヶ谷と言うところに柴屋寺と言う寺がある。

この寺が室町時代中期(1504)に連歌師宗長が庵を結んだところだ。

応仁の乱で都が荒れた頃、この駿河の今川にも大きな内紛があった。

Cimg4753

幼かった今川氏親は、宗長や北条早雲の庇護のもとで、

この丸子城の一角だった丸子の庵に10年近く隠れ住んだと言われる。

言うまでもなく宗長は、全国に名の知れた連歌師で、

Cimg4754

時の将軍足利義政(銀閣を造営)や一休和尚などと親交が深かった。

それで寺には義政から贈られた文福茶釜などが残っている。

それはともあれ吐月峰の言われである。

Cimg4756

寺の庭に「七星の池」と呼ばれる池があって、北斗七星を模した石が並んでいる。

その傍らに月見の石があって、そこから向かいの山の竹林から登る月を眺めた。

勿論、茶事や連歌に興じながら月を待つのだが、

Cimg4757

高い山から出る月だから吐月のように突然現れる。

と言う訳で、何時の頃からかこの向かいの山を吐月峰と呼ぶようになったそうな。

Cimg4760

この泉ヶ谷の隣の谷が不動尊で有名な大鈩である。

駿府からやってきてこれから宇津谷峠を越えようとする時、

旅人は、おしなべてこの不動尊に参拝したという。

Cimg4762

この一角は、物語を秘めた不思議な地なのだ。

昨夜はまさしく中秋の名月だったろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月12日 (月)

治安の担い手

レンブラントの代表的作品に「夜警」がある。

オランダの街の各層の人たちが防犯パトロールに出かける風景だ。

Cimg4744

この日本にも昭和30年頃までは、どこにも夜警と言うのがあった。

村の青年達が毎夜夜警小屋に詰めて、数人ずつ「火の用心」などと呼ばわったのだ。

小さかった子供心に、そんな親父の大人の世界を見上げるような思いで見ていた。

Cimg4745

やがて時が移り、防犯は警察の専売となった。

厄介なことは全て警察や役所に片付けさせるのが常識になったのだ。

だけど今になって、そのコストや効率から維持できないことが分かってきた。

Cimg4746

防犯であれ防災・福祉であれ、基本は地域のことは地域でやる時代になっている。

もちろん暴力的なことや専門的なことはプロに委ねるにしても、

ベースとなる部分は住民自らが作り出すしかない。

Cimg4747

私の街の自治会連合会が防犯と取り組んで6年になる。

この間各地に「○×安全会議」を設立して、子供の見守りや防犯パトロールに取り組んできた。

その成果もあって犯罪発生件数はH18年の1,936件からH22年には1,485件に減った。

Cimg4748

ゼロにはできないにしても、地域の防犯意識を高める効果は大きかった。

江戸の昔だって、治安はそこに住む人々が自ら守ってきた。

不審者が入り込めば、鎌や鍬を持って村人が対峙したのだ。

Cimg4749

そしてその行動を支えたのは地域の濃密なコミュニティーだった。

つまり共同体意識だ。

今この国に問われているのは、「空気と安全はタダ」とする無責任意識だ。

「俺の事じゃない !」が、この国を勝手放題な駄目な国にしている。

口先だけじゃ、何も変わらんのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月11日 (日)

敬老の行方

今日、私の地区で敬老祭りが行われた。

75才以上の後継者が招待されるのだが、

Cimg4728

昨年までと違って、今年は来賓としての出席となった。

敬老会の歴史は昭和22年に遡るのだが、時代も随分と変わった。

Cimg4729

何しろ75歳以上が人口の20%になろうとする時代である。

儒教の国でなくとも、本来高齢者はそれなりに敬われてしかるべきだ。

Cimg4730

しかるに今日では、ヘロヘロすれば邪魔者扱いされかねない。

人間、一定の社会的使命を終えれば、それで寿命が尽きる訳ではない。

Cimg4731

例えば私の場合、80才半ばまで生きるとしても未だ20年もある。

この20年を毎日充実して生きるには、果たしてどうすれば良いのか?

