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2011年10月 1日 (土)

邪気もなし

邪気ということを考えている。

簡単に言うと、邪気とはバイ菌マンのようなものだろうか?

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幼児期にはおよそ邪気とは無縁なのだが、長ずるに従って悪意を含むようになる。

そしてその根っこには、怨嗟とか嫉妬、はたまた慢心なんて心がある。

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私の知人に、およそ邪気を感じない人がいる。

何時も朗らかで、しかもどっしりとした芯がある。

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ランナー仲間の一人なのだが、実に活動的で人をそらすことがない。

怒った顔を見たこともないし、悪口を吐くこともない。

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童心そのままで、近くにいると不思議な安堵感がある。

おそらく、邪気を育てることの無い家庭に育ったのだろう。

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「三つ子の魂100までも」と言われるように、物心というものには邪気を含むのだろう。

例えば私なども、引っ込み思案で臆病で、劣等感の塊で邪気以前なのだが、

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そんな本質は少しも変わっていないように思うのだ。

でもまあ、歳と共にあんまり邪気をマスクするようにはなっている。

今日は孫の幼稚園の運動会に引っ張り出された。

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無邪気な童心を眺めながら、私は幼稚園には行けなかったが、

泥だらけになって生きていた自分を、その中のどこかに探していた。

今の子供は、父母どころか両方の爺婆にも囲まれて、

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無邪気な中にほんの少しの自意識をチラつかせていた。

強い子、弱い子、器用な子、小さい子大きい子、みんな違っている。

でもさ、人生ってのはね、やってみないと分からないんだよ。

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