Cimg4732

今日の敬老祭で老人会長が良いことを言っていた。

一、老人はお互いに親睦を深めること。

Cimg4733

二、家庭円満に尽くすこと。

三、時代を学び、新しい老人になること。

Cimg4734

四、公共のために尽くすこと。

五、そうして尊敬される老人になること。

Cimg4735

はたして、こんな簡単なことですら履行するのは大変なことなのだ。

そんなことを改めて思っていたのだが、

Cimg4738

それにしても、元気で長生きは人生最高の贅沢だな。

私が敬老会に招かれるのは、まだ10年以上先のことだ。

Cimg4737

だが、人生はこの10年で終えると心した方が良さそうだな~。

Cimg4739

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月10日 (土)

本当の「官から民へ」

「官から民へ」は行政改革の合言葉とされてきた。

それで国鉄に始まって郵政まで三公社五現業が民営化された。

Dscf2158_2

郵政の様に民営化すればすべてが解決する訳でもない。

鉄道事業の様に官が担う他なかったからやってきただけだ。

時代の変化に合わせて、民営がよりやり易いのならそれを選択するだけのことだ。

Dscf2077

福祉の民営化は、介護保険制度から始まっている。

だけど金で片付くのはほんの序の口で、

超高齢化社会を迎えようとしている今日、交通弱者や一人世帯の増加、

Dscf2060

コミュニティーの喪失は大きな社会問題になろうとしている。

この国の「民主主義」について考えている。

この国の民主主義は「勝手でしょ」だと以前書いた。

Dscf2058

米国なら「メイアイ ヘルプユー」と手を差し伸べるのがデモクラシーだ。

ところがこの国ではどうだろうか?

「みんなみんな自分勝手でしょ」が民主主義だと思っている。

Dscf2057

その落差を埋めてきたのが官なのだが、右肩下がりの経済はそれを支えられなくなっている。

それで「官から民」なのだが、そのことに気付いていない。

政治にも「福祉は自らがやるのです!」と言う勇気などない。

Dscf2188

さてこそ、何とか手当などと浮ついていられる内はまだ良いのだが・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月 9日 (金)

制約など要らない

人生60年を謙虚に、そしてあくまでも謙虚に生きてきたと思っている。

そして還暦を過ぎた今、ブログでも率直な独白を続けてきたつもりだ。

Cimg4690

そんなモノローグが誰かの心に届いて、ほんの少しの糧になればとの切なる思いだ。

「普通の実力は60でも努力して80になって100になって、やがて120まで飛べるかもしれない」

これは向田邦子の率直な言葉だ。

Cimg4342

私も日々新しい局面に遭遇し、そこで思ったり感じたり語ったりしたことを書いている。

とても120何てことはなくて、時には反省を含めて書いている。

Cimg4228

そんな独り言を、毎日60人以上の見も知らぬ方々が読んでくださっている。

これは励みではあるが、感謝すべき事かどうか?

Cimg4227

増して、読者から書く資格が無いなどと言われると妙に落ち込んでしまう。

私は口だけの評論家は嫌いだ。

Cimg4295

議論をしたとて、それは只の時間つぶしの遊戯でしかないからだ。

今夜も民度の決して高くないこの地域で「どうやって地区社会福祉協議会を

Cimg4298

立ち上げるか」原点に戻った検討をしてきたところだ。

私の毎日はボランティアで組み立てられている。

Cimg4299

対価を得るためにやっていることはほとんどない。

時に心無い人に、「何がよほど良いことがあるんだろうな!」と言われたことがある。

その時「そう、良いことがあるんですよ」と答えている私がいた。

Cimg4525_2

私は生涯現役のつもりだが、中には評論が生き甲斐なんて人もいる。

世のため人のため働いてこその人生であって、私は寄生して生きたくはない。

人はみんな激しく生きているのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月 8日 (木)

生と表現

先日の同窓会の折、後輩の描いた一枚の絵が印象的だった。

手すりにつかまって夕日を見つめる女子学生の絵だ。

Cimg4527

校舎の3階だろうか?、それにしては外は一面の海原だ。

未来への不安と一縷の希望のような感慨を漂わせている。

しかし気にとまったのは、かつてほのかに胸をときめかせた

あの頃を思い出したからかも知れない。

Cimg4240

私は不器用で、美術の時間がほとほと苦手だった。

絵を描くための集中力と観察力に欠けていたのだろう。

だけど表現しなければ何も伝わらない。

目に見えなくて音もしないものは無いのと同じだからだ。

Dscf2225

例えば心には形がなくて、それを表現するために様々な工夫がされてきた。

絵画もキャンバスに表現を広げるその一つの手法なのだと思っている。

昨日、静岡市美術館のセガンティーニ展を覗いた。

イタリアのミレーと評されたセガンティーニは、色彩分割技法を創造してアルプスの風景や

Dscf2224

そこで暮らす農民たちを描いた。

色彩分割という自分の創りだした技法を最大限生かす素材を求めて歩いた。

それがアルプスの山々と自然だったのだ。

そこの自然と家畜と人々の暮らし、生まれ成長してやがて滅びていく営みだ。

Dscf2226

その中に自分の表現力のすべてを注入した男がセガンティーニだろう。

私には、葉書にデッサンを描くことすらできない。

そういう努力をしてこなかった為だが、その代わりに毎日駄文を書いている。

Dscf2143

駄文にはセガンティーニの絵ほどの力はないけど、生きている印くらいにはなっている。

人は何がしか表現せずにはいられないのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月 7日 (水)

大英帝国と日本

明治の始め、この国の人口は3,500万人ほどだった。

それが1億2,800万人まで増えた。

Dscf2220

約100年で1億人かた増えたのだが、その居住地は基本的にこの島の中だ。

それが土地高騰や都市集中など、他の国と違ったギャップを生み出した。

農業の生産性向上を妨げたのも、この土地と賃金ギャップだった。

Dscf2221

この点英国は18世紀から19世紀初頭にかけて、七つの海を支配すると言われた。

それで実質的に英国人の居住地は、豪州や米国、カナダなど広大なものになった。

結果として農村の囲い込みが行われ農業も大規模化したのだ。

Dscf2231

今この国の人口はピークアウトし、30年程で1億人を切ると予測されている。

否、稚拙な政治が続いているから、この国には気概を持った若者は育ちにくい。

結婚も少なくなるだろうし、もっと早く一億を下回るかもしれない。

Dscf2230

それはそれで、種の自己防衛的なコントロールなのかもしれない。

徴兵制もなく、自堕落な若者を増殖させている世界でも数少ない国なのだから、

衰退傾向にあるのは当然なことなのだろう。

Dscf2046

そして、やがて子供を甘やかすことすらできない時期がやってくる。

それまでこの国の人々は、現実に向き合うことをしないのだろう。

野田新政権には、そんなあまりにも稚拙な政治を卒業してほしいと切に願う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年9月 6日 (火)

スポーツと街

子供の頃、スポーツはちょつと(勉強の)出来ない子のやるものだと思っていた。

それで私は、ずぅ~っとスポーツ音痴で通してきたのだけど、

Cimg4403

40才を過ぎてから、アマチュアにこそスポーツが必要だと気付いた。

それからと言うもの、私もスポーツマンの一人に加えて頂いている。

Cimg4401

ところで私の住む磐田市はジュビロ磐田の本拠地で、

スポーツの街を標榜している。

Cimg4702

もちろんサッカーだけでなく、ヤマハは各種のスポーツ器具を生産しているし、

ラグビーや卓球でもスター選手を輩出している。

Cimg4703

そんな訳で高校女子サッカー選手権大会も毎年磐田で開催されてきた。

今年も全国から32チームが参加し、市内への宿泊者だって1,600人を上回った。

Cimg4704

それはそれで一定の成果なのだが、市民のスポーツ度は平均以上ではなかろう。

例えばジュビロマラソンだって、ボランティア集めに四苦八苦している。

Cimg4705

ロードマラソンを維持するためには千人単位の人が要る。

それを各地区から一定の割合で出てもらうのだ。

Cimg4706

これまで私も各地のマラソン大会に出てきたのだが、これほど大変だとは知らなかった。

がともあれ、多くの市民がスポーツに参加できてこその街づくりだ。

スポーツを楽しむ市民が増えれば、それだけ街は元気になる。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年9月 5日 (月)

防災と人

3.11の震災は、思いがけないところまで波及してきている。

東海地方は、早くから東海地震に備える自主防災組織がつくられてきた。

Cimg4682

しかし、防災会長も役員も毎年変わるし、防災会の体をなさないと指摘されてきた。

これまでは、とにかく一年を無事もなく過ごすことで、

Cimg4683

防災会の存在すら忘れかけていた。

年に一度の防災訓練すら、マンネリのおざなりで過ごす傾向にあった。

Cimg4684

だけど心ある人は、3.11で明らかに覚醒した。

昨日はある地区の津波避難訓練に立ち会った。

Cimg4685

あの豪雨の中を150人余りが避難所の小学校に集まってきて、

しかも整然と避難所開設までの訓練を体験していた。

Cimg4688

整然とした訓練の源は、きびきびとして分かりやすい説明をした代表防災会長にあった。

集落別に色分けされた備品やプラカード、

Cimg4691

避難所開設のための表示看板、

それに訓練と実際の違い、それに訓練の意味を逐一説明していたことだ。

Cimg4693

彼の頭には、明らかにこの地区で東日本大震災と同じ事態が想定されていた。

そのことが集まった一人一人に通じたからこそ無駄口一つ無く訓練が行われた。

Cimg4694

私もその訓練指揮の経験があるだけに、まったくもって感心してしまった。

綿密な計画とその使命感に心からの拍手を送ったのだ。

Cimg4695

やはり防災会の長は人を選ばなくてはいけない。

何時来るか分からない災害に備えるのだから、

その訓練には周到な準備と胆力がいる。

Cimg4696

その周到さが、イザと言うときに大きな差になって表れるのだろう。

自主防災は、江戸の昔から集落自治の基本なのだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年9月 4日 (日)

心はどこに

仕事からボランティアに比重を移して2ヵ月。

心なしか喜怒哀楽が少なくなったような気がしている。

Cimg4657

仕事とそれに伴うドラマの連続は、やはり大きなウエーブなのだろう。

ところが仕事を辞した今は、

心を入れているつもりでも、所詮はボランティアと言う気持ちがあるのかも知れない。

Cimg4664

ところで喜怒哀楽やときめきは何処で感じるのだろうか。

昔の人は、心は心臓にあると思っていたらしい。

ハートは心臓の印だし、胸に手を当てて反省することだってある。

Cimg4680

更にはマヤ文明では、生贄から心臓を取り出して神に捧げたりした。

それに、緊張すると胸がキュンとしまったりドキドキと鼓動したりもする。

だが敢えて書くまでもないが、もちろん心は脳の働きだ。

Cimg4678

PCのCPUのように神経細胞というチップで出来ているんだろう。

そいつが激しく点滅して、泣いたり笑ったり怒ったりの表現をさせるのだ。

つまり私の場合、そのチップの活性が少し鈍ってきたのじゃなかろうか。

Cimg4675

そもそも人生は四苦八苦であって、その中に稀に喜びがあるものだ。

要するに刺激が欲しかったら、還暦を過ぎても苦労を買ってもしなくてはなるまい。

と言う訳で、苦労の種になる目標を幾つか設定しようと模索し始めている。

Cimg4697

そうして、神様が気まぐれに下さる人生の添え物である喜びを得ようと思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月 3日 (土)

自治創造

今夜は、青少年健全育成の会議を終えたところだ。

藤代さんのコメントがあったんで、今夜は自治について書くことにする。

Cimg4669

日本の統治制度は、大久保利通の太政官政府以来のならいで、

その多くが上からの制度作りだった。

戦前までは、確かに統治の必要上町内会(自治会)は支配行政の末端だったろう。

Cimg4578

戦後の民主主義革命でも、残念ながらあんまりその認識は変わらないままだった。

そもそも日本人は「民主主義」なるものを間違って飲み込んでしまっている。

それを移入した米国のデモクラシーとは、かなり日本のそれ異質なものになっている。

Cimg4571

以前書いたが、デモクラシーの言語はギリシャ語でデーモス(民)クラティア(力)で、

本来「民力主義」としでも訳すべきところを誤訳してしまった。

結果として日本人は、「民主」とは我本位主義と飲み込んじゃったのだ。

Cimg4495

つまり「力(互助)」が抜けて「我」ばっかりになっちまったのだ。

また戦後の経済成長がそれを許容してしまったとも言える。

本来「自治」の原点は、「町内会」の村十分から始まる。

Cimg4449

地域福祉や防犯・防災が原点のはずだ。

その町内会が集まって市を作り、県国を構成していくのがデモクラシーだ。

私たち日本人の認識は、藤代さんの指摘のように大変な間違いをしているのだ。

Cimg4446

これを正さない限り本当の民主主義にならないし、

自治会を行政のお手伝いと考えたら、将来の日本は危ういだろう。

私の市には407の自治会があるが、

Cimg4443

自主的な防犯活動を皮切りに徐々に変わり始めている。

もっともっと民の力を育てなければいけないと思っている。

ボランティアが何処までできるかは分からないが、暖簾であっても腕をつっこむつもりだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月 2日 (金)

メダカのお遊戯

台風12号の襲来の中を、引佐の山中に今回も50人近くが集まった。

今回のめだかの学校は、「地域づくりとは、仲間づくりとは」である。

Cimg4670

開校に先立って、今回は給食当番のお手伝いをした。

炭をおこしてサンマを焼き、天麩羅を揚げる。

Cimg4672

一度に60匹ものサンマを焼くのだから大変だ。

落ちた油で炭が燃え上がるし、黒焦げにもなる。

Cimg4673

それでも時間までにはキチンとご馳走が出来上がるのだから大したものである。

給食の準備を終えると、みんな名札を付けて校歌斉唱をする。

Cimg4674

歌はもちろん「メダカの学校」である。

お遊戯は有意義、そおっと覗くのは旺盛な好奇心と遊び心、

Cimg4676

時には先生になり生徒になって勉強しあう。

しなやかに、まろやかに、けれどもしたたかにが学校のモットーである。

Cimg4677

とは言え、多くの人々は人を求めて集まってくる。

絆なんてのは簡単に出来るものではなくて、徐々に育むものだ。

Cimg4679

それでメダカの学校は、創立から既に19年になる。

ゆるやかなネットワークだけど、確実に人の輪を広げている。

Cimg4681

あちこちに地域づくりの輪が出来て、大抵その真ん中にメダカ生がいる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月 1日 (木)

お頭の心配

さてこそ、本当に深刻なのだ。

年金というのは、申請しないともらえないらしい。

Cimg4576

それで申請しようとしたら、年金証書の添付が必要だという。

それが、それが何処にしまい込んだのかさっぱり分からんのだ。

Cimg4630

証書を受け取ったことは覚えているが、はて何処に仕舞こんだのか?

この一か月間、あらゆる所を探したのだが見つからない。

Cimg4631

まさか、捨てるはずもなし!

で、「とうとう俺もアレか?」と心配になった次第である。

Cimg4639

脳というのは、神経細胞(ニューロン)とグリア、それに血管からできている。

どうもPCよりも簡単な構造らしいのだ。

Cimg4643

パソコンより厄介なのは、その神経細胞が減ることだ。

二十歳を過ぎたあたりから一日に十万個も死滅するらしい。

Cimg4649

毎日そのぐらいの数の脳細胞がゴミになっていく。

と言うことは、私の頭には15億個の神経細胞の死骸が詰まっていることになる。

まあ、神経細胞の数は130億らしいから絶望はしないが、

Cimg4645

それでも一割以上が死滅しているのだ。

そいつと年金証書とどう関係するのかどうか?

いずれにしても、こうなると自分への信頼が著しく失われる。

Cimg4643_2

「俺って、案外信じられないぞっ」て訳だ。

自分じゃ若い若いって思ってきたけど、こんなとこから現実に向き合うんだね。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »